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SMAPコラム「Map of SMAP」

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収録曲:シングル55作品の両A面曲を含む全63曲の映像を収録予定
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 世界に一つだけの花
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世界に一つだけの花
TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2013.8.13更新

映画『あなたへ』が知らせる、草剛をめぐるニ、三の事柄

草剛は、何度でも語りかける
 映画というものは再生芸術であって、そもそも繰り返しの鑑賞に耐えられる作品としてつくられている。一回みて終わり、とは限らない。もう一度みることで発見がある。そのようにつくられている。
 そのような場で、俳優は、もう一度みたときに耐えうる演技を形成できているか否かが、常に問われる。草剛は、間違いなく、もう一度みるべき演技をここで披露している。これは、彼の演技表現を読み解く上で、格好のテキストと呼んでいい作品である。
 『あなたへ』が、地上波で初めて放映される。あの映画なら映画館でみたよ、あるいはDVDも持ってるよ、というひともいるだろう。テレビは、コマーシャルも入るし、落ち着いてみられない、だったらレンタルしたほうがいい、と考えるひとも多いだろう。ただ、テレビで映画をみるという体験には、トータルでノンストップで味わうのとは、一味も二味も違うお楽しみがある。もちろんまだ放映前だ。どこでどのようにCFが入ってくるか、地上波放映の『あなたへ』の編集がどんなヴァージョンなのかわたしは知らない。けれども、思うのだ。この作品は、むしろ途中で中断されることによって、観客の思索が深まる可能性がある、ある意味そのような構造の映画になっているのではないかと。
 確かにCFの挿入は映画を分断するだろう。しかしながら、分断されたものを、わたしたちのまなざしとこころが統合するとき、それまでみえなかったことが、みえてくることだってある。そして、草剛のここでの演技は、中断の時間が与えられることによって、より多くのことを語りかけてくるかもしれない。

草剛は、奇跡にかたちを与える
 亡き妻との約束を果たすため、高倉健が旅に出る。それは約束の旅であると同時に、不在との旅でもある。彼は妻と旅をしようとするが、それは叶わないことだ。だから彼は道中、多くのひとと出逢う。彼には欠けているものがあるからこそ、ひとびとと出逢うことができる。満たされている者は、だれとも、なにものとも、出逢うことはない。小沢健二のうたを参照するまでもなく、ぼくらには旅に出る理由がある。
 ビートたけしにつづいて、草剛が、高倉健と出逢うひとりとして、画面にすがたをあらわす。スクリーンを舞台として捉えるなら、彼は上手(かみて)から登場する。雨が降っている。草剛が、窓をとんとんとやる。高倉健が、ドアウィンドウを下げる。草剛が語りかける。「外」にいる者が、「中」にいる者に、話しかける。両者は初対面だ。「外」は雨が降っている。当たり前だが「中」は降っていない。濡れている者と、濡れていない者。ふたりの邂逅が、一瞬の鮮やかさの下にキャッチされる。
 このとき草剛がクリエイトしている芝居の呼吸は、だれかとだれかが出逢う瞬間の奇跡にかたちを与えたものであり、その純化したかたちは、リアルとファンタジーの境界線へとみる者を呼び込む。雨が降っているせいかもしれない。しかし、「他者」との出逢いはいつだって、このようなものだ。自分の「外」にいる者が、自分の「中」にふれてくる。戸惑いならも、それを受け入れる。それがなぜかはわかない。それがなぜかは、そのときは、まだわからない。
 草剛の声が、深層を撫でる。彼は、そのような声の持ち主である。近くにいても、遠くから届いているような、そんな声。「客商売ですから、ひとをみる目はあるつもりです」。その声が響き、そのとき、その場にいるだれもが、肯定される。ひととして。あなたも、わたしも、全員が肯定されるのだ。

草剛は、わたしたちに伝達する
 デパートの催事場での高倉健との語らいは、草剛が、いかに緻密にキャラクターを造形しているかの証明である。基本的にここでの会話の主導権を握っている草剛は、いかめしをめぐる作業を滞りなく進めながら、ふいに沈黙する。断続的に訪れ、消えていく、泡のような沈黙。この束の間の沈黙こそに、この人物の本質があることを、草剛は、粒のような予感として、この場面に置いている。
 彼が高倉健にお金を渡そうとするくだりのニュアンスに顕著だが、ふたりの関係性は決して近づいていない。こうした正確さこそが「描写」には必要であり、草剛の演技は、映像が要求している演出をこえて、人間という生きものが抱える孤独を体現している。
 一方で、草剛はこの映画のなかで、「天使」としての役割を与えられているのかもしれない。「客商売ですから、ひとをみる目はあるつもりです」。このことばによって、ひととして肯定された高倉健は、その後、出逢うひとびとに「託される」存在となる。佐藤浩市がメモを託す。余貴美子が写真を託す。それが妻との約束と同等の価値を有していることを、高倉健は、考えるまでもなく無意識のうちに理解している。なぜなら、草剛と出逢ったからだ。出逢ってしまったからだ。
 草剛は、高倉健に、なにも託さない。草剛は、高倉健に、求める。「託される」人間であれ、と求める。
 人間と人間であり、天使と人間でもあるかもしれない、こうした関係性を、草剛はきわめて慎重に「描写」している。
 再会したあとのふたつの場面でも、草剛は高倉健との距離をキープする。打ち明け話をしているにもかかわらず。心情を吐露しているにもかかわらず。
 決して、距離をつめない。これが、草剛がこの映画で選択した方法である。近づいたり、遠ざかったりしない、距離。変わることのない一定の距離。それは相手への信頼であり、彼自身の矜持でもあるだろう。このシーンを凝視していると、それが草剛が演じている人物の信頼と矜持なのか、それとも、草剛そのひとが有している信頼と矜持なのか、わからなくなる。しかし、本物の表現とは、そうしたものだ。いつだって。
 映画が終わったとき、あなたはあらためて知るだろう。この作品の主題が「伝達」だったことを。送ること。受け取ること。そのためには、距離が必要だ。変わらない距離がなければ、ひとは、なにも送れないし、また、受け取ることもできない。
 最後の場面、高倉健は下手(しもて)から、上手(かみて)に向かって歩いていく。あのひとが、天使が、あらわれた上手に向かって歩いていく。

文:相田冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
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あなたへ
『あなたへ』

高倉健主演、草なぎ剛出演作品。8/18(日)21時より日曜洋画劇場(テレビ朝日系列)で放送。

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