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SMAPコラム「Map of SMAP」

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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス【Blu-ray】
ミュージックビデオを大幅に追加収録。
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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス
収録曲:シングル55作品の両A面曲を含む全63曲の映像を収録予定
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 世界に一つだけの花
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世界に一つだけの花
TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2016.1.15更新

居抜きの性善説──連続ドラマ『スペシャリスト』をめぐって。


真実はひとつだけ

 スペシャルドラマ未見のまま、この連続ドラマをご覧になる方もいらっしゃるかもしれません。どんな作品、どんなシリーズでもそうですが、だれが、いつ、どこから観るかは自由です。途中から観たほうが、想像力がふくらんだりもしますし、その分脳は活性化したりもします。なによりも、そのひと自身のオリジナルなものになる可能性があります。製作された順番通りに観ることはとりあえず正統派と呼ぶことができるかもしれませんが、まあ、そんなふうに呼ぶこと自体、正しい/間違ってる、という二元論に支配されているわけで、まあ、つまらないと言えばつまらないですね。正しいか、正しくないか、なんてどうでもいいことですし、少なくとも芸術に接する際、そうした、卑小な二元論に、自らの感性を照らし合わせて生きることは、イマジネーションの縮小化、疲弊化につながります。表現や表現者を前にしたとき、わたしたちはもっと自由であっていいと思います。こうするべきだ、とか、こうしてはいけない、なんて抑圧を、頭のなかでこしらえるべきではありません。
 わたしの場合は、スペシャルドラマの『3』から観てるんですよ。そのあと『1』『2』と観て、そのあと『4』に接しています。なので、これからお話することは、そんな感じでたまたま観た人間の戯言であって、それ以上、それ以下でもありません。
 スペシャルドラマと連続ドラマという比較も、まあ、なんというか、どうでもいいことだとは思いますが、観ちゃってるんでね、言っちゃいますけど、スペシャルドラマのときに物語のなかで起こっていた犯罪というのは非常に現代的というか、ネット以後の時代に起きている事件の趣が強かったんですね。もう死語ですが、かつて「劇場型犯罪」ということばがありましたが、ネット以後を生きるわたしたちは、もはや無意識に自分の「分身」をSNSなどで捏造しているわけで、それはもはや非日常ですらない、ただの日常なわけです。そういう時代においては「劇場」の意味も違っていて、「劇場感覚」で犯罪をパフォーマンスするひとびとの感覚もかつてのようではない、ということをはっきり感じさせる事件であり、犯罪でした。構想と実践というか、犯罪者の脳を考え、感じることで、その同時代にいる、わたしたちの脳のありようも感じることができるというんですかね。もちろん、主人公の冤罪をめぐる事件が大きく深く関係していた、ということも特徴でした。
 連続ドラマのほうは、第1回を観るかぎり、そうした現代性よりも、ミステリーとしての王道、推理するということの普遍性に向かっているように感じました。事件に巻き込まれた主人公は再び冤罪で捕らえられ、またもや空白の時間を生きることになりますが、かなりスピードアップした内容で、そうした成り行きはスキップしている。それよりも、古典的と言ってもいいような事件の(あまり犯罪の匂いはありません)顛末を、真っ当に語りきることが大事にされているような気がします。
 これは、スペシャルドラマと連続ドラマの、フォーマットの違いでもあるでしょう。ただ、これは第1回特有のカモフラージュである可能性もあるとは思います。
 つまり、先ほど申しましたように、連続ドラマから視聴開始するひとはたくさんいるわけで、そういうひとたち固有の体験も、ここでは非常に大切にされていると思うんですね。
 端的に言えば、吹越満さん演じるキャラクターが、スペシャルドラマのときとはかなり違います。別人、とまでは言いませんが、スペシャルドラマの終盤で突然あらわれ、連続ドラマへの橋渡しをしていたかに思えた、この不可解な人物には、第1回を観るかぎり、かつて漂わせていた不穏な雰囲気が一切ありませんし、謎めいているのは地道に連打されるギャグばかり、という事態に、個人的にはちいさな戦慄をおぼえました。これは、たぶん、カモフラージュなんでしょうね。後半で豹変、スペシャルドラマでの不穏なキャラクターがさらに強化されていく過程でも、ああしたギャグが連打されていくとしたら、これはかなり怖いですし、そういう意味ではカモフラージュではなく、伏線と考えたほうがいいかもしれません。ギャグを連打するキーパーソンって、非常に刺激的だと思うのですが、どうでしょうか。
 さて、こうした変化のなか、草剛さんは主人公をどのように演じていたでしょうか。
 これは、演出にもかかわることなのですが、もう主人公を、芝居で紹介するようなくだりがないんですね。説明がない。草さんの演技も、主人公がただ平然とそこに居るということだけを示していて、非常に簡素です。連続ドラマで初めてこの主人公に出逢った視聴者がどのように感じるか、そこは非常に興味深いのですが、説明がない分、主人公のパーソナリティはより顕在化していると思いますし、以前よりも、孤立感が増している印象を受けます。本質的、というのかな。スペシャルドラマのとき、わかるようで、実はわからなかった、主人公の本性が、いよいよたちあらわれてくるのかもしれないという戦きが、草さんの、あえて大雑把な言い方をすれば、片手でハンドルまわしているようなドライビングテクニックによって、さらに後押しされています。演じ手、というよりも、作品の作り手としての表現という気がします。
 なかでも、主人公が「自分は性善説ですから」的なことを言うシークエンスでの、さり気なくも、核心を衝いた、芝居の舵取りはたまらなかったですね。ぽんと花を生けるみたいに、演技をそこに置く。シンプルで鮮やかです。しかし、押しつけがましさはまったくない。それでいて、じゃあ「性善説」って、そもそもいったいなんだろう? と考えさせてくれる深遠さがある。
 また、スペシャルドラマのレギュラーメンバーたちが、ほぼ「居抜き」(と劇中で語られます)のかたちで、新メンバーたちの時空に引っ越してくる構造も、「性善説」というものを多角的に捉える契機になっていると思います。
 ミステリーというものはよく数学にたとえられますが、真実はひとつだけです。わたしたちは、ときに、右往左往しますし、だからこそ、自分は間違っているのか/正しいのか、そういうことを気にしてしまうわけですが、いずれにせよ、真実はひとつだけです。できるだけ自由に、ひとつだけの真実を追い求めようではありませんか。



相田★冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。


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