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幸之助の夢は、私の夢 経営の神様・松下幸之助を支えた 妻・むめのの献身を松下家最後の執事が描いた『神様の女房』

松下電器産業(現パナソニック)の創業者であり経営の神様と言われる松下幸之助。その幸之助を支えた妻、むめのの視点で松下電器創業期から世界の松下へ発展するまでの激動の日々を元執事の高橋誠之助さんが描いた本作。地位も財産もない幸之助と結婚したむめのが、いかにして幸之助を支え、時には喧嘩しながらも世界の松下へと導いたか。松下家の執事として幸之助氏、むめの氏の晩年を支えた元執事・高橋さんだから知りえた2人の姿、そして生きざまをお聞きしました。

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プロフィール

高橋誠之助(たかはし・せいのすけ)さん
昭和15年京都府生まれ。神戸大学卒業後、松下電器産業入社。入社7年目、29歳時に突然「私は忙しい、松下家の家長として十分なことができない。それを君にやってほしいんや。よろしく頼む」と松下幸之助から直々に松下家の執事に任命される。以来20余年、松下家の執事として従事し、幸之助、夫人のむめのの臨終にも立ち会う。その後、松下社会科学振興財団の支配人として松下幸之助の志を広める活動に携わる。講演会なども多数。

インタビュー

■執事になったのは永遠のミステリー

−−高橋さんは松下家の執事を20数年間務められたということですが、今回、松下幸之助さんの妻である「むめの」さんに焦点をあてて執筆された理由とは何だったのでしょうか?
高橋さん 松下家の執事を退いた後10年ほど、「松下社会科学振興財団」に出向していたんですが、この財団で作った資料館の来訪者に幸之助さんのお話をすると夫人であるむめのさんに関心を示される方も多かったんですね。それでいつか、むめのさんを主役にした話を書きたいと思っていたのですが、今年はむめのさんの生誕115周年という区切りの年でもあるのでちょうど良いきっかけだと思いましてね。
−−作品中には間近で生活してこられた高橋さんでしか書けないようなお話もありますね。
高橋さん そうですね、何しろ20数年お傍におりましたもので…。幸之助さんより私のほうが、むめのさんと一緒にいた時間は長いのではないでしょうか(笑)。むめのさんは色んな話をしてくださいましたので、生活の中で雑談のようにしてお聞きした話などもありますが、むめのさんがかつてPHP研究所から出版された『難儀もまた楽し』という本があるんですね。私も何十時間か、むめのさんにインタビューして本を書くお手伝いをさせていただいたんですが、その際お聞きした話も元になっていますね。
−−むめのさんは礼儀作法、身だしなみにも大変お厳しい方だったということですが、執事としても緊張感のある日々だったのではないでしょうか?
高橋さん 今でこそこんなリラックスしてますけどね、当時は私もピリピリしておりました(笑)。住まいも松下家から歩いて5分くらいの場所で、365日何かあればすぐ対応できるように心がけていましたしね。何しろむめのさんは礼儀作法、身だしなみにとても厳しい方でしたので、怒らせたらもうそれは大変で。でもそれは自分が少しでも面倒を見た人間が外で恥をかいたらあかん、そういう気持ちも強かったんでしょうね。ですから自分の娘さんを松下家で花嫁修業させたいという親御さんも当時多くてね。むめのさんも頼まれると断れない方なので多い時は6、7人のお嬢さんが松下家で行儀見習いされていたこともありました。
−−そもそも松下電器の一社員だった高橋さんがなぜ「執事」に任命されたのか、そのあたりの経緯も興味深いところではあります。
高橋さん これはもうミステリーなんですよ(笑)。私が松下家の執事になったのは29歳の時、幸之助さんが75歳、むめのさんが73歳の時でした。それからお二人が亡くなるまでお手伝いさせていただいたんですが、実は29歳当時、私は幸之助さんと全然面識がなかったんです。というのも執事になるまで私は広島営業所で営業を担当していたので、お会いする機会は全然なかった。ただ一度、幸之助さんがパナソニックの本社で講演された際に広い会場の中から質問をしたことがあるんです。幸之助さんと直接お話ししたのはあの時が初めてだったんですが、質問が良かったのか…今もってミステリーですね(笑)。


■会社の発展は幸之助とロマンを共有した、むめのの存在あってこそ

−−むめのさんは明治の女性らしく幸之助氏を立てる一方で、ここぞという時は幸之助さんに意見し時には激しくぶつかることもあったとか。むめのさんが会社に与えた影響も大きいのではないでしょうか。
高橋さん むめのさんは幸之助さんの御夫人でありながら、ビジネスにおけるパートナーという側面もあり、影響力は強かったと思います。何しろ創業当初は裸一貫、二人三脚でずっとやってこられたんですから。基本的には、むめのさんは幸之助さんを立てておられましたが、道理の通らないことに対しては意見もされましたし、ぶつかり合うことも多々ありました。でもそれがあったからこそ、幸之助さんは間違った方向に進まなかったと思うんですね。今はパナソニックの傘下に収められましたが、三洋電機も元はといえば、むめのさんの実の弟さんが作られた会社です。この弟さんも、むめのさんが厳しく教育された方ですから、むめのさんの存在がどれほど会社にとって大きなものだったか、本書を読んでそのあたりも知っていただければと思います。
−−お二人がご家庭で会社の話をされることも多かったのでしょうか?
高橋さん それはもう毎日です。幸之助さんはどんなに忙しくても毎日、むめのさんにその日の出来事をお話されていました。家に帰ってきたらまずむめのさんを呼んで、「今日はこういう人に会って、こんな話を聞いた、あの人は偉い人やで」という風にお話されるんです。幸之助さんは人の悪口を言わない、徹底的に褒めるんですね。むめのさんもまた幸之助さんの話を静かに聞いておられる。普通は結婚生活も長くなると会話もおろそかになるものですが、毎日ちゃんと話をする、これは偉いもんやな、なかなか普通の人にできることやないなと思いましたね。
−−その会話の中で幸之助さんが、むめのさんにアドバイスを求められることもあったのでしょうか?
高橋さん もちろんありました。でも、むめのさんが自分から「それは違う」と口をはさむことは絶対にないんですよ。幸之助さんから「どない思う?」と言われて初めて返事する。そしてそのために、むめのさんも随分勉強されているんです。新聞を読んだり、本を読んだり色んな人の話を聞いたりしてね。幸之助さんが高松塚古墳の理事長になられた時は万葉集の研究者と接する機会が多いということで、むめのさん、一日中万葉集のテープを聞いて勉強しておいででした。それまで万葉集のまの字もご存じなかったのにね(笑)。そうやって常に何をしたら幸之助さんの力になれるか、それを考えていらっしゃいましたね。
−−自分の確固たる意志がありながらも基本的には夫を立て、いざという時には意見する。明治の女性らしい強さを感じますね。
高橋さん もし、むめのさんが男性だったらひとかどの実業家になられていたでしょうね。それくらい勉強もされていたし見識も広かった。むめのさんの写真を見ていただいたらわかると思いますが、着物といってもモダンな柄がお好きで進取の気性に富んだ性格がよく表れていると思います。でも、むめのさんにとっては自分よりもまず幸之助さん。幸之助さんがいかに仕事しやすい環境を作るか、それが一番大事なことだったんです。幸之助さんの夢を一緒に追いかけてらっしゃったんでしょうね。むめのさんの献身は内助の功という言葉では片づけられないと思います。「男のロマンは女の不満」と私はよく話をするんですが(笑)、むめのさんは男のロマンを不満にせず共有されたんですね。

高橋誠之助さん



■幸之助と、むめのが夢見た世界とは…

−−長く幸之助さん・むめのさんのそばにいらっしゃった高橋さんが考える松下成功の理由とは?
高橋さん 結果的に松下電器は成功したと言われていますが、何をしたから成功したと一言では言えないと思うんです。幸之助さんの日々の行動、そして幸之助さんを陰に日向にバックアップしたむめのさんの常日頃からの気配り、心づかい…そういう小さなことが積み重なって成功と言われる結果につながったと思いますね。特別何か大きなアイデアがあったとか、そういうことじゃないと思います。
−−本を読みながら、私などはまるでむめのさんに叱られているような気持になりましたが、もし今むめのさんがご存命であれば今の女性、そして今の日本を見てどうおっしゃられるでしょうね。
高橋さん 彼女の言葉を借りるとするならば、今の日本の男性も女性も「不合格」でしょうね(笑)。幸之助さんは終生「楽土(らくど)」の建設を目標にされていました。「楽土」というと何か宗教がかったことのように聞こえるかもしれませんが、簡単に言うと貧しさをなくし誰もが幸せになれる国にする、ということです。もちろん、むめのさんも幸之助さんと同じ気持ちでした。事業もPHP研究所も、松下政経塾もみんな「楽土」のためにしていたこと。そのお二人から見ると…今の日本はどうなんでしょうね。
−−普段の会話の中にも「楽土」のお話はあったのでしょうか?
高橋さん 楽土楽土とは言わないけれど、常に人を幸せにするためにはどうしたらいいか、を考えておられたと思います。だから幸之助さんは人を幸せにしない会社はすぐつぶせ、と言われていましたね。存在する意味がない、と。自分が幸せになるためには人をまず幸せにすること、とは常々おっしゃってました。
−−幸之助さんと、むめのさんのご結婚の経緯もユニークですよね。むめのさんは「一番財産のない人を選んだ」と。
高橋さん そうなんです。他に条件の良い縁談がいくつもあったにも関わらず、むめのさんは一番財産がない幸之助さんを選んだ。それは、自分の幸せは自分で作るという強い意思があったからこそ。人から与えられる幸せなんてもろいものなんです。やっぱりその辺りから普通の人とは全然違いますよね。
−−目に見えるものに踊らされがちな現代人としては、本当に耳の痛い話です…。
高橋さん むめのさんの礼儀作法、人への接し方なんかはむめのさんのお母さんのコマツさんから教わる部分も多かったと思うんです。明治時代の話ですから、全部が現代に通用するとは思いませんが、むめのさんの姿には今の日本が失ってしまった何かがあるような気もしています。だからこの本は特に若い女性に、松下幸之助への先入観なしに読んでもらいたいなと思うんです。女性として人としてこんな生き方をした人がいた、ということを知ってもらえればなと。良いと思うかどうかは別としてね(笑)。それで何がしか感じてもらえたら、むめのさんも喜ばれるでしょうね。

高橋誠之助さん

Written by Shinobu Nakagami



この本を立ち読み

神様の女房
 高橋誠之助
『神様の女房』

10月1日、テレビドラマ化!
もくじから見る原作の見どころ
【1】第一章「なにも、そんな人を選ばなんでも」
 周囲にそう言われた、むめのが幸之助を選んだ理由は?
【2】第二章「おしるこ屋でも始めてみよか」
  松下は、「おしるこ屋」だったかもしれない?
  創業には意外なエピソードが!
【3】第六章「妻も、主人と一緒に成長せなあかん」
  幸之助と二人三脚で歩んできたむめのが、会社の成長とともに選んだ道は?
【4】第十章「もっとゆっくり歩いとくなはれ」
  幸之助とむめのの最後の日々。
  最後の一文には、心打たれます。

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