ページトップへ戻る
  • フェイスブックでシェアする
  • ツイッターでシェアする

日本財団 『これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~』

『はだしのゲン』は「見たくない」という気持ちにさせたいマンガ

山内はだしのゲン』は学校の図書室にありましたよね。あと実は非常にエンターテイメント性が高い作品だと思います。

吉村そうなんです。単純にまずマンガが学校の図書館にあるというだけで、子供たちは読みたくなるんですよ。で、おっしゃるように面白いんです。ありがたいことに、お亡くなりになる少し前に作者の中沢先生にインタビューをさせてもらう機会がありまして。先生は元々「週刊少年ジャンプ」で『はだしのゲン』を連載開始したというところにこだわりをお持ちでした。晩年、コンビニマンガ版『はだしのゲン』が出たんですが、それを先生はとても喜ばれていましたね。本来届けたい大衆的なメディアに載ったっていう事で。

山内はだしのゲン』といえば、吉村さんは福間良明さんと共編著で『「はだしのゲン」がいた風景――マンガ・戦争・記憶』という本を出されていますね。

吉村はい。この本で『はだしのゲン』に出てくる「黒い目の被爆者たち」について考察しています。黒い目の被爆者たちの凄さは、マンガの登場人物の目を黒く塗りつぶすとどれだけ怖いかっていうその凄さなんです。戦後のマンガが登場人物の目に表情を込めていったことを踏まえると、生き生きとした象徴であるはずの目が黒く塗りつぶされることって、ものすごい恐怖感をもたらたすんですよ。僕は黒い目の被爆者がこの作品の中に何人、どういう風に出てくるか全部数えたんです。論文の締め切り前に研究室で徹夜で。それが怖くて怖くて(笑)

山内それは怖い(笑)

吉村数えたら1800体位出てくるんですよ。ある島に運ばれていく被爆者たちがいて、その船に乗った人たちだけでも100人以上いるんですけれども、その一つ一つにこの黒い目が描かれているんです。中沢先生の意図として、政治的な背景や人道的な問題などはとりあえず置いておいて、読者である子供たちに生理的に気持ち悪いと思わせたいというのがあったと。

山内たしかに読者にとって強烈な恐怖体験になりますよね。

吉村2013年に松江市で『はだしのゲン』を学校図書館で閲覧制限する話が出た時も、こんなのを見せていいのかという議論があったんですけれども、逆なんですよ。見たくないって気持ちにさせたいマンガなんです。議論が引っくり返るような話ではあるんですけれども。

何度読んでも新しい発見のある『夕凪の街 桜の国』

山内他の作品もお聞きしましょう。『虹色のトロツキー』はどう読まれますか。

吉村フィクションの設定が面白いですよね。いわゆる僕らが知っている知識に準じるような学習マンガではなくてまさしくその入り口として、素材として、人物や事件を扱いながら全然違う解釈、「でもあったかもしれない」リアリズムに連れて行ってくれる、そういう歴史マンガですよね。事実に基づいたノンフィクションよりも「正しくてもフィクション」のほうが、歴史の世界に強烈に導いてくれることもあるということを示しているような作品だとも思います。

山内総員玉砕せよ!』。こちらは水木先生自身の実体験を元に描かれた作品です。

吉村よく言われますが、カケアミと点描が本当に細かいですよね。水木先生が実際に現地に入って体験したんだっていうのがよく分かりますよね。南国の熱や湿度が伝わってくる。これを読むと、まず戦地での生活ってそれだけで大変なんだろうと思うわけです。戦争に行くということはまずそういう場所に連れて行かれることなんだなっていうのが分かります。そして、そこに入っていく人間はまともに判断できるような思考は出来ないんだろうなとも想像がつきます。そういう中でも水木先生は希望を見出だしていく。人間ってしぶといなと思うわけですよ。でもこの作品は終わり方が辛い。結局みんな誰にも看取られること無く、みたいな。そしてそれが戦地での現実だったんだと思います。

山内体験者にしか描けない世界ですよね。

吉村従軍したかどうかは決定的に作品に表れると思います。でも従軍していないから、もしくは戦争を体験していないから戦争マンガは描いちゃだめということにはならない。特に戦後の次の世代、60年代末以降生まれのマンガ家たちは実体験を元にした戦争マンガを解釈しながら、これに代わる作品づくりに精力的に挑戦しています。世代はもう少し上ですが『凍りの掌 シベリア抑留記』のおざわ ゆきさん、『夕凪の街 桜の国』のこうの史代さんや、『いちご戦争』の今日マチ子さんなどです。

山内その3作品について吉村さんの感想をお聞きしたいです。まずは『凍りの掌 シベリア抑留記』。

吉村あるにはあるんですが、これまでシベリアそのものがあまり描かれてこなかったんですよね。戦争が終わっているにもかかわらず、違う政治的力学でシベリアに閉じ込められて、死に向かってひたすら労働させられる。戦争モノはドラマが作りやすいはずなんですが、それは敗戦に向かって進んでいく大きなストーリーが共有されるからなんです。敗戦後に残った戦争状態を描くと言うのは本当に辛いんですよね。そこを掘り下げたというか、辛いのをそのまま淡々と描いたというのがこの作品の凄いところだと思います。

山内夕凪の街 桜の国』はどうですか。

吉村端的に言えば、マンガリテラシーを最も試されるマンガの一つです。『はだしのゲン』の黒い目の被爆者の話からすると、こうのさんはその対極にある人形のような被爆者を描いています。その被爆者の姿が持っている恐ろしさは、僕らが『はだしのゲン』を読んでいるからこそ響くんです。あと、全部手描きなので、例えば何で一度だけ出てくる原爆ドームがこのような短い線を重ねるように描かれたかというのも重要なんです。一つ一つの線や描かれ方に意味がある。つまり、機能としてマンガができる事を最大限に使いながら、原爆なり戦争なりに向き合った結果だと思うんですよね。ものすごい実験精神にあふれている作品だと思います。

山内何度も読みたくなりますね。

吉村そうですね。僕はこれを毎年一回、学生の前で音読しながら解説しているんです。そのたびに新しい発見があります。戦争を実体験はしていないけれども、メディア体験をしたその世代の、しかもマンガという表現の一番深いポテンシャルを引き出そうとして描かれた作品だと思います。そのエッセンスがギュッと縮まっているのがこの作品。『はだしのゲン』とはまた違う意味で、あるいは両方がセットで古びない作品になっていくと思いますね。

  • フェイスブックでシェアする
  • ツイッターでシェアする
このページをお友達に教える
  • ツイート
現在地
トップ > 特集 > スペシャル特集vol.08:ジャンル別インタビューシリーズ「戦争」

オススメのキャンペーン&特集

もっと見る

  • 買い物かご
  • お気に入り
  • 閲覧履歴
  • 購入履歴
  • クーポン