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SMAPコラム「Map of SMAP」

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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス【Blu-ray】
ミュージックビデオを大幅に追加収録。
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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス
収録曲:シングル55作品の両A面曲を含む全63曲の映像を収録予定
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 世界に一つだけの花
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世界に一つだけの花
TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2015.9.15更新

赤と黒の I LOVE YOU──「愛が止まるまでは」試論。


 初回限定盤Bのジャケットを開くと、折り重なった英文字がある。個人差はあると思うが、わたしの場合は、まず、「LOVE」を認識し、次に、その上に大きく被さった「YOU」を知覚し、最後に、ど真ん中にぶっとく鎮座している「I」に気づいた。文字そのもの大きさやインパクトの順列から言えば、「I」「YOU」「LOVE」のはずなのに、真逆だった。このデザインに、まず、この曲の卓越した批評性がある。
 わたしたちは「I LOVE YOU」と軽々しく口にするが、それが実際のところは自分勝手なつぶやきでしかないことを忘れて(あるいは、忘れたふりをして)、このことばのロマンティックな響きのみに酔っている。「I LOVE YOU」という文字の連なりに明らかなように、主語はあくまでも「I」である。「I」あっての「LOVE」であり、「I」あっての「YOU」なのだ。極論すれば、「LOVE」も「YOU」も、「I」がつくりだしているいるにすぎない。「LOVE」も「YOU」も、自己本位の産物なのだ。つまり、すべて、エゴイズム。
 なのに、たとえば、わたしは、自分が生きている世界には、まず「LOVE」が存在していると思いたいのだろう。だから、「LOVE」を最初に認識した。次に「YOU」を知覚したのは、「LOVE」が「YOU」に出逢ったと妄想する願望のあらわれなのだろう。最後に「I」に気づくのは、あくまでも受け身であろうとする自己防衛本能だろう。主語である「I」に気づかない(あるいは、気づかないふりをしている)のは無責任きわまりない。
 なにやら心理テストのようだが、このジャケットを開いたとき、これらの文字の連なりをどのように認識するかはひとそれぞれだと思うし、SMAPの「愛が止まるまでは」は、あなたが「I」から認識するひとであっても、「YOU」から知覚するひとであっても、対応する、対応できる、深遠な楽曲である。この曲は、あなたの「I LOVE YOU」を試し、浮かび上がらせる、リトマス試験紙なのだから。


 「Otherside」が飛翔だとしたら、「愛が止まるまでは」は深化である。それにしても、ここまで焦燥感に満ちたSMAP楽曲は初めてではないか。アルバム『Mr.S』に収録されたヴァージョンの「Mistake!」を凌ぐ焦燥感に打ちのめされる。
 古今東西、多くの者が「I LOVE YOU」と歌ってきた。これからも歌っていくだろう。しかし、わたしはこの曲に鳴り響く「I LOVE YOU」ほど自己批評性に満ちた「I LOVE YOU」を聴いたことがない。
 この曲には問いかけがあって、その問いは、「YOU」に向けられているわけでも、「LOVE」に向けられているわけでもない。「あなた」を疑っているわけでもばければ、「愛」を疑っているわけでもない。「わたし」を疑っている。「わたし」はこれでいいのか、このままでいいのか、これからもこうしていくのか、そのように問いかけている。この真摯な問いが、「I LOVE YOU」という、ある種の決まり文句に託されている。「気どり」や「かっこつけ」と自嘲してはいるが、これは切実な心情吐露であって、このようにしか「I LOVE YOU」を発することができない「人格」を、SMAPの歌唱は醸成している。
 とりわけ痛烈に胸に突き刺さるのは、中居正広によって投げかけられる「自分のために生きて/結果誰かのためになった/それだけのことなんだ/悪くはないだろう」という、自己認識である。これはポジティヴにも受け取ることができるし、ネガティヴにも受け取ることができる。それは素晴らしいことだと解釈することもできるし、人生は所詮その程度のものにすぎないと解釈することもできる。さまざまな悟りや諦念が、日常レベルですれ違い、こすれ合い、もつれ合い、結果、放り投げられているようにも感じられる。中居の、素っ気ないほど、潔い(「気どり」や「かっこつけ」からは限りなく遠い)歌唱によって、それは終わらないエコーとなって、わたしたちの神経に、深層に、降り注ぐ。


 MVが、この楽曲に内在する批評性を、さらに高めている。ジャケットには、鍵盤が大きくあしらわれているが、MVは白と黒を基調とはしていない。MVの冒頭にも白鍵と黒鍵は登場するが、それらは赤と黒を引き立たせるために用いられている。このMVは全編、赤と黒の世界として繰り広げられていいく。赤と黒がなにを示しているかも、観るひとに委ねられている。
 いわゆるハートマークというものは赤で示されることが多いし、全身に血を送り出す働きを持つ心臓もまた(血液と同じ色の)赤で示されることがほとんどだ。だから、わたしたちは「LOVE」を赤だと思いたいし、思おうとしているが、はたして、それはほんとうにそうなのだろうか。そこには、黒は混じっていないか。「I」に黒は混じっていないか。「I」と「LOVE」を「YOU」に投影しようとする感情や行為に、黒はないか。そのような疑問もまた、このMVのカラーリングからは感じられる。
 とりわけ重要なのは、カメラワークであろう。まずはじめに「円形」が示される。歌うメンバーの周りを回転しながら追いかけていく。そして次に、横移動するメンバーを捉える。これは「線」であると考えられる。そして、クライマックスではルームランナーの上で走っているメンバーの姿が映し出される。これは「点」であろう。前に向かって走っているはすなのに、「道」は逆回転しており、つまり、前進と後退が同時におこなわれることによって、現在進行形の、懸命な「点」が宙に浮かぶことになる。この、「I LOVE YOU」の形象化は、理屈をこえた感慨を呼ぶ。「円」→「線」→「点」という経路が、「愛が止まるまでは」というタイトルそのもののトレースにもなっている。さらには「三角」のモチーフが画面を占拠し、最終盤には「四角」の紙吹雪までが舞い踊る。こうした「図形」の乱舞が、行きつ戻りつする、いや、行きつ戻りつせざるをえない「I LOVE YOU」を顕在化する。


 SMAPとは複数形ではない。SMAPとは単数形なのだ。「I LOVE YOU」はその宣言なのではないだろうか。「WE」ではなく「I」。それがSMAPなのだ。
 では、ここで歌われる「YOU」は単数形だろうか。複数形だろうか。それをどう捉えるかも、わたしたちひとりひとりにかかっている。「SMAP LOVE ME」なのか「SMAP LOVE US」なのか。
 なにはともあれ、これはSMAP史上最良の楽曲かもしれないと、ごく控え目に思う。
 「愛を止める」のも、「止めない」のも、「わたし」次第。そう、「I が止まるまでは」。



相田冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
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