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日本一有名な野球団監督夫人にして歯に衣着せぬ発言がさまざまな波紋を巻き起こしてきた“サッチー”こと野村沙知代さんが初めて書いた長篇小説『老疼(ろうとう)の雫』。平穏無事な老後を迎えようとしているときに、夫を失い、さまざまな苦難が降りかかるヒロインと彼女の周りにいる女性たちの生き方を実在のエピソードをモデルにリアルに描いた驚愕の物語

都々子は三人の子供を育て上げ、老境に足を踏み入れようとしている。夫は大手企業の会社役員を経て特別顧問を務め、二世帯住宅を建てて開業医の長男と住んでいる。何不自由のない老後が保障され、人生に満足していた都々子だったが、夫の死をきっかけに、足下が大きく揺らぐできごとに次々に遭遇する。野村沙知代さんが初めて挑んだ小説は、中高年の「セレブ妻」たちをモデルに、彼女たちの心の内を赤裸々に描いたもの。野村さんはなぜこの小説を書いたのか? 都内某ホテルの高級会員制スパのゲストルームでお話をうかがった。


野村沙知代さんの本


『老疼の雫』
『老疼の雫』
1,470円(税込)

『野村セオリーー絆』
『野村セオリーー絆』
1,500円(税込)

『NORA 老犬は去り行くべきか…』
『NORA 老犬は去り行くべきか…』
1,575円(税込)

野村監督の本


『エースの品格 一流と二流の違いとは』
『エースの品格 一流と二流の違いとは』
1,050円(税込)

『野村の「眼」 弱者の戦い』
『野村の「眼」 弱者の戦い』
1,575円(税込)

『敵は我に在り(上巻)新装版』
『敵は我に在り(上巻)新装版』
710円(税込)

『敵は我に在り(下巻)新装版』
『敵は我に在り(下巻)新装版』
710円(税込)

『野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉』
『野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉』
1,260円(税込)

『あぁ、阪神タイガース 負ける理由、勝つ理由』
『あぁ、阪神タイガース 負ける理由、勝つ理由』
720円(税込)

野村沙知代さんのオススメCD


『ラブ・チャップリン』
『ラブ・チャップリン』
2,520円(税込)

野村さんのコメント:いちばん好きなのはこの曲ね。チャーリー・チャップリンの映画『モダンタイムス』の主題歌で、作曲もチャップリン。いまでもCMなどでおなじみよね。

野村沙知代さんのオススメDVD


『スタジオ・クラシック・シリーズ::慕情』
『スタジオ・クラシック・シリーズ::慕情』
2,990円 (税込)

『LOVE!シネマ2500::旅情』
『LOVE!シネマ2500::旅情』
2,625円 (税込)

『カサブランカ 特別版』
『カサブランカ 特別版』
1,500円 (税込)

野村さんのコメント:ハリウッドの黄金時代の映画が好きなのよ。『慕情』のジェニファー・ジョーンズはニューヨークで見かけたたことがあるの。人形みたいにきれいだった。こんな美しい人がこの世の中にいるのかなって思ったくらい。ハリウッドの女優さんってすごいなって思いましたね。

プロフィール


野村沙知代さん (のむら さちよ)
1932年生まれ。夫はプロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルス監督の野村克也。実子にアメリカ球界代理人の団野村(野村克晃)、ケニー野村(野村克彦)、元プロ野球選手で現在は東北楽天ゴールデンイーグルスで一軍バッテリーコーチを務める野村克則がいる。著書に『きのう雨降り 今日は曇り あした晴れるか』ほか。野村監督との共著に『野村セオリー―絆』ほかがある。

インタビュー


−−たいへん面白く読みました。

野村さん お世辞でしょ。


 −−いえいえ(笑)。初めて書かれた小説ということですが、滑らかな筆運びに驚きました。もともと小説をお読みになるのはお好きだったんですか?

野村さん 私たちの青春時代は吉屋信子さんの全盛期。『良人の貞操』や『乳姉妹』とか、たくさん面白い小説をお書きになっていたんですよ。ほかにも小説はよく読んでいましたね。


−−小説を書いてみようと以前から思っていらっしゃったとか?

野村さん 思ってはいましたね。今回、書いてみて、文藝春秋さんから出版といういいチャンスをいただけてとても喜んでいます。


−−文藝春秋でこの本をご担当された木俣さんにもお越しいただいているので、木俣さんにお聞きしたいんですが、野村さんが小説をお書きになっていると聞いたときにはどう思われました?

木俣さん 私は野村克也監督と政治家の野中広務さんの『憎まれ役』という本を編集していた関係で野村さんのご自宅にうかがっていたんですが、沙知代さんの最初の一言が凄かったんです。「木俣さん、私、直木賞が取りたいわ」(笑)。

野村さん ハハハ(笑)。

木俣さん ドキっとしました(笑)。しかし、原稿を読ませていただいたらとても面白かったので、ぜひ本にしたいと思ったんです。


−−小説の中の登場人物たちやエピソードが実にリアルです。

野村さん 周りにいっぱいいい素材がいたからよかったんじゃないですかね。ぜんぶ実際のモデルがいる話ですから。


−−野村さんといえば、ご自身も波瀾万丈の人生を送ってこられましたが、ご自身のことを小説にするのではなく、周りにいる方をモデルにした小説を書こうと思われたのはなぜですか?

野村さん 私の人生を書いたって波瀾万丈になんかならないですよ。


−−えっ、そうですか?

野村さん そりゃ、いろいろと突き当たったり、そっくりかえったりってこともありましたけど、自分自身ではそれほど波瀾万丈とは思っていませんね。ただ、私たちの世代は、戦前・戦中・戦後を経験してきたんです。あなたたちは戦争中の大変さや、戦後の食べるものもない時代の過酷さは想像もつかないでしょう? 私たちはそういう時代を生きてきたけれど、いま振り返れば、いい時代だったと思いますよ。私たちの世代って、苦を苦とも思わないのかな。


−−『老疼の雫』のまえがきにありますが、この小説を書き始めたのはあの“サッチー騒動”のさなか、脱税容疑で収監された拘置所の中でだったそうですね。

野村さん 拘置所にいたって取り調べが毎日あるわけじゃなし、やることが何もないんですよ。日々おだやか。とくに私が入っていたあの年の12月は冬なのに陽気もよくて、こんなときに何もしないでいるザマはないだろう、と。二、三日は本を読んでいましたけど、読むより書いたほうが面白いんじゃないかと思うようになったんです。私の周りには経験豊富な面白い人たちがたくさんいるな、と思いついて。


−−拘置所に勾留されていた21日間で最後まで書いたんですか?

野村さん 走り書きですけど、最後まで一応書きましたね。でも、あとでまとめるほうが大変でした。私はパソコンを使わないので、友だちに入力してもらって、それを元に直していきました。


−−直筆原稿が単行本の見返しに使われていますね。ご自身の周りに面白い人たちがたくさんいるとおっしゃいましたが、彼女たちを描きたいと思われたわけですね。

野村さん “女”を書いてみたかったのね。「女の一念岩をも通す」、そういう“女の執念”を書いてみたかった。まだ完全には書き切れていないので、また書いてみたいテーマですね。次は石川さゆりさんの「天城越え」の歌詞にあるような、恋の執念を書いてみたい。


−−『老疼の雫』主人公は六十代、下は四十代から上は七十、八十代の女性が登場しますが、みなさんしなやかな強さがあって、爽快さすら感じました。

野村さん そう? 嬉しいわ。


−−とくに、最愛の夫を失って途方に暮れている未亡人にヒロインの都々子が送る「ま、いいか」という言葉にはユーモアと同時に人生を生きる糧になるような知恵が感じられますね。

野村さん 私自身、「ま、いいか」で済ましちゃうのよ。だから、どんなことがあっても、寝られないとか食べられないとかってことは一切ないの。私たちの母は明治の女ですから、「夜が明ければ必ずお天道様が上ってくるんだから」と教えられた。明日は明日の風が吹くと思っているんですよ。だから、何があってもあまり苦にはならないのね。


−−野村さんよりも若い世代の未亡人が登場しますが、実際に夫を亡くして落ち込んでいる方が周りにいらっしゃったんですか?

野村さん いますよ。「私の夫も家にいないけど私は寂しくなんかないわ。なんでそんなに寂しいの?」と聞くと「あなたのご主人は家にはいなくてもちゃんと仙台にいるじゃない。この世にいないのとは違うのよ!」。そう言われると、そうかな、と思いますね。


−−野村沙知代さんの旦那さまといえば楽天球団の野村監督だと誰もが知っているわけですが、その沙知代さんがお書きになった小説が、社会的地位を得た夫を亡くすというストーリーだというのも面白いですね。

野村さん 私自身、夫を亡くしたらこうなるかなあ、と思って書いた部分はありますね。ただ、私だったら、夫を亡くしたからって、寂しい寂しいで毎日は過ごさないと思いますね。未亡人になったら映画の『カサブランカ』に出てくるような旅をしてみたいですね。私は、野村克也さんという人がいるおかげで、自分の才能が失われていると思うんです(笑)。それを夫に言ったら「そりゃ、悪かったの」と言われましたけど(笑)。どうしても拘束されてしまうから。でも、おかげさまでいい老後を送らせてもらっていると思います。


−−『老疼の雫』の登場人物は年齢的にはすでに孫がいる世代の女性たちが中心。野村さんと同世代とその前後の方たちから共感を得られると思うんですが、同時に、野村さんがご自身のお子さんたち、あるいはさらにその下の世代へ伝えようと思われたこともたくさん書かれていますね。自分たちはこんなことを考え、感じているんだよ、ということを。たとえば、主人公の末の男の子に対する愛情などは、野村さんご自身の子供への愛情を吐露されているんじゃないかと思いました。

野村さん 自分の思いは入っていますね。小説の中の明久という末っ子への思いと、それとは対照的な和久という長男との距離感はとくに。私も、かつて次男に背かれたことがありましたから。ただし、母親にとって、子供は命そのもの。それはどの子供に対しても変わりませんよ。かつて私を裏切った次男に対してだってそう。母親はいつでも子供と命を替えられるんです。でも、父親はそういう気持ちはないのよね。


−−小説の中でも、長男の嫁との葛藤が描かれていますね。

野村さん でもね、これは人間の一つのさだめだと思うの。自分を振り返ってみると、義母のところに「お義母さん、お義母さん」と慕っていっていたかというと、やっぱり自分の夫、子供を優先してしまった。しょうがないんじゃないの。母親って虚しいなって思うわよ。


−−それもタイトルの『老疼の雫』にある「疼き」の一つですね。

野村さん 「疼き」っていろいろあるけれど、私は息子の克則によく言うんですよ「お前は私の命だよ!」って。「父ちゃんは?」って克則が言うから、「父ちゃんはちょっとした雫をくれただけで、血肉を分けたのは母親なんだからね。私を大事にしろ!」(笑)って、冗談で言うんですけどね。


−−(笑)。テレビで見る野村さんはズバズバとモノをおっしゃるイメージですが、小説の中では登場人物が逡巡する心情を丁寧に描かれていますね。意外というと失礼ですが、繊細な一面を見たように思いました。

野村さん 根は優しいのよ(笑)。世間では怖いって思われているみたいだけど(笑)。


−−たくさんの方にこの小説を読んで野村さんの本当の心のうちを知ってほしいですね。今日はありがとうございました!








野村沙知代さんにお会いしたら聞いてみようと思っていたことがある。例の脱税疑惑のときの大騒動だ。著名人とはいえ一個人の脱税容疑にヘリまで飛ばしたマスコミの熱狂はいったい何だったのか。その問いに対して野村さんは「ちょうどあの頃は大きなニュースがなかったのよ」とあっさりとしたお返事。過去は過去として振り返らず前向きに生きる野村さんのしたたかな力強さこそ、この『老疼の雫』の前向きな明るさの源なのだろう。元気の出る小説だ。
【タカザワケンジ】




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