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公開作は巧妙に作られた「怪しい彼女
悪夢のようなSF映画が推し

文=添野知生

 開巻いきなり、強烈な意地悪ばあさんが登場する。パーマ頭にモンペ姿で、図々しく身勝手で口が悪い嫌われ者。映像も明るく平板で、こんな映画が好きになれるだろうか、と思い始める。だがそう思ったときには、あなたはもう「怪しい彼女」の術中にはまっているのだ。



 七〇歳の老婆が二〇歳の自分に変身するファンタジー現代コメディ。まず、心は老人、姿は若者という婆ちゃん娘を演じた主役シム・ウンギョンが圧倒的にすばらしい。この設定でしかあり得ないチャームを振りまいている。気がつけば映画も奥行きと陰影を獲得して、最初の印象との落差こそが演出だったと気づかされる。すべてが、いま七〇代の人々が、どういう時代にどういう人生を生きてきたかを考えたところから逆算して、巧妙に作られているのだ。



 さらに巧いのは、全体をバンドのサクセスストーリーに仕立てたこと。ヒロインの歌う七〇年代のヒット曲、とりわけ『雨水』『白い蝶』の二曲のバラードの、何かが憑依したような説得力こそ、この驚くべき傑作のエッセンスといえる。



 何事も白か黒かの現代において、世界的に見られなくなってしまったのが隠し撮りによる街頭ロケ撮影。六〇〜七〇年代の映画では、そうやって無許可でとらえた街の表情が見ものだったり、現実と虚構の境を跨ぐものだったわけだが、その精神を意外な場所で甦らせたのが、独立系のアメリカ映画「エスケイプ・フロム・トゥモロー」。



 フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドに、家族旅行でやって来た平凡な中年男。だが彼は、アトラクションの中で不気味な幻覚に襲われ、謎の感染症で体調を崩し、エプコットの球形ドーム地下に監禁される。



 この世でいちばん知財保護に厳しそうな場所で、劇映画をまるまる一本隠し撮りすることが可能だろうか、という驚きもさることながら、街頭撮影はこのモノクロのフィルムノワールの、悪夢のようなSF映画の、重要な見どころになっている。



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