SMAPコラム「Map of SMAP」

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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス【Blu-ray】
ミュージックビデオを大幅に追加収録。
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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス
収録曲:シングル55作品の両A面曲を含む全63曲の映像を収録予定
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 世界に一つだけの花
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世界に一つだけの花
TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2015.1.6更新

新春日記──木村拓哉、中居正広、SMAPの年始番組三昧。


1月1日。
 あけましておめでとう。今年もよろしく。
 「さんタク」。13年目。干支が一巡、次のサイクルに突入したからなのか、グッとポイントの定まった濃厚な作り。ヴァラエティに富んだ内容もお屠蘇(とそ)気分を高めてはくれるが、自分はこういうストレート勝負、投げる球は速球ばかりという展開のほうが一年の計は元旦にあり的な感慨があって好きだ。
 番組のなかでも何度かそのキーワードが口に出されていたが、テーマは「アウェイとホーム」だったと思う。アウェイなくして、ホームなし。ホームなくして、アウェイなし。そんな格言あるのかどうかわからんけれども、まさにそういうことでしかない。明石家さんまと木村拓哉の心地いいコンビネーションは、アウェイとホームを無意識のまま行き来するドライヴィングテクニックの交錯によって成立しているのだなと。その根源を端的に見たような気がする。
 さんまがSMAPのコンサートで1曲歌う。この「アウェイ」な顛末を追いかける。文字通り国民的と言ってよい芸人が、ただただ「アウェイ」の只中に放り込まれつづける様を凝視する。そもそもさんまは、このツアーに映像で「出演」しているのだから、ステージへの登場は構成・演出上、無理はない、というようなことを言って木村拓哉は「危険な遊び」に誘うのだが、さんまは、そもそもがSMAPとは縁もゆかりもない「あの曲」を、生SMAPを観に来ているファンの前で歌うことをためらう。ためらいつづける。無論、同時にそのことをネタにしつづけるわけだが、この「よるべなさ」こそが実は、しゃべりつづけるしかないピン芸人の本質なのではないかと思わせるほどにミディアムレアな焼き加減のドキュメントとして成立しており、なるほど、「スタジオの外」に出る、とはこういうことなのだなと痛感した次第。木村拓哉はあくまでも黒子に徹しているのだが、すべてが終わるまでは余計なことは一切言わない、ありきたりのフォローも入れたりしない様が、なんというか「男」なのだな。SMAPにとってSMAPのコンサートは紛れもなく「ホーム」なのだが、木村拓哉は「ゲストを迎え入れるホスト」を演じることなく、さんまをあくまでも「男」として「アウェイ」に立たせつづけており、ぬるい気遣いなど微塵も感じさせない、だからこそ真実のリスペクトがじんわり薫る光景はたまらなかった。
 これは女と男もそうだと思うのだが、誰かと誰かが、1対1で向き合うとき、そこには自ずと「アウェイとホーム」の関係が横たわる。それはどんなに仲の良い相手でもそうなはずで、いや、仲の良い相手こそ、この「アウェイとホーム」の関係に自覚的なのだと思う。たとえばふたりで一緒に飲むとする。どちらかが店を仕切ることになる。もうそれだけで「アウェイとホーム」が成立している。そのとき、「ホーム」が「ホーム」として毅然として揺るがないことこそ、「アウェイ」が「アウェイ」なりの何かを享受するはずで、それは会話のやりとりなんかもそうなのだと思う。ある話題について話す。もうそれだけで「アウェイとホーム」が出現する。話しかけた側が「ホーム」にいつづけるとは限らない。話しかけられた側が、話題を自分の領域に持ち込んだ瞬間、「アウェイとホーム」は転換する。その繰り返しをいかに楽しめるかが相性の善し悪しなのだと思う。
 ちなみに遺伝子チェックで1億人に4人の割合、という「一致」を見たさんまと木村拓哉だが、ひととひととはすべて「1億人のうちのふたり」なはずで、そのこと自体が奇跡なんじゃないかと思った。


1月4日。
 「中居のかけ算」。ゲストは堺正章とみのもんた。中居正広が、大御所ふたりに「司会術」を訊く、という体(てい)だが、もはや、しゃべりに関しては無敵と言っていい大ベテランを抱き合わせたとき、MCは何を成すべきか、という積極的実践の場を見たような気がする。堺正章の自分語りと、みのもんたの自分語りは、ワインと焼酎ほどにタイプが違うため、それを混ぜてカクテルにするわけにはいかない。それぞれが、持論を展開して、さあ、終わり、では、この3人の意味がない。では、中居正広はどうしたか。
 彼は常に、自分自身を(お笑いとは別の意味で)ある種のネタとして提供することに自覚的なMCだが、ここではインタビュアーとしての立ち位置をキープすることで、要所要所に楔(くさび)を打っていた。堺、あるいは、みのの話に相づちを打つのではなく、彼らの発言を、短い言葉に置き換えることで、肯定し、次に移行する。同意ではなく肯定、という「見守り」感が絶妙で、これは文章で言えば、「段落がえ」に等しいと思うが、さあ、次の話題にまいりましょう、的な失礼な素振りはまったくない。話の腰を絶対折らないのだ。
 そもそも年長者というのは自分のペースで話したいものなのだ。だが、堺もみのも、このスペシャルな場において、互いを気遣っている。それぞれの心配りを感じているからこそ、中居は「中に入る」のではなく、「外から見守る」という選択をしたのではないか。堺が、みのにエールを送るという後半の流れの伏線は、前半できちんと張られていた(視聴者が知りたいことを、どう聞き出すか、という話題)が、それがちっとも筋書きには映らず、むしろ堺の自分語りの「マナー」を目撃するような趣があったのは、中居正広の「見守り」術がそれを支えていたからに他ならない。
 また、敬意を携えながらも、わざわざ「後輩」を演じてみせるようないやらしさからは距離を置き、「、」でも「。」でもなく、「 」(スペース=空白)を駆使しながら「段落がえ」をおこなっていたテクも、さり気なくすごかった。中居正広自身がどれだけ編集のことを意識しながらMCしているのかはわからないが、おそらく、これは、番組スタッフが非常に編集しやすい映像素材だったと思うし、その素材を提供したのは紛れもなく中居正広そのひとだったのだと思う。

1月5日。
 「SMAP×SMAP 新春スペシャル」。男子合コンやりてえ。またしても、単純にそう思った。自己紹介のときの第一印象で東出昌大と友達になりたい、と思って、彼が木村拓哉ファンだというので、彼に感情移入して、木村拓哉と結ばれますように、と祈りながら見ていたが、なんと、そんなおれの心を弄ぶようなアプローチで草剛と結ばれ、なんだ、この奔放さは、と裏切られたような気持ちににもなったが、むしろ、そんな東出昌大に翻弄されたいと思っているのかもしれぬ己に気づき、赤面してしまう始末。前回を凌ぐ大混戦だったが、それを制したのが、やはり木村拓哉と草剛だったという事実にはきっと理由があるはずで、このふたりの二連覇について、中居正広と稲垣吾郎と香取慎吾に、それぞれ語ってもらえれば、SMAPの深層はさらに明るみになるのではないかなどと妄想する今年の正月だった。



相田“Mr.M”冬二

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