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TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2014.1.14更新

今夜スタート!『福家警部補の挨拶』の稲垣吾郎が予感させるもの


「この事件は終わるんです」
  今日から『福家警部補の挨拶』が始まります。稲垣吾郎さんは石松警部という役です。どんなキャラクターなのでしょうか。
 公式サイトもありますし、楽天ブックスやTV誌などでドラマの詳しい情報を得ることは可能でしょう。そこで、稲垣さんが演じる石松警部の「設定」を確認することはできるかもしれません。ただ、それらはただのデータ、ただの資料です。そこに、ひとがひとを演じることの本質はありません。個人的には、できれば「参照」すらしたくないと考えています。なぜなら、余計な「先入観」が生まれてしまうからです。
 あえて引き合いに出しますが、石松警部はノンキャリアの叩き上げで、壇れいさん扮する福家警部補の捜査に振り回される、その結果、プライドをズタズタにされる、けれどもそんな彼女を利用する狡猾さも持ち合わせている……というようなことが書かれています。ここに書かれていることを間に受けて、そのような「設定」を稲垣さんがどのように演じているか? などと想像することは、できるだけ慎まなければなりません。それらはあくまでも「設定」にすぎないのです。稲垣さんの芝居を基に導き出されたものではありません。言ってみれば、「設計図」みたいなもの。いえ、「レシピ」の原材料名だけが、その数量さえ記されることなく列挙されているのにすぎないわけです。もちろん、作り方なんて書かれてありません。
 わたしたちがすべきことは「原材料名を基に勝手に料理すること」ではありません。「料理」は、演じ手がするもの。プロの料理人が作り上げた「料理」を前にして、客が「勝手に料理したもの」に照らし合わせるなんて、とても失礼な行為です。わたしたちがすべきことは「味わうこと」。そして、「味わう」ためには、できるだけ「先入観」から遠ざかり、事故のように「出逢う」ことが必要です。
 わたしは自分の目で見たものしか信用しません。他のだれかが言ったことを鵜呑みにしません。なぜなら、演技とは、うつくしいものだからです。「不純物」など一切混ぜないで「出逢いたい」んですね。
 いまのところ、わたしが唯一信じているのは、サイトにある予告編ムービーだけ。ここでの稲垣さんの「この事件は終わるんです」という発声だけを信じています。

相手を輝かせることで、自身が輝く
 この予告編のなかで、稲垣さんの登場はほんの一瞬だけ、わずか数秒にすぎません。しかし、「この事件は終わるんです」という発語が、さまざまなことを想像させてくれます。芝居というのは、こういうことなのです。稲垣さんがここで発していることばのありようは、すでに伝播されている石松警部の「設定」を参照することの無意味さをあざやかに照らし出しています。人間は、たとえフィクションのなかにせよ、「設定」とかいうものに忠実に生きているわけではない。稲垣さんがここで体現している「なにか」は、ノンキャリアや叩き上げといった紋切型に決して回収されないものです。もっと言ってしまえば、稲垣さんが演じている人物は、いわゆる「役割」で生きていないように思えます。つまり、それだけ豊かな「なにか」を包容している。わたしはそこに、稲垣吾郎という俳優の揺ぎないアプローチを見ます。
 もちろん、石松警部にはドラマのなかでの「役割」というものがあります。おそらく、福家警部補とのやりとりというものが重要になってくるでしょう。石松警部はなんらかのかたちで、福家警部補の特異性を際立たせる必要があるでしょうし、そうしたポジションを与えられているはずです。与えられた「役割」はまっとうしなければいけません。それがプロです。しかしながら「役割」に埋没してしまってはいけない。
 ひとり芝居というのは、明らかにイレギュラーな例外であって、基本的に演技とは、だれかを相手にするものです。簡単に言えば、それは「相手を慮ること」。今回の作品では「相手を輝かせること」も求められるでしょう。しかしながら、演じ手であれば、「相手を輝かせること」で「自分自身も輝くこと」ができなければいけません。演技とは「奉仕」ではなく「献身」なのです。

稲垣吾郎は、世界の測量技師である
 稲垣さんは、相手、とりわけ女優さんとの距離のとり方が絶妙です。稲垣さんは、どのような距離感で接すれば、相手が輝くか、それを熟知している。けれども、それは相手に対する「奉仕」じゃないんですね。作品そのものへの「献身」なわけです。
 相手と自分の距離をはかるということは、世界観を「測量すること」に他なりません。相手がどこにいて、自分がどこにいるかを考えることは、人物と人物の関係性をかたちにすることですが、そのことを大掴みで表現するならば、作品の「スケールを決める」と言い換えられるでしょう。「スケール」というのは、「物差し」のことです。
 稲垣さんの演技には確固たる、そしてきわめて柔軟な「物差し」がある。その「物差し」があるから、相手を輝かせつつ、自分自身も輝くことができる。そのように感じます。
 数秒の出演場面からもそのことが伝わってきますが、ここでわたしたちにとって大切なのは「この事件は終わるんです」という不思議なことばの響かせ方です。
 稲垣さんは、呪縛でもあり、また魔法でもあるような発声をここで見せています。あれはいったい、なんなのでしょうか。どういうことなのでしょうか。あの瞬間だけを見ていると、福家警部補に石松警部が振り回されるのではなく、むしろ石松警部が福家警部補を振り回しているのではないかという妄想がふくらんできます。つまり、石松警部は「反転」を生きているのではないか。ここでの「反転」とは、「振り回される」と「振り回す」がリバーシブルになるということです。考えてみれば、一対一の関係性は常に揺れ動いているものです。漫才コンビなどでも、ときにボケとツッコミが、気がついたら互いの立場が入れ替っていた、なんていうときのほうが面白かったりしますよね。
 そうした自由を、稲垣さんは「物差し」から生み出しているし、それが豊かな「なにか」をあたりにまき散らしていると思います。
 それにしても……「この事件は終わるんです」という、過去未来形といってもいいような、予言者めいたことばの真意はいったいどこにあるのでしょう。楽しみですね。



文:相田★冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
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福家警部補の挨拶
福家警部補の挨拶

稲垣吾郎が、檀れい演じる福家警部補と共に事件捜査をする堅物の石松警部に。フジテレビ系 毎週水曜21時放送。

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