楽天ブックス 著者インタビュー

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テレビ化、さらにはハリウッドでの映画化も発表されるなど、いまだに話題が尽きないベストセラー『いま、会いにゆきます』。その著者、市川拓司さんの新刊『世界中が雨だったら』は、10年ほど前に書かれた初期作品2編に書き下ろし1編を加えた短編集だ。市川さんの原点ともいえる初期作品は、意外なことにラブストーリーではなくミステリ。作家を志した頃から現在まで共通する市川ワールドの魅力はどこにあるのか、お話をうかがった。

プロフィール

市川拓司さん (いちかわ・たくじ)
1962年東京都生まれ。獨協大学卒。97年からインターネットで小説の発表を始め、02年に最初の単行本『Separation』を刊行。03年、『いま、会いにゆきます』を発表。口コミでベストセラーとなり、映画化、テレビ化と映像化。100万部を超えるベストセラーになる。05年には伊坂幸太郎、石田衣良ら人気作家の書き下ろし恋愛アンソロジー『I LOVE YOU』に参加。そのほかの著書に『弘海──息子が海に還る朝』『恋愛寫眞──もうひとつの物語』『そのときは彼によろしく』がある。

インタビュー

−−『世界中が雨だったら』には初期にお書きになった2編の小説(「世界中が雨だったら」「循環不安」)が収められています。今回、刊行されるにあたってあらためてお読みになってどのようにお感じになりましたか?
市川さんとくに「世界中が雨だったら」を読んで思ったんですが、あいかわらず似たようなことを書いているなあ、と思いましたね(笑)。自分では書いたことを忘れていたようなセリフひとつでも、いま書いているものとダブる部分があって、人間って変わらないものだなと思いました。
−−『いま、会いにゆきます』や『そのときは彼によろしく』などの近作は、ファンタジックな要素のあるラブストーリーですが、『世界中が雨だったら』に収められた小説はいずれもミステリ仕立ての作品ですね。ジャンルによる違いは意識されますか?
市川さんジャンルを意識するというよりも、どちらにも愛の話とミステリの要素が入っていて、その分量が違うだけですね。明確な棲み分けはなくて、今回はもうちょっと恋愛を描きたいなとか、こっちはもうちょっとミステリの構造をはっきり出したいとか、その程度の感覚ですね。  あとはそのときの気分ですね。おだやかな体調の時には恋愛ものを書きたいとか……。10年前は、体調がどん底だったので「世界中が雨だったら」や「循環不安」のような作品を書いていたんでしょうね。
−−10年前にお書きになった作品には実際にその頃に見た悪夢が影響しているそうですね。
市川さんその頃は、眠るのが怖いくらいに悪夢が続いていました。悪夢の内容は、殺す夢か殺される夢かのどちらかで、殺す場面は見なくて、逃げているところから始まるんですよ。あるいは、死体の処理をどうしようか悩んでいるところから。殺されるほうでは、何十人も続く列の最後尾に並んでいて、前から順に服毒自殺をしていく。自分の順番が近づく。どうしよう……というような夢を頻繁に見ていました。  ただでさえ、ぼくは眠るのが困難な人間なんですけど、やっと眠ったと思うと、そこにすら逃げ道がない(笑)。そうとう、追い詰められていた時代がありましたね。
−−その悪夢をあえて小説に書いてみようと思われた理由は何だったのでしょうか。
市川さんひとつには、自分の中の悪意のようなものですね。つまり、自分だけがこんな辛い思いをするんじゃなくて、読み手にも恐怖を味あわせてやれ、みたいな。いまのようにたくさんの読者を抱えているわけじゃないし、「循環不安」の場合はそもそも文学賞の応募作で、目を通すのは選考委員何人かだけなんですから、そのほんの数人だけにでも、自分が見て、苦しんでいる悪夢の片鱗を感じさせたいという欲求はありましたね。
−−今回、出版されるにあたって手を入れられたそうですね。
市川さんいまは読者に辛い思いを味あわせようという気持ちは一切ないですから、表現をやわらかく変えたり、ある部分はごっそり削ったりしています。あくまでもエンターテインメントとして怖さを楽しんでもらいたいし、結末がどうなるのかというハラハラするサスペンスを楽しんでもらえるように書き直しました。
−−たしかに、読んでいて、自分の悪夢を思い出すような恐ろしさを感じましたが、読後感の後味は決して悪くないですね。
市川さんたぶん、ぼくという人間が向いているベクトルが死へは向かっていないからでしょうね。あくまでも、生を希求している。それが登場人物のセリフの端々とか文章の言い回しに反映されているんだと思います。
−−市川さんの作品の主人公は社会的にも人間的にも完全には成熟しきっていない青年が多いですね。今回の作品集の主人公も『いま、会いにゆきます』や『そのときは彼によろしく』の主人公と一脈通じるナイーブさを感じますが、方やラブストーリー、方や殺人事件も起こるミステリと明暗がはっきりと分かれていますね。
市川さんミステリのほうが、殺人事件が起こるとか、ジャンル小説として枠がはっきりしていますよね。枠がある分だけ、ぼくの中では創作的な部分が生じますね。自分の中にあるものにファナティックな部分、狂気を脚色する──それがミステリを書くうえで必要な作業だったような気がしますね。
−−ミステリはもともとお好きだったんですか?
市川さん作家になろうと決めてから読むようになりました。最初に手にとったのが東野圭吾さんと樋口有介さんの作品でした。たまたま読んだ作品が高校生や予備校生といった若い主人公の作品だったので自分と相容れる部分を感じて、これなら書けそうだと思って書き始めたのが最初です。  その後は、もともとは翻訳小説が好きだったので、ミステリ作家ではないですがイアン・マキューアンを愛読していました。ミステリで衝撃的だったのはスコット・B・スミスの『シンプル・プラン』です。それから、ジョン・ファウルズの『魔術師』が印象に残っていますね。
−−市川さんの作品は、ラブストーリーでも、ミステリ的な構造というか、読者に謎が提示されて、その謎が読者を引っ張っていく部分がありますね。
市川さんフェイクが好きなんですよ。読者をわざとミスリードさせるような書き方も好きです。恋愛小説でも複線を張るのが好きですね。
−−この次はどうなるんだろうと引き込まれていきます。
市川さん次のページを早くめくりたくて仕方ないくらいのページ・ターナーでもありたいと思っています。だけど、その一方で、ディテールにこだわって書いているので、文章の細かいディテールまでじっくり読んでほしい。矛盾するんですけどね(笑)。ページ・ターナーになったときには、ふつうディテールは読み飛ばされますから。でも、両方、攻めたいんです(笑)。
−−表題作の「世界中が雨だったら」は、死をかけてクラスメートに自分の存在を訴えかける少年が主人公です。いじめられている子、いじめる子、傍観者、いじめられている子のお姉さん。さまざま視点から読むことができる小説ですね。何か着想されたきかっけがあったのでしょうか。
市川さん十年前の話なので、たぶん、ですが、きっと被害者と加害者の温度差について考えていたんだと思います。人間関係の中で「軽く言ってくれるなあ」と感じることってあるじゃないですか。でも、言った人間には悪意すらないから、言ったきり忘れてしまう。でも、言われたほうは忘れない。その一言がくびきになって身動き取れなくなったり、積み重なって「世界中が雨だったら」の主人公の少年のようになったりすることもある。  小説ではわかりやすいように実際の暴力にしていますけど、ぼくの念頭にあったのは、言葉だったり態度だったり、悪意ですらない悪意でした。その悪意の存在を知らしめるにはどうしたらいいのか。  弱者が困難な問題を契機にして強くなるという定番的なストーリーがありますよね。肉体を鍛える、武器を得る、仲間を得るといった方法で。でも、この主人公を含めて、ぼくのような人間は、それすらできないんですよ。唯一の反撃の武器は相手の罪悪感に訴えるしかない。きっと、一度は被害者になったことのある人なら、うなずける部分があると思いますね。世の中には力こそが善であるという信奉がありますから、力のない人間はさまざまなところで辛い目にあっていると思うんですよ。
−−市川さんがこれまで経験してきたことや、そのなかで生まれてきた思いが作品に影響しているんでしょうね。
市川さん作家にやむにやまれぬ衝動がないと、どんなに上手な方が書いても伝わらないと思うんです。逆に、どんなに稚拙でも、それがその人の人格から出てきたオリジナルの言葉であれば、心を打つことがあるんじゃないでしょうか。そこに小説の構造的な仕掛けとか、エンターテインメントしてのリズム感みたいなものを加えていくと、強い小説になるんだと思いますね。
−−いま、取り組まれているお仕事はどんなものでしょうか。
市川さん「きらら」(小学館)で連載していた「桜咲く、桜舞う」です。いま、連載は止めてもらっているんですが、残りは時間をかけて書き下ろしにして出したいと思っています。ほかの出版社さんからもお話はあるんですが、具体的にいつということはないですね。掛け持ちはできないんですよ。
−−並行して書かれることはないんですか?
市川さん一度、3本くらいかけもちでやってみたんですけどね。自分は向いていない。不器用なので(笑)。それも、かっこいい不器用じゃなくて、ほんとうにできないんです。両方の主人公を入れ違えて書いちゃったりとか平気でやりますからね(笑)。
−−1作1作丁寧にお書きになるというのも、市川さんらしさを感じます。『世界中が雨だったら』は市川さんの「原点」として多くの読者に読んで欲しいですね。今日はありがとうございました。
市川拓司今をときめくベストセラー作家である。そのツボを押さえたストーリーテリングの巧さに、ウェルメイドな小説を書く人という印象を持っていた。しかし、『世界中が雨だったら』に収録された市川さんの初期作品には、読者の深層心理に訴えかけるようなビターな世界が描かれている。自身の「原点」と市川さんが語るこれらの作品は、『いま、会いにゆきます』の世界を支えている市川さんの別の一面だといえるだろう。ページ・ターナーでありたいと願いつつ、ディテールへのこだわりを捨てず、エンターテインメントを志向しながらも作家性が浮かび上がる。相反する2つの要素をバランスよく備えているのが作家・市川拓司なのだと感じた。『世界中が雨だったら』は市川さんを知るうえで必読の1冊だといえるだろう。 【インタビュー タカザワケンジ】

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