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本多孝好さんインタビュー「真夜中の五分前 sideA/sideB」

2005年に執筆された『真夜中の五分前―five minutes to tomorrow side-A/side-B―』。約10年の時を経て、日中合作映画として実写化されることになりました。そこに至るまでの過程や本多さんの思い、さらに現在の執筆活動についてを過去のインタビューを振り返りつつお話しいただきました。

プロフィール

本多孝好(ほんだ・たかよし)
1971年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。大学4年の時に書いた短篇「眠りの海」で第16回小説推理新人賞を受賞。1999年に刊行された短篇集『MISSING』が2000年版の「このミステリーがすごい!」で10位にランクインするなど注目を浴びる。その他の著書に『真夜中の五分前』『チェーン・ポイズン』『正義のミカタ』『WILL』『at Home』『ストレイヤーズ・クロニクルACT1〜3』など。
最新刊は、かつて一世を風靡した超能力少女をめぐる壮大な陰謀を描くサスペンス『魔術師の視線』(新潮社刊)

インタビュー

■映画と原作は別物、だけどこれは間違いなく『真夜中の五分前』を読んだ人がつくったものだなという感覚。

--まず、ご自身の過去のインタビューを今改めて読まれまして、どう思われましたか。
本多さん単行本が刊行されたばかりのインタビューということで、当時こういう思いで書いていたのか……という印象がありますね。その一方で、質問を受けながら、思いつきをしゃべっているんだろうなと思う部分もあって、ちょっと他人事のような言葉でもあります。今の私にとって距離のある言葉を選んでいる感じがしますね。
--たとえばどのあたりというところは具体的にありますか。
本多さんこの小説を恋愛小説として強く意識しているんだなというところですね。自分で最近読み直してみて、これは今語るのであれば果たして恋愛小説として語るかな?というところはちょっと感じました。当時ほど強く恋愛という点を意識してこの物語を取り上げることはないように思います。
--個人的な印象ですが映画の雰囲気もミステリー色が濃いのかな、という感じがしました。
原作刊行から約10年という時間を経ての映画化となりましたがどのような経緯で決定したのでしょう。
本多さん元々刊行直後の10年前に映画会社からお話をいただいた時、実は行定監督のお名前は上がっていたはずなんです。でも、その後その映画会社から脚本開発が難しいので諦めるというお話があって、また別の会社に映像化権が移ったのですが、そこでも頓挫した。その後行定監督ご本人から自分に預けてくれないかというお話を頂いたのが、5年くらい前のことでした。監督個人が映像化に思い入れをもってくださっていることを非常にありがたく思いました。
--以前のインタビューのなかで「小説を書く時はいつもそうなんですけど、まず、ひとつのシーンが浮かぶんです。それは映像的なシーンというより絵画的なシーンです。そのシーンを文章にして描き、その前後に物語を足していく。僕の場合は、いつもそういう書き方なんです。」とおっしゃられていましたが、絵画的に捉えたものが映像になったという点はどう感じられましたか。
本多さんまず、映画は原作とはまったく違うストーリーとなっています。だから、具象的なビジュアルが自分の小説イメージと映像イメージのなかでクロスするということはほとんどなかったのですが、映像を見たときのある種の空気感、雰囲気と自分がイメージした絵画的な雰囲気というのは非常に近かったと思います。なんというのでしょう、絵そのものではなくて光の強さが似ているというか。映画全編を通して感じる映像の濃淡みたいなものが、自分が持っていた絵画的なイメージに非常に重なるところがありました。
--映画と小説で、まったく内容が違うとのことですが、たとえば主人公も原作だとサラリーマンなのが時計職人というのもだいぶ違いますし、クールでドライな感じがやや異なるのかなと感じました。そういった設定の違いや中国での物語という舞台設定の違いにかんしてはどのように感じられましたか。
本多さん小説が映像化されるときは、どちらかというと原作に沿った脚本になることが多いのですが、かならずしもそれだけが映像と原作本の関係ではないと思います。今回映像を見終わったあとに感じたのは「読後感」が映像と小説で似ているという印象でした。
--逆に全然違うと思われたところはどこでしょう。
本多さんストーリーだけを取り上げてみるのであればこれはわざわざ「真夜中の五分前」というタイトルをつける必要があるのだろうかと思うぐらい原作と違うものなので、どこが違うかと問われると「全部違う」としか言い様がありません(笑)。ただ見終わったあとに「これは間違いなく『真夜中の五分前』を読んだ人がつくったものだなという印象は持ちました。この作品は行定さんに対する信頼感がなければ成立していない話なんですよね。行定さんが10年前から作品のことを考えてくれていたという過程があるから、心穏やかに見られますね。時をかけて熟成されたという感じです。見終わったあとにこれは行定監督の作品であり本当に自分の作品でもあるという思いを持てたということは幸福なことです。
--因みにこの作品は映画を見てから読むことを勧められますか、それとも先に読むことを勧められますか。
本多さんうーん……。原作を読んでから見た方が楽しめるかとは思います。映画にも勿論恋愛の要素もあるしミステリアスな要素もありますが、ひとことでいうと非常にリリカルなんです。本当に説明を排してつくられているので、原作を読んでから、ある程度、自分のなかでの作品世界をつくったうえで映像をみたほうがいいじゃないかな?と個人的には思います。
--中国で異例の大ヒットという報道がありましたが、ご自身ではどう感じられましたか。
本多さんそうですね。映画が中国でどう受け止められたかというのはあくまで映画の評価であって、原作の影響はないと思います。この作品は、日本的なサムライやニンジャとも違うし、アニメーションとも違う恋愛物語です。恋愛は、古今東西普遍的なものですよね。その共通の土台をそれぞれが理解して、ごく普通に中国台湾のキャスト・スタッフと映画を作り上げられたのは、まさしく文化の力だなと思いました。それは映像というメディアの強みでもあるでしょう。
--因みに主演が三浦春馬さんですが、執筆した際にどなたかをご想像されたりしましたか。
本多さんそういうのは特になかったですが、三浦さんより、もう少し生活感のある顔をしていました(笑)
--昨今小説がドラマ・映画の原作となる傾向が強いかなと思うところがあるのですが、そういった傾向については何か思うところはありますか。
本多さん僕自身の執筆に対する影響はないです。小説が映像化されるということは昔からあることなので最近に限った現象ではないと思いますし。その反面、最近の映像作品を見ているとことごとく原作付きのもの、さらにいえば、本であれコミックであれ、ある程度ヒットが約束されているような作品が選ばれている傾向もあって、それはあまり居心地よくはないですね。個人としては原作のないもの、未知のものをみたい欲求が強いかもしれません。勿論原作ありきのものでも面白いものはあるのですが、本と映像のお互いの関係が、ちょっと深すぎるのかなという気はします。
--刊行より10年ということで、この10年の間でものすごく変わったというところはありますか。見た目が物凄く変わられたというところがまず、印象的ではあるのですが(笑)
本多さん髪の色ですか(笑)。10年の変化というと単純に歳をとった、結婚した、子どもが生まれた……という生活上の変化、身体上の変化はあると思います。あとは、小説を書き始めた時はどうしても読者としての感性で書いていました。言ってみれば素人なんですよね。それがある時から書き手の感性に切り替わるときがくる。私の場合、それがこの「真夜中の五分前」かなと思います。でも、最近はその書き手としての感性が勝ちすぎているのかなと思う時もあります。
--書き手としての感性とのこと、たとえばどういうことでしょうか。
本多さんプロの書き手としてこうあるべしという思い入れが過剰かもしれないという感じですね。読者として自分が読みたいものを書いていた頃の感覚に立ち戻ってみてもいいのかなと思っているんです。当たり前ですが、書いていくにつれて、単純にうまくなるんですよ。そして、書ける射程も伸びてくるので、それまで届かなかったものに、表現が届くようにはなる。そうすると届いたところだけを書きたくなるんですね。ただ、その届いたもの、書けるようになったものを書くことが作家として誠実なのかというのはまた別の話なんです。要は自分の小説家としての中心点と始点がどこにあるかを、もう少し自分で意識したほうがいいのかなと思うんです。
--今おっしゃった、自分の中心点・始点というのはどのようなことでしょうか。
本多さん生活の中に物語が入り込んでくるか、というところでしょうね。自分の生活の輪のなかに、ある程度物語がかかってこないとダメだという感じですね。自分にとっては読書の楽しみも、自分の生活と物語というものが重なったところにあります。そこのところをもう一度見つめ直してみたいなと思います。物語に没頭して楽しむところと、自分の生活に立ち戻った時にその物語からなにがしかをひっぱりこんでくるところ、その質と量の幸福な関係性を追いかけてみたいです。
--そのような現在のスタンスから過去の著作をみて今だったらこう書くなというものはありますか。本作「真夜中の五分前」も読者に解釈を求めるやや抽象的な終わり方をしていますが、それに対する「続き」を書こうという気持ちはありますか。
本多さんこの物語の続編を書くことはないです。これはこれで完結した物語だと思っています。きっと、原作を発表した頃の自分にとっては「恋愛小説」は、もっと緊張感の多いやり取りや状況設定を含んだものだったと思うんです。逆に、今、恋愛小説を書くのならもっとテンションのゆるんだところで物語を書くと思います。ですから、直接の続編というものはないと思いますが、先々、恋愛小説を書く事はあり得ると思います。
あと、いまの自分には「真夜中の五分前」の饒舌さはもう書けないですね。この主人公、よくしゃべる男だなあと思って読みかえしています(笑)。
--現在、どのような作品を書かれていますか。
本多さん横浜のデリヘルを舞台にミステリー色のあるものを2015年に控えています。また、今書きたいなと思っていることがいくつかあって、ひとつは犯罪加害者の更生施設を舞台にした物語、もうひとつは母親のいない家庭の父と子のもとに母親が帰ってくるちょっとコミカルな物語を準備しています。
--物語のテーマとして「生」「死」「愛」というところはぶれていらっしゃらないかなという印象を受けます。また家族ものが増えられたのはさきほどおっしゃったライフスタイルの変化もあるのかという印象を受けましたが、物語に対する価値観、テーマというものは変わられましたか。
本多さん書きたいものを書くというスタンスは変わりません。また、もともと「生」と「死」をテーマにする作家と形容され続けていますが、「生」と「死」というところが個人の領域から抜けてきたような気はします。むしろもっと大きな視点から「生」を繋いでいくこと、「死」を看取っていくことというような、いのちの繋がりそのものに軸足がかかっているような気が自分ではしています。この変化は単純に自分が歳をとったことに関係するかなと思います。死が昔ほど抽象的なものでなくなったんですね。
--「真夜中の五分前」を書かれた頃はまだ死というものが抽象的だったのでしょうか。
本多さんそうですね。やっぱり壁の向こうにあったものかと思います。
--本インタビューを読まれてから、あるいは映画を見てから本作をよまれるかたもいると思いますが、こんなところを読んでくださいというところはありますか。
本多さんせっかく映像となったのだから、映像と比べながら読んで欲しいですね。特に今回の作品は映像が原作とまったく違ったストーリーで書かれているので、その辺を楽しんでいただけると思います。今現在についても。読んでくれたかたの生活のなかになにがしかを残していければと思いながら書いていますので、引き続きどうぞよろしくおねがいいたします、といった感じでしょうか。

今週の本はこちら!!

真夜中の五分前(side-A)
真夜中の五分前(side-A)

内容紹介
少し遅れた時計を好んで使った恋人が、六年前に死んだ。いま、小さな広告代理店に勤める僕の時間は、あの日からずっと五分ズレたままだ。そんな僕の前に突然現れた、一卵性双生児のかすみ。彼女が秘密の恋を打ち明けたとき、現実は思いもよらぬ世界へ僕を押しやった。

真夜中の五分前(side-B)
真夜中の五分前(side-B)

内容紹介
かすみとの偶然の出会いは、過去の恋に縛られていた僕の人生を大きく動かした。あれから二年、転職した僕の前にひとりの男が訪ねてきた。そして、かすみとその妹ゆかりを思い出させずにはおかぬこの男が、信じられない話を切り出した。

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