SMAPコラム「Map of SMAP」

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TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2014.3.18更新

木村拓哉は鈴の音である――『宮本武蔵』第2夜を観て


演技とはなにか。
 『宮本武蔵』、とてもいい幕切れでしたね。あの「終わりのない終わり」と共に、ぼくたちの記憶に永遠に残ることでしょう。
 さて、どこからお話しましょうか。まず、第1夜でもっとも印象的だったのが、木村拓哉さんが、夏帆さんの鈴を拾って渡すところなんですね。あの場面は夏帆さんの回想のなかで繰り広げられるイメージなので、記憶の美化という可能性も充分に考えられるわけですが、あそこで木村さんは埃をはらって鈴を渡しています。あの所作を見て、ぼくは思ったんです。宮本武蔵は、あの時点で、充分に人間だったじゃないか、って。台本にどう書いてあるかは知りませんよ。知りたいとも思いません。ただ、あの所作は間違いなく木村拓哉というひとが発明した所作だと思うんです。
 ぼくたちは日常のなかで、誰かがものを落としたとき、それが知っているひとであれ、知らないひとであれ、拾って渡したりはします。しかし――これはぼくだけかもしれませんが――そのときは、拾って渡すことだけでいっぱいいっぱいになっていて、そのものに対する慈しみのようなものはほとんど持つことができないでいると思うんですよ。あ、落としましたよ、という感覚のほうが優先されている。
 しかしあの場面はそうではないんですね。夏帆さんにとって武蔵は優しいひとだった、という次元には到底おさまらないなにかがあって、それゆえに夏帆さんはその記憶を手放さない。つまり、否応無く心象にインプットされてしまったものがある、ということです。
 落ちた鈴の埃をはらうこと。その、ごく当然に思える行為には、その鈴が夏帆さんのものである、という意識が働いているわけです。つまり木村さんが選び取ったあの所作には、相手を肯定するという意志――もちろん宮本武蔵にとっては無意識の領域に属することですが――があると思うんです。そして、「ものを返す」という行為は、そもそもそうしたものであって、単に優しさですまされるものではありません。言ってみればそれは、覚悟のようなものです。木村さんは、武蔵の精神性を、そのようにあらわしていたと思います。重要なのは、彼があのとき、どのように動いていたか、ということだと思います。
 かつて木村拓哉さんに「演技とはなにか?」と問いかけたことがあります。彼はこう答えました。「ACTIONをPLAYすること」。ACTIONというのは、この作品で言えば殺陣のことばかりを指すわけじゃないんですね。あのような所作――決まり事に従う、ということではなく、そのひと自身が持っている魂の発露としての動きのことです――こそがACTIONだと、ぼくは考えています。


聴こえないものを聴く。
 真木よう子さんが笛を吹きますね。あの笛の音で、武蔵とつながることができるわけです。いい時代だったと思います。武田鉄矢さんが「聴こえないものを聴け」というようなことを言いますが、あの時代のひとたちは、そもそもが、「見えないものを見る」必要があったし、「聴こえないものを聴く」必要があったのでしょう。真木さんにとって笛を吹くということは、恋文をおくるようなことであり、そこに武蔵がいようがいまいが、武蔵の耳に届こうと届くまいと、そんなことは関係なく笛を吹いていたのであろうと推測できます。つまり、想いは「届ける」ためにあるわけではなく、ただ、どうしようもなく「あふれ出てしまう」ものだということです。添い遂げたい。けれども、添い遂げることを目的化して、彼女は笛を吹いていたわけではないでしょう。想いがある。そして、それは成就しなくてもかまわない。そのような笛の音だったように思います。
 当時は、現代のように伝聞が発達していません。つまり、宮本武蔵という剣豪の名は耳にしたことがあっても、ほとんどのひとたちは、その実在を確かめたことはないわけです。確かめる術がなかった。しかし、確かめられなかった、というのはなんと幸せなことだろうと思います。なぜなら「見えないものを見る」ことも、「聴こえないことを聴く」こともできたからです。
 そして、おそらく、武蔵を現実に知っているひとびとにとっても、事態は同じだったのではないでしょうか。彼ら彼女らが、武蔵と共にいた時間はとても短いものです。剣の道に生きる武蔵は、ひとつの場所には留まってはいません。一度別れたら、もうそれっきり、消息がつかめなかったりもするわけです。武蔵は、いまごろ、どこで、どうしているか。それを想像することが「見えないものを見る」ことであり、「聴こえないことを聴く」ことだったはずです。そして、宮本武蔵というひとには、その価値があったのだと思います。


本当の音を鳴らす。
 「じつに、むずかしい」。第2夜で、西田敏行さんと再会した宮本武蔵はそう言います。この台詞だけ、木村拓哉さんは、それまでとは違う発声をしていたように思います。あくまでも比喩になりますが、それまで漢字で話していたひとが、そこだけひらがなで話している。そんな感じがしました。
 「本音」ということばがありますね。ぼくは語源その他にはまったく興味がありませんが、字面だけで考えるならば「本当の音」と読むことができます。「本当の音」って、なんでしょうね。おそらく、それが武田鉄矢さんの言った「聴こえないもの」なのかもしれません。
 ただ、ひとはいつか「本当の音」を鳴らすのだと思います。あるいは、「本当の音」を鳴らしたいと――それこそ無意識のうちに――願っているのだと思います。
 誰のこころにも「鈴」があるのだと思います。大切なのは、その「鈴」が大きいか小さいか、何色なのか、どんなかたちをしているか、そのようなことではないでしょう。ぼくたちは、その「鈴」をどのように「ゆらす」ことができるか。つまり、そういうことなのではないでしょうか。「音色」が重要なわけでもない。「本当の音」が鳴るように「ゆらす」ことができるかどうか。おそらく、ぼくたちはそのために生きているのです。
 巌流島で、宮本武蔵は「半分の円」を描きます。ぼくはあのとき、確信しました。人間は変わらない。おそらく武蔵は、あの円を閉じることはできない。彼は、佐々木小次郎とは違う人間だからです。宮本武蔵は、鈴の埃をはらって夏帆さんに手渡したときと同じ人間だと思いました。
 胸のうちにある「鈴」は変わらない。けれども、その「ゆらし方」は変えることができるし、いつか、どこかで、――ぼくたちが意識していないときに、あるいは、ぼくたちが知らない誰かの耳の奥で――「本当の音」がこぼれ落ちるかもしれない。
 ずっと、耳をかたむけること。『宮本武蔵』の木村拓哉さんは、そのことを教えてくれたように思います。



文:相田★冬二
※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
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