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祝!第137回直木賞受賞時代小説の旗手、松井今朝子さんが鮮やかに紡ぎ出す江戸の遊郭に生きる人々の人生模様『吉原手引草』

松井今朝子さん
江戸・吉原で人気絶頂の花魁、葛城(かつらぎ)がある日突然、姿を消した!華やかな遊郭を支える番頭や太鼓持ち、幇間(ほうかん)ら17人の証言を通してその失踪の謎に迫っていく、松井今朝子さんの最新長編『吉原手引草』。子供の頃から歌舞伎の魅力にどっぷりつかり、歌舞伎の舞台づくりに関わった後、『東州しゃらくさし』で小説家デビュー。以来、江戸の芝居の世界や町人たちの暮らしぶりを軽妙な語り口で活写し、多くの読者を魅了し続けている松井さんが、この作品で直木賞を受賞。京都・祇園の料理屋の娘として生まれ、「色里の空気は肌で知っている」と語るご自身に、ミステリー仕立ての本作、そして時代小説への思いを伺いました。



松井今朝子さんの本


『吉原手引草』
『吉原手引草』
松井今朝子
幻冬舎
1,600円(税込:1,680 円)

『果ての花火』
『果ての花火』
松井今朝子
新潮社
1,500円(税込:1,575 円)

『一の富(並木拍子郎種取帳)』
『一の富(並木拍子郎種取帳)』
松井今朝子
角川春樹事務所
660円(税込:693 円)

『二枚目(並木拍子郎種取帳)』
『二枚目(並木拍子郎種取帳)』
松井今朝子
角川春樹事務所
680円(税込:714円)

『マンガ歌舞伎入門』
『マンガ歌舞伎入門』
松井今朝子 /伊藤結花理
講談社
880円(税込:924 円)

『大江戸亀奉行日記』
『大江戸亀奉行日記』
松井今朝子
角川春樹事務所
560円(税込:588 円)

『幕末あどれさん』
『幕末あどれさん』
松井今朝子
PHP研究所
933円(税込:980円)

『辰巳屋疑獄』
『辰巳屋疑獄』
松井今朝子
筑摩書房
1,600円(税込:1,680円)

『東洲しゃらくさし』
『東洲しゃらくさし』
松井今朝子
PHP研究所
648円(税込:680 円)



プロフィール


松井 今朝子さん (まつい けさこ)
1953年、京都祇園に生まれる。早稲田大学大学院文学研究科演劇学修士課程終了後、松竹株式会社に入社、歌舞伎の企画・制作に携わる。松竹を退職後、フリーとなり、故・武智鉄二に師事。歌舞伎の脚色・演出・評論などを手がける一方で、『マンガ歌舞伎入門』『ぴあ歌舞伎ワンダーランド』、CD‐ROM『デジタル歌舞伎エンサイクロペディア』などの監修に積極的に取り組む。97年に『東州しゃらくさし』(PHP研究所)で小説家デビュー。同年『仲蔵狂乱』(講談社)で第8回時代小説大賞受賞。07年『吉原手引草』(幻冬舎)で第137回直木賞受賞。その他の著書に『幕末あどれさん』、『似せ者』(講談社)、『家、家にあらず』(集英社)など。著書リストにブログ「今朝子の晩ごはん」、旅行記などを綴った公式HP:今朝子の晩ごはん http://www.kesako.jp/


インタビュー


――まずは直木賞受賞、おめでとうございます!受賞後、生活に変化はありましたか?

松井さん 賞の発表直後にもいくつか原稿の締切りがあったのですが、翌日からいろいろな方が会い来て下さるし、本の打ち合わせがあったりして2日間は原稿用紙1枚が書けず、食事もパンを口に入れるぐらいしかできませんでしたね(笑)。


――HP内のブログ、「今朝子の晩ごはん」では、ご自身の日々の献立を綴られていますが、それどころではなかったんですね。

松井さん そうですね(笑)。取材を受けても記事を見る暇がないので、受賞した実感もわかなくて、感慨にふける間もなく仕事をし続けている状態でした。ようやく落ち着いてきたところです。


松井今朝子さん――『吉原手引草』では、あまり知らなかった江戸の世界の面白さに一気に引き込まれたのですが、吉原一の花魁・葛城が姿を消した謎を探る物語を書くにあたり、遊郭で働く人たちが次々に証言していく形をとられていますね?

松井さん この作品は葛城とともに、吉原という街自体が主人公だと考えていて、街の様子をよりくっきりと描き出すには、そこに生きる人たちが証言するのがいいのではないかと思ったからです。若い頃、スタッズ・ターケルという作家が書いた『仕事!』という、職種の異なる130人ほどが自分の仕事を語るという本を読んだことがあって。それが官僚やタクシードライバーといった、さまざまな職業の人たちに「あなたの仕事は?」と質問していくもので、訊ねられた人は次第に自分の人生観や身の上話まで語り始めるんですね。その内容が事実は小説より奇なりという感じで、すごく面白かったので、今回はその方法でやってみようかと。登場人物に証言させることで、吉原にはどんな人がいて、どのように暮らしているのか、ということを浮かび上がらせたいという狙いがありました。そうした大きな流れの中でミステリーが展開するという、2重構造にしたいと考えました。


――引手茶屋の内儀(ないぎ)から見世番、ひいては女衒まで、吉原を支える仕事に携わる人たちの証言を読んでいると、吉原大門を通り抜け、花街を実際に歩いている気にさえなりました。

松井さん いつも言っているのですが、それはRPG(ロール・プレイング・ゲーム)的だからです。私自身、実はすごくゲームが好きなんですよ(笑)。「ドラゴンクエスト」を作った堀井雄二さんがたまたま早稲田時代の同級生で、出席番号が並んでいたこともあって、「ドラクエ」が話題になった時、親近感があったのでやり始めたら好きになって。その後、「ファイナルファンタジー」にものめり込みました。それで小説を書く時は、自分がその世界に入っていくような、RPG的な書き方をするんです。


――なるほど。松井さんの作品から伝わってくる臨場感はそこから来ていたんですね。

松井さん
 とはいえ、私はそもそも小説を書こうという気はまったくなくて、歌舞伎に関わる仕事をしていたので、歌舞伎のRPGみたいなものを創りたいと思ってコンピューター業界の方と話をする中で、歌舞伎のRPGの台本を書いてみようということになったんです。だから当初は、歌舞伎を啓蒙するものを書くつもりでした。ところが書き始めたら、小説の力のすごさに気づいて、小説を書く人間になったんですけれど。そんな発想で小説を書き始めたので、直木賞受賞も、たとえていうなら、近所をジョギングしていたら、突然、マラソン会場に入りこんでいて、声援を送られるあまり力走していた、そんな感じ(笑)。今の状況は、本人が一番不思議に思っているんですよ。


――これまで歌舞伎を扱った作品が多かったのですが、今回、吉原を取り上げられた理由とは?

松井さん 以前、歌舞伎の仕事をしていたせいか、歌舞伎をテーマに小説を書く時も、観客ではなく、舞台の上で生きている人の視点で書くのが面白いので、そういう視点で吉原を書きませんか?と編集者の方からアドバイスを頂いたのがきっかけです。考えてみれば、芝居の世界も吉原も、光と影、表と裏の人が存在するから面白かなと。吉原については、一度書いておきたいという思いもありました。というのも、江戸という時代は吉原抜きでは語れないんですね。日本に存在する「吉原的なもの」、「あわよくば……」という男性の願望に満たされた擬似恋愛空間は、今だったらメイド喫茶だったり、いつの時代にもあるわけで、吉原的な文化は日本の男女を語る上で抜きに出来ない。それに加えて、私が生まれた時は、吉原はまだ存在していたので、年上の方から、「吉原っていうのはね…」と直接話を聞いているんです。つまり、吉原の雰囲気を耳にしたことがある最後の世代なので、書いておくべきかなと思っていました。


――吉原の人々の言葉遣いや暮らしぶりがとても興味深かったのですが、時代小説を書く際、当時の様子はどのように調べるのですか?

松井さん ほとんどの場合、原書にあたりますね。江戸時代に書かれた洒落本、人情本といった出版物には吉原に関する記述が山のように出てきます。十辺舎一九といった有名な文人たちが、吉原について、今でいう風俗ルポみたいなものを数多く書いているんですよ。それを読むと、「モテ」空間というのか、日本の男性って昔から全然変わってないじゃない、そう思いますね(笑)。


松井今朝子さん――この作品を書くにあたり、ご自身も現在の吉原界隈に行かれたそうですね。


松井さん 男性の編集者と行ったのですが、店の前にきれいに水が打ってあって、ガタイのいい、怖いような黒服のお兄さん方がずらっと並んでいて、歌舞伎町とは違う、もうプロの世界。メインストリートにたくさんの店が並んでいるのですが、ちょうど黄昏時で、街の隅ずみまでネオンがついた時だったので、雰囲気が江戸時代と変わらない気がして、なんとも言えず面白かったですね。
考えてみると、日本の男女というのはすごく独特で不思議ですよね。女の人は「亭主元気で留守がいい」という感じでナントカ王子を追いかけたりしているし、男性は相変わらず、キャバクラなんかに出かけて、モテてる気分でお金を落としているんですから。


――この本を読んで、同性として、花魁・葛城の言葉や振る舞いなど、江戸時代の吉原の女性に、ある種のカッコよさを感じるところもあったんですよ。

松井さん この本を読んで、そう仰る方は多いですね。社会全体がサービス業にシフトしている今、水商売に抵抗がなくなっている面もあるし、花魁の生き方が仕事へのプロ意識、キャリアの1つのパターンに見えるのかな、という気もします。


――もともと小説家になる気はなかったそうですが、今、小説を書く醍醐味をどう感じていますか?

松井さん 私は物心がつく前から歌舞伎を観始めて、小学生時代に中村歌右衛門さんにのめりこみ、東京に出てきたのも歌右衛門さんのためという感じでしたから、自己表現をしたいというより、他人の表現に打たれたり、ケチをつけたりするほうが好きだったんです。なのに、小説を書き始めたら、もう他人の表現に好き勝手に言ったりできない……という内心忸怩たる思いはあります(笑)。
それでも小説がすごくいいものだと思うのは、芝居や役者の商売が、目の前にいる人に気遣いする一方で、小説は、たとえ作家の存在が活字に埋もれても、見ず知らずの人が触れた時、共鳴してもらえる可能性があるから。それが活字の凄さだと思います。それに小説は、究極のインタラクティブな媒体ですよ。作家が自分のイメージで登場人物を書いても、読む人はそれとはまったく違うイメージで読んでいる。1万部売れたら、1万冊分の別の小説があるようにね。そうした意味で、小説は読者のものであり、そこが小説の一番いいところだし、面白いところですね。


――お話を伺っていると、時代物を書くべくして、書かれている気がするのですが……。

松井さん でも、私自身は小学校から12年間、ずっとミッションスクール育ちで、好きなものは海外ミステリーだったり、日本的なものに憧れがあるわけではないんですよ。周りがあまりに日本的な環境だったので、やらなければと思って書いている(笑)。
ただ、時代物も現代につながる、というのは常に意識していますね。いってみれば、「日本的なるもの」を批評するために、過去を使っている。私が書いているのは、そんな時代小説だと思います。
最近、和のものが流行していますが、それが経済を動かしたり、妙なナショナリズムに向かうための要素として利用されるのは違う気がするんです。そうではなくて、冷静に「日本的なるもの」を見つめて、書いていきたいという思いがあります。そうやって書いていく中で、本当に長くお付き合い頂ける、読者の方とお会いできればうれしいですね。


――こちらこそ、今後の作品を楽しみにしています。今日は本当にありがとうございました。

直木賞受賞後の慌しい最中にもかかわらず丁寧に、ユーモアを交えてインタビューに答えて下さった松井さん。『吉原手引草』の読後感同様、キリリとした佇まい、明快な語り口に思わず惚れ惚れしてしまう、実に爽やかな方でした。江戸の暮らしや人々の心意気に発見させられたり、元気をもらったり。時間が経つのを忘れて一気に読みたくなる松井ワールドは、時代小説が初めての方にもおすすめ。大のカメ好きでもある松井さんならではの作品『大江戸亀奉行日記』に紹介されている、ご自身が作詞、作曲、振付を手がけた「鶴亀音頭」にも注目です。この機会にぜひ、時代物の醍醐味に触れてみては?
【インタビュー 宇田夏苗】

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