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SMAPコラム「Map of SMAP」

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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス【Blu-ray】
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 世界に一つだけの花
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Clip! Smap! コンプリートシングルス
収録曲:シングル55作品の両A面曲を含む全63曲の映像を収録予定
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 世界に一つだけの花
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世界に一つだけの花
TV:CX系ドラマ『僕の生きる道』(2003年1月〜)主題歌収録のシングル。
2015.4.28更新

ここから未来へと流れる水──『ブラタモリ』草剛の声。


微かな「揺れ」
 草剛さんの声そのものになにかが宿っているということは、これまでに何度もお話してきたと思いますが、それは主に演技でのことだったと思います。演技の声について語るときは、どうしても、そこで演じられる人物像に意識が向かってしまい、その作品において、その声がどのような位置に存在し、その作品にいかなる効果を及ぼすのか、というところまで思考できないもどかしさがあります。ですから、草さんのナレーションのお仕事は、彼の声を冷静に分析する絶好の機会なんですね。
 あの番組が終了してから1年。現在、草さんは『ブラタモリ』という番組で、タモリさんと「共演」しています。わたしはここで、タモリさんと草さんの交遊、ならびに関係性などについてふれるつもりはありません。人間と人間ですから、それがまったく無関係とは申しませんが、声のことを取り扱うときは、そうした「物語」に頼ってしまうと、聴こえるものも、聴こえなくなってしまうんですね。
 レギュラー番組として復活してからは3回目となる「金沢」前編で気づいたことを、少しだけお話しようと思います。
 まずですね、最初のほうで、番組からタモリさんにお題が出されました。それを読み上げるちょっと前、こう、うつむいて、「お、(いつものように)きた、きた」というようなことをタモリさんが言うのですが、そのちょっと下を向いて話したときの声の響き方が、草さんの話し方に似ているんですね。ほんと、ごく一瞬のことでしたが、これは新発見でした。なぜなら、いまままで、タモリさんと草さんの声質が似ているなんて考えたこともなかったからです。で、おそらく、これは、ふたりの声質が似ている、ということではないんですね。考えられるのは、草さんは(実際の姿勢がどうであれ)うつむきながら話すタイプのひとなのではないか、ということなんです。タモリさんがその夜の番組でうつむきながら声を発したのは、記憶しているかぎり、このときだけでしたし、それ以外のタモリさんの声が、草さんに似ていると感じることもありませんでした。では、ここで、草さんは(姿勢とは関係なく)うつむきながら話すひとである、と仮定して次に進みましょう。
 繰り返しお伝えしている通り、「うつむく」というのは身体的な姿勢の話ではなく、こころの状態、あるいは精神のポジショニングみたいなことです。つまり、比喩です。ただ、このことが、草さんの声に内省的ななにかを付与しているように思います。
 ただ、草さんの声は、うつむきながら話しているにもかかわらず、決して暗くはないんですね。ひとによっては、明るく聞こえるかもしれません。それは声質がやわらかであるということとも関係していますが、やはり話し方、とりわけ語尾に、その理由が隠されているように思います。
 草さんは、語尾に、最低限の抑揚をもたせます。ちょっとだけ「揺らす」んですね。この、ちょっとだけのサジ加減が絶妙で、草さんの芝居にやられてしまっているひとは、わたしも含めて、あの「揺れ」に、神経のどこかに「触れられてしまっている」のだと思います。もっと言えば「急所をおさえられている」のです。
 わたし自身は、草さんの声に明暗はないと考えています。彼は明るい役も、暗い役もできますが、声のトーン自体はフラット(もちろん、そのなかで強弱はつけています。明暗と強弱は別個に考えなければいけません)だからこそ、語尾の微かな「揺れ」も効果的に映るのです。


地図の「好意」
 『ブラタモリ』のナレーターは、「タモリさん」と呼びかけることもあります。あの呼びかけをどのように捉えるかはひとそれぞれですが、わたしは草剛さんとして話しかけているようには聞こえないんですね。
 そもそも、ナレーターとは「だれ」なのか。これは、あらゆるドキュメンタリー、あらゆるテレビ、あらゆる映画、あらゆる映像作品に言及する必要がある命題なので、ここでお話することはできませんが、ひとつだけ言えることは、ナレーターというのは、基本的に、画面に映っているひとびとからは「遠く離れた存在」である、ということ。この「距離感」をどのようにあらわすかが、ナレーターの手腕であると断言してもよいと思います。草さんは、持ち前のフラットさで、その距離感をキープしつつ、語尾のわずかな抑揚で、自身の声を、キャラクタライズしていると思います。
 基本的にフラットでありながら、その語尾から感じとれるのは「好意」です。そして、その「好意」は、先ほどお話したように、草剛さんご本人からタモリさんに向けた「好意」ではありません。
 ナレーション台本を深く検証しているわけではないので、あくまでも印象論になってしまいますが、この回でいえば、草さんは江戸時代のひととして、声を発しているように思いました。
 ご存知の通り、『ブラタモリ』は、その土地その土地に残された痕跡を頼りに、かつてそこがどのような場所、地形だったのかを浮き彫りにする番組です。「いま」を歩くことで、「かつて」を感じる。見えないものを見る番組です。そのとき、古い地図が、過去から現在への「架け橋」になるのですが、草さんのこの夜の声は、江戸時代に描かれた地図のようであったと思います。
 地図を作成するひとには、どのような想いがあるのでしょうか。わたしは地図職人でもなければ、そのような職種の方に取材をしたこともありませんが、おそらく未来のひとびとに対する「好意」のようなものがちょっぴりあるのでは、と想像します。
 きみたちが生きている時代にはもうなくなっているものが、この地図にはあるかもしれないけど、かつてはこんなだったんだよ。でも、変わらないものもあるだろ。
 そのような「好意」を、わたしは草さんの声に感じました。そして、同時に、過去から現在に流れる「水」のようなものも感じました。草さんが発するフラットな声の流れが、江戸時代から21世紀へと到達する「水」(おそらくそれは、実に日本的な「軟水」でありましょう)を感じさせたのです。「金沢」前編の水路の話で言えば、兼六園から金沢城へと流れていた水が、ある工夫によって、高低を越えて到達していたことにもつながります。
 江戸時代のひとにとって、21世紀は未来に他なりません。未来への「好意」が、草さんの声には宿っていました。先人に想いを馳せると同時に、未来のひとにも「好意」をもって接しよう。現代人のひとりとして、そのようなことを思わせられました。



相田“Mr.M”冬二

※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
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街歩きの達人・タモリさんがナビゲート。毎週土曜19:30〜NHK総合にてO.A.

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