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隔号連載『角川シネマコレクション』を斬る4

増村保造作品に生きる 狂人=名優たち

文=寺岡裕治

強烈な女性像を体現したミューズ



 製薬会社のオフィスに着物を雨でびっしょり濡らした女が現れると、せわしなく鳴り響いていたタイプライターの音が一瞬とまる。スーツ姿の男女が驚いて女のほうをみつめると、黒髪から雫をたらしながら彼女はゆっくりとお辞儀する。なぜ女は恥も外聞もなくオフィスを訪れたのか。男を追ってだ。その男を思う気持ちのためなら邪魔な存在の命すら奪った。そんな身勝手な欲望を煮えたぎらせる女から男は離れてゆく。だが女は追う。「ねえ、これからあなたの言う通りにするから、お願い私を捨てないで……」



 自分の周囲をむちゃくちゃにしようとも愛情を成就させようとする女の狂的なエゴが力強く描き出され、そんな馬鹿なと思ういとまもなくぞっとすると同時に解放感さえ感じはじめて女のなすことどもに圧倒されている自分を発見する……増村保造監督が女優・若尾文子と組んだたくさんのキラキラ輝く仕事のうち最初の頂点をなす「妻は告白する」(61)のクライマックスだが、この場面、井手雅人の脚本では女が受付で男を呼び出すにすぎない。だが増村は大勢の働くオフィスに雨に濡れた妖しく美しい若尾文子を出現させ、女が狂るおしく愛を貫く姿を激しく印象づけた。



 しかしなぜ増村はこんな激しい人間を描くのか? 敗戦後に撮影所へ入った第一世代の監督である増村は戦前の映画に描かれた情緒、道徳、男女の像、人間関係を批判的に問い直し新しい時代の人間像を模索した。さらに増村はイタリア映画実験センターへ留学しその地で日本にはない「美しく力強い人間」を実感した。戦前と戦後、日本とイタリア、二つの時代と文化のはざまに生きた増村は双方の基底にある人間の本質を洗い出した。本質をむきだしにした人間は文化的な常識を超越してすら行動する。増村は「狂人を描きたい」とさえ批判に弁明した。彼は俳優たちに言った。「もっと強く!」「もっと死ぬ気で!」



 増村は人間の狂的本質をおもに女を通して描き、名女優たちによって理想を肉体化した。最初に強烈な女性像を明確に打ち出したのは「暖流」(57)の左幸子をとおしてだろう。彼女は戦時中に両親を亡くしてからどんな時でも笑うようになったと自己解説し、勤務する病院でも周囲から浮きまくる。革命家タイプの病院の改革者・根上淳と意気投合し彼のスパイになるが、歯止めのない彼女は役割を超えて根上淳を追いまわし「君は公の気持ちと個人的感情を一緒にしているらしい」と根上淳に突っ込まれる。だが「愛するってすれっからしになることなのよ」と主張する彼女は果ては駅の改札で辺り憚らず根上淳に「二号でもいいわ。妾でもいいわ。だから私は待ってます」と叫ぶ。男と女の仲は戦争ですとは増村が助監督として就いた溝口健二の言葉だが、彼女は戦場で銃撃しまくる。もともと体育教師を志していたという左幸子は敏捷な動きをみせ、三日月形の大きな目と口で笑って底知れぬ不気味さすら漂わせながらすっ跳び一途な愛を生きる女を具現し、観る者をも屈服させ胸打たせてしまう。



 そんな欲望する女性を増村は「女体」(69)で最も純化して描いているように思う。激しく痩身、パッチリ眼(ルビ:まなこ)につけまつ毛で茶髪のギャルギャルしい浅丘ルリ子は当時29歳だが、その頃高揚していた若い戦後世代のパワーが投影されている気がする(前年にはパリで女子寮の男子禁制はおかしいとの叛乱すら起こった)。冒頭、和製ファンク音楽にあわせ股間をおさえたり性的欲求不満を発散するかのダンスを踊り、やがては机の角をガリガリ齧り野獣性を誇示。自分に魅力を感じた男を正直に行動させることが大好きで、大学理事長とその娘婿で秘書の岡田英次、彼の妹と婚約者を自分の欲望で翻弄、関係をぐちゃぐちゃにしてゆく。たびたび下着姿をみせるルリ子の肋骨浮くギャル的痩身に淫靡さは寡少でむしろギリシア彫刻的肉体美に昇華したいかの如くなのが増村作品のヒロインらしい。



印象深い男性像を描出した増村映画




 増村は「女性映画の作家」だとよく言われる。だが一方、魅力的な男優たちと印象深い男性像をも描き出している。実際、増村は溝口を論じるのと同じくらい熱をこめ男性的な作家と言われる黒澤明論を書いた。



闇を横切れ」(59)で増村は黒澤映画の「野良犬」(49)の脚本家である菊島隆三と組んだ。「野良犬」では老刑事・志村喬から若手刑事・三船敏郎へ職務への純粋実直さが継承される。本作も新聞社社会部の若き記者・川口浩と彼の尊敬する編集局長・山村總と似た人物配置がなされた。だが純粋な青年・川口浩に対し山村總は清濁併せ飲み世を渡る大人であり、青年は先人の濁を憎む。しかし純な青年よりインテリ俳優山村總の存在感が随分魅力的で、加齢臭すら麗しく香らせそうなほど懐の深い五十近くの男として銀幕に映える。増村映画の男性は清濁善悪を超えて情熱的に行動するとき最も魅力的な気がする。



 この老若対立劇はやがて「黒の報告書」(63)で、若い実直な検事・と世慣れたがゆえ宇津井健狡猾な老弁護士・小沢栄太郎の法廷劇として変奏されるが、検事を先回りして苦しめる小沢栄太郎もまた魅力的なのだ。



 その弁護士をヒーロー化したのが「大悪党」(68)の田宮二郎だ。甘いマスクの横分けハンサム弁護士は「要するに裁判なんて弁護士と検事のだまし合いさ、勝てばいいんだよ」と語り殺人を犯した緑魔子が無罪になるよう証拠をでっちあげてゆく。何があっても笑みを浮かべ虚勢を張るこの弁護士だが、情熱の裏に一抹の虚無を漂わせる。



 それは「女体」で大学理事長秘書の職を捨てルリ子愛に情熱を注ぐ岡田英次にもまた認められる。彼は言う。「俺たち戦中派にとって、戦後は余計な人生さ」。この台詞、戦後は虚妄だと言った三島由紀夫を思わす。実際、増村と三島は東大法学部の同期生。三島は本作の翌年自決するが、増村は情熱を持った人物を描き続けた。戦中派特有の空虚を感じながら……?



 増村映画のなかには魅力的な「狂人」たちが生きている。随分無茶なんで思わず笑いをもらしてしまうことさえあるかも知れない。だが結局、その力強い主張に圧倒され、果ては感動にまで至るはずだ。増村が逝って30年近くになるが「狂人」たちは未だ「狂人」であり現実を叱咤する力はまったく衰えていない。増村映画を観るとなんだか元気になる。「もっと強く!」「もっと死ぬ気で!」  
 
 

角川シネマコレクション

増村保造特集 
 
」(62)*出若尾文子、田宮二郎 
『女の小箱』より夫が見た」(64)*出若尾文子、川崎敬三 
妻二人」(67)*出若尾文子、三島雅夫 
積木の箱」(68)*出若尾文子、緒形拳 
青空娘」(57)出若尾文子、菅原謙二 
氾濫」(59)出若尾文子、佐分利信 
妻は告白する」(61)出若尾文子、川口浩 
清作の妻」(65)出若尾文子、田村高廣 
やくざ絶唱」(70)*出勝新太郎、大谷直子 
女体」(69)*出浅丘ルリ子、岡田英次 
暖流」(57)*出根上淳、左幸子 
からっ風野郎」(60)出三島由紀夫、若尾文子 
大悪党」(68)出田宮二郎、佐藤慶 
闇を横切れ」(59)出川口浩、山村總 
 
■発売中/各2800円+税 
■発売・販売/KADOKAWA 角川書店 
 
増村保造監督作品が上映される「若尾文子映画祭(仮)」は今夏、角川シネマ新宿ほかにて開催 

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