楽天ブックス 著者インタビュー

  • バックナンバー
  • 最新号

日産自動車と仏ルノー社の社長、カルロス・ゴーン氏といえば、日本のビジネスマンのみならず、主婦や子どもたちにまで知られる敏腕経営者。その夫とともに文化の異なる国々に移り住み、家族を支えてきたリタ・ゴーンさんが家族経営の極意を初公開!リタさんが自らの生い立ちから夫との出会いまでを綴った『ゴーン家の家訓』には、子どもの教育、夫婦円満の秘訣が満載です。頼れる妻であり、厳しく温かな母の胸の内をざっくばらんに語っていただきました。

今週の本はこちら

『ゴーン家の家訓』 『ゴーン家の家訓』
日産CEOカルロス・ゴーンと妻リタは新発想『家族経営』をいかにして築いたか
1,995 円(税込)
ご購入はコチラ

リタ・ゴーンさんの本

『ゴーン家の家訓』 『ゴーン家の家訓』

プロフィール

リタ・ゴーンさん (リタ・ゴーン)
1965年レバノン、ベイルート生まれ。レバノン内戦の戦禍の中で少女時代を過ごし、84年に厳しい奨学生枠試験に合格。仏・リヨン大学薬学部への入学が決まり、初めてフランスを訪れたその日にカルロス・ゴーン氏に出会い、翌年結婚。以後ブラジル、アメリカ、フランス、日本と移りながら、19歳の娘を筆頭に3女1男を育てる。その間建築学を学び、社会事業、ガーデニング、絵画、料理教室と活動の幅を広げ、2004年には東京・代官山にレバノン料理店「マイ・レバノン」を開業。この春、東京・元麻布に「マイ・レバノン・カフェ」もオープンし、ビジネス・ウーマンとしても活躍中。

インタビュー

レバノン出身のリタさんが「日本の人にレバノンの味を知ってもらいたい」と2年前にオープンしたレストラン、マイ・レバノンでインタビューは行われました。

−−今回、『ゴーン家の家訓』を1冊の本にまとめようと思ったきっかけは何でしょう?(レバノン出身のリタさんが「日本の人にレバノンの味を知ってもらいたい」と2年前にオープンしたレストラン、マイ・レバノンでインタビューは行われました)。
ゴーンさんひとつは6年間暮らした日本を離れることになったこと、もうひとつは私自身について書くことで、レバノンという国をもっと知ってもらいたいと思ったからです。日本のニュースでレバノンについて取り上げられるのは戦争のことばかりで、どうしてもマイナスのイメージが先行してしまいます。でも、本当はもっと違う側面があるのです。日本に住む間に、私はたくさんのチャンスをもらいましたから、今度は自分が親善大使となり、日本の方たちにレバノンの魅力を伝えられればと考えました。でも、自分のことを語るのは本当に難しい。自分が語る私というのが、他人から見た私の姿と一致するとは限りません。ですから、忠実に事実を伝えて、リタ・ゴーンが何者かという判断も含めて、あとは読んでくれた方にゆだねるつもりでこの本を書きました。

−−この本の中には25の家訓が紹介されていますが、こうした家族のルールはどのように作り上たのでしょう?
ゴーンさんカルロスと私は、いってみれば水と油の夫婦です。目的は同じでも、そこに辿り着くための手段が面白いぐらいに違います。だから喧嘩ばかりですよ(笑)。その違いを調整するために、私はまず自分の意見を伝えます。といっても自分の考えを押し付けるのではなく、彼を理解するために最大限の努力をするのです。相手を理解するには自分自身を知らなければなりません。私は「これはしたくない」ということがはっきりしていますが、やりたくなくてもやらなければならないこともあります。そんな時は自分で理性的に折り合いをつけるわけですが、夫婦や子どもとの間でも、お互いの意見を説明し合う作業は必要ですね。
−−内戦が続く故郷を離れ、大学進学のためにフランスに到着したわずか数時間後に、運命の人、カルロスさんに出会ったというのは驚きでした。
ゴーンさん 子どもの頃から率直に自分の意見を言うので、母から「こんな娘と結婚したがる人はいない。絶対に売れ残るわよ」といつも言われていたんですよ(笑)。カルロスと出会った当時、彼は31歳で私が19歳。レバノンから出て来たばかりなのに、ものおじもせずに次々と質問する私は、彼がそれまでにつきあったガールフレンドたちとはだいぶ違っていたので、驚いたと同時に興味を持ったのでしょうね。結婚後、私が戦争中であってもレバノンに帰ることに、彼はとても驚いていました。そのうち戦争を怖がって、普通の生活にも慣れて行かなくなるだろうと思っていたようですが、結婚以来、年に1度は必ず行っています。私は戦争の中で育ちましたし、家族も住んでいますから、これは欠かせないことなのです。
−−「子どもたちの友だちより、親であれ」と家訓にあるように、リタさんの親としての姿勢は非常に厳しいですね。
ゴーンさん子どもにとって何が厳しくて、厳しくないかという定義自体が、親によっても違うのかもしれません。アメリカで7年近く暮らしましたが、周りのお母さんたちからは「モンスターママ」だと思われていたみたいです(笑)。アメリカでは夏休みになると、あまり勉強しなくてもよい風潮がありますが、私は休みに関係なく、1年中子どもたちに勉強させていましたから。水泳教室に参加している長女を待ちながら、次女に問題集をやらせていたりするので、かなり奇妙で厳しい母に映ったようです。
−− そこまで厳しくする理由とは?
ゴーンさん カルロスの仕事の都合で、私たち家族はいつ、どこに引っ越さなければならないかわかりません。子どもたちが引っ越した先の暮らしに馴染むためには、新しい学校で落ちこぼれないことが一番良い方法だと思ったからです。勉強をしっかりやっていればどの国に住んでも、どの学期から入っても、クラスの子たちと同じレベルでやっていけるのだから勉強しなさいと。子どもたちにはいつもそう教えてきました。

リタ・ゴーンさん

−−子どもたちから反抗されたことはないのですか?
ゴーンさん「勉強させるのは私の役目。私は自分の役目を果たしているのだから、あなたたちも自分の仕事をするのよ」と言い続ける私に反抗しても、意味がないとよく知っています(笑)。それに母親の姿勢は変わらないとわかれば、子どもたちは何かしら工夫し始めるものです。ディズニーランドに行きたいなら、その日は勉強時間が取れないから、前の日に2時間余分に勉強しようという風に、「やりたいこと」「やるべきこと」の時間をコントロールする方法を自然に学びますね。
−−「やるべきことをやる」ことが、タイムマネージメントの学習にもつながるのですね。
ゴーンさん結果が伴っていれば、私はどんな方法を取ろうが構わないんです。同じ問題集をやるにしても、1時間かかる子がいれば、30分で終わる子もいる。時間の長さではなく、あくまでも勉強の質が問題なので、机の前に長く座っていたかということにはまったく興味がありません。
−−家訓に「ママのダメは、絶対ダメ」とあるように、リタさんの子どもたちに対する態度は厳しいだけでなく、絶対にぶれない気がします。
ゴーンさん親の態度がぶれるのは、最もいけないことです。あとは親も正しい目的のために努力しているのだと、子どもたちが理解することが大事です。最近、16歳の次女が学校の先生に「あなたみたいな家庭に育つと甘やかされることも多いのに、なぜ常にベストを尽くして勉強できるの?」と聞かれたことがありました。娘は「自分の本分をやらなければ、本当にやりたいことはできないと母に教えられてきたから」と答えたそうで、この言葉は最高にうれしかったですね(笑)。
−−6年暮らした日本を離れた今、どのような生活を送っているのですか?
ゴーンさん カルロスについてアメリカに行くこともあります。アメリカの大学に通う長女以外の3人の子どもたちがパリの学校に通っているので、パリにいることも多いですね。それからこのお店(マイ・レバノン)の仕事があるので、2ヶ月に1度は日本に来るようにしています。世界はとても広いですが、私はその中を動き回っている感じでしょうか(笑)。
−−『ゴーン家の家訓』には、マイ・レバノンを開店するまでの紆余曲折も書かれていますが、メニュー作りはもちろん、壁を塗ることから内装すべてご自身でやられたそうですね?
ゴーンさん このお店はもともと鉄板焼屋さんだったんですよ。レストランを開くのは初めてで、わからないことも多かったのですが、大きな高級レストランではなく、入って来た人が心地良いと感じられる場所にしたいとは思っていました。ブラジルでインテリアデザインを学び、アメリカでは子どものためのクラフト教室を開いていたので、アーティストとしての意識から、使えるものをリサイクルしながら、他とは違うお店を作りたかったのです。これは私の人生哲学なのですが、何かを成功させるためには、小さなことから始めて確実に伸ばすというのが、どんな世界でも生き残るために大事です。レストラン経営は厳しいビジネスなので、もし開店のためにコストをかけ過ぎたら、3、4年はその費用の回収に追われてしまう。最終的には予定していた3割の予算でオープンすることができました。
−−大企業の経営者であるカルロスさんも“コスト・カッター”として有名ですが、無駄なお金を使わないというのもゴーン家の家訓ですか?
ゴーンさんコスト・カッター!確かにそう言われていますね(笑)。でも、彼は家庭ではそうでもないんですよ。それにコストカットといっても、質を落とす意味ではありません。削るべきところは削り、あるものから新しい何かを生み出すことは私にとっての挑戦でもあるのです。何か作り上げて自分を表現することの大切さは、子どもたちに教えていることのひとつですね。
−−リタさんもカルロスさんも、どんな立場になっても前向きに努力する人という印象があるのですが、その原動力はどこから?
ゴーンさんレバノンの人たちは人生を謳歌することが大好きなので、「どうしてそこまで頑張るの?お金なら十分にあるのに、なぜ人生を楽しまないの?」と聞かれることもあります。でも努力がなければ、私たちは今のような立場にはなっていなかったのです。とはいえ、カルロスも私も、お金を稼ぐことが最大の関心事だったことはありません。常に自分の壁に挑戦し、何かを築き上げることを目標にする、それが私たちにとって、仕事や家族への情熱の源なのです。
−−今後はどのような活動をしてみたいですか?
ゴーンさんレバノンと日本の交流という意味では、レバノンで焼き鳥屋さんを始めてみたいですね。焼き鳥が大好きなので(笑)。レバノンではブリッジを若者たちに教える学校も始めました。ブリッジは私が人生で出会った最も素晴らしいもののひとつで、決断力など多くのことを学びました。マイ・レバノンの収益は、レバノンの学校の運営にあてています。私はかなり珍しい人生を歩んできました。これだけの人生経験をさせてもらったのですから、社会に対して、自分の経験を役立てながら、何か恩返しをしていくのは私の役目だと思うのです。

このページの先頭へ