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隔号連載『角川シネマコレクション』を斬る3

アイドル2大女優が席巻した角川映画全盛期の80年代

文=中川右介

薬師丸ひろ子&原田知世の二本立て

セーラー服と機関銃」と「時をかける少女」が4Kスキャニング・ブルーレイディスクとしてリリースされる。たまたま大林宣彦監督にインタビューする機会があったので、きいてみると、「時をかける少女」の4K版は、「別の映画を見ているようで面白かった」との感想だった。大林監督によると、「時をかける少女」はあえて平面的に撮ったのだが、4Kでは立体的――飛び出してくるというのではなく、奥行きが出ている――になっているという。その意味ではフィルム版と「違う」のだが、その「違い」が面白く、「4Kは、サイレントからトーキー、モノクロームからカラーへと、映画は科学の力によって発展してきたが、それに匹敵する変化ではないか」と、「科学の子」を自認する大林監督はこの新しい映像技術を楽しんでいる様子だった。



 新しい技術で、別のものとして登場する「時をかける少女」そのものが、まさに「時をかける映画」と言える。



 原田知世初主演映画「時をかける少女」は角川映画の1983年の夏休み映画として、薬師丸ひろ子復帰第一作「探偵物語」と二本立てで公開された。31年前の話である。薬師丸は81年12月公開の「セーラー服と機関銃」の後、大学入試のために女優を休業しており、一年半ぶりのスクリーンへの復帰だった。



 83年夏に続き、翌84年夏は「メイン・テーマ」「愛情物語」、同年暮れは「Wの悲劇」「天国にいちばん近い島」と、薬師丸・原田の二本立ては続いた。二人がそれぞれ歌った主題歌もヒットし、原作小説も売れ、角川映画のメディアミックスが最も成功していた時期にあたる。だが、この二本立て時代は僅か一年半しかない。そのなかで最大の興行成績となったのが、最初の「探偵物語」と「時をかける少女」だった。つまり、数字としてはこの83年夏の二作を抜くことはできなかったのだ。



アイドルは歌わなければならない

 角川映画は、創始者である角川春樹が小松左京の「復活の日」を映画にしたいために始めた事業だった。アイドル映画を製作する意図は当初の角川にはなく、むしろ、アイドル映画を蔑視していたといっていい。
 
 
 
 そもそも、70年代後半は「アイドル」が行き詰まっていた。キャンディーズは解散し、山口百恵たち高3トリオは高校を卒業し大人の歌手・女優へと脱皮していた。百恵が恋人宣言をするのが79年である。若い女性歌手は毎年何人もデビューしてはいたが、時代を担う存在はいなかった。アイドルを支える世代である中学生・高校生たちはニューミュージックに関心が向かい、小学生はピンク・レディーに夢中になっていた。
 
 
 
 映画界では、この時期、最大の観客動員力を持つ女優が山口百恵だったが、その観客は百恵と同世代の女性が多く、当時の「男子」たちは日本映画への関心が低く、角川映画以外はほとんど見なかった。  
 
 
 そんな時代の78年に「野性の証明」でデビューした薬師丸ひろ子は、歌手としての才能が見出されていないし、学業優先という当人の意思もあり、当時の芸能界には居場所がなかった。
 
 
 
 映画、あるいはテレビドラマに「若い女優」は常に必要である。荻野目慶子杉田かおる石原真理子らが、薬師丸と同世代の若い女優だ。彼女たちと薬師丸とは容姿や演技力においてそれほどの差はなかった。それなのに、薬師丸はこの世代でずば抜けた人気を持つ。角川の宣伝が上手だったからというのは理由のひとつではあるが、宣伝に踊らされるほど、当時の青少年は愚かではなかった。彼女には「何か」があった。
 
 
 
 その「何か」が開花したのが、80年夏の「翔んだカップル」だった。これは角川映画ではなく、キティ・フィルム作品で相米慎二の監督デビュー作でもある。
 
 
 
 東宝の夏休み映画は百恵・友和映画が担っていたが、百恵が引退を表明し80年夏の映画の日程的余裕がなくなり、引退映画は暮れに公開されることになった。同時期、歌謡界では、松田聖子が崩壊寸前だった「アイドル」に革命をもたらし、ポスト百恵の座を奪取したが、彼女はこの時点では映画には進出できない。そこに、「翔んだカップル」は登場した。「時」が薬師丸ひろ子に味方していた。一年前では山口百恵がいたし、一年後には松田聖子が映画でも成功していたかもしれない。
「翔んだカップル」は80年の春休み、つまり中学生から高校生になる時期に撮影され、その高校一年生の夏休みに公開された。そして一年生から二年生になる春休みに大林宣彦監督ねらわれた学園」が角川映画として撮影され夏に公開、同作のキャンペーンと並行して「セーラー服と機関銃」が撮影されていた。大林監督によると、キャンペーンで各都市をまわったが、そのたびに薬師丸の人気が高まっていることを感じたという。その人気は「セーラー服と機関銃」で沸騰するわけだが、その最大の理由は、主題歌を彼女自身が歌ったからだった。



 アイドルは歌わなければならない。
 
 
 
 薬師丸と同世代の若い女優たちが実力はあっても大スターになれなかったのは、歌わなかったからだ。山口百恵のように歌手から映画へ進出した場合はもちろん、女優としてスタートしても、ある時点で歌うことで国民的スターになる例として、吉永小百合を挙げれば充分であろう。
 
 
 
 予想以上のヒットとなった「セーラー服と機関銃」だったが、薬師丸は休業を宣言してしまった。角川映画は薬師丸なしで82年を乗り越えつつ、次のアイドルを準備し、渡辺典子原田知世を発掘した。
 
 
 
 歌謡曲としての「セーラー服と機関銃」のヒットという前例がある以上、次の角川アイドルも歌わなければならない。
 
 
 
 原田知世は最初から歌った。映画「時をかける少女」の前に主演したテレビドラマ版『セーラー服と機関銃』と『ねらわれた学園』でも彼女は主題歌を歌い、これらはヒットしたとはいえないが、トレーニングになったはずだ。
 
 
 
 角川春樹は、原田知世は過酷な芸能界に向かないと判断し、最初で最後の主演映画として「時をかける少女」を企画した。だが、当初は「探偵物語」の「おまけ」扱いだった「時をかける少女」は公開されるや、人々の心を捉え、原田知世は一気にアイドルとなった。それも、主題歌との相乗効果だった。
 
 
 
 「セーラー服と機関銃」と「時をかける少女」は、歌うアイドル女優としての薬師丸ひろ子原田知世のそれぞれ第一作でもある。いまも二人は歌手としての活動を断続的に続けていることからも、二人が同世代の女優たちのなかで、いまも人気を保っている理由のひとつが、「歌」だったと言える。  
 
 

角川シネマコレクション

角川映画を代表する薬師丸&原田主演2作品 
 
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■12月5日発売/各4800円+税 
■発売・販売/KADOKAWA 角川書店 
 
※特典として復刻プログラムを封入(一部編集あり) 
 
(C)KADOKAWA 1981 (C)KADOKAWA 1983

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