SMAPコラム「Map of SMAP」

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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス【Blu-ray】
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収録曲:シングル55作品の両A面曲を含む全63曲の映像を収録予定
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 世界に一つだけの花
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世界に一つだけの花
TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2015.4.21更新

みちびきだされるもの──木村拓哉『アイムホーム』の立脚点。


なにかが欠けている
 のっけから私事で恐縮ですが。わたしは、人様のお顔とお名前を、そう簡単に覚えることができません。一度しかお会いしていない方はもちろん、二度三度ご一緒している方もまず無理です。ですから「はじめまして」と名刺を差し出し、相手の方から「いえ、いただいております」と言われることなどは日常茶飯事。なので、向こうは知っているのに、こっちは知らないという『アイムホーム』の主人公の状態は、非常によく理解できます。というより、わたしにとっては、あれが日常です。
 ただ、そのことに対して、不安やコンプレックスを抱いたことはありません。わたしは、わたしなのですから。もちろん、相手の方に申し訳ないとは思いますが、こうした感覚上の欠落も含めて、自分のパーソナリティだと認識しています。
 主人公の過去と現在が対比されるこのドラマは一見、『安堂ロイド』に近しい構造に思えます。ただ、その対比や構造にはさほど大きな意味はない、ということがわかってきます。かつての主人公と、現在の主人公とでは、キャラクターの様相が異なるのですが、その差異によって浮き彫りになるものが、『安堂ロイド』のように重要なわけではありません。ですから、主演の木村拓哉さんの演技もまた、どうやら情容赦ない野心家であったらしい(ただ、それは周囲の人々によって語られていることにすぎないのですが)過去の主人公と、そうではなくなっている(と思われる)現在の主人公の違いに重きを置いているわけではありません。そうではなく、木村さんは「なにかが欠けている」という状態を演じています。そして、その「なにか」とははたして記憶だけなのだろうか? という点が、おそらくこの作品の主眼になっていくのではないでしょうか(わたしは原作を読んでいませんし、今後の展開も一切知りませんので、あくまでも現時点でのわたしの予想です)。
 このドラマは主人公の主観と、物語の客観とを、映像できっちり区分けしています。主人公が見た妻の顔には仮面が被されていますが、主人公の視点だけで展開しているわけではないので、同じ場面でも、その視点から一歩外に出ると、わたしたちは妻を演じる上戸彩さんの顔を見ることができます。つまり、この妻は、あるシーンのなかで、仮面の着脱を繰り返しているわけですね。
 どのような撮影方法なのか、わたしは知りませんし、また興味もありませんが、どのような撮影方法にせよ、ある場面のなかで、仮面を着脱する相手と芝居をすることは、相当な困難を要するであろうことは、容易に想像できます。
 あの妻と、あの子供の顔だけが「見えない」という演技は、たとえば映画『武士の一分』で、目が開いているのに「見えない」芝居をしなければいけないこと以上に難しいと言えると思います。


こころの受動態
 もちろん木村さんは、この難しいシチュエーションを難しそうに演じているわけではありません。どんなに難しい設定も、その人物のリアルとして、身になじませることが演技の大原則です。木村さんは、記憶を失ってうろたえているのではなく、「なにか」が欠けていることをもはや受け入れたあとの主人公の状態を、それもまた日常なのだ、とわたしたちに知覚させるような自然さで、わたしたちに伝えます。そう、かつての記憶がなかろうが、相手の顔や名前を思い出せなかろうが、それもまた日常なのです。自分が置かれている状況を非日常として深刻に、神妙な顔つきで演じるのではなく、「あたらしい日常」として、わたしたちに送り届ける木村さんの芝居は、核心を衝いています。
 端的に言えば、自分の子供(かもしれない存在)の名前を呼ぶときの発声が、まず素晴らしい。そこにあるのは、不安ではなく、自信のなさ、日本語的な表現で言えば「こころもとなさ」です。不安というのは多くの場合、明確なものですが、自信のなさは曖昧なもので、確証がない、よりどころがない、「なんとなく」不確かなものです。その「なんとなく」の塩梅と調整が、実に見事に声という音に宿っています。ひとの名前は記号ではありません。とりわけ父親であれば、我が子の名前をデジタルに処理することなどできません。ありもしない愛情を言霊にのせることが、この主人公にはできない。そのことが一瞬で了解できる演技を、「なんとなく」のまま、木村さんは体現しています。
 日常は非日常に較べ、領域、範囲が広いものですが、そのなかから、ある一点を見つけだし、提示する。これは、木村拓哉さんならではの演技術と言えるかと思います。
 さて。今回の大きな見どころのひとつは、木村さんが主人公の「こころの受動態」を演じている点だとわたしは考えます。西田敏行さん、及川光博さん、新井浩文さん、野間口徹さん、そして光石研さんという錚々たる芸達者の方々と共演しているのですが、彼らとのやりとりのなかで、木村さんは、主人公の間ではなく、相手のキャラクターの間に「ひきだされる」ようにことばを紡いでいます。もちろん、設定がそうさせているわけですが、「なにか」が欠けているから、主人公はそうせざるをえない。逆に言えば、独力で間を作り出すことができない、という状態を演じています。第1話で言えば、及川光博さんが繰り返す「ん」という発語による間に「みちびかれて」、主人公のパーソナリティは発露しています。
 これは単に受け身の芝居、リアクションの芝居ということではなく、「こころが受動態になっている」主人公を指し示すものです。
 このドラマがミステリーなのかどうか、わたしにはわかりませんが、もしミステリーであるとすれば、「ミスリード」が演じ手にも必要になります。木村さんが表現する主人公の間が、これからどう変幻していくのか、あるいは変幻しないのか。主人公の「なに」が「みちびきだされる」のか。わたしたちのなかから「なに」が「みちびきだされる」のか。それがとても楽しみです。



相田“Mr.M”冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
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