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 長野まゆみさんの新刊『時の旅人』は時を超える少年たちの物語を収めた連作小説集。東京を舞台に、大正から平成へ、1959年(昭和34)からその14年後へ、1969年(昭和44)から2069年へと、彼ら自身が思いもよらぬ旅に出る。彼らは人間なのかそれとも……。長野さんに『時の旅人』が書かれた背景をうかがった。

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長野まゆみさん『時の旅人』『時の旅人』
1959年(昭和34)からその14年後へ、1969年(昭和44)から2069年へと、彼ら自身が思いもよらぬ旅に出る…
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プロフィール

長野まゆみさん (ながの・まゆみ)
1959年東京都生まれ。女子美術大学卒業。1988年『少年アリス』で第25回文藝賞受賞。主な作品に『天体議会』『テレヴィジョン・シティ』『新世界』『コドモノクニ』『サマー・キャンプ』ほか多数。
公式ホームページ 「耳猫風信社」: http://www.mimineko.co.jp/

インタビュー

−−『時の旅人』に収録されている3つの作品ははじめから連作小説として構想されていたのでしょうか?
長野さん私の場合、いつも内容や枚数をはっきりと決めずに書き始めるんです。テーマ自体はほぼ同じです。頭はひとつなので。今回は、もともと私が行ってみたい時代と場所があって、そこに行くにはどうすればいいかを考えたのがきかっけでした。 行ってみたい時代を描くといっても、その時代の人になって書くことは、私の考えるリアリティーとは一致しない。あるどこか別の場所からその時代に移動していくというような視点で連作にしたいと思いました。
−−第1話の「リュウグウノツカイ」は関東大震災がきかっけになって、主人公が2003年にタイムスリップします。大正時代の東京のディテールが魅力的に描かれていますね。
長野さんそもそもは浅草の「十二階」がある風景を描きたかったんです。十二階を書くうえで、もっとも強烈な印象をあたえる事件として、十二階が折れてしまった関東大震災を背景にしました。

でも、十二階って、固有名詞として認知されているものだとばかり思っていたんですが、文字校正で、若い校正者に「わからない」と書き込まれて返ってきまして。
−−十二階は十二階ですもんね。
長野さんアクセントも階段の12階みたいに読まれたら、ほとんど意味不明のものになってしまう。ほかの若手の校正者にも読んでもらいましたが、やはりわからないと。それで、「巷で十二階と呼ばれる凌雲閣は」と余計な文章を後から入れたんです。あまりにも無粋だから入れたくなかったけれども。

たったの12階ですが、今ならばさしずめ東京タワー。当時の帝都のランドマークだということがこの物語の前提ですから。
−−なるほど。江戸川乱歩あたりの小説を読んでいる読者なら「十二階」でわかると思うんですが。
長野さん世代的なものがあるのかもしれません。出版物の差別的表現が問題になったころに、それだけが理由かどうかはわかりませんが乱歩の本が書店から姿を消し、手に入りにくい時期があったんですよ。

それと、私たちが子どもの頃は、浅草に行けばまだ昔の浅草の雰囲気が残っていた。仁丹塔もありましたし、80年代には林海象が『夢見るように眠りたい』(87年)という映画を撮った。でも、今や林海像にたどりつくまでが大変。

今の浅草に行っても、何もないんですよね。ちょっと前まで、昔のつくりのままの映画館があったり、路地に迷い込むと古い建物が見つかったりした。乱歩の小説の気分になれたんです。
−−2番目の作品(「タマテバコ」)では昭和34年の皇太子御成婚パレードが登場しますね。
長野さん「タマテバコ」では昭和30年代を描きたかったんです。都電がふつうにたくさん走っていて、SLが東京に乗り入れていた時代です。何かインパクトのある出来事が入ってくるといいと思ったので、御成婚パレードを入れました。その時代へ出かける「出発点」を「リュウグウノツカイ」では現代の2003年に設定したんですが、「タマテバコ」では2000年代まで戻さずに、その中間くらいの70年代にしています。
−−最後の3番目の作品(「トコシヘノタビ」)はアポロ11号の月面着陸です。
長野さん2作目までは、だいたい思ったとおりに書けましたが、最後の「トコシヘノタビ」は大変でした。昭和30年代以降は、行ってみたい時代はあるにせよ、印象に残る出来事がないんです。

昭和40年代といえば子ども的にはアポロ11号の月面着陸か大阪万博です。私の場合は東京を書いているので万博は関係ない(笑)。その時点で、アポロのことを書くしかないとは思ったんですが、関東大震災や御成婚パレードの頃と比べると、群衆のパワーがいまいちなんですよ。大阪万博はそれなりにパワーがあったと思いますけど。

時代が進むにつれ、一つのことに向かう群集のパワーが落ちてくる。アポロもあんなに重大なニュースだったわりには注目度が低い。出発点となる時代によほどのインパクトがないと、小説として成り立たないなと悩みました。
−−時代を象徴する大きなできごとがない……。たしかにそうですね。
長野さん80年代、90年代を舞台にすることも考えたんですが、書きたい場所も空気も何もないんですよ。80年代はバブルだから群集のパワーも多少はあったと思いますが、90年代はまったく何もない。これはダメだなと思って(笑)。

3作目を書くまでに、間が開いてしまったんですが、それはそのへんが書きづらかったからなんです。
−−「文藝」に連載されていた時に、ちょうど1号分間が空いたのはそういう理由だったんですね。
長野さんそうです。そのまま放置するつもりだったんですが、編集者のほうから、放置するなという指令がきたので(笑)。そこからまた作りはじめたんですが、どうしてもアポロの時代に行く出発点の時代を設定できなかったんです。それで、いろいろと試すうちに、「これはもう何もわからない100年後くらいから戻ってこないと、無理」ということになって、2069年に設定したんです。
−−長野さんはその時代を描くために細部にもこだわっていらっしゃいますが、資料をかなり調べられるんですか?
長野さん『時の旅人』の場合、鉄道に関しては「鉄ちゃん」の友人がいるので(笑)、彼にチェックしてもらいました。

子どもの頃に都電に乗ったとか、SLが走っているのを見た、という記憶はあるんですが、当時の時刻表や資料を調べても、資料の上ではいまひとつピンとこなかったり、自分の記憶と資料とが結びつかなかったりするんですよ。
−−「タマテバコ」の中で、昭和34年にタイムスリップしてしまった少年が上野駅に入ってくる蒸気機関車を見て「SLの復活運転があると知っていたら、カメラを借りておくんだったのに」と考えるくだりがありますね。少年は自分が十数年前にタイムスリップしてしまたことに気づいていないわけですが、昭和30年代と40年代の微妙な違いが出ていますね。
長野さん子どもの頃に鶯谷駅に近い根岸というところに住んでいたので、陸橋へ行ってはSLが入ってくるのを見ていたんですよ。ただ、SLが駅に入ってくる時に、はたして煙を吐いているのか吐いていないのか、それが気になって。

もちろん、私の記憶の中では、煙をはいて走ってくる映像がある。でも、それは大人になってからの情報を後付けしただけかもしれない。 詳しい友人の話ですと、機関車が煙をはくのは構造的な理由で、カーブの時の減速や線路の勾配と関係するらしいんです。ただ、警笛を鳴らすとか煙をはくということは、ある種のパフォーマンスにもなっているので、陸橋のところでやることはありうる、とも云われました。だったら煙ありにしようと。

幸い、いろんな方が鉄道のホームページを作っているので、検索するとその当時の型式の機関車の写真がばっちり載っていたりして、「どこの鉄ちゃんか知りませんが、ありがとう」(笑)。お世話になってます(笑)。
−−細部を再現しようとする一方で、白い鬣のある亀、白珍(シロウズ)のように超現実的なフィクションも同居しているところが長野さんの作品の魅力ですね。
長野さん完全に作り出したものがないと、その時代と交わることができないんです。私の場合は、現実にはありえないものを作ってそこに寄り添う書き方ですね。
−−今後、どのような作品を書いていきたいと思われていますか?
長野さんいつも考えているのは、何を書くかではなくて、どう書くかということなんです。だから、人から見れば同じ話ばかり書いているように見えるかもしれない(笑)。それに、私の考えるリアリティに共感できない人もいるでしょうね。人間でないものがやたらと出てくるから。読者は限定されますよ。でも、好きなように書くしかないんです、結局は。
−−今日はありがとうございました!
長野さんの執筆時間は完全な「朝型」。夜明けとともに活動を開始し、日付が変わる前にはおやすみになるという。電車が嫌いで月に1、2度しか乗らないというし、夜のパーティーにも滅多に出ないとか。いかにも静謐で端正なその作品世界に似つかわしい方だなと感じた。その一方で、上記インタビュー中の発言からもおわかりのように、時代の移り変わりに鋭敏な目を向ける。長野まゆみさんの「世界」はかように一筋縄ではいかない奥行きを持っている。【インタビュー タカザワケンジ】

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