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秋元康が初めて挑んだ本格的長編小説『象の背中』。

秋元康さん
作詞家として数々のメガヒットを飛ばし、さまざまな流行を仕掛けてきたプロデューサー、秋元康。彼が初めて本格的長編小説に挑んだのが『象の背中』だ。主人公は48歳のサラリーマン。仕事も家庭も順調だったある日、突然がんを宣告される。余命わずか半年。男はこれまでにで出会った忘れえぬ人々への再会を、人生最後の仕事にしようと思い立つ……。誰もがいつかは迎える「死」。理想的な「旅立ち」があるとしたら、それはどんなものだろう? あえて「死」をテーマに小説を書いた、その理由とは? 秋元さんにお話をうかがった。

秋元康さんの本


象の背中
『象の背中』

秋元康
産經新聞出版 /扶桑社
1,500円 (税込 1,575 円)

独り言ばかりが多くなり…
『独り言ばかりが多くなり… 』

秋元康
角川書店
552円 (税込 580 円)

失恋おりがみ
『失恋おりがみ』

秋元康
講談社
1,600円 (税込 1,680 円)

着信アリ
『着信アリ』

秋元康
角川書店
514円 (税込 540 円)

着信アリ(2)
『着信アリ(2)』

秋元康
角川書店
476円 (税込 500 円)

一生を託せる「価値ある男」の見極め方
『一生を託せる「価値ある男」の見極め方 』

秋元康
講談社
571円 (税込 600 円)

秋元康さんおすすめCD


ジェーン&セルジュ
『ジェーン&セルジュ』

セルジュ・ゲンスブール/ジェーン・バーキン
2,136円 (税込 2,243 円)

仕事以外の音楽はあまり聴かないという秋元さんだが、最近、聴いたという、ジェーン・バーキンとセルジュ・ゲンズブールのアルバムをあげてくださいました。「セルジュ・ゲンズブールって、ジェーン・バーキンと結婚していたんですよね。最近聴いて、ちょっといいなと思いましたね。不良中年って感じで」(秋元さん)

秋元康さんおすすめDVD


ローマの休日
『ローマの休日』

オードリー・ヘプバーン/グレゴリー・ペック/エディ・アルバート ほか
4,179円 (税込)

「王道が好き」だという秋元さんおすすめの映画は、まさに王道中の王道。「エンターテインメントって、1つの大きなウソと、99この真実を重ねるのがいいんですね。この映画はまさにその典型ですね」(秋元さん)
また、最近の作品では、アメリカで大人気のテレビシリーズ『LOST』(8月にDVD BOXが発売予定)と、人から薦められて見て面白かったという恋愛&サスペンス映画『ホワイト・ライズ』をおすすめしてくださいました。
 

プロフィール


秋元康(あきもと・やすし)
1956年東京都生まれ。作詞家。京都造形芸術大学芸術学部教授。高校時代から放送作家として活躍。作詞家としては美空ひばりの「川の流れのように」ほかヒット曲多数。91年には『グッバイママ』で映画監督デビュー。「うたばん」「とんねるずのみなさんのおかげでした」などテレビ番組の企画構成も手がける。映画『着信アリ』シリーズの企画原作、NHK連続ドラマ「笑う三人姉妹」では脚本を手がけるなど多才ぶりを発揮している。著書に『一生を託せる「価値ある男」の見極め方』『世の中にこんな旨いものがあったのか?』『趣味力』など。「着信アリFinal」が6月公開。

インタビュー


――がんを宣告された中年男性の物語を書こうと思われたきっかけを教えてください。


秋元さん 僕の父は肝臓がんで亡くなったんですが、告知をしませんでした。自分の病気を知らないまま、ある日突然、倒れて逝ったんですね。もう1人、僕をかわいがってくれていた叔父貴がいたんですが、彼は告知を受けたんですよ。僕はその叔父貴に病室に呼ばれて、いろいろな話をしてお別れをしました。
 その経験があって、やっぱり父に告知すべきだったかなと自分の中で逡巡が生まれたんです。それが『象の背中』を書いた直接のきかっけですね。もし、自分ががんを告知されたらどうするのか、と考えたんです。


――「死」というテーマに思い入れがおありのようですね。


秋元さん 父親が死んでから、あるいは自分が40を越えたあたりから、死というものが非常に身近なものになって来ました。
 誰かが言っていましたけど――これは統計学的なものではなくてイメージの問題ですけど――40過ぎると死ぬ確率はいっしょだ、と。40になる前は20歳と70歳のおじいさんだったら、20歳のほうが長く生きると思いますよね。でも、40すぎると何歳でも同じ。70歳が明日死ぬ確率も、40歳が明日死ぬ確率も同じだ――そんな話を聞いて、よけいに「死」について考えましたね。
 2000年に『川の流れのように』という映画を撮りましたが、そのテーマも死でした。死について考えることは決してネガティブなことではなくて、むしろ生に対する執着をあらためて意識することなんです。僕の場合で言うと、5歳になる娘がいるんですが、その娘のことを思うと、
死とは何かを考えざるをえなくなってきます。


――『象の背中』の主人公は執筆当時の秋元さんと同じ年齢ですよね。仕事一辺倒、夢中で走ってきた男が、がんを宣告されて立ち止まり、振り返る。そこで、いろんなものが見えてくる。

秋元さん 僕は1980年代に時代の寵児と世間では言われていたようですが、89年から90年にかけてニューヨークに住んでいて、その時に学んだのが、時代の寵児がいなくなったところでなんでもない、ということだったんです。それと同じで、会社のために生きてきた会社人間がいなくなっても、翌日から会社は何もなかったかのように進んでいく。
 『象の背中』の主人公は、仕事に夢中になっていた間、家族で撮った写真がないことに気づきます。その部分は、僕自身もオーバーラップする部分があって、いまは1日のなかで娘と過ごす時間の比重が大きいんですが、1、2歳のときは、すごく忙しくていっしょにいられる時間がほとんどなかった。そのとき、カミさんに「いちばん可愛いときを見逃してどうするの?」って言われて、痛かったんですよ。たしかにそうだな、と。 たぶん、そういうお父さんたちがたくさんいると思うんですよ。お父さんの側からすると「家族のために働いているんだ」と言いたいでしょうけど、肝心のその家族を見ていないじゃないですか。たぶん、読んでくれたお父さんのなかで「痛いな」と思うお父さんはけっこういると思いますね。


――「痛い」半面で、余命半年を主人公が充実させていく様子に、羨ましいと感じる読者も多いと思います。

秋元さん
 産経新聞に連載していたということもあって、お父さんたちの願望を満たしてあげたいという思いもありましたね。主人公の生活が、サラリーマンにしては裕福すぎるとか、こんな愛人がいるわけないとか、とくに女性からは反発を受けそうですが(笑)、これは世の中年男性の願望なんですよ。


――フィクションのなかで願望を満たす。それも小説の楽しみの一つですね。

秋元さん 主人公が余命半年という設定で小説を書く場合、どちらちかだと思うんですよね。一方が『象の背中』だとすると、もう一方は、妻と愛人が修羅場になるとか、すごくリアルで身につまされる小説。
 でも、僕は、自分が余命半年だとわかったら、死ぬということへの奇跡は起こらなくても、それにまつわる奇跡は起きてほしい。そう思って書いたんです。一種の大人のファンタジーかもしれませんね。


――「死」という誰もが避けられない話題ですから、男性、女性での違いはもちろんのこと、読者それぞれ意見が違うと思いますが、自分ががんを宣告されたらどうしよう、夫ががんを告知されたら何をしてあげられるだろう……読者同士が話題にできる小説だと思いました。

秋元さん おっしゃるとおりで、僕は小説家ではないので、エッセイ風小説にしたかったんです。死についてのこういう考え方をどう思いますか? 夫の浮気は絶対にダメですか? そんなふうに、ところどころにエッセイ風の問いかけがあるんですよ。
 小説は物語が進むにつれて、主人公が勝手に動いていくものだと思うんですが、『象の背中』の場合は、この主人公に何を語らせたいかを考えながら書いていたような気がしますね。


――秋元さんといえば、とんねるずやおニャン子クラブをはじめとする流行の仕掛け人というイメージが強いんですが、『象の背中』を読むと、秋元さんのホンネの部分が随所に顔を出しているのではないかと感じました。

秋元さん 僕の仕事で目立つものは、とかくゲリラ的なものと捉えられているようですけど、基本的にはものすごくコンサバティブな人間なんですよ。
 80年代には面白がっていろんな企画モノの歌を作りましたけど、本質的には『川の流れのように』のような志向だと思います。『象の背中』はそっちのほうが出ているのかもしれませんね。


――『川の流れのように』は、秋元さんが作詞された代表作の1つであり、今も歌い継がれていますが、『象の背中』の中にもさりげなく登場します。僕の勝手な解釈ですが、ヒットメーカーとしての秋元さんとは別に、自分自身の人生観に照らしてものづくりをしている秋元康がいるのだ、というメッセージを読者に送っているのではないかと感じました。

秋元さん 僕たちの仕事って、結局はイメージなんですよ。僕は本当はコンサバティブな人間で、わりと情にもろくて、義理人情に厚いタイプ。だけど、売れるものに関わるたびに秋元康は計算高いやつって思われるんですよ。僕自身は面白いからやってるだけなんですけどね。 そうなると、どこかで「俺は本当はこうなんだ」というものを出したくなる。世間の見方とは違う部分があるんだよ、と。 それはたぶん、僕らみたいな仕事だけじゃなくって、サラリーマンでもあると思うんですよ。生きているうちに、浴槽の水垢みたいなものが身体にまとわりついて、本来の自分ではない自分に見られちゃうんですよね。 たしかに、外から見られている自分も自分の一面ではあるけれど、すべてではない。そう思っている人は多いんじゃないでしょうか。


――それが、あと余命が半年となったら、鎧を脱いで、水垢を剥がすことができる。そこにはある種のカタルシスがありますね。なぜ、秋元さんが余命半年の小説を書いたか。その理由の1つは、死と対峙することで裸になってく主人公の姿を描きたいと思われたのかもしれませんね。

秋元さん そうかもしれませんね。『象の背中』では、僕なりに直球を投げたつもりなんですよ。でも、17歳のときから仕事をして来て何度も経験していることですけど、直球を投げたからって評価してもらえるとは限らない。だから、わかる人から「意外によかったよ」と言われることのほうが貴重なんですよ。
 「秋元康」というだけで、1つの匂いがあるわけです。その匂いがあるのに、1つの仕事に対して「意外によかったよ」と言ってもらえれば、たぶん、それが何よりのほめ言葉なんだと思います。


――『象の背中』というタイトルを思いつかれたきっかけは?

秋元さん 象は死期を悟ると、群れから離れてたった1頭で死んでいくとよく言われています。それがなぜなのかはわかりませんが、すごくロマンティックですよね。だけど、はたして人間が象のように1人で去っていけるだろうか。
 人間だったら、誰にも迷惑かけずに死にたいなと思って残していく人たちに背中を向けつつも、どこかで「背中を見ていてほしい」と思っているはずなんです。
 象が群れから離れていくときに、象が背中を見せて去っていく。そのとき、去っていく象は、一瞬、振り返るんじゃないか、と僕は思います。振り返ったときに、象はいったい、何を考えるんだろう。そんな思いを込めたタイトルです。


――奥様は『象の背中』をお読みになったんですか?

秋元さん ところどころ新聞で読んでいたみたいですね。でも、感想なんかは言わないですよ。僕がこの仕事をしていて楽なのは、カミさんが僕の仕事のほとんどを見たり聞いたりしていないことですね。
 つらいでしょ。新曲出したときに「Bメロ弱いわね」なんて言われたら(笑)。


――娘さんは5歳ということですが、可愛い盛りですね。

秋元さん 次に書こうと思っているのが、娘にあてたエッセイなんですよ。僕が50年、生きてきて学んだことを、娘にもわかる言葉で伝えたい。
 書こう書こうとは思っているんですが、そう言い出してから3年たってます(笑)。


――お忙しいとは思いますが、ぜひ実現してください! 今日はありがとうございました。



秋元さんのお話をうかがっていて、つくづくこの人は「エンターテインメントの人」なのだと感じた。おもしろおかしいだけがエンターテインメントではない。普遍的なテーマを、わかりやすく、好奇心を刺激し、なおかつ考えるきかっけを与えてくれるのが、良質のエンターテインメントだと思う。『象の背中』は、秋元さんがストライクゾーンの真ん中に、力いっぱい投げ込んだ、「王道」をゆくストレートである。
【タカザワケンジ】




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