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グリズリー。北米大陸に棲息する獰猛な熊の名称だ。ある過激派運動家が爆殺された現場の近くで、熊のような大男が目撃された。警察は男を〈グリズリー〉と呼び、本星と睨んで捜査を開始した。だがグリズリーは神出鬼没の動きを見せ、警察の裏をかき続ける。謎めいた行動の裏で、彼は前代未聞の計画を練っていたのだ。実行すれば、全世界を敵に回すかもしれない計画。世界対グリズリーの孤独な闘いが始まっていた。 2003年の作品『太平洋の薔薇』で第6回大薮春彦賞を受賞した笹本稜平は、現在書き手が少なくなった本格派の冒険小説作家である。話題作『天空への回廊』で高山、『太平洋の薔薇』では大海原と、圧倒的な自然の脅威を描き続けてきた笹本が、日本に僅かに残された未開地である知床半島の森林を舞台に、またもや波瀾万丈のストーリーを書き上げた。文句なしに、今年の話題作である。

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笹本稜平さん『グリズリー』『グリズリー』
グリズリー。北米大陸に棲息する獰猛な熊の名称だ。ある過激派運動家が爆殺された現場の近くで、熊のような大男が目撃された。警察は男を〈グリズリー〉と呼び、本星と睨んで捜査を開始した…
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プロフィール

笹本稜平さん (ささもと・りょうへい)
1951年、千葉県生まれ。立教大学卒。出版社に勤務後、フリーライターとして活躍。別名義で2000年に発表した『暗号』(『ビッグブラザーを撃て!』と改題)の後、2001年に『時の渚』で第18回サントリー・ミステリー大賞と読者賞を同時受賞。2002年の『天空への回廊』で稀有な冒険小説の本格派として注目を集め、2003年の『太平洋の薔薇』で第6回大薮春彦賞を受賞した。他にアフリカを舞台とした謀略小説『フォックス・ストーン』(2003年)がある。今後も複数の新作が準備されており、動向から目が離せそうにない。

インタビュー

−−グリズリーという主人公が忘れられない印象を残す小説です。躊躇せず人を殺す非情な犯罪者のはずなのに、つい惹きつけられてしまう。あまりに共感するところが多いので、自分には犯罪者の潜在的な資質があったのかと不安になりました(笑)。
笹本さん「書きながら自分が彼に共感しているのがわかって、私も気味悪くなりました。私のこれまでの作品だと、主人公は事件に巻き込まれる立場で、被害者の側にいたのです。被害者側の主人公に共感しているときは、安心感があるんですよね。絶対的な正義の側にいますから。グリズリーはそうではなく、社会的規範をすべてとっぱらったところで生きている男です。そうした人物に共感してしまう、というのは確かに気味悪い」
−−グリズリーは、すべて本音で生きている人間、ということなのでしょうか。
笹本さん「この社会に生きる中で、何かしらの怒りの感情を持たずに生きている人はいないはずですが、普通はどこかで折り合いをつけているんですね。ただ折り合いをつけた結果、世界のどこかで起きている犯罪に加担する結果になっている可能性はいなめません。グリズリーはそうした一切の妥協ができない人間です。ひたすら愚直に、自分の魂の声に忠実に生きる。そういう人間がいてもいいのではないか、というのが小説の出発点でした」
−−殺人犯ですし、いわゆるテロリストと呼ばれても仕方のない行動をとっていますが、既存の政治権力に属しているわけではないですね。完全に一人の闘いです。これはグリズリーのみならず、笹本さんの小説の主人公に共通する姿勢だと思いますが。
笹本さん「自分では、〈ラジカルなノンポリ〉と呼んでいます。政治主張と無縁な、個のレベルにいる人が、権力に対抗していくという。個と権力は永遠に対立するものとしてしかありえないと思っています。これは私の体質かもしれませんね。なにしろ町内会ですらダメで、徒党を組むのが苦手なんです。社会不適応者なのかも(笑)。でも、なんとなく嘘くさいでしょう?誰かのため、何かのためというのは。信用できないな、という思いがありますね」
−−たしかに偽善的な匂いがします。グリズリーを追う警官で、印象的な人物が二人出てきますね。一人は、グリズリーのせいで犯人を射殺してしまい出世街道から外れた元狙撃班の警官。もう一人は公安の刑事ですが、殺人の経験があるという変り種です。彼らとグリズリーの関係は、単に狩人と獲物という立場では描かれていません。どちらかというと、彼らもグリズリーに惹きつけられているように見えます。
笹本さん「テロリストには、そうしたカリスマ的な側面があるものかもしれません。執筆上の理由からいえば、今回は事件を起こす側から物語を進めてみようと考えたのですが、どうしても一人の視点では限界があるので、複数の視点を用いて事件の動きを浮き上がらせる必要があったのです。ただし普通の人間ではグリズリーに対抗できませんから、自然と複雑な生い立ちや経歴を持つ警官を配することになりました」
−−もう一人、グリズリーに惹かれるフィービという女性が出てきますが、彼女の存在によって、冷酷非情に見えるグリズリーの違った面が見えたと思います。
笹本さん「彼の中にも、人間らしい感情がもともとあったはずです。しかしそれさえ無視する形で、一途に突っ走ってしまう。そういう人物なんです」
−−『グリズリー』は、笹本さんの作品では珍しく日本の話ですが、知床半島を舞台にした点には、何か狙いがおありですか?
笹本さん「自然の中では人間がいかにひ弱な存在であるか、ということを書きたいのです。実はそれほど冒険小説を読んできたわけではないんですよ。そもそも小説自体あまり読んでいる方ではなかったし。山岳冒険小説と呼ばれる『天空への回廊』も、冒険小説というより山を舞台にした小説を書きたい、ということの方が強かった。知床を舞台にした冒険小説というのは、以前から狙っていました。環境がもっと厳しいところなら、たとえば北アルプスのような場所があります。しかし、知床というのは夏場のブッシュがすごいのですね。半島の先端三分の一に人が入れなくなる。だから夏の間グリズリーが潜んで犯行準備をすることが可能なんです。北アルプスだとそうはいかない。夏の間も登山客がうようよいますから。こういった場所は知床半島しかない。おいしい場所なのです(笑)」
−−取材は何度か行かれたのですか?
笹本さん「それがまったく。私は地図を見るのが趣味なので、それを見ているうちに大体の地形は頭に浮かんできます。そもそも私は取材をあまりしないので、呆れられるほどです(笑)。作品の中でリアリティを出すのに必要なのは情報の正確さではなく、イマジネーションだと思っていますから。匂いや街の空気といった感覚的なものが押さえられて、読者がそれを読みながら体験できればいいんです。小説は、それでいいと思っています」
−−なるほど。笹本さんは豊富な登山歴をお持ちなのだとうかがっていますが、その辺の経験で染みついた感覚が反映されているのでしょうね。
笹本さん「春の槍ヶ岳で300メートル滑落して、脚を折ったこともありますよ。そのときは新聞で採り上げられてしまいました(笑)。山はいつも単独行で、その筋では嫌がられる行為なんですが、不思議と一人のときは怪我をしたことがないですね。危ない目にあったのは、決まってパートナーがいたときです。やはり一人のときと緊張感が違うんでしょうね」
−−とことん団体行動には不向きな体質なのですね(笑)。本日はありがとうございました。

『グリズリー』は、とにかく主人公の圧倒的な存在感を読んでもらいたい小説である。笹本の小説は、序盤でばら撒かれた謎が中盤でより合わさり、太い幹となって怒涛の結末へと突き進んでいくという展開になっている。本書でその流れを支配しているのは、グリズリーなのである。彼のような生き方は普通の人間にはできないだろう。それゆえに、突出した個性が魅力的であり、ひたむきな思いが胸を打つのだ。ヒロインとの危険な関係が行き着く先にも注目である。もちろん謀略小説としての趣向もふんだんに盛り込まれている。特にグリズリーが権力者に対して仕掛ける闘いの形はなかなかに斬新なものなので、冒険小説ファンは期待してもらいたい。高度情報化社会ならではの、読者の常識の盲点を衝く戦略あり、現在の国際情勢を的確に切り取って、思わず唸らされる視点もあり、関心が尽きることはないはずだ。
【インタビュー 杉江松恋】

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