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上橋菜穂子さんインタビュー「鹿の王」

2014年、児童文学のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞した上橋菜穂子さん。受賞後初の長編『鹿の王』が、このたび本屋大賞第1 位に輝きました。2016年春からは、綾瀬はるかさんの主演で『精霊の守り人』のドラマ化(NHK)が決定!ますます注目を集める上橋さんに、『鹿の王』に込めた思いを伺いました。

プロフィール

上橋菜穂子(うえはしなほこ)さん
作家・川村学園女子大学特任教授。文化人類学専攻、オーストラリアの先住民アボリジニを研究。1989年『精霊の木』で作家デビュー。著書に野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞した『精霊の守り人』をはじめとする「守り人」シリーズ、野間児童文芸賞を受賞した『狐笛のかなた』、『獣の奏者』シリーズなどがある。海外での評価も高く、2009年に英語版『精霊の守り人』で米国バチェルダー賞を受賞。14年には国際アンデルセン賞作家賞を受賞している。

インタビュー

■ 町の本屋さんに立ち寄るのが日課でした

--本屋大賞第1位、おめでとうございます!
上橋さん ありがとうございます。
--発表以来、メディアに引っ張りだこの上橋さん。こうした世間の反響をどう受け止めていらっしゃいますか。
上橋さん チヤホヤして頂ける喜びがあるはずだったんですけども、すっかりあたふたしています(笑)。出会ったことのない方にもたくさんお会いしたり、稲垣吾郎さんの番組に出させて頂いたり、とても非日常ですね。
--全国の書店員の方たちに“今一番売りたい本”に選ばれたことについては、どんな思いですか。
上橋さん 本を愛する方たちにそう言ってもらえるなんて、こんなに幸せで嬉しいことはないですね。大学生になったばかりの頃にタイムスリップして、本屋さんでアルバイトをしていた自分に「いずれこんなことが起こるんだよ」と声をかけてあげたいぐらい、自分がこの状況にいるのが不思議な気がします。
--本屋さんでアルバイトをされていたことが?
上橋さん そうなんですよ。私は中高一貫の女子校に入ったので、中学に上がって電車通学を始めてからは毎日、実家の最寄駅の近くのその本屋さんに立ち寄っていました。小さなお店でしたが、そこで本を眺めているのがとにかく大好きで。中学から大学院までの人生で、ストレートに家に帰ったことは、たぶん一度もないはずです。そこでトールキンの『指輪物語』にも出会いました。店長さんも店員さんも、いつも優しく見守ってくださっていたお店で、だからアルバイトができる大学生になってすぐに働き始めたんです。ちょうど黒柳徹子さんの『窓際のトットちゃん』が売れていた頃で、レジ打ちしていると、1日に何人ものお客さんが『トットちゃん』を持ってきて。「100万部突破というのは、こういうことなんだなあ」と思ったのを覚えています。

■ 身体の中と、世界で起きていることがシンクロした瞬間

--異世界ファンタジーでありつつ、感染症をテーマにした医学ミステリーでもある本作。支配される者と従属する者の関係など、国家というものの有り様までが見えてきます。この物語はどのように生まれたのでしょうか。
上橋さん 「守り人」シリーズの執筆中は多民族の葛藤や自然と人との関係が最大の関心事でしたが、『獣の奏者』を書き始めたら、人間と獣の関係を考えるようになって。生物学の本や資料にあたる中で人間の身体、免疫や細胞といったいろんなことに興味が出てきたんです。同じ頃、自分も更年期に差しかかかり、思い通りにいかない人間の身体の不思議さにますます心を惹かれて、ウィルスに関するものも含めて大量の本を読みました。そのうちに私たちの身体の中と、世界で起きていることが頭の中でシンクロして動き始めた。例えば、腸には善玉菌と悪玉菌が存在するというけれど、“善”というのは人間の身体にとってであり、それを考えなければ、たんに細菌同士の生命の様々な葛藤が起きているとも言えるわけです。中には日和見菌までいて……と考えてみると、現実の民族同士の葛藤などにもすごく重なってきて。「あ、面白いなぁ」と思ったのが始まりですね。
--人間と謎の病との闘いを通して、身体も国も、実は小さな命の集まりであることが見えてくる展開に惹き込まれました。物語を書かれる際、一つの場面が頭に浮かんでくるそうですが、今回はいかがでしたか。
上橋さん フランク・ライアンの『破壊する創造者』を読んだ時、エリシア・クロロティカというウミウシの生態の話が超絶面白かったんですね。そのウミウシは生まれてきた時は口もあって動けるのに、やがて光合成をするようになり、食べることも動くこともなくなる。そして時期が来ると一斉に内在性ウィルスの影響で死ぬという、命の姿に衝撃を受けて。命の営みの中に、すでに死が組み込まれているという、なんというか、冷徹な現実は、結局生物すべて同じなんじゃないか。心の我――自分の思い――とは無関係に動いていく、身体の命……。そんなことを考えているうちに、自分が自分でなくなっていく一人の男の姿が浮かびました。心の我が果てしなく小さくなり、身体の我が大きくなるイメージ。すると言葉が消えて、匂いの感覚が強くなるんです。そんなふうに、ゆっくりと「人」でなくなりながら森の中へ分け入っていく男の姿が浮かんだ。それが主人公のヴァンですね。ところが、その男の後ろを、小さな女の子が追いかけていくのが見えたんです。それがユナです。あ、この子が、あの男を人の側につなぎとめるのかもしれない、と思ったとき、「これなら書ける」という気がしてきて、すぐに書き始めました。
--最初にシノプシス(あらすじ)や物語の設計図を作られることは?
上橋さん ないですね。ただ、頭の中ではもちろん、何となく考えていますよ。
--それでいて、これだけの長編を描かれるというのが驚きです。そもそも、大学生時代に書かれた物語も、かなりの長編だったそうで…。
上橋さん 400字詰めの原稿用紙で1000枚(笑)。その物語の主人公の名前がヴァンだったんです。彼もおっさんで、小さな女の子を抱えていたので、イメージに近いと思って今回、その名を主人公の名前にしました。シノプシスも無しにどうやって物語を紡いでいるかといえば、おそらく多くの作家さんがそうだと思うのですが、自分の好きなものを示す羅針盤があって。それを手がかりに書いている、としか表現しようがないですね。登場人物たちも書いている間に、その瞬間に生まれてくるので…面白いですね。
--まるで他人事のようですね!
上橋さん ですよね(笑)。そういうと、なんか不思議なことをやっているように感じると思いますが、でも、そんなことはないです。それに意識的に考えていることはあって。一つは固有名詞で、名前には文化がくっついてきてしまうんです。だから漢字やひらがなはまず使えない。日本になってしまいますから。私がカタカナをよく使うのは、音だけを表現できるから。読んだ時に馴染みがあって、中国や韓国ではないような名前にするのは、いつもすごく苦労します。とらえられないようにすることが、私にとっては大事だし、難しいですね。
--「守り人」や「獣の奏者」シリーズも、舞台は異世界ですね。
上橋さん 場所は特定したくないというのは、たしかにあります。現実にある場所にしてしまうと、その場所に関する細かい事象にとらわれてしまうので。読者もそれにとらわれてしまう。現実のその場所の詳細に引っかかってしまって、全体を俯瞰する目が消えるのが、私はとても怖いんですよ。人の考え方や感情は、自分が生まれ育った場所で形作られますが、普段はそれに気がついていない。外の世界に出た時に初めて、それが、自分が生まれ育ったところの常識でしかなかったのだと知ったりする。そういう意味でも、読者の方には、それこそ裸一貫で物語の中に飛び込んで欲しいと思っています。そこで一から生まれて生き直してもらってこそ、初めて見えるものがある気がして。物語の中で暮らすように、旅するように読んで欲しくて、私は異世界を書いているのだと思います。もちろん、自分が好きな匂いや風景を描きたい、ということもありますし。

■ 人が生きて行く旅路を見せてくれる“物語”

--作家・上橋菜穂子が出来るまでをまとめた『物語ること、生きること』を読むと、本が大好きな少女時代から作家になるまでの道のりが、まるで一つのドラマのようです。この本の中で「フィクションだからといって好きなように書けばいいわけではなく、私はそれが嘘だと思うと書けない」と述べられていたのが印象的でした。
上橋さん といっても、私は巨大な物体が空を飛んだりするのが好きなんですよ。『十戒』のように海が割れたら、うわっ、壮大でカッコいいなとも思う。そういうインパクトは大好きです。でも、私の心の中にずっとある思いがあって。生きることと死ぬことに結びついていること――たとえば、死に対する空しさだったり、あるいは、人がなそうと思ってなし得ないことだったり…民族問題や戦争、さまざまな病気との葛藤、そうした生と死に直接結びついている何かを、私たちがこの世に持たない手段によって解決してしまうと、それは意味がないように思えてしまうんです。それができるなら、この世に虚しさも苦しみもないはずなので。そういう意味での嘘は書きたくないし、書けないです。なんというか、作家の都合で書いたものに対しては、読んでいて醒めてしまうんですよ。でもね、物語って、「こうあれたらいい」という願いを描けるものでもあると思うんです。だから、現実の虚しさを承知していながら、ギリギリの願いを描きたい。そんな書き方でも、爽快感を感じて下さる方がおられたら、うれしいです。
--ネタバレになるので言えませんが、『鹿の王』のラストも素敵ですね。
上橋さん ありがとうございます。ああいう情景を書くことができて、よかったなあと思っています。
--あらためて、上橋さんが思う「物語の力」とは?
上橋さん 他者が自分と同じように苦しみ、葛藤する旅路をみせてくれるものが物語なのかなと。そこには絶望もあるけれど、同時に気持ちのいいところもある。人が物事を見て考えて、何かをなし得たり、救われたりする一番自然な動きが、物語のような気がします。誰の中にも物語装置があって、膨大なあれこれの中で、自分なりに筋道をつけて、これならば仕方ないと思ったり。だから人々は大昔から物語を欲し、喜怒哀楽を味わいながら楽しんできたのでしょうね。そんな物語の原点に近い作品を書きたいと、いつも思っています。それで100%救われることはなくても、今、生きてゆく力を与えられるものであればいいなと。でも、いろいろ言いましたけど、私がそうであったように、一番は、たとえば日常生活のあれこれをしながらも、「今日は、あの本が鞄の中にある。あとであの本の続きが読めるなぁ」と思うと嬉しくなるような…『鹿の王』もそんな1冊になって欲しいなと思います。

【取材】 宇田夏苗

今週の本はこちら!!

鹿の王 上
鹿の王 上

内容紹介
強大な帝国から故郷を守るため、死兵となった戦士団<独角>。その長であったヴァンは、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発症する。その隙に逃げ出したヴァンは幼い少女を拾うが!?

鹿の王 上
鹿の王 下

内容紹介
ユナと名付けた少女と帝国から隠れ生きるヴァン。一方帝国では鷹狩の場が犬に襲われ、岩塩鉱と同じ病が発症する。治療に奮闘する医術師ホッサル。ヴァンとホッサル、ふたりの運命が交叉する時、真実が明らかになる!

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