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日本財団 『これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~』

日本人がスポーツマンガに託してきたもの

山内今日犬飼さんにはたくさんの私物マンガを持ってきていただきました。紹介していただけますか。

    

犬飼時系列で見ていきましょうか。まず『イガグリくん』と『スポーツマン金太郎』。1950年〜60年代の作品です。これはテレビが一般に普及する前の作品。テレビが登場するまではスポーツはラジオで聞くくらいしかメディアで知る機会がなかったんです。そんな時代に「動いている感じ」が分かるメディアがマンガだった。「ヤバい!これ凄い動いてる!!」って興奮しながら皆スポーツマンガを読んでいたんじゃないかと。

山内この時代はプロ野球の巨人軍を題材にした作品が多いですね。

犬飼戦争で負けた日本人の「勝ちたい」という気持ちの現れかもしれないですよね。スポーツはルールの中で何を達成すればいいかが明確です。頑張って成果を出せば勝てるシンプルな仕組みにその気持ちを託したのかもしれません。一方で徐々にスポーツのゲーム(=試合)に「お金を儲ける」というビジネスの要素が加わっていきます。ビジネスの発想では、「誰かの決めたゲームの中で勝てなくても、別のゲームで勝てばいい」という風になります。つまりこれが経済なのですが、その経済という名のゲームは誰かが作ったゲームだったと青年ですら気づくのが90年代。96年から連載された『ピンポン』はそんなゲームに埋もれた社会で、その時代の青年がそれでもまたもう一度ゲームやスポーツを見出す話だと読むことができると思います。

山内スポーツを通じて自分自身と社会を見据えるような作品ですよね。

犬飼そうですね。スポーツマンガはいつもそうだったといえると思います。またスポーツにはもうひとつテクノロジーという重要な軸があります。10年ほど時代を遡りますが、なんといっても『ゲームセンターあらし』は画期的な作品です。コンピューターが僕らのリアルな世界に介入してくるわけです。従来のスポーツ以外のもうひとつのゲームがここから始まります。

山内スポーツのゲームとコンピューターのゲームの違いは何でしょう。

犬飼スポーツって評価されるのにとても時間がかかりますよね。根性で頑張るとかね。でもコンピューターゲームは分かりやすく直ぐその場で褒めてくれたりして成果が分かります。しかもゲームの種類がたくさんある。「このゲームは下手だけどこのゲームは上手い」みたいなことって非常に心の拠り所になるというか、幸せにつながっていていると思うんですよ。

山内こんにちはマイコン』も持ってきていただきました。この「キーボード実感ポスター」という付録は面白いですね。パソコンのキーボードがプリントされています。

犬飼これすごいですよ。「実物の90%の大きさです。」って書いてある。これこそが情報社会の表現なんです。つまり、このプリントが等倍かどうかを気にする人たちが増えたということです。この作品は「見る・知る・使う」ためのもの。知るだけではなくて「使う」が入ってくるところがすごい。Doなんですよ。いや、むしろPlayするに近いかな。非常に多くの人がこの作品をきっかけにゲームクリエイターを目指し始めたんじゃないかと。

山内そしてそのコンピューターゲームを題材にしたのが『東京バーチャ物語』。これはどんな作品ですか。

犬飼セガの対戦型格闘ゲーム「バーチャファイター」のプレーヤーが制作したもので、まず作り方がすごいんです。通常ゲームセンターでプレイするときの視点とは別の視点で対戦を見ることができる基盤をわざわざゼガに頼んで作ってもらって、その基盤を借りてプレイし、ゲームをやっている途中で止めるんです。その静止画をカメラで撮影してマンガ風に編集するという。しかも内容は『東京大学物語』を元にした創作なんです。

    

山内ゲーム画面を使ったオフィシャルな二次創作といったところでしょうか。

    

犬飼そうとも言えますね。バーチャファイターは1ゲームが1分くらいで終わるんですね。その1分の間で次々に起こる刹那の物語がプレーヤーの中には存在するんです。それを何とか別のメディアで再現したいという時に題材にしたのがその当時ヒットしていた江川達也の『東京大学物語』。これは主人公が東大を目指す話ではあるものの実際はほとんど受験と関係無いことばかり考えているという話なんですね。受験という危ういゲームを象徴しているのが『東京大学物語』で、一方で与えられたルールの中で遊び尽くそうとするのがバーチャファイターのプレーヤー。実際には何にも目指していないというのが両者の共通点なんです。

    

山内なるほど、どちらも刹那を物語化しているんですね。

    

犬飼そうそう。過去や将来でなく今、しかも刹那にしか興味がない。1分の世界を何ラウンドかに分けて描いていたりするわけです。分けて描いていくとその1分が細かい反復の積み重ねだということが分かる。反復はまさにスポーツの本質の一つです。反復する中で結果の差異を楽しんでいくのがスポーツなんですよ。『あしたのジョー』の時代は1ラウンド3分の反復を描きましたが、90年代はコンピューターのクロックを刹那として表現するようなことになってきていたんですね。

    

山内マンガというメディアは描く方も読む方も時間軸をコントロールできるので、時間に自由度の高いメディアと言えるかもしれないですね。スポーツという題材との親和性の高さにも納得です。

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