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森とともに生きる作家、C・Wニコルさんが自然と人間が織り成す500年もの歴史を綴った『マザーツリー〜母なる樹の物語〜』

C・Wニコルさん
 豊かな自然に囲まれた権轟山(ごんごやま)に芽を出したミズナラの若木。透き通った川に育まれ、たくましい岩に護られた若木はやがて母なる樹へと成長。侍の地位を捨て、修行僧になった権之介をはじめ、さまざまな人間たちの心を感じ、見守り続ける。だが、時代の流れとともに、森に変化が訪れて…。
長野県黒姫山麓での森づくりなど、自然と向き合いながら、独自の活動を続けるC・Wニコルさん。自然と人間の共生の可能性を描いた新刊『マザーツリー〜母なる樹の物語〜』は、これまでにないファンタジーというべき1冊です。「森の再生活動を通して、感じたことを伝えたかった」と語るニコルさんに、この物語に込めた想いを伺いました。



C・Wニコルさんさんの本


『マザーツリー〜母なる樹の物語〜』
『マザーツリー〜母なる樹の物語〜』
1,890円(税込)

『鯨捕りよ、語れ!』
『鯨捕りよ、語れ!』
1,680円(税込)

『ことばと自然』
『ことばと自然』
1,680円(税込)

『誇り高き日本人でいたい』
『誇り高き日本人でいたい』
1,680円(税込)

『小さな反逆者』
『小さな反逆者』
735円(税込)

『裸のダルシン』
『裸のダルシン』
1,680円(税込)

『風を見た少年新装版』
『風を見た少年新装版』
620円(税込)


プロフィール


C・Wニコルさんさん
1940年英国ウェールズ生まれ。17歳でカナダに渡り、カナダ水産調査局北極生物研究所の技官、環境局の環境問題緊急対策官、エチオピアのシミエン山岳国立公園の公園長など世界各地で環境保護活動を行う。1980年から長野県黒姫に居を定め、95年に日本国籍を取得。執筆活動を続けるとともに、荒れ果てた里山を購入して「アファンの森」と名付け、森の再生活動を実践。2002年に財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団を設立し、理事長となる。2005年、英国エリザベス女王陛下より名誉大英勲章を賜る。『勇魚(いさな)』(文藝春秋)、『小さな反逆者』(福音館書店)、『風を見た少年』( 講談社)、『裸のダルシン』(小学館)など著書多数。
C.W.ニコル・アファンの森財団ホームページ:http://www.afan.or.jp/

挿画の片岡鶴太郎さんのコメント


片岡鶴太郎(かたおか・つるたろう)
1954年生まれ。俳優・画家。
95年に初の個展『とんぼのように』を開催。絵画・書などの芸術活動も意欲的に行い、幅広く活躍している。
理想が結実しました片岡鶴太郎さん

ニコルさんとは、仕事でお会いして意気投合したんです。そして、この本を拝読して、より深くニコルさんの思いを知りましたね。男同士が出会って、その出会いで一緒に仕事ができ、ご縁を結んでいくというのは理想だなと思います。
私はいつも、実際に目の前にあるものを描くので、今回はイメージをつかむのが大変でした。表紙の女の子(ツキ)と馬の絵は、物語の中でも印象深い部分の一つを描いたものです。ツキは、たまたま仕事で行った石川県の山中温泉で見つけた仏頭がモデルです。

私がニコルさんに共感した部分を皆さんにも感じてもらえるといいですね。

インタビュー


−−ミズナラの若木が生まれる冒頭からラストまで、予想のつかない展開で一気に読ませて頂きました。はじめに、この物語を書こうと思ったきっかけを教えて下さい。


ニコルさん 以前、『裸のダルシン』というケルト神話を基にした物語を書くために、ケルトと木の関係について調べたり、自分の子供時代の記憶をたどったことがありました。その時、自分がイメージする1本の木を描き、絵の下に“マザーツリー”と記しました。今、思えば、その絵がこの物語を書くきっかけになっていますね。


C・Wニコルさん−−子供の頃から木と触れ合う機会は多かったのですか?

ニコルさん 僕はイギリスのウェールズで生まれ育ったのですが、父は戦争に出かけたまま帰ってこなかったので、子供時代は母と2人で過ごしました。幼い頃、リュウマチ熱という重い病気にかかったので、「この子はスポーツができない」「心臓が悪い」「関節が悪い」……などとよく言われてね。母はそんな息子を英国紳士に育てようと思って、英国の学校に入れたのですが、僕自身は学校が休みになると、とにかくウェールズに帰りたくて仕方なかった。だから、もし帰れないのなら「家出する」と言いました。母が英国の学校ではなく、(『ハリー・ポッター』シリーズの)ホグワーツの学校に行かせてくれれば良かったのにね(笑)。そんなある日、祖母に「強くなりたいのか?」と聞かれたんです。僕が「強くなりたい」と答えたら、「近くにある妖精の森に行って一番大きな木を見つけて、それを強く抱けば力を貸してくれる」と教えられたんです。「でも、このことは誰にも言ってはいけないし、犬も連れていってはいけない」とね。それから毎日、歩いて家から1キロぐらいのところにある森に通いました。そのうち、僕の顔色が良くなってきたのを見た祖母が、「今度は木のてっぺんまで登って、木とともに息を吸いなさい」と言ったので、夏休みの間、2ヶ月間ぐらいですが、1人で森に通い続けました。それ以来、森に行くと木に触ったり、お祈りのようなことをやっています。祖母は「木には魂がある」と言っていたけれど、もし400年前だったとしたら、魔女と呼ばれて焼かれたね(笑)。この話も、日本に来るまでは、誰にも話したことがなかったんですよ。


−−とても強烈な体験ですね。誰もいない森で、ニコル少年は何を感じていたのですか?

ニコルさん  誰もいないといっても、木に登るようになって、森はすごく忙しいことがわかったんです。鹿やきつねが通り過ぎたり、アナグマが現れたりしましたから。でも、小さな子供が木の上に隠れているなんて誰も気づかない。あの時から、森は怖くないと思うようになりましたね。


−−自然との関わりが深いニコルさんですが、この物語の中で自然が破壊されていく様子を描いたのは、どういった想いからでしょうか?

ニコルさん  この本では、日本に来て、黒姫に暮らしながら森づくりをする中で自分が感じたことを書きたいと思いました。特に日本人に対して書きたかったんです。
今から45年前、最初に日本に来た時は、日本の面積の7割は森だと言われていました。最初の2年半の間、何度も原生林を訪れたのですが、当時はどんな田舎にも、明治育ちの教養のあるおじいさんやおばあさんがいました。自然に対して広い心を持っていて、森に対する知識も深くて、とにかく素敵な人たちが多かったんです。今でもそういう人はいるけれど、だいぶ少なくなりましたね。


C・Wニコルさん−−この物語を読むと、人類の誕生から今日までの大半の年月を、人間は自然の中で、さまざまな生き物と共存してきたことがよくわかりますね。

ニコルさん  そうですよ。イヌイットの人たちや、カナダの少数民族、エチオピアの人たちと暮らしたこともありますが、日本に来た時、日本人の自然とのつき合い方が理想的だと感じました。当時は醜いものを見ようとしなかったので、汚染や公害の問題が起きていても、あまり気にとめませんでした。東京から少し電車に乗れば、本当の日本はまだあるから大丈夫だと思っていたのです。原生林の破壊や産業廃棄物の不法投棄、ゴミ捨てがひどいことは、黒姫に住み始めてから知りました。でも、もともと日本人のDNAの中には、人間以外の存在が、自分たちに負けないぐらい大きなものだという意識があったはず。この意識をまた取り戻して欲しい、そう思ってからストーリーが次々に浮かんできました。だからこの本を書く上で、悩む必要はまったくなかったですね。


−−印象的だったのは、読み進めるうちに、木や岩が私たちと同じように息をしているように思えてきたことです。ミズナラの樹が切られる場面では、木の痛みを感じるほどでした。

ニコルさん  それは良かったです。僕はすべての生き物は同等だと思っています。
僕が出会ったアイヌの人たちもイヌイットも、人間だけが偉いとは考えていない。僕の祖母もそうでしたしね。身の周りにある木にも、長い間生きてきた歴史があることを感じて欲しいのです。簡単に木を切る前に、そのことを考えて欲しい。そうした願いもあって、500年という年月の重さを1本のミズナラの樹に込めました。
僕の友人にカナダで熊の研究をしている人がいるのですが、彼が言うには、1頭の熊は1年間で約700尾の鮭を川から獲って森に行き、美味しいところだけを食べて、6割ぐらいを残すそうです。それが木々の栄養にもなるので、木の年輪によって、その地域でどれだけの鮭が獲れたかがわかる。さらに、鮭の栄養をもらった木には病気が少ないので、同じ地質でも、年輪が2倍半ぐらいに成長するそうです。ミネラルやビタミンが必要なのは人間だけではなく、自然も同じなんです。


−−自然が延々と生き続ける一方で、権轟山に生きる人間たちが家族の歴史を紡ぎ、最後には過去と現在が一つにつながる展開に惹きつけられました。

ニコルさん 自分では無意識で書いていましたね。僕はヘンリー8世が作った、ホグワーツに負けないぐらい(笑)古い学校に通っていて、そこでシェイクスピアをはじめ、古典についての教育を受けました。この本の書き方は、決まった舞台に登場人物が入ってくるという意味で、実はシェイクスピアのスタイルなんですよ。


C・Wニコルさん−−ところで、物語の舞台となった権轟山は、実際に黒姫に存在するのでしょうか?

ニコルさん  それを明かしてはダメなんですよ(笑)。権轟山は僕の理想と想像が一緒になって生まれた場所です。ある人は子供の頃に訪れた山を思い浮かべるでしょうし、読む人それぞれの心の中に、権轟山は存在すると思っていますね。


−−今回、表紙画・挿画・題字を片岡鶴太郎さんが手がけられていますね。

ニコルさん  鶴太郎さんとは以前から友達なのですが、僕は彼の絵が大好きです。
鶴太郎さんにも言いましたが、彼の絵は悲しかったり、うれしかった時の、目に涙が溜まった状態で物を見たような情感のある色と線で描かれています。そういう彼の絵が大好きなのでお願いしたところ、鶴太郎さんが本を読んで、「すごく気に入ったので、僕に描かせて欲しい」と言って下さって。本当にうれしかったですね。


−−ラストは未来への希望を感じさせますが、長年取り組まれている、「アファンの森」で、森を再生してきた経験が生かされているのでしょうか?

ニコルさん  そうですね。森だけではなく、高知には川の再生に取り組んでいるすばらしい先生もいます。もともと土木の仕事に携わっていた方ですが、日本のあちこちの川を治しているんですよ。人間、何かをやろうと思えばできる。川を治すことも街づくりでも、やってみると、自然は応えてくれるものだと感じています。
僕は石も、たとえば建物も生き物だと思っているんですよ。それらの心が一つになれば、すごくいい国、いい世界になる。戦争も自然破壊も全部同じ、悪夢ですから……と、ちょっとかっこいい言葉がないか考えていたのだけれど、でもね、本当は、あまりお説教は言いたくないですよ(笑)。


−−この本を通して、まず自然を身近に感じることから始めたいと思います。今日は本当にありがとうございました!



「僕はどこよりも日本に長く住んでいるんですよ」という言葉に、日本への愛情をにじませるニコルさん。ご自身の祖先であるケルトと日本の文化には似ているところがあるそうで、「そのせいか、日本に来た時、なぜだかほっとした」のだとか。
自然と人間を軸に戦争、差別といった深いテーマが織り込まれた物語は、読みすすめるうちに、すべての自然を身近に感じさせてくれるはず。「アファンの森にぜひ来て下さい」というニコルさんの言葉を胸に、美しい森にもぜひ訪れてみたいものです。
【インタビュー 宇田夏苗】







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