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DVD Collection イングマール・ベルイマン 黄金期 Blu-ray BOX Part-1、Part-2

完璧な芸術映画作家

文=遠山純生

国際映画祭と作家主義




 一九五〇年代は、発展途上国での映画製作が盛んになり、西洋以外の国々でも国際映画祭が開催され始めていわゆる「第二世界」「第三世界」の映画が広く認知され始めた時期だった。同時に、フランソワ・トリュフォーをはじめとするカイエ・デュ・シネマ誌の若手批評家たちが、自作映画の脚本を自ら執筆する(あるいは執筆しないまでも自らの志向に合うよう管理する)監督こそが「本物の映画作家」であるとする「作家主義」を過激に推進したのもこの時期のことだ。つまり彼らは、芸術家個人による、純粋な創造物としての映画を称揚した。やがてカイエの批評家たちは、明確な分業体制を確立させているハリウッドの職人監督にも「作家主義」を適用し始め、この一種の暴走は議論を呼ぶと共に(アメリカの娯楽映画に従来とは別の角度から光を当てることで)映画の見方を一新させることになる。また「作家主義」的考え方は、各種国際映画祭が映画創作の中心を監督とみなし、彼らの存在を前面に出す傾向とうまくリンクした。批評と映画祭の蜜月的関係は、五〇年代に始まる芸術映画の世界的流行がもたらしたものだと言える。そして、逆にこの「蜜月」は、映画作家たちを一種のブランドネーム化し、芸術映画の「商品」化に寄与することになる。



 もちろん芸術映画の方も興行面での成功を意識せざるを得ない。そのため、ある程度の物語性を保持しながら、そこから大なり小なりずれた表現を志向し模索する実験性をも兼ね備えるかたちを取る。これを、娯楽なのか芸術なのかどっちつかずで中途半端な映画という意味として受け取ってもらいたくはない。むしろ商業的制約があってこそ、その制約の枠内でいかに芸術性とのバランスを取るかが大事になってくるわけであって、平衡感覚のあり方次第で娯楽と芸術の多様な緊張関係が生まれ、それが映画に新たな何ものかをもたらすことになるからだ。そんな、国際映画祭を足がかりとして世界に広くその存在を知らしめた「芸術映画作家」の一人がイングマール・ベルイマンだった。



青春から喜劇、そして宗教へ





 第二次大戦終結直後の一九四六年に「危機」で監督としてデビューしたベルイマンは、四〇年代に既に九本の作品を世に送り出している。この時期の作品は、一風変わった心理描写や苦い男女関係の主題といった後の作品に連なる要素を孕(ルビ:はら)むことがありながらも、慣習的で時にあからさまに商業的なメロドラマが多く、本人も「まだ自らの作風を確立していなかったので借り物のやり方で映画作りをしていた」と告白している。そんなベルイマンが、初めて独自のスタイルを完成させたのが「夏の遊び」(51)だ。作家自身が自作中最大の気に入りだと言明するこの青春映画は、(カイエの)批評家時代のゴダールが「映画のなかで最も美しい映画」と愛してやまない作品だった。



自身の方法を確立した五〇年代に、ベルイマンはおおまかに三度その作風を変化させている。一つ目は、海辺のロケーション撮影をふんだんに採り込んだ、情感豊かで溌剌とし、素直な魅力に富む青春映画。前述の「夏の遊び」と、これまたカイエの批評家(ゴダールやトリュフォー)に絶賛され、後に自ら映画を撮り始める彼らにイタリアのネオレアリズモと並んで少なからぬ影響を与えた「不良少女モニカ」(53)がこれに当たる。



二つ目は、大人の男女関係をめぐる皮肉を効かせた喜劇。商業的成功も多分に意識して作られたこの喜劇群はオムニバス的構成の「シークレット・オブ・ウーマン」(52)で最初に試みられ、「愛のレッスン」(54)を経て「夏の夜は三たび微笑む」(55)へと至る。とりわけ夏の別荘で老若男女が各々パートナーを交換しながら入り乱れ、彼らの恋愛感情と肉欲と嫉妬と移り気と歓喜と失望が交錯するさまを描いた「夏の夜は三たび微笑む」はカンヌ国際映画祭で詩的ユーモア賞を獲得、ベルイマンの名を国際的に轟かせると共に、商業的にも大成功を収めた。



三つ目が、「夏の夜は三たび微笑む」の大成功を梃(ルビ:てこ)にして実現した──それ以前にいったん製作を拒否されていた──「第七の封印」(57)から始まる作品群。「宗教的な問題は、自分のなかに消えずに生き続けている。感情的レベルでなく、知的レベルで」と作家本人が告白する通り、「第七の封印」「野いちご」(57)「処女の泉」(60)「冬の光」(63)は、「心で作った」「夏の遊び」とは対照的な「頭で作った」映画たちだ。そしてこの時期以降、ベルイマン作品はオスカー外国語映画賞を受賞するほか各種国際映画祭で頻繁に讃えられるようになり、作家は世界的名匠の位置へと一躍押し上げられる。



ベルイマンは以後、「夏の遊び」系統の作品を作ることはなかったが、五〇年代に確立した残りの二つの作風から派生した主題群を継続的に探求し続ける。その意味で彼は、映画とは芸術家個人による純粋な創造物(場合によっては折々の作家の人生観が表現された作品群)であるとの、「作家主義」が掲げた前述の命題に完璧に合致する作家だ。今回発売のBDを通じて過去の作品を眺め渡すことで、ベルイマンの作品歴のなかで互いに似通った主題や様式が反復され、作品間に豊かな統一性が与えられている事実を確認できるだろう。そして最終的に大作「ファニーとアレクサンデル」(82)において、ベルイマンはそれまでに反復してきた主題や様式を自ら体系化し、この最後の映画作品において自身の人生観までも見事にまとめあげてしまったのである。

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