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「物語」は人の「業」、 私も「咎人(とがびと)」
宮部みゆきさん待望の新刊『英雄の書』

現代ミステリーから時代小説、ファンタジーと幅広く活躍する宮部みゆきさん。新刊『英雄の書』(毎日新聞社)は約6年ぶりとなるファンタジー小説だ。主人公・小学5年生の森崎友理子は、中学2年生の兄・大樹の起こした事件とその後の失跡の謎を追ううちに、すべての「物語」の源泉にして終息の場所‐‐「無名の地」に足を踏み入れ、兄が「英雄」の負の側面「黄衣の王」に魅入られていたことを知る。現代、無名の地、そして友理子たちの住む世界とは別の「領域(リージョン)」である「ヘイトランド」。「印を戴く者(オルキャスト) 」となり「ユーリ」を名乗る友理子は、三つの世界を行き来し、やがて「黄衣の王」と対決する。「物語」そのものを主題とし、「物語」を作り必要とし続ける人間の「業(ごう)」を、「咎人」や「咎の大輪」など独特の表現で描く本作。宮部さんに話を聞きました。


宮部みゆきさんの本

お兄ちゃんが人を刺すなんて・・・。<英雄>に取り憑かれた兄を救うため友理子は物語の世界へと旅立った。毎日新聞連載、宮部みゆきのファンタジー最新刊!
『英雄の書(上)』
『英雄の書(上)』
1,680円(税込)

『英雄の書(下)』
『英雄の書(下)』
1,680円(税込)

宮部みゆき大特集!名作、大作、話題作はもちろん、宮部みゆき作品のルーツが分かる謎本も大紹介!
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プロフィール


宮部みゆきさん (みやべみゆき)
1960年東京生まれ。87年短編集「我らが隣人の犯罪」でデビュー、オール讀物推理小説新人賞を受賞。89年『魔術はささやく』で日本推理サスペンス大賞、92年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞を受賞。93年『火車』で山本周五郎賞、97年『蒲生邸事件』で日本SF大賞、99年には『理由』で直木賞を受賞した。2007年『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞のほか、作品に『模倣犯』『楽園』『おそろし』など多数。

インタビュー


◆英雄の魅力と罪

−−ひさしぶりのファンタジー小説は、女の子が主人公です。

宮部さん 『ブレイブ・ストーリー』を書き終えてから、またファンタジーを書きたいなという思いがあり、腹案ができあがる前から、次の主人公は女の子と決めていました。『ブレイブ・ストーリー』の主人公が11歳から12歳になる男の子だったので、今度は同い年の女の子にしようと思っていたんです。いつもいつも女の子は助けてもらってばかりじゃないから、と。

−−主人公・友理子は、兄の起こしたある事件をきっかけにして、冒険に旅立ちますね。

宮部さん そのくらいの歳の女の子が立ち上がるのは家庭内の問題だろう、と。身近な存在が何かに巻き込まれていくのが一番、動機付けとして強いだろうと思いましたし、このくらいの一番多感な時期って、大人になったらもうちょっとほかの解決方法が考えられることにも、そこまで目が行かなかったりする。偉大なものに心を染められて、成長の糧とする時期でもあるし、危険なものに触れて、それがもしかすると、ここまで極端なことではないにしても、ちょっと悪いことをしてみちゃうような年ごろの、兄妹の話がいいかなって思いました。

−−「物語」そのものを小説にしてしまうという試みは、どういうきっかけから?

宮部さん きっかけは特にどこかにあったのではなく「そもそも発想ってどこから来るんだろう」とずっと考えていたんです。締め切りが近くなると、助けてくれるこのアイデアはどこから来るんだろう、と(笑)。もう一昨年になるのかな、ある高校の文芸部の生徒さんたちが学校紙の取材で来たときに「アイデアってどうやって見つけるんですか?」と聞かれて「どこかに源泉があったらおもしろいよね」と話をしていて。

−−「源泉」ですか?

宮部さん 「すべての物語の原型はギリシア悲劇で書きつくされている。ギリシア悲劇で書ききれなかったことは、シェークスピアが書いている」というのをどこかで読んで「実は物語って原型がいくつかあって、その中で循環してるんじゃないのかな」というのは、ずいぶん昔から考えていたんですね。それを今回、こういう話にしようと考えたのは、あとがきにも書きました林房雄さんの傑作短編『四つの文字』という作品がきっかけです。

−−巻頭の「学我者死‐‐我を学ぶ者は死す」ですね。

宮部さん 『四つの文字』の一番最後に出てくる言葉なんですけれど、これはつまり「黄衣の王」の側の言葉なんです。

−−「英雄」の負の側面として「黄衣の王」が登場し、大樹はこれに魅入られてしまいます。「英雄」にあこがれるのは罪ですか。

宮部さん もちろん罪だけではないと思います。立派な人の伝記を読んで、自分もこんな立派な人になろうと思うことだってあると思うんですよ。それで「英雄」と「黄衣の王」と分けたんです。本当に勇気を振り絞らなければできないことする人を英雄と呼ぶならば、そういう人についてつづられたものは、次の時代の人にも勇気を与えますし。

−−作中の「物語」は小説のほか、あらゆる「物語」を含んでいますね。

宮部さん 「物語」と作中ではひとくくりにしていますが、書き始めたときは「偽史」とか「擬似科学」とか、そういうものが頭にありました。あれもすべて「物語」ですからね。もちろん自分が書いている小説もそうですが。人間は作家でなくても、みんな「物語」を作るという意味を込めたつもりです。何かで読んだのですが「かつて歴史はすべて文学だった」と。ちょうどこれを連載しているときだったので「ああ、やっぱりそうだったんだ」と。今の歴史学はできるだけ文学から離れていこうとしていて、それでもやはり記録する人の主観から逃れ切れない部分があります。解釈の仕方で、日本の現代史にしても一つの事件が全然違うものに見えたりしますよね。私たちが書いているエンターテインメントでも、読む人によって結末の解釈が異なったりします。それは読む人の数だけ「物語」があるということだと思います。


−−人間の「業」として「物語」は無限に生まれ続けるということですか?


宮部さん そういうふうに私は思うんですよ。作中で「英雄の書」の写本を追う「狼」たちが使う「(写本を)狩る」という言葉は「ハントする」という意味で使っているんですけれど、これは決して「焚書」するということではなくて、そこから目を離さないというかね。そういう意味で書いたんです。危険な「物語」だから世に出てはいけないということはないし、世に出さないということがまずできないだろう、と。極端な話、今でもヒトラーの『我が闘争』が流通していますよね、一つの古典として。絶版にしたからといって、ヒトラーが当時考えたようなことを考える人が出てこないわけはないですよね、時代は違っても。だから写本を「狩る」ということは、世界からそういうことは、なくならないんだという事実から目をそむけないという「ウオッチしている」という意味で書きました。


−−「物語」を作る者は「咎人」であり、いつか「無名の地」で「無名僧」となって「物語」の循環装置である左右二つの巨大な輪「咎の大輪」を押すことになる‐‐そんな世界を描かれた宮部さんですが、ご自身も「咎人」ですか?


宮部さん 「咎人」ですね(笑)。私はミステリー作家ですので、どうしても事件を書くので、とてもつらい事件を紙の上とはいえ起こしますよね。「主人公を幸せにしないことにかけては、右に出る者はいない」と言われていて(笑)、本当に「業が深いなあ」とずっと思っていたんですよ。いくら紙の上のこととはいえ、私はある人のある人生の側面を書いたわけだから「ごめんなさい」という気持ちがあります。


◆金融システムも「物語」を売った


 
−−カギカッコやルビを駆使して、かなり慎重に言葉を用いていますね。


宮部さん カギカッコを使った固有名詞がたくさん出てきます。「英雄」もそうだし「黄衣の王」もそうです。(登場人物の一人)アッシュが特殊な葬儀屋だというのも、この世界の葬儀屋にはそういう意味があるという意味で犹犲圓剖瓩靴ぜ圻瓩汎鹽世念呂鵑如それがすごく多いから「読みにくいんじゃないかな」とか「煩雑なんじゃないか、どうしようか」と悩んで、ぎりぎりまで調整しました。あと「人間」と書いたけれど、ここは「個人」の方がいいとか。普段、最後の最後まで細かい言葉まで直さないのですが、今回は直しました。今回はそのあたりに気をつけないといけない作品だと思いました。言い回し一つで意味がいろんなふうに受け取れるかもしれない、と。ふりがなも初出だけではなく、特殊な読みが多いので、ずいぶん頻繁にふってもらいました。ただファンタジーって普通、造語に凝りますが、今回はまったく凝らなくて。「印を戴く者(オルキャスト)」が多少そうですけど、そういう点ではファンタジーらしくないかもしれません。「狼」もいろいろ考えたんですよ。「ハンター」とか「番人」とか「防人」とか。でももういいやって(笑)。「狼」でいこう、と。


−−ファンタジー小説にしては珍しく、現代のシーンが多いのも特徴的です。


宮部さん 今回は最初から(現代と『無名の地』『ヘイトランド』を)行き来することが分かっていて、最初にユーリが旅立つまで、最速で最短地点を通って行こうと思いました。連載を書いているときは、これでも長いかなと思っていました。


−−「無名の地」の事物に名前をつけるシーンが印象的です。


宮部さん 歴史をつづるとか同世代のことを書くとか、それは罪だけではなく当然、祝福でもあるんですよね、同じだけ。楯の裏表ですから。ただ今回はそこまで書かなかったんですけど、いつか「無名の地」のすべてのものに名前がついてしまったときこそ、世界の終わりだと思うんですよ。それはこの「輪(サークル)」が満ちたときで、滅びるのかどうかは分からないけれど、そこでもう時の流れが止まるというか。だって今の私たちの生きている世の中だって、すべてのものにはまだ名前はついていませんよね。見つかってない元素もあるし、まだたどり着いてない、発見されていない星だってあるだろうし。まだ名前がついてないものがいっぱいあるから、世界はまだ前に向かって進んでいるけれど、もし全てのものに名前がついてしまったら、そのときがたぶん世の中の終わりなんじゃないかなと思います。 0


−−同じ「ファンタジー小説」でも『ブレイブ・ストーリー』と比べると、かなり印象が違いますね。「ファンタジー小説」らしくなくて。


宮部さん 実はホラーかもしれない(笑)。いちおう剣と魔法ではあるんですが、そんなに魔法が出てきませんしね。でも分類するならファンタジーだと思っています。だからよく担当編集の方と「これは『異形の書』だよね」という話をしていたんですよ。「どういう本になるんだろう」「説明しにくいよね」と。べつにメタフィクションではないし、でも寓話ではないし。私も今まで自分が書いた中で一番説明がしにくい本かなと思いました。『ブレイブストーリー』を楽しんで読んでくださった方の中には「全然違うじゃないか」と思う方がいるかもしれません。それが楽しみでもあり、怖くもあります。ただ、私は決して「物語」を否定しているわけではないということが伝わればいいなと思います。「物語」はものすごく大きなもので、光と影があるんだよ、と。特に子どもさんや若い方に伝わればいいと思います。大人は分かってますからね、何にでも表と裏があるっていうことは。


−−「物語」の循環など、どこかインターネットの世界を想起させ、現代への警鐘のようにも感じられます。


宮部さん 私は全然ネットにつないでいないのですが、ネットの中でつづられていることこそ、まさに「物語」ですよね。例えば、女の子だと言ってブログを書いていて、実は男の子でした、とか。それって別の人生を生きているってことですよね、ブログ上で。自分について物語を語っているわけですし。それから、一時ほどではないにしても「自分語り」というんでしょうか、「自分探し」とワンセットになっている「自分語り」というのも、あれも私から見ると物語。そう考えると、これほど物語が世の中にあふれている時代というのは、ないんじゃないでしょうか。もちろん、いいこともいっぱいあると思うんですよ。今まで黙っていなくちゃいけなかった人が声をあげられるようになったというような、素晴らしいこともいっぱいあると思います。一方で、すごく危険なこともあると思いますし。発信しているご自身にとっても危険なことがあるかもしれない。こじつけのようですけど、今度の金融危機を呼んだシステムだって、融資を証券化してたくさんの人に売って「もうかるよ」と、本来それだけの資力のない人でも「家が買えますよ」と、これもやっぱり一種の「物語」を売ったことだと思うんですよね。日本のバブルもそうだったけど。最初の方に「人間が世界を解釈しようとした瞬間に輪(サークル)はできたけれど、今では世界そのものより輪(サークル)の方が大きい」という内容のセリフがあるんですけど、現代では人間の数よりも情報の量の方が多いでしょう。そして、いろんなものが物語化してる。それこそミステリー作家としての立場で言えば、犯罪も物語化していますから。


◆映像でやるような描写をしても映像には勝てない



−−宮部さんといえば幅広い作品で知られますが、それぞれのジャンルで心がけていることはありますか。


宮部さん 今はあまりないですね。まだファンタジーを書き始めていなくて、時代小説と現代ミステリーの二本立てだった頃は、ことさらに時代小説らしくしようとか思ったことがあったんですよね。でも今は、あまり考えないです。下手するとうっかり(時代小説で)「一週間前」とか書いていたことがあって、大笑いなんですけど(笑)。今年で私(デビューから)21年ですが、スタート時点から時代小説と現代ミステリーを書いていて、いろいろやっていてよかったなと今は思います。楽しいです。しばらく現代物が続くと時代物を書きたくなったり、時代物をしばらく書いていると「あ、これは時代物じゃ書けないネタだから現代ものに持って行こう」と思うこともあります。


−−そこに今後はファンタジー小説も加えて


宮部さん 頻度としてはまだ少ないですけれど、両方(『ブレイブ・ストーリー』も『英雄の書』も)とも上下巻の大長編ですから、ずいぶん書いたなあというか(笑)。『ブレイブ・ストーリー』を書き終えたときには、二作目を書きたいなと思っていましたけれど、果たして書けるかどうか、すごく心もとなかったので、『英雄の書』が完結して本になって、こうして日の目を見られたことが、本当にうれしいです。で、まだ装丁とか何も決まってないときに(上下巻の)この帯(の文句)は、私が考えたんです。「これでいい?」と聞いたら「これでいい」と(担当編集の方が)言ってくれました。連載の間から帯はこの言葉だと決めていました。普通は私、自分では考えなくて「お任せします」って言っちゃうんですけど。


−−そういう意味では、宮部さんにとってもメルクマール的な作品ですね。


宮部さん 本当に感慨深いものがありました。一方で今進行中の仕事って、すごく能天気な「物語」なんですよ。「やっぱ懲りてないな」と(笑)。


−−咎人ですね(笑)。


宮部さん 「業」です(笑)


−『ブレイブ・ストーリー』のように映像化できればいいですよね。。


宮部さん そうですね!ファンタジーを書くようになってから、映像化のことを考えるようになりました。それは「映像化されればいいなあ」ということだけではなくて「映像には勝てない」というか、映像でやるような描写をしても映像には勝てないから、違う描写を考えなくてはいけないな、と。それこそ「ロード・オブ・ザ・リング」を見ていても、あのとおりに小説で書けるわけはないんで、あの大規模な合戦シーンにしろ魔法のシーンにしろ、人間以外の種族のリアルな動きにしても。そうすると違う方向から描写しなくちゃいけないんだと、ファンタジーを書くようになって意識するようになりました。


−−読者に一言お願いします。


宮部さん もしかしたら、特にユーリを好きになっていただくと、これは悲しい話だと思われる読者の方もいらっしゃるかもしれません。それはすごくうれしいです。けれど私としては、この作品はユーリが強く成長するというハッピーエンドだと思っているので、そういう気持ちで書きましたというのは、お伝えしておきたいです。








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