楽天ブックス 著者インタビュー

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いわさきちひろさんの29枚の絵と、江國香織さんの29篇の書き下ろしの詩(すべて、かなで書かれている)による美しい詩画集――というより詩によって構成された絵本と言ったほうがしっくりくるだろうか――が誕生した。『パンプルムース!』というタイトルも、魔法の呪文のような、不思議な味のするデザートのような、なんとも魅惑的な響きだ。手にとると、紙の感触が心地よく、絵と詩の間にたっぷりととられた余白がイマジネーションをかきたてる。装丁を手がけたのがあのクラフト・エヴィング商會の吉田夫妻だと聞いてナットク。にんまりしてしまう。黒柳徹子さんや俵万智さんはじめ、いわさきちひろさんの遺した絵とコラボレートした本はこれまでに何冊も出されているが、読者は、この本でまた新たにちひろさんの魅力に気づかされることになる。没後30年が過ぎても古びることのないちひろさんの絵の普遍性には、改めて驚かされる。そして、ちひろさんの絵に新しい息吹を与えた江國さんの言葉の力にも!江國さんとちひろさん、この時を超えたコラボレーションはどのようにして生まれたのだろうか?

プロフィール

江國香織さんさん (えぐに・かおり)
1964年東京生まれ。短大国文科卒業後、アメリカに一年留学。「草之丞の話」で「小さな童話」大賞、「409 ラドクリフ」(『江國香織とっておき作品集』所収)でフェミナ賞、『こうばしい日々』で産経児童出版文化賞・坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、『号泣する準備はできていた』で直木賞など、受賞多数。『東京タワー』など映画化やTVドラマ化された作品も多い。エッセイに『絵本を抱えて 部屋のすみへ』『都の子』など。絵本に『あかるい箱』『モンテロッソのピンクの壁』など。『ロンドンのマドレーヌ』『イングリッシュローズィズ』ほか、海外の絵本の翻訳も多数手がけている。詩のアンソロジー『活発な暗闇』も江國さんならではのセンスが光る1冊。

インタビュー

江國香織さん

−−持っててうれしくなる本というか、いとおしいたたずまいの本ですね。出版社から「ちひろさんの絵で何か1冊」という企画がきたときはどう思われましたか。
江國さんちひろさんの絵でっていうのがすごく意外だったし……、びっくりしました。でも、俄然やりたくなっちゃった。ファックスでアイデアをいただいたのはちょうど4年前だったんですけど、仕事がたてこんでて、新しい仕事はおことわりしてたんですね。特に子どものものはハードルが高くて、納得がいくように書けたためしがないので、児童書の依頼がきたっていうだけで「あ、おことわりだな」って思ったんですけど(笑)。でも、ちひろさんの絵でっていうのに惹かれたのと、企画書の文がすてきだったので、「やります!」って言っちゃったんです。
−−江國さんは児童文学の「桃子」でデビューされて、児童書をたくさん出していらっしゃるのに、子どもの本を書くのは「ハードルが高い」っておっしゃるのは、とても意外ですが。
江國さん児童書の出版社から出ていたり、児童書の体裁で出された本はあって、それぞれ物語としては気にいっています。でも、本当に子どもたちに向けてっていうふうに思って書いてはいなくて。まあ、主人公が大人じゃなく子どもであるっていうくらいだったんですね。で、実際、読者も中学生ぐらいから上の人たちが多いんです。

でもね、今度の本は、子どもたちが例えばおもしろいと思わなくても、(自分に)残っちゃうものってあるじゃないですか。私自身、教科書で読んだ教訓くさくてつまんないと思った物語でさえも、自分の中に残っている部分がある。それがふいに出てくるのとかが、すごくおもしろいなって思えるようになったんです。(残ってることが)よかったって思う。“情報”ではなく“詩”や“物語”の言葉や絵というのは、ひとをつよくしてくれる、自分の中にたくさん残れば残るほど、ひとはつよくなれると思うんです。だから今回の詩画集は、初めて意図的に、いっぱい子どもたちの目にふれるといいなあ、子どもたちの中に残ってくれるといいなあ、と思ってつくりました。
−−はっきりと子どもの読者を意識してつくった本という意味で、まったく新しいチャレンジだったんですね。
江國さん小学生以下の子どもに向けたものを書くのは難しいから避けてたんです。だけど今回は子どもが読むということを意識しました。ものすごい好き、おもしろいって子どもたちに言ってもらえたらもちろんうれしいですけど、もし言ってくれなくてもいいっていう、わりと乱暴な気持ちなんです。全部は覚えてなくても、読んでくれた子の中にカケラが残ればいいっていうような、何か乱暴な気持ちです。
−−勇ましい決意のひそんだ本だったんですね。この4年間で本ができあがるまでの過程を教えてください。
江國さん今は通信機器が発達しているので、最初はファックスなどで何度かやりとりをして、初めて編集者にお会いしたのは1年後ぐらい。書いたのはわりと集中してやりました。去年の1月だったかな、1か月くらいで書きました。この本に限らないんですけど、いつも、書くって意識しはじめてから実際に書くまでに、時間がかかるんですね。その世界の空気をつかんだり、こうしたい、こうできるっていう感じになるまでに時間がかかります。
−−絵も江國さんが選ばれたそうですが、詩を書くのと絵を選ぶのは、どっちが先だったんでしょう。
江國さん最初は全部、絵から触発というか、絵から詩をつくりたいと思っていて。で、ちひろさんの資料(『ちひろBOX』 『ちひろ美術館』など)を送ってもらって、好きな絵とか、これが入れられたらうれしいと思う絵を選んだんです。でも、絵を見ているうちに詩ができたのもあれば、できなかったのもあって。それからまた、書いているうちに、絵と関係なく書きたくなって書いたり。絵と関係なく書いた詩は、選んでおいた絵とうまく組み合わせられたのもあれば、新しく絵を選び直したのもあります。松本猛さん(ちひろさんのご子息で、安積野ちひろ美術館館長)や編集のかたに見つけてもらった絵もありますし。

江國香織さん

−−どの絵も、まるでちひろさんが江國さんの詩のために描き下ろしたように、ぴったりはまってますね。
江國さん絵と詩を組み合わせる作業が終わったあと、もう1段階あったんですね。詩を並べる順番と組み合わせる絵は、別のアイデアを編集のかたのほうから出していたただいてるんです。「こっちの絵はどうでしょう」って提案していただいて替えたのもあるし、「もとのままがいいです」って、もとのままにしていただいたのもあります。
−−特に気に入っている組み合わせを教えてください。
江國さん「よのなか」ですね。この絵が好きだったので入れたいと思ったんだけれど、この絵はどう見ても「マッチ売りの少女」だから、そのまんまみたいになっちゃって、詩がうまく浮かばなかったんですね。でも、絵と関係なく詩を書きたくなってこの詩を書いたときに、この絵にぴったりだって思ったの。この絵を見たときに、裸足で雪のなかでもつらそうじゃないでしょう。そして豪華な馬車とか歩いていく紳士・淑女とか、そういうものをちゃんと見てやるっていう、“生きていく私”みたいな絵だって思ったんです。ただ書きたいと思って書いた詩が、この絵にぴったりはまって、すごくうれしかったですね。
−−今回収録された絵は、いわゆる完成作品だけでなく、スケッチとか絵本をつくるための習作など、わりとラフな感じのものも多いですね。
江國さん私の趣味というか好きなんですね、それぞれの絵が。この絵が好きって思って選んでいったんですけど、そうすると色が少なかったり、デッサンっぽいものとか、わりとあっさりしたものが入ってきました。
−−裏表紙のビキニの水着の女性の絵も、今までのちひろさんの絵のイメージとは違っていて新鮮です。ところで、子どものころの、ちひろさんの絵との出会いは覚えていらっしゃいますか。
江國さん小さいころ母に連れられて銀行に行くと、待ってる間たいくつで、置いてある絵本を見るんですね。その中にもちひろさんの絵本がありました。それからうちにあった童謡絵本にもちひろさんの絵はいっぱい入っていて。あとはちひろさんの絵の『にんぎょひめ』も持っていました。すごくきれいな絵本でしたね。
−−少女時代、身近にちひろさんの絵があったんですね。では、今回の本の『パンプルムース!』というタイトルについても、少し聞かせてください。
江國さん私が子どもたちに届けたいと思ったことのわかりやすい例だというのが、このタイトルに決めた理由のひとつです。同名の詩が中にあるんですが、「グレープフルーツのことを/フランスごでは/パンプルムースっていうのよ/……」っていう詩なんです。この詩をいいと思わなかったとしても、覚えちゃう子っていると思うんですよ。知ってるフランス語はパンプルムースだっていうふうに。言葉ってそういうふうに自分の中に入ってくる。で、時間がたってもずうっと覚えている。それがすごく私はうれしいなって思ったんです。もしだれか読んでくれた子どもが覚えていてくれたら。しかもちょっと無駄でしょ。ボンジュールとかメルシーなら使えるけど、パンプルムースじゃねえ。私は子どもたちに、無駄なことを憶えていてほしいの。

それはやっぱり暴力的なんですよね。小さいときに出会った絵本っていうのは、内容がおもしろいとかすてきとかいうより先に、言葉や絵そのものが暴力的に記憶に残ってくる。ちひろさんの絵って、その残る力がとても強い。例えば(「あたしのおおきさぶん」の詩に添えられた)雨の絵。悲しい、冷たい、まさに雨の感じ。雨の日に傘が重くてしょうがない子どもに自分がなったような気分になる。この絵が記憶に残ってしまう子もいるだろうし、ほかの絵が残る子もいるでしょう。詩も全部覚えてる人はふつういなくて、どこか1行だけが残ったり。特に意味はないんだけど、(「おともだち」の詩の中の)「はでなやつがいいな」っていう1行がなぜか記憶に残ってしまう人もいるかもしれない。
−−読書の原体験として子どもたちの中に残っていきそうなインパクトの強い言葉の代表が「パンプルムース!」だったんですね。
江國さんそうですね。それと、今自分がいる場所のほかに別の世界があるっていうことも、この本の中には何回か書いていて。それは外国だったり、巨人のいる家だったりするんだけども。こんないい国ですとか、こんなものがありますっていう“情報”としてではなくて、こことは別の世界があるんだってことが、特に深い意味を伴わずにカケラとして残ってくれたらうれしいと思うんです。で、「いつかフランスにいったら……」という「パンプルムース!」の詩は、こことは別の世界があるっていうことのわかりやすい例でもあるので。それに、響きがよくて元気がいい。「!(エクスクラメーションマーク)」がついたタイトルも初めてなので、うれしいなと思っています。
−−本を手にとったときに、もうこのタイトルしかないなっていうくらい、スパッと決まってますね。
江國さんちひろさんの絵はすごく情感が豊かなので、タイトルはくっきりしていて意味がへんにつかない、即物的なものがよかったんですね。ちひろさんの絵だからといって、優しげなタイトルにしてしまって、母と子の愛とか絆とかの感じになるのもこわかったし。そして子どもに寄りすぎるのもいやだったんですね。私は子どもではないし、今の子どもがどういうものが好きかどういう詩が好きかわかってないのに、子どもはこうだって決めつけるスタンスはとりたくなかったし、そういう本にはしたくなかったので。
−−この本を手にする読者の皆さんにメッセージをお願いしたいのですが。
江國さん私ね、メッセージはないんです。メッセージ嫌いなんです。だけどこの本は子どもたちに……うん、本当に読んでほしい。全部読まなくてもいいし、ちょっとだけでも。何かだけでも。
−−小さい子どもたちに向けてのものはまたやってみたいですか?
江國さんやってみたいですね。子どもに向けた物語は書きたいってずうっと思ってはいるんです。そして、これから書けるといいな、とも。いつやれるのかわからないですけど。で、どんな形になるかもわからないですけど。やってみたいです!
−−気長にお待ちしていますので、どうぞよろしくお願いします(笑)。今日は本当にありがとうございました。
江國香織さん ぺリエを飲み煙草の煙をくゆらせながら、江國さんは大人の女性の時間と少女の時間を、しなやかに行き来しているように見える。この本を手にとるとき、私たち読者もまた言葉と絵の魔法に誘われ、「あたしはきょうそうばじゃなくて/メリーゴーランドのうまなんだと/おもうの」とすまして言う女の子(「かけっこはきらい」)の時間や、「こどもがきらいで/みつけるとひもでぐるぐるにしばって」風鈴代わりにつるしちゃう陽気な女の巨人(「きょじん」)の時間を、自在に行き来する。そしてまた、ひとりぼっちの雄々しいトカゲや、アイルランドの酒場で酒を酌み交わす旅人の時間を、いっしょに生きることもできるのだ。【インタビュー 渋谷典子/写真 斉藤浩】

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