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SMAPコラム「Map of SMAP」

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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス【Blu-ray】
ミュージックビデオを大幅に追加収録。
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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス
収録曲:シングル55作品の両A面曲を含む全63曲の映像を収録予定
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 世界に一つだけの花
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世界に一つだけの花
TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2014.6.10更新

香取慎吾は鉱脈を探り当てた──舞台『オーシャンズ11』初日を観て。


立ち姿のうつくしさ
 立ち姿がうつくしい。
 生の舞台でないとキャッチできない何かがそこにはあって、香取慎吾というひとの重要な特性に、これまで自分は気づいてこなかったのだ、と思い知らされた。逆に言えば、彼の俳優としての美徳のすべてを、映画やドラマなどの映像作品は受けとめきれていなかった、という残酷な真実にも突き当たる。香取慎吾の表現を、映像を通してしか語ってこれなかったことをいま、心から恥じている。
 立ち姿のうつくしさとは、体躯によって決定されるものではない。もちろん、香取の体躯はスーツをはじめとする衣裳を確実に舞台映えさせる力を有している。だが、香取が『オーシャンズ11』で見せたうつくしさとは、決して恵まれたスタイルに依存したものではない。
 立ち姿がうつくしいということは、止まっている姿がうつくしいということである。より正確に表現するならば、止まっていることができるかどうか、止まっていることでうつくしさを喚起できるかどうか。これはもはや、能力の問題と言っていい。
 香取は止まっていることができる。それはだれかと対峙したとき、ダンスのあいま、そして、自分の台詞がないとき、大きく言えば、この三つに顕著にあらわれている。

静止することの豊かさ
 まず、ダンスについて。
 ダンスもまたうつくしい。ソシアルダンス的なシークエンスもうつくしいが、男たちだけで踊るさまは「最小限の動きで、最大限の効果をもたらす」ダンスの真髄を体感させるもので、「ズラし」や「寸止め」などの小賢しいワザを一切封印し、潔いまでのシンクロ具合で魅せる。これは、SMAPの楽曲では決して見られなかったダンスであり、香取のダンスについても、いかにノーマークでいたかをここで告白しておかなければなるまい。香取のダンスがわたしたちを惹きつけるのは、彼のダンスの中核にあるのが、肉体の静止だからだ。わたしたちは、それが真に魅惑的なものであれば、動いているものではなく、止まっているものを「見ようとする」。つまり、香取のダンスを眺めているというより、香取の静止を追いかけているのだ。無数の静止を凝視することで、ある動態が浮かび上がっている。
 舞台は、すべてがワンシーン=ワンカットである。舞台上に、複数の空間を同時に存在させ、視点のカットバックをおこなうような演出もあるにはある。だが、それより、複数の人物を同時に視界におさめることができることこそ、舞台の特質に他ならない。
 だれが舞台の中心で話しているとき、香取は少し離れた場所に座り、ひとり佇んでいた。その姿が「場を持たせている」。ただ、座っているだけなのに、あまりにもうつくしく「止まってる」から、「場」が活き活きとしている。
 香取は動かない役ではない。むしろ神出鬼没。油断していると、意外なところにいたりする。つまり、明らかに移動しているのだが、その移動を感じさせず、止まっている姿だけが強く印象に残る。あたかも瞬間移動しているように映ることが何度かあり、舞台を横切るとき、香取慎吾は気配を殺しているのではないかと考えるほどだった。
 共演の山本耕史が、動きが際立つ役者であることも、好対照のコンビネーションを際立たせている。山本とは旧知の間柄と言っていい。わざわざ確認するまでもなく、互いの資質の違いは肌で知り抜いているはずであり、ことさら、役柄を対比させるまでもなく、このふたりがまったく別な存在であることが、ごく自然に伝わってくる様は、ほとんど痛快と言ってよい。

ともにある強さと弱さ
 さて「対峙」である。これはほぼ、観月ありさとのツーショットに集約される。ふたりは、離婚寸前の夫婦を体現しているのだが、その設定とは逆に、なんとお似合いのふたりだろうと、溜息をつかずにはいられない。
 繰り返しになるが、それは観月の体躯が、香取に釣り合っている、などという安っぽい理由によるものではない。観月ありさの肉体が、香取慎吾の静止を、ほとんど真正面から、その存在そのものをすべて「受けとめている」からである。ふたりで立って向き合っているときは間違いなくそうだが、テーブルの上のワインクーラーを会して、ふたりで座っているときも、このふたりにしか起こらない不思議な叙情をかき立てる。たとえばそれは、かつてふたりが共演したドラマ『いちばん大切なひと』にも見出すことができた叙情であり、いったいあれから何年が経過しているのかもはや定かではないが、ことによると、『オーシャンズ11』のこのふたりは、実は『いちばん大切なひと』のふたりの未来の姿なのではないかと、あらぬ妄想まで繰り広げてしまうほどだ。
 仲間たちといるときの香取の静止は、詐欺師としてのプロフェッショナリズムとイコールで結ばれる。ポーカーフェイスも同様。しかし、そのスマートな「不動」ぶりが、ヒロインの前に立ったとき、まったく違った様相を呈することになる。観月の前に立ったときの香取の静止は、躊躇と戸惑いによって己を抑止している男のさまに映る。この舞台にはミュージカル的な要素もある。だから彼は、何度か、歌によって彼女を口説き直すが、そのことは直裁的な意思表示というよりも、ミュージカルという形式に我が身を投げ出し、あくまでも「間接的」にしか、再プロポーズできない主人公の弱さを浮き彫りにするのだ。
 俳優、香取の特徴でもあるデッドパン=無表情が、これまでとはまったく違う色彩を伴って立ち上がってくることに、たじろがずにはいられない。
 つまり、あの顔には、詐欺師としての強さと、恋する男としての弱さが、ともに等価なものとして宿っていた。
 キャラ者でもなく、ペルソナ=仮面の体現でもなく。『オーシャンズ11』は、香取慎吾の「これから」の可能性を、まざまざと見せつけている。



文:相田★冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
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オーシャンズ11

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