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第139回芥川賞受賞作楊 逸さん『時が滲む朝』変貌する中国の姿と天安門事件を背負って生きる青年たちの生きざまを鮮やかに描いた必読の作品!

日本語を母語としない中国人作家として、初めて芥川賞を受賞したことでも話題となった『時の滲む朝』。楊逸さんが日本語で小説を書き始めたのはなぜなのか? 自らも天安門事件の衝撃を受け、その後の中国の変貌を目の当たりにしているという楊さんが『時の滲む朝』で描こうとしたものとは?


楊 逸さんの本


『時が滲む朝』

『時が滲む朝』
1,300円(税込)


『ワンちゃん』
『ワンちゃん』
1,200円(税込)


過去の芥川賞受賞作品


『切羽へ』
『切羽へ』
著者:井上荒野
1,575円(税込)

『乳と卵』
『乳と卵』
著者:川上未映子
1,200円(税込)

『アサッテの人』
『アサッテの人』
著者: 諏訪哲史
1,575円(税込)

『ひとり日和』
『ひとり日和』
著者:青山七恵
1,260円(税込)

『八月の路上に捨てる』
『八月の路上に捨てる』
著者:伊藤たかみ
1,050円(税込)

『沖で待つ』
『沖で待つ』
著者:絲山秋子
1,000円(税込)

『土の中の子供』
『土の中の子供』
著者:中村文則
380円(税込)

『グランド・フィナーレ』
『グランド・フィナーレ』
著者:阿部和重
1,000円(税込)

『介護入門』
『介護入門』
著者:モブ・ノリオ
1,050円(税込)

 『蹴りたい背中』
『蹴りたい背中』
著者:綿矢りさ
1,050円(税込)


プロフィール


楊 逸さん (ヤン イー)
1964年、中国ハルピン市生まれ。1987年に留学生として来日し、お茶の水女子大学教育学部に入学。大学卒業後、在日中国人向けの新聞社に入社。その後、中国語教師に。2007年、「ワンちゃん」で第105回文學界新人賞を受賞。同作は芥川賞候補となる。2008年、「時が滲む朝」で第139回芥川賞を受賞。

インタビュー

同世代の男性を主人公に

−−芥川賞受賞おめでとうございます!

楊さん ありがとうございます。


 楊 逸さん−−楊さんはデビュー作の「ワンちゃん」が芥川賞候補に挙げられていましたが、今回の作品で受賞できるという手応えはありましたか?

楊さん まったくなかったですね。自分の日本語の文章に自信を持てなかったので、すぐには無理だなと思っていました。候補になるだけでも光栄で、そのことを楽しみながら勉強していこうと思っていました。

 受賞の知らせは編集者と自宅で食事をしながら待っていたのですが、日本文学振興会から電話を受けたときには手が震えちゃいました。


−−受賞作の『時の滲む朝』を興味深く読ませていただきました。主人公は向学心も志もある若者ですが、大学生のときに天安門事件に遭遇し大きく運命が変わります。また、主人公の父親も文化大革命で下放された知識学生だという背景があります。いわば、中国の現代史に翻弄された世代が二代にわたって描かれていますが、中国人である楊さんご自身も身近に感じてきたことなのでしょうか?

楊さん 私もある意味では私も同じ体験をしたといっていいと思います。ですから住み慣れた環境を書いたようなものですね。主人公は男性ですが、古くからの知り合いのような親しさを感じながら書きました。


−−音楽がとても効果的に使われていますね。前半ではテレサ・テン、後半では尾崎豊の曲が印象的に使われていますね。

楊さん 私も主人公と同世代なので、日本に来る前にテレサ・テンの音楽を聴いてすごく新鮮な感覚を覚えました。

 日本に来てからは、日本語がわからなかったんですが、時々聞く日本の音楽に、寂しくなったり、泣きたくなったり。歌詞がわかっていないのもかかわらず、気持ちの動揺はなんでだろう? 音楽は不思議な力を持っていると思いましたね。


−−作中、尾崎豊の「I LOVE YOU」が登場することが話題になりましたが、楊さんご自身はお好きなんですか?

楊さん 聴きますけど、とくに好きというわけではないですよ。


−−主人公が尾崎豊の曲を彼らなりに理解して、好きだということに、新鮮さも感じたし、納得もできました。主人公たちのことを考えているうちに、尾崎豊の曲がマッチすると思われたんですか?

楊さん そうですね。小説を読んでいて、イメージがなかなかつかめないときってあると思います。伝えたいことはあるわけだから、どんな手段をつかってやるかは、私なりに考えますね。尾崎豊の曲は多くの日本人が知っていると思うので、効果的なんじゃないかと思いました。


−−楊さんご自身のことをうかがいたいんですが、子供の頃にはどんな本を読んでいたんですか? 読書はお好きでしたか?

楊さん ゲームも何もない時代ですから、読書が唯一の楽しみでしたね。私が小さいときは、みなさんが想像できないような環境でしたので、「この本が欲しいから買って!」と親にねだれるようなことはありませんでした。家にあった本を読んでいただけなので、読んでいた本はごく限られたものでした。幸い両親が教師だったので、普通の家よりは本が多かったかもしれないですけど。家には子供向けの本はなくて、古典が多かったかもしれない。「三国志」、「史記」……そういう本が好きでしたね。部屋の隅っこで隠れるようにして読んでいました(笑)。


−−自分でも物語を書いてみたいと思うようになったのも子供の頃からですか?

楊さん いえ。そんなことはまったく思ったことがなかったんです。大学から日本に来たんですが、卒業の時期になって、何の仕事に就こうかと考えました。そのとき、記者が素敵な職業に思えたんです。やってみようと思って、在日中国人向けの新聞社に入社しました。


詩やエッセイを書くことがストレス発散

−−新聞社に入られたということは、事実を書くということに興味があったんですか?

楊さん ところが、事実を書くのは苦手なんです(笑)。好きで書いていたのは詩やエッセイ、短い小説。フィクションばかりでしたね。

 自分はどうして書くようになったんだろう? と考えると、私が内向的な人間だからだと思います。口べたで、友人はあまりたくさんはいらないほうです。愚痴をこぼされるのは嫌だし、自分から言うのも嫌です。でも、それ以外の何の話題で話せばいいのか、と思ってしまうんです。

 誰でも悩みやストレスはあると思いますが、ふつうの人が電話で友達に発散すべきところを、私は書くことによって発散していたんでしょうね。

 たとえば、すごく悲しくて泣きたくなるようなとき、詩を書くと涙が出なくなるんですね。しかも、詩なら短くていいから、パッと書けるんです。


−−では、長い小説はあまり書いたことがなかったんですか?

楊さん 私、デビュー作の「ワンちゃん」が最初でした。なぜかというと一日のうちに書ききらないと、次の日に忘れちゃうんです(笑)。書くたびに、前に書いたことを確認しないと書けない。「ワンちゃん」の主人公の名前も忘れちゃうんですから(笑)。


楊 逸さん−−しかし、楊さんは「ワンちゃん」を書き上げられた。それはなぜでしょう?

楊さん やっぱり書くのが好きなんですね。書いて、確認してまた書いて、ということをやってみたら、意外と楽しかったんですよ(笑)。確認するたびに、自分で「あ、面白い」って思っちゃうんです。

 今までは文章を書く時間そのものもあまりなかったんですが、2005年に起きた反日運動の影響で、中国語教師の仕事がヒマになっちゃったんです(笑)。最初は日本語でエッセイを書いてどこかに投稿しようと思ったんですが、テーマもなしに書いた私のエッセイなんてどこも採用しないだろう。どうせだったら、小説を書いたほうがいいかなあ、と思いました。それで書き始めたのが「ワンちゃん」だったんです。


−−では、皮肉なことですが、反日運動が楊さんに小説を書くという機会を与えてくれたとも言えますね。

楊さん 一つの物事にはいい面も悪い面が必ずある。その巡り合わせで人間はどうとでもなる。本当にそう思いますね。


−−詩やエッセイは今までに発表されていたんですか?

楊さん 中国語で書いたものは中国語メディアで発表していました。


−−日本語で書こうと思われたのは日本のメディアで発表しようと思われたからですか?

楊さん そうです。


−−中国語でお書きになるのと、日本語でお書きになるのは違う感覚だと思うんですが、実際に日本語で書かれてみていかがでしたか?

楊さん 中国語だと遊ぶ感覚がありますね。


−−中国語では、詩などで韻を踏んだりしますよね、それですか?

楊さん そう。気持ちいいいんです。日本語で書くと不自由で大変です。


−−僕は楊さんの文章に独特なリズムを感じました。それは楊さんが中国語で書かれたものにもきっと共通しているような気がするんですが、いかがですか?

楊さん あると思いますね。言葉の表現、使い方は違いますけど。日本語を書くときには一生懸命になりますが、それを助けてくれるのは中国語の基礎があるからだと思います。


デビュー作「ワンちゃん」

−−デビュー作の「ワンちゃん」についてもお話をうかがいたいんですが、「ワンちゃん」は日本人男性と中国人女性のお見合いパーティーを主催する中国人女性の物語です。この物語を発想するような出来事を実際にご存じだったんですか?

楊さん 実際に目にしたことはないです(笑)。中国語の新聞社に勤めていたときにそういう相談がたくさん来ました。日本人男性と結婚して、いきなり、山奥の農村に連れて行かれた女性が「どうしよう」と相談の電話をかけてくるわけです。たぶん、そういうことが印象に残っていたことが、この小説に反映されたと思います。


−−実際のできごとがあって、それが小説としてふくらんでいったということですか?

楊さん 小説を書こうと思って、まずテーマを考えました。私の考え方だと、まず点を考えて、それが線になって、だんだん小説になっていく。「ワンちゃん」の場合は、点がワンちゃんという女性なんですね。最初に考えたのは、日本人と結婚した中国人女性を書いてみようということでした。でも、それだけでは面白くない。夫になる日本人男性一人しか出てこないから。 もっとたくさんの登場人物に出てもらうためにはどうしたらいいだろう? そのとき、集団お見合いのことを思い出して、線になっていった。


−−集団見合いの描写にはとてもリアリティを感じました。楊さんはこういうお仕事をされていたんじゃないかと思ったくらいです。

楊さん 小説を読んだ周りの人たちから「あなたそんな仕事をしていたの?」と言われましたよ。その気になって、本当にやろうかなと思ったくらい(笑)。


−−僕の勝手な想像ですが、楊さんが小説をお書きになった理由の一つは、登場人物の心のうちを書くことができるからではないでしょうか。楊さんご自身は、小説を書くことの魅力についてどうお考えですか?

楊さん まさにいまおっしゃったようなことですね。ある人物を書こうと思ったときに、高校しか出てないとか、結婚したけど離婚したとか、こういう女性はどういう考え方をするのか。そういうことに私はすごく興味があるんですね。


−−『ワンちゃん』に収録されているもう一篇の作品「老処女」‐‐タイトルからして刺激的ですが‐‐この主人公も女性ですが、ワンちゃんとは対照的に、中国出身ではあるけれどインテリで、大学に職を得ている。しかし、中国の価値観が激変している間に日本にいた彼女は保守的なまますごしてきたため、いつの間にか祖国でも時代遅れの女になってしまう。読んでいて切なくなるような話ですね。

楊さん 私自身が日本に来て20年。中国に帰るたびに、中国の道徳観が激しく変わって、理解できないことがたくさんあって、それは何なのか? と感じていました。そこから考えはじめて書いた小説です。


楊 逸さん−−「老処女」はシリアスな問題を扱っていますが、決して暗くないですね。悲しさと同時にユーモラスでもある。主人公はかわいそうな人ではなくて、したたかでもある。

楊さん 人間はみんな自分がすごく大事。でも、全体的に見れば、ただの生き物と同じですよ。そう言うと怒る人がたくさんいると思いますけど、私は人間とそのへんの虫や動物と人間は何の変わりもないと思っています。

 自分のどこが偉いのか。どこも偉くはないですよ。そのへんのアリと一緒です。それが私の考え方なんです。私自身も、なんでそんなに自分をかわいがらないといけないのと思ったりしますね。

 自分が偉いとか、自分が中心でなければならないと思うから不幸なんです。アリになったつもりで、少しずつ上に登っていく。そのほうがずっと幸せじゃないですか。


−−それは楊さんご自身の人生哲学でもありますよね。

楊さん そうですね。自分を大事にしすぎちゃダメだと思います。


古典的小説の持つ普遍性をめざす

−−『時が滲む朝』は1989年に起きた天安門事件と同時代に学生運動に関わる男性が主人公ですが、この小説を読んで、僕らはあの事件のことは覚えてるけれど、その運動に関わった人たちがのちにどう生きているかには興味を持たずにきたことにあらためて気づかされました。彼らはその後も激変する中国と平行して生き続けているわけですよね。

楊さん そうです。彼らは天安門事件を背負って生きていかなければならない。

 いま、日本にいて、中国に関するニュースや情報はますます増えています。メディアを通して感じる中国の見方は、私からすると極端な部分があって、しかも理屈っぽい。「中国をわかってない」という感想を持つことが多いんです。研究者でもマスコミでも、中国に行っていろいろなものを取材してはくるんだけど、本質には触ることができていないと感じることがすごく多いです。

 また、論文、ニュースで中国を知る機会はたくさんありますが、現代の中国を描いた小説はほとんどない。それは寂しく感じますし、小説であれば、もっと違う見方ができるのではないか。もっとわかってもらえるんじゃないか、とはずっと思ってきました。


−−天安門事件の学生運動の盛り上がりは中国に限らず、かつての日本、あるいはヨーロッパ、アメリカ、どこででもあったことですよね。これから起こる可能性のある国もたくさんある。同様の問題に向かい合った世代がどこの国にもいるという普遍性を同時に感じました。

楊さん 時代を超えて読まれていく古典的な小説を読むと、普遍的なことを個性的に書いていることに感心させられることが多いです。特別なことがあるわけではないのに、読み継がれていく魅力があるんです。それは私もめざしたいことではありますね。


生命力は「欲」でもある

−−ところで、天安門事件のとき、楊さんご自身はどこにいたんですか?

楊さん 日本にいました。ニュースで知って、一時帰国をしました。正直なところ、その頃のことはあまり覚えていないんですが、北京の状況を見て、民主化を求める盛り上がりに感動した覚えはあります。そのときの経験が『時が滲む朝』に影響していることも多少はあると思いますね。


−−天安門事件の余波を受けた主人公はやがて日本に来ることになります。日本で中国の民主化運動にも関わりますが、彼らの理想よりも速いスピードで中国が変貌を遂げていく。その現実に戸惑いつつも生きていかなくてはいかない。

楊さん 何が何でも生きていかないとね(笑)。


−−偏見かもしれませんが、その生命力は中国人の方々に特有なんじゃないかと思いました。かつては日本人も持っていたのかもしれないけれど、すでに僕らは失ってしまっているような気がします。

楊さん よくいえば生命力ですが、欲なんですよ。欲深いという言葉が、私はすごく好きなんです。私自身もそういう人間ですから(笑)。それが生命力につながっていくわけです。

 中国での私の世代は食べ物も不自由していたし、着るものもままならなかった。そうすると、きれいなものを見ると、まず「欲しい」と思ってしまう。

 日本の方は、持っているバッグがブランド品じゃないとダメなんでしょう? そこまで来たら、次に何を買おうかってことがわからなくなっても不思議じゃない。欲望の持ちようがないんじゃないですか。私、いまだにブランド品を持ってないから、これから(笑)。


−−お買いになりますか?

楊さん 買わない(笑)。ホントに実現したらそれも面白くないですしね。夢を追っていくというプロセスは、人間にとっていちばん幸せだと思うんですよ。なんでも実現したら、喜びも半減するんじゃないかと思いますね。


−−デビュー作の「ワンちゃん」以降、順調に執筆を続けていらっしゃいますが、それも原動力になっているのは欲ですか?(笑)

楊さん そうかもしれませんね(笑)。いろいろ考えて、書きながら勉強して、みたいな感じで書いています。でも、せっかく、この環境が、巡りに巡ってきたわけだから、これをいかに大事にがんばっていこうかとは思っていますね。


−−最後の質問になりますが、「楊逸」というお名前はペンネームだそうですね。由来を教えていただいてもいいですか?

楊さん かっこいい由来があるわけじゃないんです(笑)。私は火星人なので名前に「木」があったほうがいいと友人に言われて、最初に考えたのが木が三つもある「森」だったんですよ(笑)。でも、それじゃあ、中国人らしくないだろうと思って結局、木偏の「楊」に落ち着きました。「逸」は私の人間性ですね。よく道を外れるという意味を持つ字(笑)。ジャングルを開拓して生きてきたようなものですから。


−−楊さんの作品世界にぴったりのペンネームだと思います。これからのご活躍を期待しています。今日はありがとうございました!







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