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京極夏彦インタビュー「御行奉為(おんぎょうしたてまつる)──」『巷説百物語』シリーズ第4弾『前巷説百物語』は人気キャラクター、又市の「前史」を描く痛快娯楽小説だ!

京極夏彦さん

 上方を追われて江戸で双六売りをしている又市は、ある事件から損料屋の仕事を手伝うことになる。損料屋とは今でいうレンタル業。しかしモノを貸した賃料をもらうのではなく、使われたことで「損」をした分をお金でいただくという理屈の商売。又市に声を掛けてきた「ゑんま屋」はモノだけでなく「恨み」の損も請け負うというという。かくして又市は仲間たちとともに奇想による「仕掛け」の数々で「恨み」の損を晴らしていく。江戸時代の妖怪本『桃山人夜話 絵本百物語』(竹原春泉・画)に登場する妖怪たちをモチーフにした『巷説百物語』第4弾は、シリーズの「前史」ともいえる作品。「シリーズのどれから読んでいただいても結構」とおっしゃる京極夏彦さんに作品についてお話をうかがった。



京極夏彦さんの作品


『前巷説百物語』
『前巷説百物語』
京極夏彦
角川書店
2,000円 (税込 2,100円)


『後巷説百物語』
第130回直木賞受賞作!
『後巷説百物語』
京極夏彦
角川書店
857円 (税込 900円)


『巷説百物語(続)』
「巷説」シリーズ第二弾
『巷説百物語(続)』
京極夏彦
角川書店
857円 (税込 900円)


『巷説百物語』
「巷説」シリーズ第一弾
『巷説百物語』
京極夏彦
角川書店
629円(税込:660円)


『百怪図譜』
『百怪図譜』
京極夏彦
講談社
2,600円 (税込 2,730円)


『邪魅の雫』
『邪魅の雫』
京極夏彦
講談社
1,600円 (税込 1,680円)


『姑獲鳥の夏』
『姑獲鳥の夏』
京極夏彦
講談社
800円 (税込 840円)


『魍魎の匣』
『魍魎の匣』
京極夏彦
講談社
1,270円 (税込 1,334円)


『嗤う伊右衛門』
『嗤う伊右衛門』
京極夏彦
角川書店
552円 (税込 580円)


『覘き小平次』
『覘き小平次』
京極夏彦
中央公論新社
1,900円 (税込 1,995円)

プロフィール


京極夏彦さん
1963年北海道生まれ。1994年『姑獲鳥の夏』でデビュー。デビュー作としては異例のベストセラーに。1996年『魍魎の匣』で第49回日本推理作家協会賞受賞。1997年『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花文学賞受賞。2003年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞受賞。2004年『後巷説百物語』で第130回直木賞受賞。

インタビュー


−−『前巷説百物語』は「前(さきの)」と銘打たれているとおり、『巷説百物語』よりも前の時代、主要登場人物の一人である又市の若き日が描かれています。巷説百物語シリーズは妖怪マガジン「怪」(角川書店)の創刊時から連載を続けていらっしゃいますが、連載開始当初から物語の世界全体を見通していらしたのでしょうか?


京極さん よく、書き始める前から細かいところまで決めているんですか? と訊かれるんですが、決めないと書けないですよね。その作品にとって書く必要がないところは書きませんけど、生い立ちや立ち位置を決めないとキャラクターは創れないですし、創った時点でどんな人生を歩むかも決まっちゃいます。作中の設定や世界観もそうです。僕の場合、どの小説でも同じなんですね。
 だから繋がってるわけですが、ただその、できている世界を時間軸で区切っていけば別の作品ができるというわけじゃないですね。『巷説百物語』の続きが『続巷説百物語』で、その後が『後巷説百物語』、前が『前巷説百物語』と、時間軸上に並んでるだけの書き方なら楽なんですが、そうはいかない。『巷説百物語』と『続巷説百物語』あたりは時代も一緒、キャラも一緒です。でも料理の仕方が違う。続編というより、ネタは一緒でも別々の、独立した作品のつもりです。


京極先生−−シリーズ4作品のどの作品から読み始めても構わない、と以前インタビューでお答えになっていたのも、世界観は同じでありながら作品としては独立している。つまり、順を追って読むことを強いるような「続き物」ではないからなんですね。

京極さん 読んでいただいた方はおわかりかとも思いますが、作り方がそれぞれ違うわけです。構造も違うし見せ方も違う。材料は一緒なんですが。
 よく、ネタばれするから刊行順に読まないとダメ、とおっしゃる方がいらっしゃいますが、そんなことにこだわる必要はありません。


−−たしかに『前巷説百物語』拝読して、これまでの『巷説百物語』を読んでいたからこそ楽しめる部分もありますが、かといって、この作品から読んだからといってその世界に入っていきづらいということはまったくないですね。

京極さん  このシリーズに限らず、本は一冊一冊を楽しもうと思って読めばいいんですよ。シリーズものだからまずこっちを読んでから……なんて考える必要は、あんまりないと思いますね。


−−直感で手にとって読み始めるのが一番いいと?

京極さん  要は自分に合うか合わないか、ですよね。読書というのはとても能動的な行為ですから、そこはわかるはずです。強制的に読まされるわけじゃないでしょうしね(笑)。
 ただ、これは僕自身のことなんですが、読んで「面白くない」と感じた場合、それはテキストがまずいのではなく、読み手としての自分の読む能力が低いと考えてしまうわけですね。自分にその本の面白さがわからなかっただけ……と、思いませんか? だって、作者はもちろん、編集者、校閲と、出版の過程で何人もの人が読んでるわけですから、その全員が「つまらない」と思ったら、本は出ませんよ。出版されてる以上は少なくとも三人くらいは面白いと思っているはずで(笑)。そうすると、その本を面白がれなかった自分は、少なくともその三人には負けているわけですよ。負けてるというより感性が及んでないわけ。だから、僕は面白くないと感じたら、面白いと思えるようになるまで読み返します。そのうち面白くなります(笑)。
 面白さは作品に宿っているのじゃなく、読者の持つ「読書の力」にこそある。小説なんてたかが文字の連なりにすぎないわけで、その文字の連なりから何を読み取るのか、それは読者の勝手なんです。作者の意図なんて、読者には毛一筋ほども伝わりませんよ。でも読み手は勝手にテーマをみつけ、物語を紡ぐわけです。いい作品というのは、たくさんの読者が、それぞれに面白がれる糸口を見つけられる作品なんだと思います。
 小説は読者が作るもので、作者なんていなくていい(笑)。読者がどう受け取るのか、書き手は想像するしかないわけですが、できるだけ多くの方々が自分の物語を紡げるような小説を書こうと努力はしています。特にこの『巷説百物語』シリーズはそのあたりが露骨で(笑)。「巷説」というのは、巷に流れている説、真実かどうかはどうでもいい、ただ「こう言われているみたいね」という話のことですよね。それからここでいう「百物語」は、百物語怪談会の百物語というより、「無数のたくさんの物語」という意味です。つまり、「世間には無限の物語がある」というような意味のタイトルなんですね。タイトルに見合った小説にしなくちゃなと思ってるわけですけど。


−−今回はこれまでのシリーズで重要な登場人物である又市が主人公です。これまでは、ほかの人物の目を通して描かれていた又市ですが、今回は又市の内面を垣間見ることができます。

京極さん  『巷説百物語』では山岡百介というキャラクターに現代人=読者を仮託するスタイルをとりました。彼は「騙される」側ですね。比較的シンクロしやすい彼が騙され、ラストで種明かしがなされるという構造がミステリー的に機能していたわけです。
 今回、主要な視点人物は又市、つまり騙す側なわけです。読者には騙す側の視点に立っていただかなくちゃならない。したがって仕掛けは最初からバレバレ(笑)。だからこそ、ありえないという仕掛けばかりにしたわけで。


−−大胆かつ荒唐無稽ともいえるような大仕掛けが登場しますね。

京極さん  大胆というよりも、普通だったらNGでしょう? コレ(笑)。


−−仕掛けのナンセンスさについては、仕掛けている当の又市も「こんなのでいいのか」とツッコミを入れるようなつぶやきをもらしていますね。

京極さん 誰よりあきれてるのは又市ですね。「そりゃないだろう、お前」と。今回はそういう仕掛けばかり選んでみたんです。『巷説百物語』シリーズは、『絵本百物語〜桃山人夜話』に登場する化け物を一体ずつ取り上げるお約束です。でも、「こんなの小説には使えない」というヤツが何体かあるわけですよ。「寝肥(ねぶとり)」なんかはその筆頭ですよね。ふつう、ギャグですよ、あれは。
 いや、最初はこんなに続くと思ってなかったから気にしてなかったんですが、連載媒体の「怪」が十年経っても終わらないんですよ(笑)。「怪」が続く限り連載はさせられるようなので、だんだん化け物のストックが減ってくる。このままいくと、最後の最後で「寝肥」が残っちゃうかもしれない。オーラス寝肥りは、いくらなんでもマズいだろうと(笑)。
 そこで『前巷説百物語』を始めるときに「残しておいたらヤバそうなものを取り上げよう」と決心したんです。その決意表明として最初に「寝肥」から始めました。


京極先生−−又市は騙す側ですが、途中で騙される側の同心・志方からの視点をはさんで、読者は騙される側からの視点から事件を見ることができる。その構造も効果的ですね。

京極さん  三人称一視点で一章だけ視点の人物が変わるというのは、小説の構造としてあまりきれいではありません。ミステリーとしてもアンフェアですね。いちばんいいところだけ事情を知らない人物の視点が入るわけですから。まあ、そんなことに拘泥する意味はあまりない小説なんです、今回は。
 ネタはもう、最初からバレてるわけで。ミステリー的に読もうとするなら、騙す側である又市も知らない事実がラストで解明される、その部分こそがサプライズとなるわけですね。だから作中の仕掛けはむしろ陳腐な方がいいわけで(笑)。そのサプライズの積み重ねによって、騙す側にいる又市という主人公がどんどん変わっていく、成長というより開き直りに近い変化なんですが、それで結果的に『巷説百物語』以降の又市ができあがる。『前巷説百物語』は又市のできるまでを読者に追体験してもらおうという趣向ではあるわけで。


−−双六売りだった又市が「騙す」側に開き直っていく。しかも、そこで又市が騙そうとしているのは、一人や二人の個人ではないですね。そこがいわゆる詐欺とは違う。

京極さん  まあ、又市というキャラは、口八丁、手練手管で人を騙すわけで、平たくいえば詐欺師なわけですよ。ただ、自分の懐を肥やすためにやっているわけではない。特定の団体、個人を騙すわけでもない。又市の詐欺行為は、言ってみれば「世間」を騙すことで成り立っている。
 詐欺は被害者が「騙された」と気づくまでは犯罪として成立しません。気づくまでの間、被害者は加害者と共犯関係にあるわけです。その共犯関係が崩れたときに、被害者/加害者という関係か生まれる。
 又市は「世間」を共犯にするわけですね。世間が騙されて、騙されたことに気づかなければ犯罪は成立しない。又市がそういうスタイルを確立する経緯が『前巷説百物語』のパートになるわけです。
 騙される側、つまり「世間」の代表として、岡っ引と同心が出てきます。岡っ引は庶民代表。同心は武士階級代表ですね。でも彼らも、ただ騙されてるわけじゃないんですね。途中から気づき始めている。でも、岡っ引は「その方が平和なんだからそういうことにしておこうよ、むしろ騙してほしいわ」タイプ(笑)。一方、同心は「いや、それでも騙しはよくない。動機はどうあれ詐欺は詐欺じゃん」という、マニュアル遵守型。これはとても騙しにくいタイプなはずなんですが、その同心が、最期の最期でわかっていて見逃すような態度をとるわけですね。


−−騙しやウソを犯罪として取り締まる側にいる同心も、見て見ぬ振りで加担する。いわば、騙されることで共犯関係を結ぶわけですね。

京極さん  同心は正論を掲げているわけです。一方又市のモティベーションになっているのが「青臭さ」です。又市が最初から最後まで「青臭い」と言われ続けるわけですが(笑)、青臭さというのは未熟な考えとか、考えがないということではなくて、「むやみに正論を主張すること」ですね。
 よく社会人になると「お前、何青臭いこと言っているんだよ、それが通れば誰も困らねえんだよ」ってオヤジに説教されますよね。でもね、「通れば困らない」ということは、通らないからみんな困っているということで、なら通せばいいじゃねえか、って話でもあるわけですよ(笑)。でも、「そうっすね、俺、青かったっす」とうつむいちゃうのが大人といわれる。つまり、正論を下げて、わかったような顔をするのが大人の態度だという。それはどうなんでしょう? 
 たしかに正論が通らないのが世の中なのかもしれないけれど、正論を捨ててしまうのは必ずしもいいことではないでしょう。又市はアクロバットな手法で世間を騙す悪党なわけですが、その核となっているのは正論なんです。同心は又市と正反対の立場にいるんだけど、モティベーションは同じなんですね。両方「青臭い」んです。だから最後はシンクロしちゃう。


−−「善」を求めて正論を吐く。たしかに青くさいですが、それがなければ世の中は真っ暗闇ですね。

京極さん  勧善懲悪はわかりやすいんだけど、現代においては難しいもんなんです。時代劇だと悪いヤツはバッサバッサと斬られるんだけど、それは殺人(笑)。又市は殺すな殺すなと言うんだけど、どうにもできないですね。とはいえ悪いヤツをスッキリやっつけないと通俗娯楽作品としては後味が悪いですしね。そのへんなんとかならんかなあ、というのが『巷説』シリーズを構想した際の僕のモティベーションでもあったわけで、そこは今回の又市と通じるところがあるかもしれません。



インタビューは両国の江戸東京博物館で『巷説百物語』シリーズの世界を髣髴とさせる展示の中で行われた。『前巷説百物語』の個人的な読後感としては、仕掛けの奇想に魅了され、ぐいぐい引き込まれつつ、青春の尻尾を残した又市の「青くささ」が時には切なくもあった。そうした思いこそ、京極さんの言う「読者の力」が働いたゆえだろう。読んだ人の数だけ物語があるのだ。シリーズのファンはもちろん、初めての方もぜひ、ご一読を。
【タカザワケンジ】

( 取材協力: 江戸東京博物館 http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/ )

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