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日本財団 『これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~』

「芸術」って言葉は嫌いなんです

山内 「芸術」ジャンルは、選書時に実は裏テーマがあって。選書作品を全部読めば日本の芸術の大枠がある程度みえるという視点で選んだところがあります。なので、かるたや碁など、伝統的なものを題材にしている作品が多く選ばれていますね。

川口 私、実は「芸術」という言葉が嫌いで。「芸術」という言葉は明治維新後に西洋の列強に追いつかなければいけない日本が、実際には西洋に追いつけないけれど、近づきたいと思ったときに、それならば「アート」をしなきゃいけない、となって、「芸術」という言葉を編み出したんだと思うんです。「芸術」という言葉には、呪いのように、西洋にはかなわないという気持ちが含まれているんですよね。 かくいう私も実は子どもの頃は芸術好きで、芸術家になるんだと大口をたたいていました。
父が漫画家をやっているのに、思春期のころはマンガを軽視していて、「あれは芸術じゃない」と思っていました。 そんな時に、能面を見る機会があって、とてもショックを受けました。日本は、「芸術」という言葉を作る前のほうがはるかに豊かな表現をしていたんだな、と気づきました。それまで、美というもの、表現というものは日常にあったのに、「芸術」という言葉を作ってしまったがために、それらを崇高なものにしてしまった。美や表現が自分の身から離れてしまったと感じました。この能面との出会いがきっかけで私は美大に行くのをやめ、能楽師になったんです。

山内 日本の伝統的な表現と「芸術」の表現の違いってなんだと思いますか?

川口「芸術」って、自分の人間性を発現して、個人を表現するものだと思うんですが、能は個人表現じゃなくて、集団表現なんです。個人表現は自分で完結してアウトプットしていくのが王道ですが、能は個人表現をしつつ集団になっていく。言い換えると、それぞれが個人表現したものが和になってひとつの表現になるということです。浮世絵もそうですよね。下絵を描く人、版を彫る人がいて、摺師がいて、といった具合で。ひとりの思いではなくて、それぞれの持ち場で力を発揮していく人たちがひとつになることによって、ひとつの表現になっていくんですね。
そう考えるとマンガもまさにそう。原作者がいて、絵を描く人がいて、編集者やアシスタントがいる。まさに、集団の中から生み出されていくものです。現代日本で「芸術」の弊害を免れているものがマンガなんですよ。私の考えでは、日本の「芸術」はとっくの昔に行き詰りを迎えています。でも、集団表現たるマンガはまだまだみずみずしく生きているな、と思っています。日本はまだまだ捨てたもんじゃないなと思いますね。

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