楽天ブックス 著者インタビュー

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アントニオ猪木さんが糖尿病の本を出した。現役時代に糖尿病と宣告され、20年以上苦しんできたというのも驚きだが、それが1年半前に出会った治療法によって、「好きな時に好きなものが食べられる」「無理な運動も不要」という状態にまで回復したというのだ。糖尿病に立ち向かった猪木さんと、その治療を担当された東京八重洲クリニック内科・舘一男院長に同席していただき、お話を伺った。

プロフィール

アントニオ猪木さん (あんとにお・いのき)
1943年神奈川県横浜市生まれ。幼ない頃に家族とともにブラジルへ移民し、少年時代を過ごす。力道山にスカウトされプロレス界入り、新日本プロレス創始者でオーナー。1989年、スポーツ平和党を結成、史上初のレスラー出身の参議院議員になった。引退後は、日本のプロレス、格闘技界のご意見番として、また世界の諸問題に、民間外交のエキスパート、文化人として多方面にわたり活躍中。
公式ホームページhttp://www.inokiism.com/

インタビュー

−−本の中に、「糖尿病は、俺の人生の中でプロレスラーであったことの次に大きな戦いであった」と書かれています。同じように、糖尿病で苦しんでいる方もたくさんいると思いますが、猪木さんの体験を知ることで、とても勇気が持てる本でもありますね。また、治療の考え方や、食事のことまで丁寧に書かれていて、実践的な面もあります。本を出されたきっかけを、教えていただけますか?
猪木さんひとつは、今回治療を受けた舘先生の本を出すということで、私が横に載るはずだったんですけど、出来上がったら、なぜか私が表になっていたという(笑)。 もうひとつは、メッセージというものをどういうふうに送るのか、ということですね。先生方のまじめな話も大事ですが、それと同時に、送るならなるべくたくさんの人に受け取ってもらいたい。そういう意味で、私の役割があったと思います。
−−メッセージという意味では、猪木さんの考え方・生き方というものと、病気を克服する上で実践されてきたことが、ピタリとあった形で書かれているなと思いました。それにしても、体験した人でないとわからないことが、たくさん書かれているなぁと思ったのですが……。
猪木さん私の場合は、すべて経験したこと、体験から学ぶんですね。まぁ、本から学ぶこともありますけど、それもまた、体験させられるっていう。過去、糖尿病よりすごかったのは、首を切られて、命のカウントダウン、なんて事件もあったりしましたし、リングはリングで、いろいろな戦いがありました。それは自分が職業としてやってきたことです。ですが、糖尿病の宣告をされた時は、ハプニングというか、「なんでオレが糖尿病なんだ」と……。
−−糖尿病と診断された時のことは、覚えてらっしゃますか?
猪木さんあんまり過去のことは、覚えてないんです(笑)。どんどん、打ち消していってしまうもんですから。あえて、インタビューされて、こうでした、というのはありますけど。試合も、覚えてはいますが、自分についての記事や記録なんかはいっさい見ないですね。新聞や、テレビも見ない。そうはいっても、東京スポーツとかの見出しとかに「猪木!」とか書いてあれば、秘書に「おい、オレの悪口、また書いてあるか?」(笑)って聞いたり。そのぐらいのことはしますけど……。
−−それは、過去をあまり振りかえらないということなのでしょうか?
猪木さんなんていうんですかね……。けっこうつらい思い出もありますが、そういうものは削除しておかないと。いつまでも人の怨念を抱えて生きていくのがイヤだっていうのかな。私を裏切って、隙あらばという人もいましたけど、そういうものを、自分の中に残さないんです。まわりのヤツの方が怒っているね、俺よりもね。そういったエネルギーは、振り子みたいなもので、プラスとマイナスに振れるでしょう。人間は、あれもしたい、これもしたいというのがありますが、でも「おい、ちょっと待てよ」と、その瞬間に振り子を振り戻すようにしないとね。ある意味、私なんかは、常にそういった訓練をしておかないと。1回振ったら、もう1回、もっと強く振り切ってしまわないといけません。
−−やっぱりお話1つ1つに、戦われる姿勢というか、立ち向かう生き方が感じられてスゴイなと思うのですが、20年間、糖尿病と自己流で戦ってこられた、というのが本の中にありました。自己流というのは、日々の健康管理、ということですか?
猪木さん当時も、インスリンか薬かという選択もありましたが、そのときは若かったし、体力がありましたから、食事をおさえてランニングなどの運動をして、という自己流のやり方でも、血糖値がある程度下がって、なんとかコントロールできていたと思うんですね。ところが、国会議員になって、運動の時間が減って、なおかつ、食事会などが重なると……。とくに外交をやっていましたから、海外で出された食事を食べないわけにはいかない。それで、血糖値の降下剤を勧められて使ったんです。ただ当時は、朝だけの計測で「食事のあとに血糖値があがる」ということについては、それほど意識していなかった。朝、120以内におさえられればいいかなと、そう思っていました。それより高い時は、氷風呂とか運動とかで調整していたんです。

それが、だんだん年を重ねてきて、膝が悪くなって、腰も痛くて、運動量も減ってくる。みんな「猪木さんなら、運動しているんでしょうね」っていいますが、本当は、体が動かせなくて、運動ができなくなったから、現役を退いていくわけでしょ。今も自分なりの運動はしてるんだけど、そんなにね、運動はしたくないもんですよ。ずっと体を使ってきて、何十年も体を酷使してきましたから、体もかわいそうで、休ませてあげないと。年を取ったら、なおさらのこと体を動かしたくないじゃないですか。そういう意味で、血糖値がコントロールできなくなりまして……1年半前ですが、東京八重洲クリニックの舘先生との出会いをいただいて。体を動かせる時はいい、動かせない時は? 今日、これだけ食べたいなら? というのを全部コントロールすれば、「これを食べてしまうと、血糖値があがってしまうんじゃないか」というような心配がいらない生活になりました。

これは、それまでの概念とまったくちがってたんですよ。本にも書いてあるけれど、肉とか油っぽいものとか、カロリーが高い食べ物は「絶対ダメです」って普通のお医者なら、そう教えます。ところが実際は、自分で血糖値を計ってますけど、そういったものを食べてもほとんど血糖値はあがらないんです。

先生のお話を聞いている中でわかったことのひとつにGI値というのもあります。それまで、ごはんについては、そんなに意識してなかったのですが、150グラムのごはんを基準に、それを食べるのにインスリンがどれだけ必要かというのがコントロールのベースになるわけです。それまでは、ごはんをたくさん食べて、おかずは少なめとかにしていたけれども、ごはんをある程度おさえて、GI値の低い食品を食べるほうが重要なんですね。 だいたい似ているんですよ、糖尿病になる人の食べたいものというのは。俺は丼飯が好きだとか、肉が好きだとか。毎日バランス良く食べればいいんです。食べたいものを無理にがまんすることはないし、飲みたい酒も少々ならいいじゃないですか。コントロールできていれば、かえって健康にいいんじゃないですか?
−−インスリンを使う治療方法にとまどわれたりとかはありませんでしたか?
猪木さん俺は素直なんですよ。どちらにしても、心の中では、いずれインスリンのお世話にならないといけないかなと思ってはいました。ただ、インスリンの使い方の概念は、ちがっていましたね。いままでの治療法では、インスリンを、朝、何単位打って、夜、何単位うつという方法で、結局、コントロールできない。それにインスリンも、随分、進化したんじゃないですかね? 即効性、持続性と、さらに、体にはいってすぐでていく超即効性っていうものまであって、使い分ける。今回の治療法では、食事のたびに、メニューにあわせて注射をする。まぁ、最初はめんどくさいですよ。しかし、慣れてしまえば、今日はたくさん食べたいと思ったら余分に注射する、もっと食べたいと思ったら、追加するということで、食後の血糖値を150〜160の範囲内でとめておく。そうすると、合併症が起きないというんですね、絶対に。

これ、先生、絶対って言っていいんですよね?
東京八重洲クリニック・舘先生はい。逆に長生きするというデータもでています。
−−すごいことですね。さて、猪木さんは患者さんとしてはいかがでしたか?
東京八重洲クリニック・舘先生非常に優秀な患者さんでした。
猪木さんいや、あんまり、優秀だとは思わないなぁ。毎日、酒を3本も飲んでて、優秀だとか言っては(笑)。
−−それは、これまでの常識から考えたら、即座に止められちゃうことですよね。
猪木さんそうそう、非常識だよね。いままでの治療から考えると。
東京八重洲クリニック・舘先生私の方針は、患者さんご自身が主治医になるという考え方なんです。いろいろなことを身を持って、知っていただかないといけないんですよ。私の言うことだけを、頑に守っているようでは、突発的なことや特殊な状況に応用が効かなくなってしまう。そういう意味でも、猪木さんはいろんなことにチャレンジをされて、そこから、すごく学習していらっしゃるという印象です。
−−本の中にも、早めにインスリン注射をしたら、低血糖になってハラハラしたお話がでてきたりしますね。
猪木さんああ、それはニューヨークでのことですね。ちょうど五番街のお祭りにタクシーがつかまっちゃってね。車の中で先に注射を打ってしまったのに、道を通してもらえなくて、結局10分ぐらいで到着するところに、30分ぐらいかかっちゃった。低血糖の症状は聞いていましたから、こういうものかと体験させてもらったということでしょうか。ちょうど、予備の糖分というか、アメとかを持っていなかったから、途中のコーヒーショップでシュガーシロップをもらったり、レストランに到着してからも、すぐに砂糖の袋をもらってね……。
−−そういう体験からもたくさんのことを学ばれてるんですね。それはやはり、意識が高いとか、前向きに生きていらっしゃるとか、そういうことが影響してるんでしょうか。
東京八重洲クリニック・舘先生もちろんそうですけれど、たくさんの患者さんをみていますと、みなさん当然、それまでにも病院にかかってきているわけですから、それまでの常識にとらわれてしまう方が多いんですね。まちがった常識にとらわれたままになっている……。
−−そういう意味では、猪木さんの場合は、とまどいとかはありませんでしたか? 素直にうけとめることで乗り越えられたのでしょうか。
猪木さん信頼関係というんでしょうか。私はあまり人を疑わない性格なんでね。これまでのさまざまな出会いが、すべて、良かったこともあるんですよ。その時々に応じて、良い人と出会ってきた。必要なものも、たとえば、お金がたいへんだなっていう時にも、ある所からお金がでてきたりとか。そういうことでは、たまたま私も体が動かなくなってきたところで、こういう出会いがあった。だから、素直になれたというか、インスリン注射の使用にも、それほど抵抗はなかったです。
−−抵抗ないにしても、実際に注射をされるタイミングなどで悩まれる方もいるようですが、猪木さんの場合、非常にスマートに処理されてるって思いました。
猪木さんまぁ、食事会でも、最初は席を立ってトイレに行ってとか、いろいろやってました。が、ホテルのパーティーとかだと、人の出入りも多かったりして、そんなことであわてたりもしてね。今なら、まわりの人はぜんぶわかっているし、知らない人にとっても、逆に教えてあげることになるから、わかってもいいんですが。

パーティなんかの場合だと、とりあえず席ついて、こうやってね(と、テーブルカバーをおなかのあたりまでタップリかけて)こうすれば目立たないですよ。

1回は、俺、シャツの上から打ったこともあるな。万博の時に、ちょうど、カタールの食事がでてきてね。まわりには、もうファンがいっぱいいるわけですよ。そこで食事をしないといけない。これは困ったなって、その時はしょうがないから、シャツの上から打ちました。普通はテーブルクロスやナプキンで隠して、ズボンのチャックを半分も開けて、それで打てば誰にもわからないですよ。 注射するのに1番良いのは、お腹なんですね。腕でもいいんですが、1番安定して打てる。しゃべりなから、数字をあわせて(と言って、胸ポケットから太い万年筆のようにも見える猪木さんが「魔法の杖」と呼ぶ、インスリン注射のケースを取り出し)、これがそうなんですけどね(と言って取り出しながら)、こうやってフタだけとって、使用量の数字をあわせて(テーブルクロスの下にいれ)で、いきなり挿してしまうと、どこに刺さるかわからないから、とりあえず刺す位置を注射器の先でさぐっておいて、ちょっと抜いて、すっと挿して……ほら、だれにもわからないでしょう(笑)。

毎日のことなので、めんどくさくない、自分なりのやり方を見つけられればいいんじゃないかなぁ。
−−自分が続けられそうな注射の仕方をいろいろ試してみればいいんですね。
猪木さんあとは、けっこう血糖値って楽しみなんですよね。このぐらい食べても「ああ、こんなくらいでおさまっていた」って、ゲームをやってるようなものでね。あんまり神経質になっちゃうと、下がったとか上がったとかふりまわされてしまうから。もし、私がアドバイスするとすれば、別に、上がったからどうこう……というよりも、「数値が上がった時に、どう下げるか」というコントロール方法を知っておけばいいんじゃないか、ということですね。うまくコントロールすれば、インスリンが必要なくなる人もいるんですよね?
東京八重洲クリニック・舘先生  そうですね、次第に使用量は減っていきますから、そこまでいける方もいらっしゃますね。それは膵臓が、いわゆる正常な状態にもどった、ということです。
−−それはすごいですね。ほんとに、正しい知識で、自分で自分の体をコントロールできるのが1番ですね。
猪木さんなんにしても、血糖値のコントロールができてくると、それまで秋になると踵がザラザラになっていたのがなくなりました。肌もツルツルだし。朝、起きた時に、舌が口にベタッと貼りついていたのも、口が乾くというのもなくなってきた。歯みがきの後で、舌をヘラで掃除するんですが、体が良い状態のときには、全体にキレイですよ。いろんな部分で、体のチェックというのができる。そういったことをベースにして、それぞれが健康管理をすればいいんじゃないですか。

自己管理ということでは、医療費の問題もありますね。医療費の国家予算て、毎年一兆円ずつ上がっていってるんですよ。俺が議員になった時には18兆円で、それに消費税を投入するかしないかという議論をしたんですけど、今では35兆円ですか? もう破綻しちゃってるわけでしょう。医療費の削減という意味では、健康の自己管理というのは、国家のためでも、自分のためでもある。

それに、国家だのなんだの言わなくても、せっかくの自分の人生でしょう。糖尿病と宣告されたら、それこそ、死刑執行じゃないけど、ガツーンと落ち込む気分になります。そんなことないよ、ぜんぜん大丈夫だよ、と。本にも書いてあるような、それなりの指導を受けないといけませんけど。そうすれば、毎日、人生の3大欲望の中のふたつは大丈夫だな、と(笑)。
−−大事なことですよ。生きていく上での楽しみというか、ストレスなく生きたいと思います。
猪木さん「元気があればなんでもできる」って、サインの色紙にもよく書きますけど、こういう先生との出会いをいただいて、いろいろなお話を伺って、俺なりにもいろいろ考えてみると、やはり、国民全体に元気がなくなってきてるんじゃないかって思いますね。

たとえば、「1、2、3、ダッコ!」っていうのが流行ってるんですよ。先日、たまたま女の子が寄ってきたから、「1、2、3、ダー!って知ってますか? やりましょう」ってやっていて、そのうち、手をあげないでダッコしたらね、もう、すごくウケてね。この本のサイン会でも、何人にもやりましたけど、それはウケてましたよ。

それはなにかっていうと、つまり男が元気なくなっちゃったんですね。ひとつには、社会の中でセクハラだとか言われたりというのもありますけど、男は、本来はもっと女性に積極的であったんですよ。それが、現代では、ほとんどの人が行動に移せない。セクハラとかそういうことじゃなくて、もっと握手してもいいし、スキンシップというか。アメリカでは、男でも女でも、出会ったらヤアヤアって抱き合う。少子化ということで考えても生活や養育費の問題もさることながら、それよりも、女性は強い種を欲しがっているのに、強い種がみつからないんじゃないですかね。バカな話かもしれないけど、本音をついてる部分があると思うんですよ。

政治家だと、いや、これからの時代、子供を産んでも養育できないから……っていうけど、途上国でも、みんなバンバン産んでるんじゃないですか。それはやはり、いまの日本の男子に元気がなくなっちゃって、女性も本能的にそういう種はいらない、と感じているんじゃないかな。
−−なにか……わかるような気がします……。元気というのはいろんな意味でも重要なことですね。病気だと、なおのこと、積極的になるのはたいへんです。たとえば、糖尿病の人の家族にとっても、この病気は、耐える・がまんするといった苦労がつきまといます。本人も家族も耐える病気って思いがちですが、この本を読んで、患者が自分で前向きに管理するというのは、新しい考え方だなと思いました。
八重洲クリニック・舘先生いえ、「新しい考え方」ではなくて、それは世界では標準的な治療なんです。日本ではまだ一般的でないだけで。それは、日本の医者の責任だと思います。患者さんの責任ではなくて、日本の医者の問題なんてす。
−−そういったことまでみんな含めたことが、この本のメッセージなんですね。
猪木さん舘先生にされてみれば、ご自身が眼科医で、あまりにも合併症が多い現状や、自分自身も糖尿病だという体験から、ある意味「怒り」があったと思うんです。こういう古いやり方を放置している現状に対する怒りですか。そこが、今回、この本で俺が1番送りたいメッセージですね。遅れている治療や間違った考え方で、そのために人の人生を暗くしてしまうことに対して。

私がプロレスラーとしてリングにあがった時には、良い試合をしなければレスラーとしての任務が果たせない。同じように、こんな現状では、医師としての責任が果たされていないわけです。舘先生は本来、眼科の方ですから、糖尿病で、白内障とか緑内障などをおこしている患者さんが毎日来るわけです。それを治療している側として……ね。
−−そうですね、前段の治療が適切に行われていれば……。
猪木さんそこまで、ひどくならなくてすんでる人もいるわけです。そういう怒りだと思うんですよ。ズバリいえば、本のタイトルも「危ない!」じゃなくて、「怒り!」でよかったかもしれないな、そのくらいに思っています。

世の中全体、怒りが足りないんですね。言葉を誤解されると困るんだけど、人間には、喜びや怒りや、いろいろな感情があるもんですが、それがなにか、去勢されちゃったみたいだな、と。今回の政治(選挙のこと)もそういう現象から起きてる部分もあるんじゃないかな。

アメリカでは、レストランで食事をしていると、隣のテーブルから大きな声が聞こえてくる。大勢で楽しそうに笑っていたりね。ところが、日本のレストランで笑い声が聞こえてきたことがないですからね、シーンとしてて。マナー的に良いか悪いかは別にして、食事っていうのは、リラックスして、開放されて、いい仲間と食べていると、必然的に話もわいてきて、笑いも声も大きくなるのに、日本には笑いがなくなってしまった。

そういったことが、さきほどの「元気」とも、つながっていると思いますね。

正直言って、健康というものは、痛いところがなくて、どこも病気がない人をいうのだと思う。ただし、俺はもう健康とは逆だものね。痛風もやったし、糖尿病だし、そのほかにも腰は痛くて、ヘルニアじゃないけどスベリ症で、膝の関節もひどい。そういいながら、こうしてがんばって、生きているよ、という姿をみなさんに知らせたい。よく片足が無かったり、障害がある人ががんばっているというテレビ番組があったりしますけど、そういう人たちと同じ状態の人もいるでしょう。けれど、そこでのちがいは、あえて前に踏み出して生きている人と、もうダメだと引いてしまっている人のちがいじゃないのかな。

この本を手にとってくれる人の中には、糖尿病でたいへんな人もいるだろうし、糖尿予備軍というか、いまは健康でもわからないだけの人もいると思うんですよ。みんなね、俺の経験でもそうだけど「俺は糖尿なんかになるわけはないよ」って思いこんでる。自惚れがあるからね。ぜったい自分は大丈夫って。で、診断されると、ガーンと落ち込む。俺もたぶんそういう時期があったと思うんですよ。だから、いま健康でも、そういうことの「気づき」というか、意識は持ったほうがいいね。糖尿は、遺伝的なものも非常に強く作用してきますし、なる前に知識とコントロールができていれば、インスリンのお世話にならなくてすむ。なってしまった場合には、こういう対処法を知ってうまく対処して、前向きに生きてもらえれば、ね。

で、俺は、少子化対策委員長(笑)になったので、よろしくお願いしますよ。わかる? みんなけっこうそう言うと、私も私もっていうけど、ほんとにわかってます?(笑)男として、できた子供は心配するな、みんな面倒をみるぞってことですよ。これは、がんばらにゃ。(笑)
−−さすが猪木さんですね。今日は貴重なお話を、ほんとうにありがとうございました!
アントニオ猪木さんは、体格だけでなく存在感にも厚みのある、懐の深い方でした。糖尿病だということは、自伝にも書かれたりしていましたが、これまでの試合や政治活動からはまったくわからない苦しい日々を過ごされていたのです。戦う男が闘病のことを語る……これだけでも勇気がいることです。そのうえ、自分の病を自分でコントロールするようになるまでには、どんな出来事があったのでしょうか……。その詳細は本の中にたっぷり書かれています。糖尿病治療にいき詰まっている人はぜひ知るべき治療方法と、普通の病気関係の書籍にはない臨場感、そして猪木さんの食事メニューまでが収録されたこの本。さまざまな人に読んでもらいたい本です。【インタビュー 波多野絵理】

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