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SMAPコラム「Map of SMAP」

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TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2015.3.24更新

『中居正広のISORO』とは何だったのか真面目に考えてみる。


「白雪姫」の林檎、あるいは「浦島太郎」の玉手箱
 いつか、こんな日が来るんじゃないか、とは思っていましたが、思いの外はやく、その夜が来てしまいましたね。いささか動揺しながら、既に火曜日を迎えているわけですが、ちょっと書いてみます。
 当初、フジテレビのサイトには「中居正広×稲垣吾郎の顔合わせが初めて実現する」的な特番紹介がなされていて、このコラムでもやりましょう、ということになったわけですが、わたしとしては「稲垣吾郎×草剛」のときみたいなことを想像していたのです。中居さんを通して見えてくる稲垣さん、稲垣さんを通して見えてくる中居さん。そういうことについて思考できるのではないか。そもそも、中居さんと稲垣さんには、妙な距離感があって、そのことについては中居さんもあるとき、どこかで、発言されていたと思うんですが、この距離感はSMAPという集合体を考える上でも非常に重要なポイントで、そういう観点から鑑みても、これはとても貴重な機会ではないかと、なんとなく想定していたのですが、そういった、わたしの書き手としての野心、たくらみは、全部、すっ飛んでしまいました。
 あらかじめお断りしておきますが、これから書かれるであろうことは、おそらく中居論、稲垣論、SMAP論、いずれにも関係のないものになると思います。というわけで、ただの番組レビウをこれから綴ってみます。毎回そうですが、自分がこれから何を記すのか、まったくわかりません。
 さて。そもそも『中居正広のISORO』とは何だったのでしょうか。番組の最後に、第1回、みたいなことを言ってましたが、これが好評だったら、改変期の定番にするよ、的なことなんでしょうか。いずれは、レギュラー化も目論んでいたりするのでしょうか。
 そんなはずはない。そんなはずはありませんよね。『中居正広のISORO』という、もっともらしいタイトル。居候をテーマにした、いかにもありえそうな番組の作り。全部、フェイクですよね。すべて、稲垣さんの大切なひと「ヒロくん」をスタジオに招くための、フェイク。「枠」がカモフラージュなんですよね。『中居正広のISORO』なんていう番組はそもそも存在していないし、便宜上、そう呼んでいただけのことで、これは紛れもなく、稲垣さんの大切なひと「ヒロくん」がサングラスをはずすまでの、海外で言うところのリアリティショウなのだと思います。
 「ヒロくん」ははたして実在するのか。元宝塚スターであるという「奥様」はほんとうに「奥様」なのか。そもそもあの女性はほんとうに元宝塚スターなのか。あそこで名前が出た宝塚スターは実在するのか。いや、おそらく、全部、ほんとうのことなのでしょうが、わたしなどは、そのすべてに確証が抱けないのです。だって、あの宝塚スターの名前を知らないし、宝塚スターってみんなそうでしょうけど、宝塚時の化粧顔と、ご本人が、まったく一致しないし、そもそも、宝塚スターというものが、ものすごく虚構性の強い存在じゃないですか。あの「奥様」が最後に、謎の告知をしますよね。あれ、謎です。謎すぎます。高島彩アナウンサーがすかさずツッコミを入れましたが、それに即答できてしまう「奥様」も、ヘンと言えばヘンです。もう、何から何まで、あやしく見えてくるのです。あの告知は重要だと思いますね。あの告知は、わたしたち視聴者に向けた一種の「謎かけ」、あるいは「挑戦状」、はたまた「呪文」のようなものだったのではないでしょうか。わたしには、あの告知が、「白雪姫」の林檎、「浦島太郎」の玉手箱、さらには「シンデレラ」のガラスの靴のような、大変ななにかに思えてならないのです。考えすぎでしょうか。


他人のプライベートはすべて「フィクション」である
 わたしは「ヒロくん」の実在を信じています。カメラの前ですから、稲垣さんと「ヒロくん」も、多少は「演じて」いるでしょうが、稲垣さんに大切なひとがいて、それが「ヒロくん」であるということはおそらく事実なのだと思います。けれども、あの「奥様」を目の当たりにしたいま、ついつい、別なことも考えてしまうのです。これが妄想であることは、わたし自身、理解しています。ですが、ですが、書かせてください。
 最終盤で、稲垣さんが、「番宣しようかな」と言いますよね。あのときは気づかなかったのですが、この文章を書き始めて、ひょっとして……と思いはじめました。
 稲垣さんは、これまでも何度か他の番組で「ヒロくん」のことをネタにしています。というか、そのネタがこれまで、ある程度、流布されてきたからこそ、満を持しての今回の特番だったのだと思います。
 わたしの考えはこうです。いつか、こんなふうに、ふたりの関係を公開することを想定した上で、稲垣さんは、ああした「ネタふり」をしていたのではないか、ということ。延々、番宣をしていたのではないかということ。ひょっとしたら、『中居正広のISORO』という番組は、随分前に撮り終わって完成していて、その番宣を、ネタを小出しにすることでおこなってきたのではないか。そんなことを考えてしまうのです。矛盾してます。辻褄が合いません。でも、考えてしまうのです。「ふたりでオンエアを観た」という稲垣さんの発言に思わず吹き出したわたしですが、あのネタ自体が、カモフラージュだったのではないか。
 わたしは映画の観すぎで、フィクション/ノンフィクションの境い目がわからなくなってしまっているのかもしれません。でも、いいんです。この番組は、それくらい妄想力を刺激する何かがあります。
 中居さんが何度か「これはない」と言いますよね。高島アナが「女子同士ならあるかも」と言いますよね。この、ない/ある、の設定も、じわじわと効いてくるんです。
 もう一度言います。わたしは、「ヒロくん」はいる、と思っています。しかし、同時に、この番組それ自体が、フィクションに思えてならない。このアンビバレンツなありようこそが、ある真実をあらわしていると思います。
 唐突に、結論を言います。
 他人の交遊関係って、結局わたしたち、つまり第三者にとっては「フィクション」なんですよ。それは稲垣さんが芸能人だから、とか、「ヒロくん」が富豪だから、ということとはまったく関係なく、あなたのいちばん大切なお友達のプライベートを、もし「覗く」機会があったとすれば、それはきっと、「フィクション」のように見えるでしょう。
 「ヒロくん」が稲垣さんに苺を食べさせてあげる。あれは、男同士の禁断の行為というよりも、わたしたちには決して感知しえない、稲垣さんと「ヒロくん」の関係性が、結局のところ「フィクション」に思えてしまう、ということなのだと思います。あのふたりにとっては当然のことが、わたしたちには当然ではない。なぜかと言えば、わたしたちは、稲垣さんでもなければ「ヒロくん」でもないからです。ふたりの、ほんとうのところの関係性を、わたしたちは、決して知り得ないからです。もちろん、なかには「感情移入」できるひともいるかもしれませんが、ほとんどのひとは、稲垣さんと「ヒロくん」のプライベートを、「フィクション」として眺めることによって、自分の立ち位置を現実に留めようとします。つまり、観客として、「フィクション」のふたりを見ることしかできないのです。
 おそらく、他人のプライベートは、いくら密着しても、その生活に慣れるまで(慣れるのに、いったい、どれだけ時間がかかるのか見当もつきませんが)、「フィクション」でありつづけるのだと思います。もし、「フィクション」でなくなる日がするとすれば、そのときは、わたしたちが「ヒロくん」になったときでしょう。
 映像表現の根底には「覗き見」の後ろめたさが存在しています。わたしたちは、さまざまな映像に触れ、また、自分たちで映像を撮影することによって、その後ろめたさにかなり鈍感になっているとはいえ、根源的に、その後ろめたさから自由になることはできません。
 わたしが『中居正広のISORO』を観ることで、ある一定の認識が崩れ、妄想にひた走ってしまった理由は、この後ろめたさに要因があります。「公認」のプライベートを覗き見する。テレビにおいては、もはや決して珍しくはない作りでありながら、この番組は、非常に際どい「フィクション」を成立させています。それが、この「フィクション」を仕切る中居さんの力なのか、この「フィクション」のなかで生きる稲垣さんの力なのか、わたしには、まったくわからないままです。



相田“Mr.M”冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
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