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Artist Voice ―Underworld

2016/4/4掲載

アンダーワールドの6年ぶりとなる新作アルバム『バーバラ・バーバラ・ウィ・フェイス・ア・シャイニング・フューチャー』。カール・ハイドとリック・スミス、それぞれがソロ活動を経て、再びアンダーワールドとしてリリースした本作は、一言で言ってフレッシュなものだった。シンプルで無駄がなく、ポジティヴな力を感じさせる内容だ。それは、アンダーワールドとして20年以上、エレクトロニック・ミュージックのシーンを牽引してきた矜持だとも感じられる。アルバム制作の背景から、イーノ・ハイドなどのソロ・プロジェクトのこと、そして民族音楽とエレクトロニック・ミュージックへの想いなど、多岐にわたったカール・ハイドへのロング・インタビューをお届けしよう。




アルバム制作の最初に話したのは毎日、新しい曲を書こうということ

――新作は、大作ふうではなくシンプルで、そしてアルバムとしてのまとまりもあると思います。この制作の“核”になったのは何ですか?

■カール・ハイド「「アンダーワールドにまつわるあらゆる思念から自由になる、そういうことだったね。そうすることによって、とにかく純粋にふたりの友人が一緒に集まり、互いの間にある音楽的な関係を探索していく、という。本当に、そこだったんだ。もうひとつに、長ったらしいレコードを作るという考え方から解放される、というのもあった。CDというフォーマットは長すぎるし、聴いていて退屈させられることだってある。今回のアルバムに関してはアナログ盤の標準的な長さを念頭に置こう、と。だから、ああいうふうに簡潔な何かをやることが、今の自分たちにとってはエキサイティングに思えたんだ」

――リックと再び制作を始めるにあたって大切にしたことは?


■カール・ハイド「僕たちが最初に話したのは、“毎日、新しい曲を書こう”ということだった。それはリックのアイディアだったんだけど、だから僕たちは実際にスタジオに入るまで、何も始まっていなかったんだよ。要するにすべて、その場でふたりで一緒にイチから作り始めていった。それは僕たちからすればとてもエキサイティングな手法だった。“今回はいっさいソフトウェア・シンセサイザーは使わず制作しよう”、というのもあったね。現実に存在する楽器、たとえばギターであったりキーボードを使ったし、すべてリアルな楽器で作った。ヴァーチャルな楽器は使わなかったんだよ」

――すべてをその場で作るというプロセスは、今回が初めてだったのでしょうか?


■カール・ハイド「僕たちはジャムるのは得意だし、インプロもとてもうまいんだ。ただ、ああいうふうに事前にマテリアルをいっさい用意しないで制作する、というのをスタジオでやったことは、これまでなかったんじゃないかな」

――アルバムからは、非常にポジティヴな空気を感じました。いまこの時代にアンダーワールドの音楽がどう伝わっていくか考えましたか?

■カール・ハイド「いや、そこは考えなかった。というのも、このアルバムはとにかく、僕たちふたりとその関係がメインになる作品であって、その両者が日々の出来事にどんなふうにリアクションしていったか、という内容だから。僕自身は人生/生活に対して非常にポジティヴな姿勢をとっている人間でね。それに音楽というのは、アーティストとして一緒にやってきた僕たちふたりの関係に、非常にポジティヴな期間をもたらしてきてくれたわけだよ。

だから、僕はこの世界をネガティヴな場所だなんて思ったことはこれっぽっちもない。ただ残念なことに、今の僕たちは情報過多な状態に置かれている。メディアにちらばる数多くの悪いニュースにさらされるのを余儀なくされている。近頃の、悪い / 悲しい出来事を報道することに対するオブセッションみたいなものには、ほとほと飽きがきていてね。そのせいで、僕たちはつねに恐れを孕んだ風潮の中で、ビクビクしながら生きる羽目になっているわけだよ」

――メディアの姿勢が非常にシニカルになっている時代なのかもしれないですね。


■カール・ハイド 「僕の生まれたこの国(英国)は、持ち前のシニシズムでよく知られた国だよね。僕だってつねにシニカルな考え方の中で育てられてきた人間で、でも僕はそれにも飽き飽きしてしまった。これはこの間聞かされたことなんだけど、現代というのはじつは人類の歴史上でもっとも平穏な時代なんだそうだよ。過去に較べてもっとも戦争が少ない、そういうピースフルな時代を現在の僕たちは生きているわけだけど、メディアの側は“我々はもっとも暗い時代を体験している”と信じ込ませようとしてるっていう」

――『バーバラ・バーバラ・ウィ・フェイス・ア・シャイニング・フューチャー』というタイトルは、リックの亡くなった父親が話した言葉から来ているそうですが、こうしたタイトルの付け方はアンダーワールドでは珍しいと思います。また女性の写真をベースにしたアートワークもそうです。それは作り込まないことが重視されたからでしょうか?


■カール・ハイド「そうだね、でも自分としては、アンダーワールドの最初の2枚(※純粋な意味での1st&2ndではなく『ダブノーベースウィズマイヘッドマン』と『弐番目のタフガキ』を指す)は作り込まない、直観に任せて作ったものだったと言える。あの頃の僕たちはバンドとしてのアイデンティティや“自分たちはこういう存在なんだ”という感覚から完全に自由な状態だったんだよ。だからやっていて楽しかったわけだけど、いったん成功を収めて名が広まってしまうと、自分のアーティストとしての思考にも影響してくる。ところが今回の新作で、僕たちは再び完全に自由な状態に戻ったんだよ」


文化の表層に浮かぶものを吸収するのが好きなんだ




――4曲目の「Santiago Cuatro」はチリのサンティアゴで録音されたそうですが、この毛色の違う曲が作られた背景を教えてください。


■カール・ハイド『「アンダーワールドのどのアルバムにも、毛色の違う音楽は混じっていたよ。リックと僕の音楽の趣味はじつに折衷的で多彩なもので、映画音楽にダブ/レゲエ、ギター・ミュージック、世界各地の伝統的な音楽も好きだ。僕は北アフリカ音楽からブラジル音楽、日本の古い音楽からロシアの民族音楽、アパラチアン・ミュージックなど、数多くのさまざまな伝統音楽を聴き、収集しているし、各地の土着の音楽のルーツみたいなものに強い愛着を抱いているんだ。で、この曲で使っているクアトロというのは四弦ギターで、チューニングも非常に変わっていてね。あのギターをチリで購入し、宿泊先のホテルで録音したんだ。あれは僕があのギターで弾いた最初の曲だった(笑)。新しい楽器の演奏法をものにしようとやってみて、最初に弾けた曲をそのままレコーディングしてしまった。もちろん、リックがさらに素晴らしいものへと処理してくれたわけだけど」

――新しく買った楽器をツアーの合間に試してみて、それをレコーディングしたと?


■カール・ハイド「そうそう。まだ弾いたことのない新しい楽器でも、あるいはこれまで試したことのなかった新たな創作方法でもいいけれど、おっかなびっくり探りながらトライしていく瞬間を捉えるのはとても大切なことなんだ。だから、僕たちのどのアルバムでも、ヴォーカル・トラックのほとんどはいちばん最初にやったテイクを使っているんだよ。なんともチャーミングな奇妙さが内在してて、残しておきたいと感じるマジックが宿っているんだよ」

――チリや南米の音楽からはどんなインスピレーションを得ましたか?


■カール・ハイド「ぶっちゃけ、そこまであんまり考えていなかったと思う。というのも、僕が使ったのはおもに北アフリカ系の音階だったし、北アフリカのリズムとテクノ・ビートの混ざり合ったものだから。ツアーで世界を旅して回れることの素敵な面は、訪れた土地で受けたその地のカルチャーの第一印象を少々吸収できる、というところだね。カルチャーを深く理解したということじゃないんだけど、とあるカルチャーから受ける第一印象、その表層に浮かんでいるもの、その文化が表に見せている顔を吸収してみる行為が、僕は好きなんだよ。子供が生まれて初めて立って、最初の一歩を踏み出す時みたいなものだし、だからこそとても重要なんだ」

――第一印象や誤解が逆に良い結果に繋がることもありますね。


■カール・ハイド「そうだね。だから、よく理解してしまうと、盲点が生まれることもあるんだよ。たとえば、僕はかれこれ25年にもわたってロンドンのストリートを歩き回りながら詩や歌詞の言葉を書いてきたけど、ロンドン、とくに中心街に関して、もう自分には見えないなと感じる。ロンドンは雪みたいなものになってしまったんだ。だから、僕は書くためにロンドンの外に行かなくちゃならなくなった(※ソロ作『エッジランド』はロンドンの郊外をテーマにした)」

――ラップトップとベッドルームで音楽を作ることが一般化した状況で、スタジオに入ってハードウェアを使って音楽を制作することの意味や価値は、あなたにとって変わりましたか?

■カール・ハイド「まあ、僕たちのスタジオだって基本的にはベッドルーム・スタジオだからね。だから、これまでに作ってきたベストな作品のほとんどはベッドルーム・スタジオから生まれたわけ。
そして、ラップトップのおかげで僕たちは世界中どこにいたってレコーディングできる。ただ、僕たちはさまざまなプラグインなどに飽き飽きしてしまった。そういうプログラムを使い、すべてをラップトップの中でこなすスタイルにうんざりしてきたんだ。

作られたものはどれも似たり寄ったりに聞こえるし、モダンな音楽がどれもみんな同じ釉薬と光沢をまとい始めた。だけど、僕たちが興味を持っているのはつやつやで滑らかな表面ではなくて、奇妙さだったわけで、世界各地にちらばる民族音楽は、その土地固有の楽器を使って演奏され、楽器そのものもユニークな響きを持ってて、録音されたスタイルやシチュエーションもそのエリアならではのものであって、どれもみんな非常に差異に富んでいるんだ」

――現在のエレクトロニック・ミュージックでその差異を出すのは難しいことですね。


■カール・ハイド「エレクトロニック・ミュージックはかなり長い間、大きな“箱”の中でレコーディングされてきたものなわけだよね? もちろん、その中には“箱”を個性的に活用したものとか、独自の修正を加えて変化をつけたってものも多いんだけど、音楽作りの何もかもがラップトップ一台の中で行なわれるようになってしまうと、どうしたって同じ機材を使う連中と同じムードのことをやろうって方向に引っ張られてしまう。だけど、僕たちはそういう考えのいっさいから自由になりたかった。もちろん、そういうレコーディングをやろうと思ったら、僕たちはさらに余計な数の“箱”を引きずって世界を回ることになるわけだけど(笑)、“それでもいいじゃない?”と。こういうやり方のほうが遥かに楽しいからね」


知られざるサウンドが進化して何百万人の耳に




――ソロ活動を始めた理由、そしてそこから得たものは何ですか?


■カール・ハイド「しばらくの間、お互いから距離を置く必要があったんだよ。これだけ長い歳月をともにしてきた仲だと、何かとフラストレーションをためやすくもなる。それらを克服するために、そして何か新しい試みにトライするために、とにかく今までとは異なる新しい経験を得る必要があった。ほかの人たちとやってみる、彼らから何かを学ぶことで自由を感じるっていう。かつ、それらの活動を通じて、自分の相棒がそばにいないとどんな感じなのかを知ることにもなるわけで。そうした経験の数々を重ねていき、しばらく時間が経ったところで、リックがいなくて本当に寂しいな、自分がそう感じていることに気づいたんだよ」

――イーノ・ハイドの作品を制作したことでは、どんなことを得ましたか?


■カール・ハイド「自分がやりたいと思ってきたことをやることができた、そこが自分にとっては大きかった。それは、ブライアン(・イーノ)とも、あるいはリオ・エイブラムスとの共同作業でも、あるいは僕がソロ作向けに組んだバンドでもいいんだけど、あれらの活動はすべて僕にとっては自己発見の経験だった。アンダーワールドとは別の、単体としてのみずからを発見することがポイントだった。それらの経験を通じて、僕は再び自分に自信を取り戻せた。面白いことに、僕はブライアンの唱えてきた哲学とともに大きくなった、そんな人間なんだ。ブライアンの音楽はロキシー・ミュージックのファースト・シングル以来、ずっと聴いてきたからね。彼の音楽や芸術に関する哲学はすべて読んできたし、彼の語る哲学、そして彼のさまざまなスタジオ・ワークを吸収しながら僕は育ってきた。だからイーノ・ハイドというのは、なんというか、ごく普通の日みたいなものだった(笑)」

――イーノ・ハイドの作品には、故コニー・プランクの影を聴いたようにも思います。


■カール・ハイド「(嬉しそうに)ああ。コニーって人はつねにどこかに存在しているんだ。クラフトワークからユーリズミックス、そしてウルトラヴォックス、ノイ!、そしてCANといった具合に、彼の仕事はあちこちに残っている。だから、彼のやったことはすべて僕たちが今やっていることのルーツの一部を形成している。コニーというのは、あらゆるエレクトロニック・ミュージックの中に存在する化学物質のひとつで、その世界におけるグランド・マスターのひとりであって。だから、彼と一緒に仕事できて、僕たちは本当にラッキーだったと思っているよ」

――EDMの音楽とそのDJは、エレクトロニック・ミュージックの発展に寄与したと思いますか?


■カール・ハイド「もちろん! 間違いなく貢献したと思うね。っていうのも、イギリスでは何年か前にSuperclubs(※Ministry of Sound、Fabric、Creamなどのいわゆる大箱クラブ)が盛り上がったり、大人気のメガDJなんてのも存在したわけだけど、それらもいまや地味になってしまった。ただ、それは形を変えてEDMブームに続いているわけだよ。それってかつての60年代後期~70年代初頭にかけてのドイツにノイ!やCAN、ファウストやアモン・デュールといった面々が出てきたのと同じようなもので、みんなこの同じひとつの大きな河の一部を成しているんだよ。その河は今も滔々と流れているんだ。でも、EDMにしたって、今に廃れるよ。僕たちがみんないつかは消えてしまうように。それはつねに続いてきた話であって、それ自体がこの大きな物語の一部なんだよ。ただ、僕にとってエキサイティングなのは、はやり廃りがあっても、エレクトロニック・ミュージックは進化し続けていることなんだ。たとえば60年代、エレクトロニック・ミュージックの歴史における初期のさまざまな実験が、TVコマーシャルや映画の効果音などのメディアに活路を見出していった時期、あれはじつにニッチで風変わりで専門家めいたサウンド作りのジャンルを形成して、エレクトロニクスで音楽を作る行為自体がアートだったわけだよ。ところが、そんな小さなジャンルが今や巨大なポピュラー・カルチャーにまで発展したわけだ」

――エレクトロニック・ミュージックはアンダーワールドがそうしたようにカルチャーとして継承されていますね。


■カール・ハイド「いまやそれは巨大な存在になった。知られざるサウンドが、世界中の何百万もの人間にエンジョイされるようになったわけ。それはワンダフルな話なんだよ。そうは言ったって、エレクトロニック・ミュージックはまた進化・変化するだろうけどね。アンダーグラウンドの音楽シーンが存在するからさ。アンダーグラウンドはつねにポピュラー / メインストリームなものに対する反動として動いてきたし、新しい何かが生まれている。そこが、僕は好きだね。だから、“次に何が出てくるんだろう?”といまだにエキサイトしているよ」

取材・文 原 雅明 photo Perou CDジャーナル 2016年4月号掲載

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Underworld 発売日
2016年03月16日
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収録曲
[Disc1]
<収録内容>
01. I Exhale
02. If Rah
03. Low Burn
04. Santiago Cuatro
05. Motorhome
06. Ova Nova
07. Nylon Strung
08. Twenty Three Blue ※
※ 日本盤CDボーナス・トラック

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