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戦時中の中流家庭に勤めた一人の女中の回想録
第143回・直木賞受賞作 中島京子さん『小さいおうち』遠い昔の人々が近しく感じる不思議な親近感とラストの鮮やかな幕引きが圧巻です

第143回・直木賞を受賞した、中島京子さん『小さいおうち』。戦時中の女中「タキさん」が、若かりし頃に働いていた東京郊外の家。時代が過ぎ去った後、そこでの記憶や思い出を綴った回想録を元に、そこで息づいていたさまざまな人間模様や、ひそやかに残された謎が静かに浮かびあがります。平成の我々が知るはずもない、戦時中を生きた人々の息遣いが聞こえてくるような素朴な語り口。不思議な温かさが読後に残る注目作です。

プロフィール

中島京子さん (なかじま・きょうこ)
1964年、東京都生まれ。東京女子大文理学部史学科卒。出版社にて女性誌編集に長く携わった後退社し、1996年にインターンシップ・プログラムスで渡米。帰国後フリーライターに。2003年、『FUTON』で小説家デビュー。同作で野間文芸新人賞候補。2006年『イトウの恋』、2007年『均ちゃんの失踪』、2008年『冠・婚・葬・祭』がそれぞれ吉川英治文学新人賞候補に。2010年、『小さいおうち』で第143回直木賞受賞。 在米中、日本語がうまく発音できない小学生から「キョウコ・ナカジマ」が転じた「ココ・マッカリーナ」の愛称で親しまれ、その経験を綴った『ココ・マッカリーナの机』や「雑貨カタログ」で、絵本紹介の連載コラムをまとめた『ココ・マッカリーナのしみこむ絵本』など、小説以外の著書もファンが多い。

インタビュー

−−第143回・直木賞受賞、おめでとうございます!戦時中、東京郊外のサラリーマン家庭に女中としてお勤めしていた主人公「タキさん」が、おばあさんになってから、当時の出来事や思い出をつれづれにまとめた回想録から始まる『小さいおうち』ですが、本当に面白くて途中で止められず、最後まで一気に読んでしまいました。とにかく主人公の女中さん「タキさん」がとっても可愛らしいですね。
中島さんありがとうございます。とてもうれしいです(笑)。
−−選考委員の講評でも「戦前の資料をなめらかに使い、素晴らしい」という声が上がっていましたが、あちこちに戦時中を生きた庶民の生活が実によく分かるエピソードがちりばめられていて、本当にリアルに感じました。多くの資料を見聞されたとのことですが、どんな資料を主に探されたのでしょう?
中島さん構想を練り始めてから執筆にかかるまでに約2年ありましたので、その間に神田の古本屋や国会図書館、ネット書店などで、その時代のものを探したりしました。女中さんが出てくる話、という構想は割と早くから決まっていたため、有力な情報源となったのはやっぱり当時の婦人誌ですが、当時のレストランガイドや旅行案内なども読みました。また、タキさんは山形出身なので、山形から東京へはどうやって出てくるんだろう、とか細かいところも知りたくなって、当時の奥羽本線の時刻表を見てみたり。作品中でお勤めしているお宅の坊ちゃんが受験をするため、すごく昔の蛍雪時代などを読んだりもしました。昭和19年の春からタキさんは山形に帰ってしまうので、当時の山形新聞も。とにかく登場人物が本当に読んでいただろう資料を使って書きたい、と思ったので。

中島さん

−−それで話がとてもリアルなんですね。台風が来たシーンで、あまりにひどい台風で多摩川に熊が浮いたとか、奥様が、戦時中だからといって一生に一度の結婚式がてんぷらを食べてすませるだけの“てんぷら会”になるなんて許せない、と憤慨していたり、大きな歴史や年表には残らないけれど、当時の生活を彷彿とさせるリアルな描写がさりげなく混じっていてとても面白かったです。
中島さん「多摩川に熊が浮いた」という記事は私も新聞で見つけたとき、とてもうれしくなって(笑)。本筋には必要ないエピソードですが、当時は多摩川あたりにも熊が出たんだとか、台風がどれだけすごかったか、とか、小さなことですけど、どうしても入れたくなってしまいました。
−−見つけたけれど入れなかったものもたくさんあるのでは?
中島さんはい。残念ながら削ったものもたくさんあります。例えば、力士の双葉山の連勝が続いている、という話が出てくる際も、調べていると双葉山は十二指腸潰瘍や蓄膿症の手術をしているのですが、手術をするたびなぜか強くなるという傾向があったらしく(笑)。最初はそのエピソードも入っていて、単行本のゲラ段階で編集者に「双葉山の話はこんなになくてもいいのでは…」とすごく冷静に言われて我に返って削りました。 また、いよいよ戦争が始まったときも、男性のネクタイの柄が戦闘機や日の丸、日章旗の柄が流行ったなどのエピソードも、すごく面白かったんですが削ったネタのひとつです。歴史の年表のような大枠だけが後に残り、後世に伝えるほどのことじゃない小さなことは押し流されてしまう。でも、小さいところにむしろ、時局の雰囲気がよく表れていると思います。物語には出てこない、こうした市井の人々のエピソードに多く触れたことで、戦時中とはいえ、私たちとは一線を画した人々が眉間にシワを寄せてストイックに生きていた、というわけではなく、今と同じように笑ったり喜んだりして生きていたことが実感できて、知ってよかったなと思います。
−−主人公のタキさんは「女中さん」という、今は見ない職業の女性です。当時の女中さんというと、どんな立ち位置だったのでしょう?タキさん、という女中像はどこからかヒントやモデルが?
中島さんそれが難しくて…。私もいわゆる女中さんの平均像をつかもうとして、女中さんが出てくる小説、新聞、雑誌などを読み漁ったんですが、どれも百人百様で「コレだ!」という典型は見つからなかったんです。『小さいおうち』の前に『女中譚』という、永井荷風・林芙美子・吉屋信子などの作家が書いた、女中が出てくる小説をベースにした連作集を書いたのですが、作家たちが書いた女中がそれぞれまったく違うタイプで。林芙美子の書いた女中は、男に騙されて捨てられて…、という疲れ果てた女中。吉屋信子の書いた女中は、ハイカラ家庭の少女趣味っぽい女中。永井荷風の書いた女中は、洋服を着て、夜になると踊り子になるためのレッスンを受けに出かけちゃうような女中で、よけい分からなくなってしまいました(笑)。さらに資料を探すうち、昭和40年代の女性誌に、作家の小島信夫の、女中に関する寄稿文を見つけたのですが、これがまた面白くて。 女中とは、家族の一員であり、界隈の人気者であり、その人物がいるだけで場が明るくなる、家庭になくてはならない存在。中には姪を田舎から呼び寄せ、自分の後継者を仕込み、女中としての役割や存在意義を脈々と受け継ぐこともあり、もはや文化の一つである。そのすばらしい女中という文化が昭和に入って失われていくことはとても残念である、と、女中とはどんなにすばらしい存在かをめんめんと綴った文章なんですが、後で思うと、タキさんの人物造型は、この小島信夫の女中論が原型になっているように思いますね。
−−ところで、受賞の報告はどこで、どんなふうに受けられたのですか?
中島さん一人で自宅で待っていました。その日は結局何をやっても落ち着かなくて、午前中は部屋を片付けていたりしたんですが、それもすぐに終わってしまい、何もすることがなくなって。ライターの豊崎由美さんのツイッターで「芥川賞妄想選考会」をやっていたので、それが面白くて、ずっとそれを見ていました(笑)。 落選したときには編集さんが電話をくれる約束になっていて、そうなると090で始まる携帯の番号がナンバーディスプレイに表示されるはずで、その心積もりもしていたんです。ところが、19時15分くらいにかかってきた電話が03で始まる番号。選考は20時くらいまでかかる、と聞いていたので、「ひょっとして?でもそれにしては早い。間の悪い友達からかも?」と恐る恐る電話を取ったんです。そうしたら「おめでとうございます」と。
−−やはり感激されたのでしょうか?
中島さんいえ、意外に冷静でした(笑)。実はその朝から、「おめでとうございます」「ありがとうございます」という受賞したときのパターンと、「残念ながら…」「いえいえ。ノミネートされただけでも光栄です」という、ダメだったときのパターンを想定し、脳内でいくつもシミュレーションをしていたため、受賞の電話を切った後に「もしかしてこれも私の脳内妄想のひとつかも?」と猛然と不安になってしまったんです(笑)。その後、編集さんと電話が通じて、やっと受賞が本当のことだと実感できました。自分の想像に振り回されて疲れきってしまい、受賞を聞いたときのフレッシュな感動はなかったですね。なんだか変な一日でした(笑)。
−−今後のご予定についてお聞かせください!
中島さん今年中に講談社から書下ろしが出る予定です。内容はまだ秘密です。また、過去の作品が数点、文庫化される予定です。
−−今後もご活躍をお祈りしております!本日はありがとうございました。

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小さいおうち

細やかに描かれた昭和初期の生活
登場人物も背景もリアルそのもの
【1】おばあちゃんになったタキさんが綴り始めた昔の追憶。素朴な語り口調は実家の祖母の話を聞いているよう
【2】昭和初期、東京の中流家庭に女中として勤めた若かりし頃のタキさん。生活も仕事ぶりも本当にキュートです。
【3】ラストで徐々に明かされるタキさんの抱えた秘密。真実はいったい?不思議な読後感が残るエンディングです。

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  • ★戦前のお手伝いさんの回想録という話に興味をひかれたのですが、なかなか手に入れられず、ここでやっと注文できた後に直木賞の候補作であった事を知り、読んだ日に受賞が決まって感慨深かったです。あらすじとしては、誰もが小さな秘密を抱えて生きているという普遍的なテーマですが、教科書やテレビなどで画一的にイメージされがちな(戦前)の人々の暮らしや思考、時代の雰囲気が違った見方で表されていて、私としてはむしろそちらの方が印象に強く残りました。著者の方がこれを想像力で書いたのか?それとも取材力に長けた方なのか?この方の他の本をたくさん読んでみたいなと思っています。

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