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郷土画家としてつつましい一生を終えた画家 彼の作品が脚光を浴びたとき明らかになる、封印されていた過去とは?美術の世界を舞台にさまざまな人間の愛憎と欲望が渦巻くヒューマン・ミステリ 篠田節子さんの新刊『薄暮』

あるエッセイストが新潟県長岡市を旅した折に目にした無名の画家の作品。エッセイストが書いた文章から、その画家、宮嶋哲朗に注目が集まる。長岡を離れることなく生涯を絵に打ち込んで終えた郷土画家、宮嶋哲朗とはいったいどんな人物だったのか。宮嶋の画集を出版しようとする編集者の目を通して、謎めいた画家の隠された実像が明らかになっていく。これまでも作家、音楽家など芸術家の実像をめぐるミステリを発表してきた篠田節子さんが、美術の世界に挑んだ意欲作。


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不遇のまま亡くなった北国の郷土画家に光が当たった時、封印されていた秘密も露わに…
『薄暮』
『薄暮』
1,890円(税込)

主婦・妙子(50歳)が溺愛する愛犬ポポが隣家の子供を咬み殺してしまった
『逃避行』
『逃避行』
540円(税込)

信者が30人いれば、食っていける。手作りの仏像で教団を立ち上げた二人は…
『仮想儀礼(上)』
『仮想儀礼(上)』
1,890円(税込)

「カルト」の烙印を押され、財産も信頼もすべて失った教団。現代の方舟はどこへ向かうのか
『仮想儀礼(下)』
『仮想儀礼(下)』
1,890円(税込)

中堅保険会社に勤める5人のOLが選んだそれぞれの生き方。直木賞受賞作
『女たちのジハード』
『女たちのジハード』
740円(税込)

未発表かつ、未完成の小説『聖域』の原稿を目にした編集者は作者を追い始める
『聖域』
『聖域』
720円(税込)

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プロフィール


篠田節子さん
1955年東京都生まれ。東京学芸大学卒。1990年、「絹の変容」で小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。97年、『ゴサインタン』で第10回山本周五郎賞、『女たちのジハード』で117回直木賞をそれぞれ受賞。その後も、ミステリ、サスペンス、SF、恋愛小説など、さまざまなジャンルの小説に挑戦している。そのほかの主な作品に『聖域』、『カノン』、『斎藤家の核弾頭』『ハルモニア』『弥勒』『百年の恋』『コンタクト・ゾーン』『仮想儀礼』ほかがある。

インタビュー


篠田節子さん−−『薄暮』は美術の世界が舞台ですが、絵にはもともと興味がおわりだったんですか?

篠田さん 絵は学生時代から好きでよく見ていました。高校までは自分でも油絵を描いていたんですよ。でも、若い頃は、この小説に出てくる「宮嶋哲朗」のような郷土画家の作品に強い偏見を持っていました。地方画家というだけでレベルが低いと思っていたし、日本の洋画に対しても、海外に持っていけば、無価値という偏見がありました。
 10年くらい前からでしょうか、日本の洋画に対して以前ほど拒否感を持たずに見られるようになってきました。きっかけになったのは、地方に旅に行く機会が増え、その地で制作していた郷土画家の作品に直に出会う機会が増えたからです。なかでも印象的だったのが、田中一村(1908〜1977)という画家の作品でした。


−−奄美大島に移り住んで絵を描き、「日本のゴーギャン」と呼ばれている画家ですね。

篠田さん ええ。田中一村は洋画ではなく日本画ですが、郷土画家を見直すきっかけになりました。


−−『薄暮』に登場する郷土画家、「宮嶋哲朗」は、田中一村同様、中央画壇に背を向けたまま生涯を終えた画家です。物語の舞台は新潟ですが、ほかにどなたか印象的な郷土画家はいますか?

篠田さん 田中一村のほかに、もう一人、興味を持ったのが、佐藤哲三(1910〜1954)という新潟の画家です。新潟県の観光局の企画で紀行のお仕事をしたことがあって、そのとき「郷土の画家」として佐藤哲三さんの作品を熱心にレクチャーしてくださった方がいたんです。そのとき、佐藤さんを支えるために町の人たちが絵を買うという頒布会があったということをうかがって、エピソードとして面白いなと思いました。ただ、「宮嶋哲朗」のモデルかというと、ちょっと違いますね。佐藤さんは明治生まれの方なので時代が違うし、私がイメージした宮嶋のタッチとも違います。


−−読者にとっては、作中に登場する宮嶋哲朗の絵って、どんな絵なんだろう? と想像する楽しみがありますね。宮嶋の作品はメディアによって「発見」され、脚光を浴びます。しかし、宮嶋の未亡人が登場するあたりから雲行きが怪しくなり、宮嶋の愛人の存在が見え隠れしてきます。

篠田さん 芸術家の人生という「物語」のなかで光が当たるのは、たいてい、愛人のほうですよね。絵のモデルになるのは愛人だし、華やかな女性遍歴を持つ人も多い。でも、よくよく調べると女性遍歴を続けながらも、実はずっと奥さんがいて「この人、家庭があったんだ」って思うことってありません?


−−ええ。意外や、長年、愛人がいても添い遂げる奥さんも多いですよね。

篠田さん 陰で夫を支えていた妻が何かのきっかけで、表に出てくることがある。夫妻の関係が良好でフェアなものならいいけれど、そうでなければどうなるんだろう。夫への単純な悪意ではなくて、もっと屈折したものを抱えていて、何か恐ろしいものが出てくるんじゃないかと思いました。
 ある著名な芸術家の奥さんが、愛人と夫である画家が暮らしていた時代の作品を画集に載せることを拒否したという話もあります。妻の心のうちって、単に惚れたはれたの関係ではなく、世間体やプライド、子供や金や親族の問題もからみ、おそらく、愛人の何倍も屈折した「愛憎」があると思います。自分の人生を賭けた妻の「愛憎」に焦点を当てたいと思いました。


−−しかも、『薄暮』では、妻のところにいたときに描いた絵よりも、愛人のところにいたときの絵のほうが評価が高いという皮肉な展開になっていきます。

篠田さん 著作権については複雑でわかりづらいところが多くて苦労しました。専門の弁護士の方にお会いして、「どんな本を読んで勉強したらいいですか?」とうかがったら、放送大学の教科書を勧めてくださいました。読んでみたのですが、素人なので、間違った解釈をしてしまいそうになることが多くて、その後も何度か確認させていただいたりしました。
宮嶋の妻は夫の死後、著作権継承者となりますが、それはつまり、夫の作品を複製するにあたっての権利を一手に握るということなんです。妻がリベンジする手段になりうるなと思いましたね。


篠田節子さん−−『第4の神話』や『讃歌』など、篠田さんは芸術家を題材にした作品をこれまでにもお書きになっています。いずれも、読み進めるうちに、世間に流通する「物語」や「神話」の陰に隠されたもう一つの物語が浮かび上がってきます。今回の『薄暮』も、美しい夫婦愛の陰に隠れたものが徐々に明らかになっていきますが、こういう物語の構造を作るうえで、何か参考にされたものがあるのですか?

篠田さん 私はドキュメンタリー番組が好きなんですが、ドキュメンタリーのパターンの一つに、歴史上こうだと思われていた人物が、資料を丹念に調べると実はこうだった、というのがありますよね。必ずしも事実が隠蔽されていたわけではなくて、どちら側から見るかという視点によって、一つの事実が違って見えてくる。その構成を意識しています。
もう一つは小説的なテクニックの問題で、当事者が自らを語ると、読者は共感しやすいし、激しい感情が表現できるんですが、その分、単純で、深みが出ない。この場合だと、宮嶋未亡人の智子さんの主観は一切出さないようにしています。出版社の橘に視点を統一して、外側から智子さんを書くことで、謎をはらんだ行動の背後にあるものを想像してもらう。そういう手法がわりと好きなんです。


−−智子の心のうちに謎があることで、ページをめくる推進力にもなっていると思いました。ところで、篠田さんといえば、直木賞を受賞された『女たちのジハード』のように、女性の生き方を描いた作品がある一方で、『斎藤家の核弾頭』のようなSF、『ゴサインタン』を始めとする非文明社会を題材にした作品、そして、この『薄暮』のように芸術家を題材にした作品など、さまざまなタイプの作品をお書きになっています。別のタイプの作品を平行して書かれることもあるんですか?

篠田さん 長篇小説の場合、複数の第一稿を並行して書くことはしないですね。基本的には第一稿を最後まで書いて、別の小説の第二稿にかかって、その二稿が終わった後に、また別の第三稿を直すというサイクルです。


−−そのスタイルだと、かえって、かけ離れた題材のほうが進めやすかったりしますか?

篠田さん そうですね。第一稿を最後まで書くと、その世界はもううんざり、というところはあるかもしれません(笑)。


−−篠田さんの作品は社会的な問題を扱った作品も多いですが、結論が出て解決、という単純なものではありません。さまざまな角度から題材を描くことで、問題が立体的に浮かび上がる。読者一人ひとりが意見や感想をそれぞれ持てるようになっています。

篠田さん 論文やエッセイではできないことですね。小説というかたちだからできることをやりたいな、といつも思っています。


篠田節子さんの小説を読み始めると、とにかく引き込まれる。時間を忘れて読みふけってしまう。しかも、それが、幅広い題材のいかんに問わず、というところがすばらしい。小説によって新たな世界を知ったり、考えるきっかけになるという意味で、今回の『薄暮』は美術に関心のない人にも読んで欲しい。また、一人の女性が人生の黄昏時に何を見たのか? という一面も興味深い。さまざまな入り口から入っていけるエンターテインメント小説だ。
【タカザワケンジ】







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