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ATG作品とその時代 後篇

80年代前半バブル前夜に誕生した「遠雷」と「人魚伝説」

文=野村正昭

 10月、11月にBD&DVD共に、HDニューマスター版で発売される、根岸吉太郎監督遠雷」(81)と池田敏春監督人魚伝説」(84)が製作されたのは80代前半、いわゆるバブル前夜であり、ロッキード裁判をめぐって政局は揺れに揺れ、中曽根首相が戦後政治の総決算をめざすと宣言した時期でもあった。



 ところで、東京・大阪・名古屋の3都市間だけで初めて電子郵便(ファクシミリ)が開始されたのが81年(この時は、まだ1通が500円もしていたんですね)。テレホンカードが使用開始されたのも82年。携帯電話が世間に登場するのはまだ先の話であり、しかし過渡期というか、通信手段が日常生活を大きく塗り変えていく予兆が感じられていたのだ。



 映画界にも確実に地殻変動が起きていた。非商業映画の公開を目的に61年に創立された日本アート・シアター・ギルド(ATG)は、大島渚寺山修司実相寺昭雄監督らに活躍の場を提供していたが、80年代に入ってからは、積極的に若手監督と組み、前回とりあげた森田芳光監督家族ゲーム」(82)や、井筒和幸監督「ガキ帝国」(81)などで着実な成果を挙げることになる。「遠雷」も、その流れの中で送り出され、高く評価された。



 都市化が進む、関東近郊の農村を舞台に、トマト栽培に打ち込む主人公・満夫(永島敏行)と、ヒロインあや子(石田えり)の新鮮さはもちろん、満夫の幼なじみ広次(ジョニー大倉)のビニールハウスでの殺人の告白、そして、満夫とあや子が結婚披露宴でデュエットする桜田淳子の『わたしの青い鳥』には、何度見ても泣かされたものだ。同封のリーフレットで、樋口尚文氏が書かれているが、当時、日活撮影所の敷地の半分は売却され、スタジオの真横にはマンションが建てられた。満夫が働くビニールハウスも団地に見下ろされている。公開当時、根岸監督に「あのビニールハウスは撮影所のことなんですね」と訊ねると、黙って頷かれたのを記憶している。
遠雷」はキネマ旬報ベスト・テン第2位、ブルーリボン監督賞、ヨコハマ映画祭監督賞、芸術選奨新人賞を受賞し、それまで「濡れた週末」(79)や「狂った果実」(81)などロマン・ポルノで実力を認められていた根岸監督の初の一般映画として大きな話題を呼んだ。



 その根岸監督が日活に入社したのは74年だったが、同期入社は池田敏春と二人だけだった。「天使のはらわた 赤い淫画」(81)などで注目されていた池田監督は82年、長谷川和彦監督の呼びかけで設立されたディレクターズ・カンパニーに、根岸監督と共に参加。そのディレクターズ・カンパニー最初の作品が「人魚伝説」であり、盟友・根岸監督がプロデューサーを務める。半島の静かな漁村でアワビを採って暮らしていた、みぎわ(白都真理)と啓介(江藤潤)の夫婦が、原発建設をめぐる陰謀に巻きこまれ、夫を殺されたみぎわが壮絶な復讐を果たす本作は、公開時、興行的には苦戦を強いられたが、その後の3・11の震災と、原発をめぐる現在の状況から見れば、30年の歳月を越えて、とてつもない説得力を持って、こちらに訴えかけてくる。80年代当初から反核の動きは活発化していた。82年5月には、反核・軍縮のために東京で40万人の人々が参加し、86年4月には、チェルノブイリ原発で大事故が起き、放射能汚染が世界に拡大したことを思えば、「人魚伝説」は早すぎた秀作と言えるかもしれない。池田監督は本作で、ヨコハマ映画祭監督賞を受賞。



 残念ながら、2010年の末、映画の舞台となった志摩の海で、池田監督は自死し、自作「人魚伝説」への思い入れの深さを知らしめたが、偶然にも、その死が発表された時、都内の名画座で本作が上映されていて、映画ファンへの遺言にも思えたのだった。



 今回のBD&DVDには、映像特典として『女優 白都真理人魚伝説」を語る』が収録されている。これは従来の映像特典のように、形だけのコメント取材ではなく、樋口尚文氏インタビューによる85分もの見応えのあるものだった。デビュー以前、演劇少女だった彼女の軌跡から始まり、池田監督とのカラオケ・ビデオ撮影での出会い、そして、血しぶきに染まり、渾身の演技を見せた本作での苛酷な撮影が興味深く語られ(本作で彼女はヨコハマ映画祭主演女優賞を受賞)、「もはや拉致、監禁に近い状況だった」というハードな舞台裏から、様々な秘話に至るまでが明らかにされ、この映像特典を見るだけでも価値があると言いたくなる充実のロング・インタビューだ。



 池田監督にとっても、白都真理にとっても「人魚伝説」は間違いなく代表作であり、それだけに逝去の前に、池田監督が彼女を訪ね、当時の労をねぎらい、「俺は、もういいよ」と言っていたというエピソードが胸に迫る。今回のリリースは、池田監督への鎮魂という意味でも意義のあるものだと思う。


エンタメ&ヒット商品から見た80年代前半の世相

〈1980年〉
洋画興行第1位「スター・ウォーズ/帝国の逆襲
邦画興行第1位「影武者
ベストセラー『蒼い時』(山口百恵)
邦楽シングル売上げ第1位『ダンシング・オールナイト』(もんた&ブラザーズ)
※ヒット商品に「ウォークマン」「ガンダムプラモデル」「ルービック・キューブ」など。ファッションでは竹の子族が台頭し、ハマトラ、テクノカットがブームに。ほか漫才ブームや校内暴力急増が話題に。

〈1981年〉
洋画興行第1位「エレファント・マン
邦画興行第1位「連合艦隊
ベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子)
邦楽シングル売上げ第1位『ルビーの指環』(寺尾聰)
※バラエティ番組『オレたちひょうきん族』、TVドラマ『北の国から』がスタート。なめ猫がブームとなり、ノーパン喫茶が話題となった。スペースシャトルが初飛行に成功した年でもある。

〈1982年〉
洋画興行第1位「ブッシュマン」
邦画興行第1位「セーラー服と機関銃」「燃える勇者
ベストセラー『プロ野球を10倍楽しく見る方法』(江本孟紀)
邦楽シングル売上げ第1位『待つわ』(あみん)
※バラエティ番組『笑っていいとも』放映開始。ファッションではミニスカート、レッグウォーマーが流行した。ホテルニュージャパン火災発生。ほかテレホンカード、PC-9801、CDプレーヤーが発売。

〈1983年〉
洋画興行第1位「E.T.
邦画興行第1位「南極物語
ベストセラー『気くばりのすすめ』(鈴木健二)
邦楽シングル売上げ第1位『さざんかの宿』(大川栄策)
※TVドラマ『おしん』が最高視聴率62.9%を記録。『スチュワーデス物語』『積木くずし』も大ヒット。ほかインターネット誕生、東京ディズニーランド開園、ファミコン発売。

〈1984年〉
洋画興行第1位「インディー・ジョーンズ/魔宮の伝説
邦画興行第1位「里見八犬伝
ベストセラー『プロ野球しらなきゃ損する』(板東英二)
邦楽シングル売上げ第1位『もしも明日が…。』(わらべ)
※「マハラジャ」オープン。新紙幣が発行され、グリコ森永事件が発生。ほかヒット商品に「スケボー」「エリマキトカゲ」など。世界的人気となった『ドラゴンボール』連載開始。



BD『遠雷 HDニューマスター版』
BD『人魚伝説 HDニューマスター版』
●発売中/各4800円+税
●発売・販売/キングレコード
※DVD版も発売中(各3800円+税)
(C)1981 日活/東宝 (C)1984 ディレクターズカンパニー/ATG

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