楽天ブックス 著者インタビュー

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1930年代、禁酒法時代に名を挙げたギャングの大ボス、アル・カポネ。数多くのギャング映画でモデルになり、いまだにその名は広く知られている。一方、エリオット・ネスは、カポネを監獄に送った男。テレビや映画の『アンタッチャブル』の主人公として「正義」の象徴となった。悪と善。対照的に見える2人が、ともに求めたものは何だったのか? これまで主にヨーロッパの歴史をモティーフにしてきた佐藤賢一さんが、「アメリカ」に初めて挑んだ意欲作。『カポネ』が生まれるまでについてうかがった。

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佐藤賢一さんの本!

『剣闘士スパルタクス』『剣闘士スパルタクス』
『王妃の離婚』
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『オクシタニア』
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『双頭の鷲(上巻)』
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『双頭の鷲(下巻)』
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プロフィール

佐藤賢一さん (さとう けんいち)
1968年山形県生まれ。東北大学博士課程に学ぶ。『ジャガーになった男』(集英社文庫)で小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。『王妃の離婚』(集英社文庫)で直木賞を受賞。主にフランス中世、古代ローマなどを舞台にした作品を発表している。そのほかの主な作品に『傭兵ピエール』(集英社文庫)『双頭の鷲』(新潮文庫)『カエサルを撃て』(中公文庫)『二人のガスコン』(講談社文庫)など。『カポネ』に続き、文豪デュマ家三代を描く大作、デュマ三部作の第二部となる『褐色の文豪』(第一部は『黒い悪魔』ともに文藝春秋)が近々刊行される。

インタビュー

−−佐藤さんといえば西洋歴史小説、というイメージがありますが、今回はなぜ「アメリカ」なのでしょう?
佐藤さんこれまで、ぼくは主にヨーロッパの歴史を題材に小説を書いていたんですが、読者の方は、それをヨーロッパのものというよりも欧米のものとして捉えている印象を受けたんですね。ヨーロッパとアメリカをいっしょくたにして、「むこうのもの」だ、と。 だけど、ぼくの感覚としては、ヨーロッパとアメリカは違うものだと思っていたので、ちょっとした違和感を感じていたんです。
−−そのなかで出てきたのがカポネだった?
佐藤さんでは、なぜカポネか、ということになりますが、まず、彼の人生自体が波乱万丈であることは間違いない。評価は難しいところではありますが、人物のキャラクターが立っている。それに加えて、彼のバックボーンが面白かったんですね。  彼はいわゆるWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント)と呼ばれるアメリカの主流を占める人たちではなくて、白人ではあるけれどラテン系。イタリア系でありカトリックである。言ってみれば、ヨーロッパ色の濃いバックボーンを持っています。  日本人がヨーロッパとアメリカをいっしょくたに見てしまうのは、1つは太平洋を挟んでアメリカがあって、その向こうがヨーロッパだからということがあると思うんです。でも、大西洋から見ると、別の見方ができる。ヨーロッパからアメリカにわたってきた人たちにとっては、また別のアメリカがあったんじゃないか。  カポネというイタリア系移民の目を通すことで、ヨーロッパとはまったく違うアメリカの姿が浮かび上がってくるのではないかと思ったんです。
−−カポネというとギャングの代名詞のようなところがあります。映画やドラマでもおなじみで、たとえばケビン・コスナーがエリオット・ネスを演じた映画『アンタッチャブル』(87年)がありますね。カポネを演じていたのはロバート・デ・ニーロでした。佐藤さんご自身はカポネにどんなイメージをお持ちでしたか? 集
佐藤さんやはり映画『アンタッチャブル』の印象が強いですが、カポネに関しては、ギャングの大ボスという程度で、はっきりとしたイメージはなかったですね。
−−では、いろいろと調べられるうちに、カポネに対して興味をもたれた。
佐藤さんまず、驚いたのが、当時のカポネとネスが若かったこと。カポネが裏社会を牛耳っていたのは20代。裁判にかけられるときでも31、2歳ですよ。映画やテレビの世界では、どう見ても40代のイメージでしょう。
−−デ・ニーロの「カポネ」も恰幅のいい、大ボスって感じでしたね。
佐藤さんネスにしても、カポネより若いとはいえ、フィクションの世界では30代、40代のイメージ。でも、実際は、20代だったんですよ。そう考えてみると、すでにフィクションのなかでキャラクターができ上がってしまっている。正義は正義、悪は悪ときれいに分かれてしまっている。  でも、実際のカポネとネスは、年齢的に若く、1人の人間として成熟しきってはいなかった。いろいろな葛藤を抱えた人間としてのカポネがいたり、ネスがいたはずです。そういう前提で考えれば、新しい小説として組み立て直していけるんじゃないかと思ったのが最初でしたね
−−第一部はカポネの視点、第二部はネスの視点で描かれていますね。視点を変えたのはなぜでしょうか?
佐藤さんカポネとネスは、これまでずっと、一方が悪の権化、もう一方が正義の象徴であるという描かれ方をしてきたわけですよね。ところが、実際に調べてみると、コインの裏表のように見えてきたんです。  二人ともまだ若く、ともに移民である。ともにアメリカ人になろうとしたんだけれど、アメリカに拒絶され、あるいはアメリカに絶望し、最後は堕ちていく。これまで描かれてきたイメージと違って、2人で一対になっているような気がしたんです。  それに、カポネの側からだけ書いても、今までのカポネ像がおかしいということは描ききれないし、ネスの視点からだけ書いても、今までの『アンタッチャブル』像はおかしいとは描ききれない。それぞれの人間の生々しい葛藤を描かないと、これまでの彼らのイメージは覆せない。それで二部構成にしたんです。
−−「生々しい葛藤」とおっしゃいましたが、カポネ、ネス、それぞれの内面に踏み込んで書かれているのはまさに小説ならではですね。
佐藤さん映画などのほかのメディアではできないことなので、内面描写には力を入れましたね。  とくに、カポネにしてもネスにしても、サブカルチャー的というか──マンガの悪役に使われたりとか(笑)──そういう部分で、表面的に扱われることが多かったと思うので、そうではない、違う角度から扱っているんだということを示すためにも、彼らの内面の描写は欠かせなかったと思います。
−−冒頭でアメリカを書いてみたかったとおっしゃっていましたが、実際に小説を書いてみて、アメリカとヨーロッパの違いをどのように感じましたか?
佐藤さんアメリカは若い国です。伝統やしがらみ、封建的な因習から逃れている。そういういい面がある一方で、足りない部分もあった。今もあり続けていいると思います。  それが、カポネたちギャングが出てくる素地にもなっていた。でも、彼らのやり方を許さないアメリカもまたあって、カポネが突出してくると徹底してつぶしにかかる。そういうアメリカの怖さは、今日的な問題としても感じましたね
−−カポネに対して振り下ろされた鉄槌は「正義」の名の下にありました。昨今のアメリカを見ていても、「テロとの戦い」を標榜して、自分たちの行動を正義だと言ってはばからない。ヨーロッパの歴史に造詣の深い佐藤さんからご覧になって、アメリカが「正義」をふりかざすことをどう思われますか?
佐藤さんヨーロッパ人でも、日本人でも「正義」や「大義名分」を使うことはあると思うんですよ。  だけど、ヨーロッパ人や日本人は、その正義や大義名分を心底は信じていないと思うんです。あくまで手段として正義や大義名分を使っているという二層性がある。ところが、アメリカ人の場合は、「正義」を信じて突き進む。一面的には純粋さであるし、ある一面から見れば危険なところでもある。『カポネ』で言えば、禁酒法なんて、その最たるものですよね。  そりゃあ、酒を飲むのは悪いことだと言ってしまえばそうなんですけど(笑)、それを法律にして大真面目に適用しちゃうというのは、ほかの国ではありえないことだと思うんですよね。
−−確かにそうですね。ところで、なぜ、カポネはギャングの親玉でありながら、なぜ、あれほど大衆に支持されたのでしょう?
佐藤さんマスコミを使うのがものすごく上手だったということが理由の1つにあると思います。カポネはどこの国に生まれたとしても、ある一定以上の成功を収めたと思うんですが、アメリカという巨大な国でアメリカのメディア──それも怪物みたいなものですよね──に乗ったときに、あれだけの存在になった。彼自身が、あれほどの存在になるべき人間だったかどうかはわからないですね。カポネが怪物だったのではなく、アメリカがカポネを怪物にしたという部分はあると思うんです。  それは今日的なことでもあって、メディア受けする人物が果たして本当に信頼に足る人物なのかというと、どうかな? っていうところはあると思うんですよ。  メディアによって喧伝されるカリスマ性の虚実。そういう問題も、カポネがそもそも始まりだったのかと思いますね。
−−『カポネ』は「野性時代」に1年以上に渡って連載されていましたが、書いているうちに当初の構想と変わっていった部分はありますか?
佐藤さんカポネがイタリア系移民だというところから書き始めて、イタリア系移民の価値観とWASPの価値観が対立する、その面が強く出てくるのかなと思ったんですが、調べていくうちにちょっと違うことがわかってきたんです。  カポネは自分自身の意思でイタリア系的なものを捨てていくんですよ。アメリカに同調していこうとするわけですね。書き終えた今になっても、何が彼をしてこれほどまでにアメリカに思い入れさせたのか、疑問を感じますね。イタリア系移民として嫌なこともあったろうし、理不尽だという体験もしてきたはずなのに、カポネはアメリカ人になりたかった。アメリカの何が彼を引きつけたのか。書き終えた今でも、これだ! という答えはないんです。書き終えて、あらためて、なぜ? と思っています。
−−アメリカを外から眺めても、今に至るまで、アメリカほど世界中の人から憧れられて、なおかつ嫌われている国もないですね。
佐藤さんアメリカとは何だろう? 日本でも、最近はアメリカが嫌いって言う風潮もありますけど、一方でものすごく好きだという気持ちもある。そこまで日本人を引きつけるアメリカの魅力ってなんだろう。嫌いだって言わせるアメリカってなんだろう。それは不思議ですね。これほど両面性を持っている国っていうのも、珍しいんだろうなと思いますね。
−−では、アメリカを舞台にした小説はこれからもお書きになられますか?
佐藤さんそうですね。ぜひ、掘り下げて書いてみたいですね。  ヨーロッパの歴史小説もそうなんですが、ぼくが読んでもらいたい読者はいまの日本人です。いまの日本人に向けて書く作家として、アメリカという素材は無視できない。今回、『カポネ』を書いてみて、あらためてそう思いましたね
−−ヨーロッパの歴史小説のほうでは、1月下旬に大作「デュマ三部作」の第二部『褐色の文豪』(文藝春秋)も刊行されますね。今年もますます精力的な執筆を期待しています。今日はありがとうございました!
アメリカの禁酒法時代が舞台の『カポネ』を連載するかたわら、フランスを舞台にしたデュマ3部作の執筆を続けるなど、時空を超えて物語の世界をつむぎだしている佐藤さん。執筆にあたっては、週ごとに執筆する作品を切り替えたり、資料を揃えた執筆用の部屋を別々に用意したりといった工夫をされているという。現代の日本から、遠く離れた場所とで時代へと読者をいざなってくれる佐藤さんの作品世界は、一度ハマると病みつきになる。未読の方は、この機会にご一読を!【インタビュー タカザワケンジ】

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