著者インタビュー 最新号 バックナンバー

悼む人。天童荒太。あらゆる死者を悼むために旅に出た一人の青年。彼の存在はさまざまな人たちの心に変化を起こしていく。第百四十回直木賞受賞作「悼む人」
7年の歳月をかけてこの作品に取り組んだ天童さんが語る表現への強い思い。

事故や事件で亡くなった死者を悼むため、全国を旅している青年、坂築静人。亡くなった現場の周辺で「亡くなった方は誰を愛し、誰に愛され、感謝されていたのか」を尋ね、死者を悼む日々を送っている。奇異の眼で見られ、ときにはののしられながらも旅を続ける静人の真意はどこにあるのか? 読む者すべての心を揺さぶる新しい物語が誕生した!


天童荒太さんの本

140回直木賞受賞作品!聖者なのか、偽善者か?あなたが「悼む人」は誰ですか?
『悼む人』
『悼む人』
1,700円(税込)

第53回日本推理作家協会賞。出版直後から文学界を震撼させた大傑作が文庫化!
『永遠の仔』(1)
『永遠の仔』(1)
600円(税込)

『永遠の仔』(2)
『永遠の仔』(2)
600円(税込)

『永遠の仔』(3)
『永遠の仔』(3)
520円(税込)

『永遠の仔』(4)
『永遠の仔』(4)
560円(税込)

『永遠の仔』(5)
『永遠の仔』(5)
560円(税込)

日本推理サスペンス大賞優秀作を全面改稿
『孤独の歌声』
『孤独の歌声』
580円(税込)


傷つき、生きる人々をやさしくつつみこむように描いた珠玉の作品集
『あふれた愛』
『あふれた愛』
600円(税込)


傷ついた少年少女たちは、戦わないかたちで、自分たちの大切なものを守ることにした
『包帯クラブ』
『包帯クラブ』
798円(税込)


きっかけは一本の電話だった。声の主は、一家皆殺しを宣言して受話器を置いた
『家族狩り』
『家族狩り オリジナル版』
2,415円(税込)


9・11直後の緊急対談含む。『悼む人』構想の過程を知る一助にも!
『少年とアフリカ』(坂本龍一×天童荒太対談集)
『少年とアフリカ』(坂本龍一×天童荒太対談集)
600円(税込)

 

プロフィール


天童荒太さんさん (テンドウ・アラタ)
1960年愛媛県生まれ。86年、『白の家族』で第13回野性時代新人賞を受賞。93年、『孤独の歌声』が第6回日本推理サスペンス大賞優秀作に。96年、『家族狩り』で第9回山本周五郎賞を受賞。2000年、『永遠の仔』がベストセラーに。同作は第53回日本推理作家協会賞を受賞した。そのほかの著作に『あふれた愛』、『包帯クラブ』、画文集『あなたが想う本』(舟越桂と共著)、対談集『少年とアフリカ』(坂本龍一と共著)などがある。

インタビュー


天童荒太さん■「悼む人」が起こした変化を描く

−−このたびは直木賞受賞おめでとうございます。

天童さん ありがとうございます。


−−受賞後の記事などを読むと、「悼む人」というイメージは7年前に天童さんのなかに降りてきたそうですね。

天童さん 「悼む人」は突然、降るように自分のなかに現れたんですが、そのときはまだ五里霧中で「悼む」という言葉の意味もまだ理解できていませんでした。「悼む人」とは誰だろう? どんな人なら「悼む」ことが可能なのだろうか? とまず考え始めました。


−−物語は彼の周囲の人々の複数の視点で描かれていきます。彼を取り巻く登場人物はどうやって生まれてきたんでしょうか?

天童さん 「悼む人」にも親はいるはずだ。家庭環境はどうだったんだろう。そして、誰かが「悼む人」と出会ったら、その人はどう変化するだろう……。そう考えていくうちに、彼の家族や、彼と出会って変化していく人たちのことを自然と考えるようになり、ノートに彼らのことを走り書きのようにメモしていきました。「こんなことに意味はないんじゃないか? 偽善的じゃないか」という人が出てきてぶつかることもあるだろうし、彼とともに旅することによって葛藤する人も出てくるだろう、と次第に周辺の登場人物が膨らんでいきました。
そして、「悼む人」という人間を克明に表現しようとするよりも、まず先に「悼む人」がいることで変化していく人間を描くことのほうが大切なんじゃないだろうか、と思うようになりました。現実に「悼む人」がいたとしたら、彼と出会うことによって僕たちにどんな変化が起こるかのほうが本当は大事なんじゃないだろうか。そこで、周囲の人たちをリアルに、そして、彼らの変化を大切に表現しようと思うようになりました。


−−いまお話をうかがっていて、天童さんご自身が「悼む人」という存在と出会われた、その生々しさが小説のなかに込められていると思いました。静人の存在に心を揺さぶられる登場人物の一人に週刊誌記者の蒔野がいます。蒔野はいわば僕たちの代表で、静人の行為に惹かれながらも、疑いのまなざしを捨てようとはしません。

天童さん この小説を書くうえで大切なのは現実感覚だと思ったんです。このような特異な人物が現れたときに、その人をヒーロー的な人物として描いたら現実から乖離してしまう。僕自身も、彼のような人がいれば希望の光になると思う一方で、そんな人間が一人いたって何にもならないと考える人も少なくないだろうと思いました。その行為を続けることにどんな意味があるのか。そんなことを続けたら、経済的に食べていけるのだろうか。家族は悲しむのではないか……。そうした疑問は、きっと読者も持つだろう。だから、読者と同じような感覚を持って静人を見つめる人間が必要だと思いました。蒔野は偽悪的だけれど、それは僕の心の中にもある部分だし、あらゆる人が心の一部には持っていると思います。


■「リアリティ」の背景にあるもの

−−『悼む人』では、性別も世代も違う登場人物たちの心のつぶやき、語りがとても生々しく、リアルです。まさに彼らの言葉が聞くように読んだのですが、天童さんにとってはごく自然にできてしまうことなのですか。それとも、小説家として天童荒太さん努力して身につけてきたことなのでしょうか?

天童さん 自然に書くだけでは無理ですね。小説を書き始める前に大きな作業を一つやっています。登場人物とその一世代前の親の詳細な履歴を書いていくんです。俳優がやるような作業ですね。しかも、俳優のそれよりも、もっと濃密に登場人物のバックボーンを自分の中に入れる。そうすると、世代や性別がちがっても、トランス的にその人になれるんです。そして、そこから出てくる言葉をどんどん出していきます。その後で作家の天童荒太に戻って、職業作家としての技術を駆使しながら小説として読んでもらえるように表現し直します。


−−天童さんはこの小説を書くにあたって、実際に「悼む人」と同じように死者を悼む旅に出たそうですね。小説のすみずみから感じ取れるリアリティはそのためなのかと驚きつつも納得しました。

天童さん そうしないと、自分自身が、この表現に届かないのがわかったからです。「悼む」という言葉は理念としては通りがいいけれど、現実に死者を「悼む」ことは可能なのだろうか。見ず知らずの死者を悼もうとしたとき、周囲の反発はどんなものなのか。頭で考えた言葉だけで書くことは不可能だと思いました。小説の主人公と同じことをやることが大事だとか偉いとかではなく、そうしないと表現できないという思いが強かったですね。とくに大切な人を亡くしていない読者はまずいないので、そういう人に対して失礼でないありかたを含めて模索する必要がありました。


■感動を読者に届けるために


−−9.11以降、何かといえば対決姿勢ばかりが強調される時代にあって、『悼む人』では、静人に対して批判的な人を含めて包み込もうとしている。許すこと、包み込むことの大切さとその難しさをあらためて考えさせられました。着想から完成までに7年間という時間を必要としたのもテーマの難しさゆえかと思いますが、書きかけた何百枚という原稿を途中で破棄したこともあったそうですね。

天童さん 悼む人と行動をともにする奈義倖世の章で大きな変更がありました。倖世の設定は、最初は暴力夫を勢い余って殺したという設定だったんです。そして、それなら僕は「書ける」と思っちゃったんです。暴力夫を殺して、悔やみと怒りを抱えている女が静人を通して浄化に至る‐‐ああ、これは書けるな、と思ったとたんに「ダメだ」と思ってしまいました。
これは僕の中の基準なんですが、僕程度の才能の人間が、最後まで見通せると思って書いた作品では、そこに新たな感動はない。僕自身が、これはどう書いていいかわからないという着想を乗り越えたときに、新しい感動を読者に届けられるのではないか。
では、いったいどう書いたらいいのだろうかと悩んでいるときに、ふと、倖世が、自分が殺した夫にとりつかれているというのはどうだろうか、と思いつきました。亡霊みたいなものが出てきて、「悼む人」の行為をあざ笑うというのはどうだろう。これはどう書いていいかわからないと思いました。面白い。
では、どんな人間になら亡霊が取り憑くんだろう。取り憑いた亡霊に対して悼む人はどう対応するだろう。そんな人間が、成仏するなり、浄化されるなり、心理的に解消されるとはどういうことなのだろう。それが書けたときには新しい物語が生まれるのではないか。そこまで考えて、300枚くらいの原稿を捨てました。


■読者とともに歩んでいきたい

−−天童さんは映画の製作に関わるなど、本格的な作家デビュー以前にほかのジャンルの創作現場にもいらっしゃいました。最終的に小説を表現手段として選んだ理由はなぜだとお考えですか?天童荒太さん

天童さん 僕が最初にデビューしたのは小説だったんですが、若い頃に本当に好きだったのは映画でした。映画づくりに役立てるために演劇を学んで劇団をやったり、映画やラジオドラマの脚本を書いたり、マンガの原作を書いたこともあります。ひとまず、さまざまな表現方法を経験することができたんですが、そのなかで小説を選んだのは、もちろん、ほかの分野に才能がなかったことが大きな理由ですが、もう一つの理由は、いちばん自由に表現できる分野が小説だと実感したからです。小説なら、製作コストの縛りもなく、心の底の底まで表現できます。
物語は世俗的な言葉で書かれています。でも、世俗的な言葉を使うからこそ、より広く、より遠くまで伝わると思います。物語は感情を書くものですから、ちゃんと書けば読み手の感情に届く。感情に届いたモノは、知性や理性に届いたモノよりはすごく深く根付くと思います。そして、感情に深く根付いた言葉や物語、登場人物たちは、日々の生活のなかで、ふとよみがえってくることがある。幼い頃に読んだ物語が何十年たっても忘れられないように。


−−たしかに物語の中から学んだことや、忘れられない思い出を誰もが抱えて生きていますね。最後の質問になりますが、次回作への取り組みはすでに始まっているのでしょうか?

天童さん 『悼む人』を書き上げてから、今回の受賞までに時間があったので、次回作へ向けて動き出しました。この7年は悼む人を追いかけざるをえなかったんですが、そのおかげで、この作品が自分にとっては最高到達点になりました。あらゆるものをここに捧げるように注ぎ込むことができたという実感があります。小説家としての技術的なこともある程度は得ることができたので、いま持っている技術や考えみたいなものを使って、それほど遠くない時期にいくつかの物語を続けて出したいですね。さすがに7年はかかりすぎだったので(笑)。
『悼む人』についても、大切なテーマを含んでいるので、これがしっかりと読者に届いたなら、さらにテーマを推し進めて表現していきたいと思います。いま、出版社の特設サイトに読者からの声が返ってきているんですが、その言葉を受けて、これからの作品の方向性を定めていきたいですね。天童荒太のように読者に恵まれる作家は稀だと思うので、そのことをしっかりと受け止めて、これからも読者と歩いていけたら、こんな幸せなことはありません。


天童さんの作品を愛読してきた読者の一人として、今回の直木賞受賞をきっかけに、より多くの人がこの作品を読むことで、どんな反応が起こるかが楽しみだ。というのは、天童さんの小説ほど、読んでいて、自分自身の経験や記憶を呼び覚まされ、揺さぶられる作品はめったにないからだ。それはなぜなのか、ずっと不思議に思ってきたが、こうしてインタビューさせていただいて、その秘密の一端を知ることができたような気がする。ストイックなまでに読者へ言葉を届けようとするその姿はまさに「作家」そのものだ。天童作品をまだお読みになっていない方はこの機会にぜひ読んでほしい。
【インタビュー タカザワケンジ】










最新号 バックナンバー

このページの先頭へ