楽天ブックス 著者インタビュー

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19歳の予備校生・歩太は、27歳の精神科医・春妃に出会い、その横顔に見とれた……。高校時代のガールフレンド・夏姫がいるのに……。透明な光と切ない思いに溢れた『天使の卵―エンジェルス・エッグ』は、100万人の読者が泣き、今も大勢の若者に読み継がれているみずみずしい純愛小説。直木賞作家・村山由佳さんのデビュー作であり新人賞受賞作です。そして、この秋ついに、春妃・小西真奈美、歩太・市原隼人、夏姫・沢尻エリカという配役で、ファン待望の完全映画化。 映画に刺激されたという新作『ヘブンリー・ブルー』を書かれた村山さんに、映画のことや『天使の卵』 『天使の梯子』への思いなどを、たっぷり語っていただきました。

プロフィール

村山由佳さん (むらやま・ゆか)
) 1964年、東京都出身。立教大学文学部卒業後、会社勤務、塾教師などを経て、執筆活動に入る。93年、19歳の少年の純愛を透明感ある文章で描いた小説『天使の卵』で第6回小説すばる新人賞を受賞。大型新人として注目を集める。NHKの朝の番組「おはよう日本」で「村山由佳の旅エッセイ」のレポーターを1年間、95年4月から読売新聞の「マルチ読書NET WORK」の読書委員を1年半つとめる。14年ほど前から千葉県鴨川市在住。自ら畑を耕し、自然派生活を謳歌してきた。主な著書に『BAD KIDS 』、『野生の風』、『青のフェルマータ』、『翼』、『海を抱く』、『すべての雲は銀の…』、『約束』、『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズ。そして『天使の梯子』。エッセイ集に、『海風通信--カモガワ開拓日記』、『小説家ぶー子 イギリスを行く』、『晴れ ときどき猫背』、『楽園のしっぽ』。03年『星々の舟』で第129回直木賞を受賞。映画『天使の卵』は10月21日公開。続編『天使の梯子』も10月22日に、テレビ朝日にてドラマ化、放映される。
村山由佳公式サイトYUKA BLUE:http://www.yuka-murayama.com/

インタビュー

−−『天使の卵』が第6回「小説すばる」新人賞を受賞したのが1993年の年末。それから12年しての映画化なんですね。お気持ちはいかがですか?
村山さん私にとってはほんとうに大事な作品ですし、感慨深いものがありましたね。この10年ぐらいの間に30本以上、映像化の企画をいただいていたのですが、いつもどこかで座礁してしまって、実現しなかったんです。この作品と映像化は相性が悪いのだろうかと諦めかけていたのですけど、でも、今回はなんとなく予感があって、トントン拍子にお話がすすみました。

 映画化にあたってひとつだけお願いしたのは、原作の持つ、色とか手触りだけは変えないで欲しいということです。サックスブルーをピンクにするというような変更さえしないでくれるのなら、映像的に必要な新しいエピソードをつけ加えることに関しては、おまかせしました。もともと文章と映像はちがうものだと割り切っていましたし。  撮影がはじまってからは、ロケ地に見に行ったりもしたのですが、監督さんをはじめ、役者さんもスタッフのみなさんも、原作の読者の方々の気持ちを大事にしようという思いが伝わってくる撮影現場だったんです。これなら大丈夫だ……って安心しました。ほんとうに、直球勝負の、まっとうな、誠実な作りなんです。
−−実際に映画をご覧になって、いかがでしたか?
村山さんそれがねぇ、原作にないところで泣いてしまって……、これはすごいと思ってしまいました。『天使の卵』と、その10年後に書いた『天使の梯子』という続編を少しまぜた感じのストーリーになっているのですけれど、そのどちらにもないシーンで、でも、あってもおかしくないシーンで。春妃役の小西真奈美さんの演技にひきこまれました。もちろん役者さんの力でもあるのですが、そのシーンが原作とそぐわないものであったら、感情移入しなかったはずです。そういう意味でも、すべてのベクトルが同じ方向を向いて出来上がった映画なんだなぁと思いました。

 はじめてロケ現場で、隼人くんと挨拶した時には、「はじめまして。一本槍歩太です」っていわれたんですよ。すっごくうれしかったですね。ああ、歩太が生きて動いているって……。

 ちょうど、小西さんも隼人くんも、撮影時に役柄と同じ年齢だったんですよ。小西さんが27歳で隼人くんが19歳。小西さんは、もともとマリア様顔ですし、春妃の透明感と芯の強さをすごくキレイに演じてくださいました。隼人くんも、少年から男になる端境で、もろくて不安定で、でも、背伸びしたいというのを見事に表現してくれました。歩太が上半身ハダカで、後ろから春妃を抱きしめるアングルがあるんですけど、ああ、この背中は、この年頃の男の子にしかだせないエロティシズムだなぁと。あの背中は、片っぽうに天使の羽根がついていてもおかしくない透明感があって、いい感じでした。
−−原作にない……と聞いて、だれの、どんなエピソードなんだろうとドキドキしましたが、これ以上伺ってしまっては、もったいないですね。原作者まで泣かせてしまうなんて。私も、ぜひ見て泣かないと……。村山さんは、映画を見て、よく泣いたりするのですか?
村山さんいいえ、滅多にないんです。作家という仕事の損なところだと思うんですけど、映像であれ小説であれ、どんなものを見ても、私だったらこう書くというようなことを考えてしまうんですね。作り手ということを離れて、のめり込める虚構の世界というものが少なくなってしまって。ですので、自分が原作者であるにもかかわらず泣かされたというのは、すごいことだと思うのです。

 映画から受けた刺激はたくさんあって、中でも、沢尻エリカさんが演じる夏姫の、生身の人物像を、私自身が再確認したようなところがあって、それが『ヘブンリー・ブルー』を書くことにつながりました。
−−続編の『天使の梯子』も夏姫のほうのお話という感じがありましたが、そこで書かれたよりもっと以前の夏姫も、気にかけていらしたのかなぁと思いました。
村山さん「梯子」では、夏姫にしろ、歩太のことにしろ、一人称で書くことをさけました。それは『天使の卵』を読んでくれた100万人の読者の方の、それぞれにとっての「歩太のその後」があり、「夏姫のその後」があり、ということを大事にしたかったからです。それであえて、フルチンという新しい登場人物を出して第三者の目から見えるものを書いたのです。今でも、歩太自身のことは一人称で書くつもりにはなりませんが、でも夏姫だったら……。夏姫だけが知っている歩太や、妹から見た姉の姿とか、彼女だけが見たシーンがたくさんある。それなら、映画とも重ならないような形で書くことができるのではないかと……。

 正直、これまで夏姫の内面に関しては、あまり近づいて書く気はなかったのですが、今回書いてみたら、ある面は非常に私に似ていて。それがとても意外でしたね。

『天使の卵』を書いた時点では、春妃のような女性が理想の女性像だったのですが、春妃になれる女性は滅多にいない。ほとんどの女性は、夏姫的に、ぐるぐるしたりドロドロしたり、でも、なんとかしてそこを突き抜けて、明るい光の方に行こうとがんばっているものなんだろう、というのが『ヘブンリー・ブルー』を書いて、自分の実感となった気がします。
−−ほんとうに夏姫って、近しい感じがしますよ。すごくいい子じゃないですか。なのに、お姉ちゃんは出来すぎているし、彼は……。なんで報われないんだろう、みたいな。
村山さんきっと、お姉ちゃんでなくても、友達だったり、先輩だったり、こういう形で、恋の痛みを握りしめながら泣いている女性は、この世にたくさんいるのだと思います。そういう人たちに、ちょっとだけでも力になれたら。自分だけじゃないんだと思いながら読んでくれたら……と思います。
−−『ヘブンリー・ブルー』は、装丁も書体もかわいいし、たくさんはいっている挿絵もステキだし。人にプレゼントしたくなるような仕上がりですね。執筆作業はいかがでしたか?
村山さん挿絵は、映画の中で、歩太が春妃のデッサンをしているところで使われた絵です。映画に使われていないものもありますが、とてもいい感じのものばかりです。そのイラストを文章のどこに入れるかということまで含めて、自分でレイアウトしながら作っていきました。文章も、40字×13行というフォーマットを最初に決めて、このページはあえて3行だけ、とか考えながら……。
−−ご自分でレイアウトまでされたということなんですか?
村山さん『ヘブンリー・ブルー』は、夏姫の想念みたいなものが、現在と過去を行き来するのにまかせて、たゆたうように書いたものなので、なんとなく、行間も大事にしたかったんですね。切りのいいところでページを終えたいから、段落や文字詰めまで考えて。書体は新しいものなんだそうです。デザイナーの方が選んでくださったのですが、「夏姫の書体はこれでしょ!」って。
−−それで、リズムとか盛り上げ方が絶妙なんですね。いいところに、ちゃんとフッと間合いがはいりますよね。そこまで手をかけられたのは、いかがでしたか?
村山さんここまで細かく自分で作業したのは、はじめてのことで楽しかったですよ。すごく手間ではありましたが、リズムとか間とか、そういうものが今回はとても大事だったんですね。あえて、そういう見せ方がしたかったんです。

 執筆そのものにかかった時間は、一カ月……? 実質書いていたのは2週間ぐらいかなぁ。最後は45時間ずっと起きっぱなしで。途中で寝てしまうと、今、自分に憑いているキツネが落ちる!っていう恐怖感があって、どうしても寝られなくって(笑)。昔からテスト勉強も一夜漬けだったから、ラストスパート型なんですね。
−−そのせいでしょうか、読んでいくと、終盤に向けて感極まっていく感じがあります。いまある感情を出し切るまで走り続けてしまうというような執筆スタイルは、それはほかの作品も?
村山さんそうですね。私は、自分の書くものを読者の内側で動かしたい、人ごとでなく読んで欲しいという気持ちが非常に強いんです。心臓をつかんで引きずり回す……みたいなことを文章でしたいと思っています。

 私自身がそういう小説と出会った時の喜び、カタルシスが忘れられなくて物書きになった、というところがあるものですから、自分の書くもので、人の魂をぐいぐい引きずり回すことができたら、どんなにいいだろうという思いがあるんですね。
−−最近の恋愛小説は「セカチュー前、サカチュー後」と言われたりしますが、それよりもっと早い時期にこの『天使の卵』を書かれている。しかも最初の作品から、私たち普通の人の魂が共感するものを……という姿勢で書かれているんですね。
村山さん普通の人の痛みは、軽んじられることがとても多いじゃないですか。「そんなのだれでも経験しているよ」とか流されてしまったり。辛いことがあったとしても、多くの人がそれを経験していることだと、わざわざ口に出すことができない……というような。でも、転んで擦り傷を作っただけでも、痛みは痛みです。それを痛いと言えないことは、すごく辛いことだと思うんですね。そういうことをすくい取って書きたいと思っているんです。

 私にとって幸運だったのは、そういった、自分が一番書きたいものを書いてデビューしたということです。自分が一番書きたいもの、私だったら書けるところを小説にして、それを認めてもらった。そのあとも、無理に道をまげることなく突き進んでこられた。私に、もし幾ばくかの才能があるとしたら、そういう運をひきあてるものじゃないかなという気がします。たぶん、それは、望んで得られるものではない気がします。

 でも、けっこう回り道はしているんですよ。学生の時から書くことが好きで、今でいうボーイズラブみたいなものを書いて、友達の間で回し読みしてもらったりとかしていましたが、イタイ系というのかな、そういうものだったと思います。それがいざ、応募する時になると、賞金額につられてミステリーにしてしまったりして(笑)、なかなか最終選考までは残らない。童話で小さな賞をもらったりというもやもやした期間もあったんですが、結局、カテゴリはかわっても、書きたいのは恋愛、人が人を自分より大事に思うということは、どういうことなんだろう……ということだと思って。それで、ほんとうに自分の書きたいものを書いてみようと思ったのが、この『天使の卵』だったんです。ある意味、私のエキスが、全部、最初にでたのかなぁと。

 書評家の池上冬樹さんが「作家は処女作に向かって成熟していく」という言葉を教えてくださったんですが、よくわかるなぁと思いますね。そこから逃れたいという気持ちと、その世界をもっと深めたいと思う気持ちの両方の意味で、処女作というのはずっとついてまわるものだなと思います。
−−深いですね。
村山さん……『天使の卵』という作品は、10年近く、私にとって、一種の重荷でもあったんです。なんだかんだ言って、この作品が一番売れている。読者の方の多くも、『天使の卵』が一番好きですと言ってくれる。でも、私のどこかには、ある意味『天使の卵』よりもっと努力して、自分と戦って書きあげた「ほかの作品は?」という思いもある。ですので、自分の中で封印していた時期もありました。  ……ですが、2003年に『天使の卵』とはぜんぜんちがいながらも、通底している「星々の舟」で第129回直木賞をいただいて、いきなり吹っ切れたんです。あの『天使の卵』があって、それを読んでくれた人が応援してくれたから、私は10年、作家を続けてこられた。読者の方々が支えてくれたからこそ、ここまでやってこられたのだ、と強く実感したんですね。それで、振り返って『天使の卵』があってこその自分だと思えるようになったんです。それで直木賞をいただいたあと、1年間、充電期間を置いてから書いたのが『天使の梯子』だったんです。
−−『天使の梯子』を読んだ時には、「卵」をずっとあたためて、大事にされてきたのだなぁと思いましたが、そんな複雑な心境があったのですね。でもそこにはやっぱり村山さんのDNAもあった……。
村山さんそうですね。今となっては、『天使の卵』を好きだと言っていただけると、ほんとうに素直にうれしいです。「そうですか、ありがとう。私の原点を認めてくれて」……というような。そういう気持ちになれてよかったなぁと思います。
−−これでまた、ひと区切りかと思うのですが、今後、手がけられる作品のご予定は?
村山さんそうですね。何年か先になるでしょうけれど、歩太のその後が垣間見えるようなものを書いてみたいと、漠然と思っているのですけど。歩太のその後だということは、わかる人にしかわからない……、という感じになるかもしれません。
−−歩太に恋をしている女の子はたくさんいると思うので、それはぜひ書いていただきたいですね。
村山さん別の見方をすれば、ほんとに自分勝手な男だなぁというところもあるんですけどね(笑)。
−−最後になにかメッセージをいただけますか?
村山さん映画には、映画の素晴らしさがたくさんあります。ただ私は、文章でしか生むことのできない感動もあると信じています。原作『天使の卵』も、ぜひ読んでみてください。そして『天使の梯子』にも手を伸ばし『ヘブンリー・ブルー』も読んでいただければ、もっといろいろな角度からこの作品を楽しんでもらえると思います。
−−今日はありがとうございました。

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