TOP >「Map of Smap」TOP > vol.107

SMAPコラム「Map of SMAP」

楽天ブックスが、SMAPやSMAPメンバーの旬な情報を、コラム形式でお届け!
Infomation
 世界に一つだけの花
MUSIC
Clip! Smap! コンプリートシングルス【Blu-ray】
ミュージックビデオを大幅に追加収録。
Infomation
 世界に一つだけの花
MUSIC
Clip! Smap! コンプリートシングルス
収録曲:シングル55作品の両A面曲を含む全63曲の映像を収録予定
Infomation
 世界に一つだけの花
MUSIC
世界に一つだけの花
TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2015.7.28更新

中居正広は楽屋オチさせない──『FNS27時間テレビ』を観て。


「わかったつもり」でいいの?
 『FNS27時間テレビ』サブタイトルが長いので省略しますが、そのなかの「さんま・中居の今夜は眠れない」と「お台場のカイダン 本当にあったフジ縛霊の怖い話」をつづけて観ました。正確に言うと、後者をリアルタイムで観て、前者を録画で観ました。
 「フジ縛霊」はフジテレビへの恨みつらみを芸人のみなさんが暴露するというコーナーで、今年の裏テーマでもあると思われるテレビ局「自虐」ネタにもっとも根ざしたものだったように思います。
 面白くなければテレビじゃない、というキャッチフレーズはあまりにも有名ですが、フジテレビという局は、面白さのためには、スタッフさえも生贄として差し出す、ということを平気でやってきた歴史があるんですね。たとえば、わたしが知る限り、とんねるず、とりわけ石橋貴明さんは、その豪快なキャラも相まって「スタッフいじり」という伝統芸を継続してきたひとだと思いますし、その芸は、スタッフを積極的にネタとして提供してきた(と思える)フジテレビという土壌に、実に見事にフィットしてきました。フジテレビを代表するバラエティ、と断言して問題ないと思いますが、たとえば『ひょうきん族』とか『いいとも!』とかも、番組自体に「スタッフいじり」の要素があって、視聴者的にはほとんど関係のない、プロデューサーやらADやらといったテレビマンの固有名詞がひとり歩きする様を、わたしたちに目の当たりにさせる、ということを、他局よりも先陣をきって、執り行ってきました。
 「フジ縛霊」でも「今夜は眠れない」でも、カメラは何度もスタッフを映していました。
 そういう状況下においては、たとえば今回のように、ある芸人さんの「フジテレビは芸人やADは死んでもいいと思ってる」という発言も、決して過激には映らず、まあ、何と言いますか、フジテレビらしいね、って感じで、中和してしまうんですね。しかるべき歴史があり、また、伝統芸として継続してきたからだと思います。
 そして、この企画とはほとんど関係ないと思われる、ある諍いが、なぜか芸人同士の相撲で決着する(現実的にはなにも決着はしていませんが)という展開も、フジテレビの生放送らしいドタバタだね、ということで収束する(テレビ的には収束しています)わけです。
 中居正広さんはナインティナインのおふたりのあいだに立って、司会をしていましたが、この、楽屋オチ以外のなにものでもないネタのオンパレードのなかでも、それらをただの楽屋オチではない、オフィシャルななにかとして、贈り届けようとしていたと思いますし、案外、これが、中居さんのMC術の根本にあるかもしれない、と感じました。
 フジテレビという局には「芸風」があって、非常にざっくりとした言い方になりますが、「業界のノリ」ってこういうものだよ、と想像させる勢いみたいなものがあると思うんです。「スタッフいじり」という楽屋オチは、だからこそ機能していますし、わたしたちはテレビ業界のことも、芸人業界のことも、ほんとうのところはまったくなにもわかってはいないにもかかわらず「わかったつもり」になれる、という魔法のような効能が、この局の「芸風」にはあります。
 そうしたなかで、中居さんの司会が感じさせるのは、「いや、でも、ほんとはわかんないよね」という、ある種の冷静さのようなものだと思います。


「境界線」を復活させる
 「フジ縛霊」の中心になっていたのは、先ほど申し上げた通り、芸人同士の諍いのようなことでした。このネタは当然のように「芸人のノリ」で繰り広げられていきましたし、まわりで囃し立て、盛り上げるのも芸人のひとたちでした。言うまでもなく、ナインティナインも芸人さんです。ですので、徹頭徹尾、楽屋オチで終始していてもおかしくなかったと思うんですが、中居さんは「自分は芸人ではない」という立ち位置をかなり有効に活用しながら、しかも、さり気なく、楽屋オチが楽屋オチにならないような「翻訳」を要所要所でおこなっていたように思うんですね。あまりに、さり気ないので、なかなか具体例を示すことはできないんですが、中居さんが大切にしているのは「ノリ」ではなく、むしろ「ペースを落とさずに立ち止まること」なのだと思いました。
 流れを止めるわけじゃなくて、「わかったつもり」なだけで、ほんとうは「何もわかっていない」事柄を咀嚼するような時間を派生させることに、中居さんの司会はこころをくだいているように思いました。
 で、明石家さんまさんとマントゥーマンのときもそうなんですね。さんまさんは国民的な芸人さんですから、彼のノリを「翻訳」する必要はもちろんないわけですが、そういうことではなく、さんまさんの思考のスピードを「お茶の間仕様」にする働きを、中居さんは担っていたように思います。
 恒例「ラブメイト10」で、さんまさんが15歳の女の子のことが好きになってしまっていたことが発覚したときの、微細なやりとりには、特にそうした方向性が顕著にあらわれていたと思います。
 中居さんは、「つまり、こういうことですね」と、それまでの話の流れを「つなぐ」ようなことをよくしますが、あれは「まとめ」ではなく、ブレス、つまり、視聴者にとっての「息つぎ」なのだなあということを、あらためて感じました。
 あと、中居さんは、芸人さんたちのもまれないし、さんまさんにもまれませんね。
 フジテレビも、他のテレビ局も、ある種の「境界線」を壊すようなことを、バラエティでやってきたと思いますが、中居さんはむしろ、その「境界線」を大事にして、復活させようとしているようにも感じられます。そういう意味では、大変に古典的な司会者なのかもしれません。
 ちなみに、楽屋オチ、ということでは、さんまさんが、さんまさんと木村拓哉さんの関係と、中居さんと木村さんの関係について、言及するくだりがあり、そこは大変に興味深いネタではありましたが、それはまた別の機会に。



相田冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
前週のコラムを読む
翌週のコラムを読む
映画『HERO』
HERO

伝説は、再び銀幕に降臨する――
7月18日全国東宝系ロードショー

「Map of Smap」バックナンバー

2017.1.5更新
2016.12.21更新
「Map of SMAP」TOPにもどる