SMAPコラム「Map of SMAP」

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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス【Blu-ray】
ミュージックビデオを大幅に追加収録。
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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス
収録曲:シングル55作品の両A面曲を含む全63曲の映像を収録予定
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 世界に一つだけの花
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世界に一つだけの花
TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2014.5.6更新

『SMOKIG GUN〜決定的証拠〜』、その感動的一瞬


第四話が気づかせてくれるもの
 このドラマは、一種独特のスピードを有した作品だと思います。
 第四話を観るまでは、とてもスロウなペースだと感じていました。主人公は、ある謎を抱えている。それを太い幹にして、一話完結式の科捜研事件ものが枝葉のように奏でられていく。そうした構造は特別珍しいものではありませんが、おそらく観客目線の代弁者でもあるヒロインがあまりにも「完全初心者」であるがゆえに、とてもまだるっこしいと思いました。逆に言えば、このまだるっこさは、とかく効率ばかりが重要視される昨今(それはドラマや映画だけの話ではなく、世界のありとあらゆる「事情」がそうなりつつあると思います)においては、とても貴重なのではないかとも。
 これは、わたしだけかもしれませんが、ときどき、ヒロインの言動に、つい、いらいらしてしまっていました。おいおい、どうして、そんなこと、しちゃうんだよ。何も知らないから、で済まされるのかな? 自分がビギナーであることにアグラをかきすぎてはいないかい? ちょっと、さあ、図々しすぎるよ。がんばってるつもりかもしれないけど、こっちからすれば、はしゃいでるようにしか見えないよ。そんなふうに眺めていました。
 だけど、第四話で、気づいたんです。ひとは、一生懸命やればやるほど、もたもたしてしまう。そのことを、自分は忘れていたなと。
 わたしたちは、自分自身が完璧ではないことを知っているのに、いえ、知らないふりをして、他者に完璧を求めます。そして、世界に対しても。自分が完璧でないことを棚に上げて、「自分ができること」を「できないひと」をたまたま前にしたとき、不満を抱いてしまいます。それがたぶん、「上から目線」というものの正体だと思います。
 わたしたちは、「自分にできないこと」を「できるひと」のことを尊敬しているはずです。それはなぜかと言えば、自分がすべてのことが「できる」とは思っていないから。わたしたちは、ときどき、この相手を敬う気持ちを見失いがちです。
 それは言い換えれば、「自分のできること」を「できないひと」は、「自分できないこと」が「できるひと」かもしれないことの可能性を殺していると言っていいかもしれません。
 そのことを、わたしはある場面の香取慎吾さんの芝居によって、気づかされました。

子ども=弱いもの扱いしないこと
 ひとりの少女が、突発的に「ひきこもり」になります。そして香取さん扮する主人公は、扉越しに語りかけます。このときの香取さんのことばの発し方は、ひととひととのコミュニケーションのあり方について、あらためて考えさせてくれました。
 一般的な「ひきこもり」については正直わからないのですが、このドラマでこの少女が起こした行動は一種の「ストライキ」だと思います。鈴木保奈美さん扮する保護者との対面を一時的に(けれども、それは無期限かもしれません)遮断する「ストライキ」。拒否であり、防衛なのではないでしょうか。
 自身を防衛するために、他者を拒否している少女に対して、主人公はどのように話しかけたか。
 この主人公は、少女を「子ども扱い」しないんですね。たとえば、大人特有の猫なで声がそこには一切感じられません。そして、「ひきこもり」だからといって、「弱いもの扱い」もしません。逆に言えば、主人公は、少女に対して、それまでと同じように接しながら、その上で、思いやりを携えた話し方をしているんです。
 香取さんが、いかに繊細な心配りができる演じ手であるか、そのことを痛感しました。
 少女の精神は、たしかに弱っています。けれども、だからと言って「弱いもの扱い」しては、閉じたこころは、さらに奥に引っ込んでしまうでしょう。亀が甲羅のなかに隠れるように。

あなた以外に、あなたはいない
 子どものころを思い出してみてください。わたしは、自分を「子ども扱い」する大人が嫌いでした。なぜなら、そういう大人は大抵、「相手は子どもなんだから、こういうふうに接しておけばいい」という、あらかじめ自分のなかにある既存のルールにのっとって、そうしているとしか思えなかったからです。つまり、わたしをわたし個人として、見ていない。子どものひとりとしてしか見ていない。それは、とても不遜なことではないか、とあの頃の自分は考えていました。
 わたしは、わたしであって、他のだれでもありません。
 あの場面で、香取さんが口にしたことばから感じられる「あたり」(ニュアンスやテクスチュアなど、多くの感触を包括する日本語ならではの多義的な表現だと考えています)からは、あの少女を、あの少女として受けとめる、つまり、彼女は「固有の存在である」と肯定する意志が感じられました。彼女は子どもかもしれない。彼女は弱っているかもしれない。しかし、わたしたちは、彼女に対して「子ども扱い」も「弱いもの扱い」もせずに、「あなたは、あなたであって、あなた以外に、あなたはいません」と伝えることができるのではないか。たとえ、扉越しであっても。
 そこにあったのは、優しさだけでもなければ、厳しさだけでもありませんでした。平常心からかけ離れることなく、でも、ほんのちょっぴりの真剣さとともに、投げかけられた何かがありました。
 香取さん固有のバランスがそこにはあったと思います。そして、その固有のバランスは、普遍的な何かを教えてくれました。
 だれかに、ことばをかけるとき、返答を求めるべきではないということ。
 あなたが、いま、応えたくなければ、応えなくてもいいよ。
 香取さんの声の響きからは、そのような何かが感じられました。そして、それこそが、相手を肯定することなのではないでしょうか。
 ドラマは急展開を迎えています。第五話以降、何が待ち受けているのかわかりませんが、このことは忘れずにいたいと思います。



文:相田★冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
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SMOKING GUN〜決定的証拠〜
SMOKING GUN〜決定的証拠〜

香取慎吾が民間の科捜研の敏腕調査員を演じる、サイエンスミステリー。

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