楽天ブックス 著者インタビュー

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株式会社ダイエーの会長としてご活躍される林文子さんは、カリスマ女性経営者として働く女性たちの憧れと尊敬を一身に集める、日本経済界の最先端をいく女性。なにしろ、林さんが高卒で仕事を始められた昭和40年代は、まだ女性がお茶汲みとしてしかみられなかった時代。そんなOLの境遇に満足できず、退職し、結婚後の30代から、自動車のセールスマンとしてトップに昇りつめ、数々の伝説を作ってきた人。その後も、BMWやフォルクスワーゲンの支店長や東京社長を歴任し、2004年には「ウォールストリート・ジャーナル」で「注目すべき世界の女性経営者50人」に、日本人としてただひとり選ばれています。昨年、ダイエーの再生のため、会長に就任。そんな新しい伝説を次々と生み出し続ける林さんが書かれた2冊目の本『一生懸命って素敵なこと』には、生い立ちや自動車販売に携わっていた時代のエピソードから、考え方や生き方まで、働く女性へのエールが満載です。

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『一生懸命って素敵なこと』『一生懸命って素敵なこと』
高卒OLがいかにして現在の地位を獲得したか。初めて明かす努力の道のりと人生哲学、仕事哲学。
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林文子さんの本

失礼ながら、その売り方ではモノは売れません『失礼ながら、その売り方ではモノは売れません』
『林文子 すべては「ありがとう」から始まる 』
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『国家の品格 』
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プロフィール

林文子さん (はやし・ふみこ)
1946年東京都生まれ。都立青山高等学校卒業。東レ、松下電器産業勤務の後、77年ホンダの販売店に入社、トップセールスを達成。87年、BMW(株)入社。93年、新宿支店長、98年、中央支店長に就任。いずれも最優秀支店に。在任中、フォルクスワーゲングループにスカウトされ、99年、直営であるファーレン東京(株)代表取締役社長就任。4年間で売り上げを倍増させる。2003年、BMW東京(株)代表取締役社長就任。05年5月、(株)ダイエー代表取締役会長兼CEO就任。

インタビュー

−−読みやすく優しく書かれていて、お仕事のご様子から、生い立ちまで、林さんのいろいろな考え方が伝わってきます。しかも、学ぶべきところがたいへん多い本だと思いました。どういうきっかけでまとめられたものなのでしょうか?
林さん素直に、私が自分で体験してきたことを書いています。ほんとうに、本に書いたとおりでね。人に出合って、たくさんのことを学ばせていただいてきたということを、実感しているんですよ。働く若い女性に、そういう気持ちを、ぜひ、お伝えしたいなぁということもありますし、同じ世代の女性達、子育てが終わってお仕事のことを考えている方もいらっしゃるでしょうから、そういう方々にも、私の気持ちをお伝えしたいと、書きましたね。

 もともと、営業という仕事をずっとやってきましたので、営業に関しての話を聞かせてくださいとか、講演する機会がありました。ただ、私はプロのトレーナーではありませんので、自分が体験してきたことを素直にお話してきただけです。それが、そういう内容をまとめませんか、と言われて……。また、亜紀書房さんから出した前の本(『失礼ながら、その売り方ではモノは売れません』)を読んでくださった方が、好意的なお手紙をいろいろくださいました。「子供の頃はどんな様子だったのですか」、「どんな育ち方をされたのですか?」などと聞かれたりもしましたし、そんなこともあって、生い立ちや、いままでやってきた仕事のこと、さらに働く女性達への応援をこめて……。
 ちょうど働きはじめてから41年ですし。そろそろそういうことをお話しても、いいのかなと。
 
 本のタイトルの「一生懸命」というのは、すごく私の好きな言葉なんです。ですが、ここ何年か、傍らに置かれてしまったような印象がありますね。一生懸命というと、盲目的に努力するとか、そんな印象で。
−−そうですね、あまり若い人たちにとっては、カッコよくないイメージになっていますね。
林さん私は「素敵」って言葉も好きなんですよ。それで、「一生懸命って素敵なことなんですよ」って言いたくて。人が一生懸命に、なにかをしている姿には、感動しますし、見ていて心地よいですよね。それでそういう題名にさせていただきました。
−−お好きな言葉に思いをこめられた、ということですね。
林さん 朝日新聞のコラムで、林真理子さんが、満員電車で通勤している女性といっしょに乗り合わせて、その姿に自分の姿を重ねて涙が出そうになった……と書かれているのを読んだ時は、すごくうれしかったですよ。私も、そういう気持ちが強くって。

 今朝も、(ダイエーの)お店に行ってきたんですけどね。そこで、働いている人の姿を見て、特に売り場に若い女性がいると、自分の若い時の気持ちが重ねあわされて、林真理子さんじゃないですけど、すごく感動があって……。そういう方たちに思いを伝えたい、という気持ちなんです。 「今、あなたが、一生懸命そこでやっていらっしゃることは、きっと人の役に立っている。お客様はそういうことを声に出して言わないけれど、でもほんとうはすごくうれしいんですよ」。そういうことを、言ってさし上げたいんです。

 私は1965年から仕事をしていますが、昭和40年代の当時は、あまり職場で人を褒める風土がありませんでした。それに、最近はよく、ロールモデルとか、お手本、メンター(指導者・導き者)などという言葉を使いますが、具体的には相談相手ですね、そういう方がいない世界で仕事をしてきたわけです。
 とくに、31歳で自動車業界にはいりましたけども、自動車の販売(ディーラー)ですから、よけい女性がいなくて。同性の同僚としてのセールスマンはいませんでした。だから、相談できる方もいなくて……。そういう経験をしてきましたので、いまは、そういう人間になりたいっていうか、聞かれた時に答えてさし上げたい、という気持ちなんです。

 だけど、一人一人にお目にかかることもできないし、お互い、そうそう時間もないですよね。本なら、気軽に読んでいただいて、どこか感じていただけるかもしれない。それで、優しく、スッと読んでいただけるように書かせていただきました。なにかお恥ずかしいのですけど、気持ちだけは一生懸命、素直に、ね。
−−本のなかにも、一生懸命やっていると素敵なことがあるというエピソードが、たくさん書かれていますね。
林さんほんとにね、思いもかけないことがたくさんありましたね。当時のことを思いだして書いたのですが、「ああ〜、素敵ね、林さん! あの時といっしょだわ」っていう一節があるんですよ。以前に車を買ってくださった奥様に呼ばれて、商談を5年ぶりにしたんですけど、その奥様が、「この空気が好きなのよ」みたいなことをおっしゃるんです。「これなのよ、この雰囲気が好きで、私、あなたから車を買ったの。5年前とかわってない……」とか言われて、うれしいことですよね。それって、すごい驚きですね。まったく私自身は思いもかけませんでしたから。
−− 林さんは、当時から、「一生懸命」を人に伝えてらっしゃったんですね。
林さん 人間というのは、そういう情熱とか気持ちを求めていると思うんですね。さまざまな場面で、すごく感動するとか……。
−−気持ちを動かされるとか……。
林さんですから、そういことを逆に教えていただいてきた、お客様に言っていただくことで、自分自身も感動してきた、というのもありますよね。
−−今の日本で女性が働いていこうとするとき、気持ちとか感動とか、そういうことをがすごく大事な要素だということですね。
林さん大事ですねぇ。ほんとに大切です。最近、藤原正彦さんのご著書で『国家の品格』が大ヒットしているでしょ。日本の文化や情緒とかの価値ということをおっしゃっていますけど、今の日本が失いつつある情緒性はほんとうに大切だと書かれていますね。私の本では、「情緒」とは直接は書いていないですけれども、今、申し上げたように、人が出会ったときに生まれる空気とか雰囲気には、心の柔らかさ、出会いへの愛情っていうのが、お客様とセールスマンの間にも通いあうものです。人は、そういうものの間で生きているわけですから。
 実は、ビジネスというのは、そういう「隙間」のようなものがたくさんないといけないと思うんですね。経済合理性の中でガチガチに縛って、お互いに管理しあうようなマネジメントは、どこかで崩れていってしまうと思います。相手の方を、いつも思いながらビジネスしていく。すごく大事じゃないですか。
 たとえば、ご商談の場でも、こちらからお話をお願いする場合、「御社(相手の会社)にとって、こういういいことがあります、メリットがありますよ」っていうお話をしないといけないわけですね。自分たちがやりたいからといって、ただ、やらせてくれというだけではダメです。やはり相手の方に、どれだけ、なにかをもたらせるかというのが、本当の商談だと思います。それはもう、車を一台お売りするというような、セールスマンと個人のお客様が向き合ってやるビジネスもそうですし、会社が対会社として行うものもそうでしょうし。
−−規模や大きさに関係なく……。
林さんそうです、関係なく。最後は人の心です。だいたい、世の中を見ていると、どんなにビッグビジネスといわれているものでも、人のご縁で一気に進展するっていうことがありますね。誰かと誰かのつながりがあってはじめて成立するのであって、最後は人間関係がすごく大事なのだと思います。
 「現代は」とか「昔は」と比較して言うのはあまり好きではないけれど、最近の若い人たちの人間関係を見ていると、昔より希薄になったのかもしれないわね。醸成する時間がないんですよね。短い時間でパッとつきあってしまうというか、ケータイ電話もそうでしょうけど、簡単にメールでやりとりできたり。でも実は、表面的なんだっていうことにお互い気がつかなくて、すごく仲良くなったような気持ちになっていたりするけれど、以外とそうではなかったり。メールや携帯電話は、「気持ちの投げかけあい」みたいなことをしているだけで、「受け止める」というところまでいかないですよね。
−−たしかに、キャッチボールしているようで、すれちがうこともありますね。
林さん そうではないこともあるんでしょうけど……。なにかを伝えてきた時に、真摯に答えるというような、人と向き合うことがすごく大切なんじゃないでしょうか。時間をかけて作られていく人と人との関係は、すごくいいものがたくさんあるんですよ。長い時間、あたためているものもいいし、いろいろな形があるはずなのですが、最近は、みなさん同じようなパターンになってますよね。人とのつきあいが。
−−人と違っていると不安になったりとかしますね。
林さん そうでしょ、それもありますね。なんだか、漠然とした不安を持っているんですよね。不安の根拠がありそうで、ないんです。もやもやとした、ね。
 もやもやとしているというのは、身近に、心底、信頼できる人がいないせいじゃないかな……。強く信頼できる人という存在がいると、すごく励みになるはずなんですよ。生きていく上での安心感になるんだけど。ただ、お互い、そこまで踏み込めない。みんなで同じように不安で、不安なもの同士が、不安だねって意識を持ち寄ってしまう、というのがあるんじゃないでしょうか。
 だから、先輩と後輩の関係が大事だよって申し上げるんです。かなりキャリアをつんだ方と、若い人の組み合わせになれば、若い人にとって、ものすごい安心材料になるはずなんですよ。それなのに、若い人だけで仲良くしたり。それはなにか、あまりポジティブにいかないでしょう。
−−なかなか、上の人と話をするのも難しい印象がありますが。
林さんそんなことはないですよ。私は、お年を召した方をたいへん尊敬するんです。その存在すら尊敬したくなります。だって、人生って、生きていると、いろいろなことがあって、一筋縄ではいかないですよね。たいへんなことが多いじゃないですか。さまざまな悩みや苦しみを抱えますよね、それも人それぞれ。
 そういうのを乗り越えて、お元気で生きてらっしゃるというのは、それだけでも素晴らしい存在なんですよ。そういう人たちを粗末にする風潮がありますが、人に対して、とっても傲慢になってしまっていると思います。
 ひとつは、情報技術革命で、自分が体験できないことすらも体験できるような疑似体験があって、先が見えてしまったと思い込んでしまうような風潮ですね。なんでも公開されてしまうような。
 自分たちには、まだ見えていない扉みたいなものがあって、お年を召された方はその向こうを知っている。そういった、ある種の畏敬の念を持てた時代ではなくなっちゃったのですね。
−−でも実際、自分がそういった年になると、ぜんぜん若いころ、考えていたのと違いますね。
林さんそう。まったく、頭だけで考えていたこととは違いますね。
−−たぶん林さんもそうだと思いますが、失礼ですがそのお年になって、新たにダイエーの再建に携わられるなど、考えていらっしゃらなかったのではないでしょうか。そういう、挑戦する気持ちや、常に前向きでいられる気持ちというのは、いったいどこからでてくるのですか?
林さんそれは今朝、店長候補さんの研修でもお話してきたことです。私も「なんでこんなに元気なのかな」って考えたんですよね。それはいつも、心をいっぱい動かす、気持ちを使うっていうのですか、いつも、感受性に響くような事柄をやっているからなんですよ。感性を養い、感じることです。それは、一人一人と向き合うということです。個を感じるんですよ。人と出会ったとき。
 たとえば、売り場に300人の従業員の方がいる店の店長になったとしましょう。その従業員の方々を、「300人」と思ってしまうか、「300分の1×300」という感覚を持てるか。一人一人のAさん、Bさん、Cさんが、みんな自分にとっては重要な存在で、それぞれの強み・弱みを持っている。一人一人と向き合うということは「300人いる」と感じるのとぜんぜんちがうことです。たった1週間では300人全員とは会えないでしょう。でも、今日、何人かの方と会って、自分の思いを伝えられたし、十分話しをする時間もあったとすれば、その時に、そういう人たちから、力をもらうわけですよ。
 一人一人が生きているなぁという実感をもらったときに、すごく元気に、勇気になる。
 まず、一人じゃないんだと思うでしょうし、この人たちのために、今日一日、自分もできる仕事をせいいっぱいやろうと思える。やりがいや、使命感みたいなものも、でてくるじゃないですか。人と関わって、一人一人と向き合わないと、そういう強い思いや気持ちは生まれないですね。

 いつもいろいろな人に出会って、相手のことを一生懸命考えていると、私は「気が立つ」というんです。いつも気持ちが動かされているから、そういう存在自体に気が立ってくるということがあると思うんですね。
 アンテナを張って、いろんな人に関心があるんだと思い、いろんな人に出会うたびに、精一杯、一生懸命に向き合っていると、自然と身についてくるものがあるじゃないですか。エネルギーみたいなものね。そういうものが人を強く感じさせる。パワーがあるというのは、そういうことじゃないですか。人から逃げている、人と会うのが面倒くさいと、スーッと影に隠れていると、そういう気は立たないんじゃないかなと思います。ですから、人とお会いする時には、できるだけ、自分なりに、一生懸命お目にかかりたいなっていう気持ちが強いです。

 ……まぁ、どうぞ、お茶を召し上がってください……。
−−あ、いただきます……。
林さんね、「一生懸命さ」ってそういう意味でも、いいでしょ? 汗水かいて一生懸命という概念もあるかもしれませんけど、一生懸命、相手のことを考えてさしあげる……とか、いろんな使い方があって。
−−そうですね、使い方は人それぞれでも、お互い、自分ができる部分で気を使いあうと、いい関係になれる……。
林さんそうそう。だから、気持ちをいっぱい使って差し上げるのがいいことじゃないかって思いますね。「気配り」とか、「心配り」っていう言葉もありますよね。心配りのほうがちょっと深い意味合いがあると思うけど。そういうのが本当に大切じゃないでしょうか。
−−そして、やはりそのへんは……
林さん女性のほうがお得意なんでしょうね。とっさの切り換えとか、女性は上手なような気がします。女性は受け身が上手でしょ? 全方向で受け止める。なにか予想外のことがあっても、意外と応用がききませんか? 女性って。
−−プロポーズまでもが、家電がらみだったのはちょっと笑いました(笑)。家電王子の本領発揮ですね。
林さんそこはお約束でしょ(笑)。実はその部分は書き直したんです。最初はすごくありきたりな言葉だったんですが、どうも自分の中でしっくりこなくて。やっぱり違うと思って、原文に直しました。あの言葉がなかったら、女性もプロポーズを受け入れるのもウソっぽくなったんじゃないかと思います。やっぱり、プロポーズはオリジナルの言葉で語れるかどうかが大事だと思います。
−−とりあえず、まず、引き受けようかな、というのはあるように思います。
林さんありますよね。バーンとはねのけるというのは、女性は少ない。男の人は、パッとこう、バリアが張られてしまうような感じが。
−−関係性などを、ピシッと切られる感じもありますね。
林さんそれから、ある決まったところからアプローチしないとダメというのもあるかもしれませんね。個人差もありますけど、決まったところから入らないと受けいれてくれないとか。全体的に、女の人はいろいろな入り口がたくさんあって、どこからはいってきても「どうぞ」っていう感じがするんですよ。これはね、女性のほうが生活感があるからですよ。生活していると、対応するパターンの多様性ができてくる。それだけ、女性のほうが、生活者としての視点が強いっていうか、体験の中で生きているというところがあるんだと思います。
 こういう小売業のような物を売る世界では、女性のそういう多様性がすごく生きてくるんです
 物を売るという仕事は、理屈だけではなくて、感覚や情緒で受け止めないといけないことがたくさんあるでしょう。お客様は、好き・きらいで、買いにみえますからね。そこで、その要望や気持ちにフィットしていくには、あまり経済合理性で理屈ばっかり言っていてもしょうがない。計算ずくでもダメなんですよ。現場で、買いたい気持ちに、パッと寄り添ってあげられるというのが、大事じゃないでしょうか。
−−何が欲しいのか、もしかしたら、こちらのほうが、もっと喜ぶのではないか、という臨機応変さですか。
林さん応用ですよね。たとえば、バレンタインデーだから、チョコレートが売れるでしょう。仕入れて計算して、でも、それだけではダメでしょうね。バレンタインの売り場に立つ時に、お客様がカップルなのか、お一人で来たのかとか、様子をみながら対応する。そこに一工夫あったほうが、よりずっと売れるわけです。そういう部分は、女の人のほうがきめ細かい。
 それに、売り場のすみずみまで、女性の方が気になりますよね。置いてある品物が、売り場にあってないわ、とか、手にとりにくいから置き方を替えてもらえませんか、とか。男の人は、あまりそういうことは言わないんですね。
−−なるほど、スーパーマーケットは女性の感性が活かせる職場なんですね。ダイエーも「主婦の店」という原点に立ち返って、ロゴのマークも一新され、とても優しい印象になりましたが、林さんも主婦でいらっしゃる。ご家庭での様子はいかがですか?
林さん車のセールスをやり、社長になってからは、本当に仕事が1位になっちゃっいましたから、……もうだから、メリハリつけた家庭生活、ですね。いつもいつも完璧にはできませんので、手抜き主婦です。合理的手抜き主婦でしょうかね。
−−これでお家の中まで、バッチリと言われたら、もう……。
林さんそんなこと出来ないですよ。いや、中には、ちゃんとやってらっしゃる方もいるかもしれませんが、できないでしょうね、そこまではちょっと……。体を壊すかもしれませんね。そうやって言い訳にしているのかもしれませんが(笑)。ただね、それはもう、長い結婚生活の中で築きあげてきているわけですから、簡単にすぐ手抜きできるわけじゃないですよ。よく、ご主人は理解があっていいですね、などと言われますが、「理解があってよかった」ではなくて、理解してもらえるような関係を、長い時間の中で作ってきたわけでしょ。若い人たちも、結婚して共働きが圧倒的だと思いますけれど、それはお話し合いで、お互いの思いやりで、がんばってください。それから、奥様も出来ないことはご主人につっぱらずに頼む。「一生懸命やっているんだけど、私はここができないんです、だから、ごめんなさい……いいでしょうか」とお伺いをたてる。突然、暴発したようにね、「私もう、やってられないわ」なんて極端な話じゃなく、事前にそういう相談を、日々の中で柔らかくしていくほうがいいんじゃないですか。
 経験からすると、夫婦っていうのは、相手が自分の所有物のようになっちゃうんですよ。そうすると、本当にわがままになっちゃう。人にはあれだけ気を使うのに。身近にいる人は、ずっと身近にいてくれるんだと思ってしまうんですよ。それで、突然熟年離婚とかあるんでしょうね。
 一番身近な存在を、時には客観視したほうがいいと思います。仕事をしていると客観視できるんですよ。離れている時間があるから。私も、出張先なんかでは、しみじみ考えますね。本社のことや、ここで働いている人のことをしみじみ考えたり、家族のこともしみじみ考える。そして、感謝する気持ちになったのを、そのまま持ち帰って、相手に率直に伝えるという努力の繰り返しじゃないでしょうか。
dt>−−本当に、素晴らしいアドバイスですね。
林さんそれは、ぜったいやったほうがいいんですよ。毎日会っていると無造作になって、相手が何を考えているのか、わからなくなっちゃう。考え方が同化したような気になっちゃうけど、実はぜんぜん他人なんですよ。夫婦ってね、他人ですよ。
 あとは、「ハレ」の日を設ける。誕生日や、結婚記念日など、大切な記念日を、すごく心をこめて演出してあげるというのが大事ね。私なんてたいへんですよ、誕生日っていうと。相手に対して、いろいろな物を買ったり、すごく工夫して。大騒ぎして、盛り上げます。
 皆さんやってらっしゃることだと思うけれどもね、ほんとにそういうことを大事に、もっとしたほうがいいんです。
−−それは、お仕事でもやってらっしゃることと一緒ですね。
林さん同じですね、みんな、一緒ですよ。私は、「おもてなしの心」をうたっていますが、おもてなしは、誰に対してもいっしょのスタンスでお願いしたいなぁと。もちろん、表現方法はちがいますよ。自分の家族や、ごく近しいスタッフの人とか、お互いに甘えちゃうし。でもやはり、基本は感謝の気持ちを誰に対しても抱いて、「ありがたい」と思い、そして、なんとかお返ししたいという気持ちで、暮らし続けることじゃないでしょうか。そういうことが、自分の人生の楽しさや喜びに繋がります。そういう姿勢で生きていると、どこかで素敵なお返しがありますよ。思いもよらないお返しが。
 最初にお話したような、「えぇ、そんなことを思ってくれていたのですか!」なんていう驚きが、10何年後に返ってきます。そういうときの感動といったら、ないですよ。

 でも、それは年を重ねないとわからないことです。若いうちの5年間ぐらいでは、経験できないですよ。たとえば、これも本に書きましたが、若い時に、すごくクレームをいわれた方から、私が社長になった時に、しみじみ「いや、ほんとにあのころ自分はわがままだった」と言われました。 「あんなメチャクチャなことを言ったけれど、すぐ飛んできてくれて、笑顔で文句ひとついわなかった」、「いやぁ、ガマン強い人だった。だから、社長になったんですね」みたいなことを言ってくれて「お祝いだから、一台買い換えますよ」と、買ってくれたの。
 ものすごくうれしかったですよ。だって、本当に辛くてしょうがなかったんですもの。でも、それでも、いやだったら文句も言ってこないと思うので、私に文句を言ってくるというのは、やはり期待されているんだなぁと思うから、応えたかったんですよね。
 それが16〜17年たってから、こんなふうに言っていただけると、ものすごく感動します。

 そういうことが見つかるまでには、歳月がかかるわけです。それが、経験ということなんです。年をとると、そういう積み重ねが増えてきて、とっても豊かなことが多いんですよ。ですから、そこまでがんばらないといけないんです。

 私がいま後輩に申し上げたいのは、一生懸命やったら良いことがありますよ、必ず良いことがありますから、一生懸命やっていきましょうね、ということです。
 そんな気持ちでこの本をかかせていただきました。
−−素晴らしいお話を、本当にありがとうございました。

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