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Artist Voice ―『小澤征爾さんと、音楽について話をする』で聴いたクラシック

2013/05/15掲載

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』で聴いたクラシック


『小澤征爾さんと、音楽について話をする』で聴いたクラシック
じつは一度、CDショップで村上春樹さんが買い物をする姿を目撃したことがある。たしか閉店前のHMV渋谷店で、クラシックとジャズが同じフロアにまとめられた頃か、その直前だったような……。声をかけたりしたわけではないので、あれがご本人だったか今となっては断言できないが(でもあの特徴あるお顔を見間違えるわけないはず!)、とにかく、好奇心でちらっと覗き込んだ買い物かごの中に、意外にも「えっ先生、今さら?」みたいな名盤たちが見えたのが印象的だった。

 のちに『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社)を読んで、春樹さんが名盤と呼ばれるような古いアルバムを、今もLPレコードで大切に聴いているのだとわかって、納得。あれはきっと旅行用とか、誰かにあげたりするためのものだったのかもしれない。

 ともあれ、同書はとてもユニークで素敵な構成の対話インタビュー集である。おもに春樹さんの自宅や仕事場で、小澤さんと膝を突き合わせて、話のテーマとなる音楽を聴きながら行なわれているのだが、レコードをターンテーブルに載せて針を落としたり、裏返したりする様子から、二人がお茶を飲んだりおやつを食べるシーンまで、かなりこと細かに描写されている。

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』で聴いたクラシック
 また、ト書きの部分では対話の流れに沿って、今、レコードのどのあたりを聴いているかが綿密に書き込まれ、そこには春樹さんらしい言葉で楽曲や演奏に対する解説が多分に含まれている。そして対話の内容も、とくに小澤さんの発言に関してはかなりナチュラルで、マエストロらしい“語り口”(もちろん、春樹さんがみずから書き下ろした今回のCDのライナーノーツにも記されているように、そこには「いくつかの技術的な並べ替えや、相互間の差し替え」も行なわれている)で文章化されており、全体的にまるでUSTREAMでライヴ映像を眺めているような感覚で読めてしまうのだ。

 それだけに、同書の中で実際に二人がどんな演奏を耳にしたり、どの楽曲について語り合ったりしているのか興味を持たれた読者もきっと多いはず。熱心なクラシック・ファンの中には、自分のLPやCD棚を探して、それらを聴きながら読んだという方も少なからずいただろう。今回リリースされたアルバム『小澤征爾さんと、音楽について話をする』は、そんな読者の要望に応えるカタチでリリースが実現した3枚組CDであると言えるだろう。




レナード・バーンスタイン ヘルベルト・フォン・カラヤン カルロス・クライバー

 [Disc 1]には小澤さんがアシスタントでその場に居合わせたという、1962年カーネギー・ホールでのグレン・グールドニューヨーク・フィルによる「ブラームス:ピアノ協奏曲第1番」の第1楽章と、演奏前にレナード・バーンスタインが聴衆を前に行なった異例のスピーチが収録されている。ほかには春樹さんが「間の取り方というか、音の自在な配置の仕方が、どことなくグールドを彷彿」させると語る内田光子と、クルト・ザンデルリンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管による1994年の「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番」第2楽章など。

 [Disc 2]には二人ともがラデク・バボラークのホルン・ソロを大絶賛している2010年カーネギー・ホールでのサイトウ・キネン・オーケストラによる「ブラームス:交響曲 第1番」第4楽章などを収録。1973年のボストン交響楽団と、2007年のサイトウ・キネン・オーケストラによる、同じ「ベルリーズ:幻想交響曲」の第4楽章〈断頭台への後進〉を聴き比べて、同書で語られている年齢と経験からくる演奏の変化や、常任で音楽監督を務める楽団と不定期の楽団とでは、指揮者とオーケストラとの関係が違ってくるという興味深い話などを検証することもできる。

 [Disc 3]は小澤さんにとって重要なレパートリーであるマーラーをめぐって繰り広げられた、ヘルベルト・フォン・カラヤンバーンスタインの取り組みなども含めた演奏史、作曲家・作品論など、二人のディープな対話を裏付けるための演奏を中心に選りすぐって収録。カルロス・クライバーについての面白いエピソードもふんだんに盛り込まれた第5回の対話「オペラは楽しい」からは、小澤さんが初めて舞台で指揮したという『モーツァルト:歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」』の序曲(カール・ベーム指揮ウィーン・フィル)や、イタリアのソプラノ、ミレッラ・フレー二が極めつけのミミを歌う『プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」』から「私の名はミミ」なども聴きどころだ。

リスト:『巡礼の年』全曲
 最新刊の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』も発売後わずか1週間で100万部のセールスを達成。作中に登場するロシアのピアニスト、ラザール・ベルマンが演奏する「リスト:巡礼の年」が早くも話題を集め、店頭では輸入盤の品切れが続出し、ユニバーサル ミュージックが廃盤になっていた国内盤CDの再発を決定するなど、今や出版界のみならずクラシック・シーンにも(ご本人が望まないとしても)多大なる影響を持つ春樹さん。最近のニュースでは、昨年引退を表明したジャズ・ピアニストの大西順子さんを小澤さんに引き合わせて、今年の〈サイトウ・キネン・フェスティバル 松本〉で同オーケストラと「ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー」の共演を実現させるサプライズにも一役買われたとか。こうなると、今後もシーンの盛り上げ役として、ますます春樹さんに期待しないわけにはいかない!

文 東端哲也  (CDJournal.comより転載)
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