照れくさくって、恥ずかしくって、でもジワッとする一冊…母への想いがあふれます
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――『東京タワ──オカンとボクと、時々、オトン』はリリーさんが同人として参加している文芸誌「en-taxi(エンタクシー)」(扶桑社)に連載されていましたね。書こうと思われたのは「en-taxi」の創刊が決まってからですか? リリーさん 書き始めたのは4年くらい前ですね。おふくろが入院している時に病院で書き始めました。おふくろが亡くなってしばらくはまったく書けなかったんですが、「en-taxi」という同人誌に誘ってもらうことになった時に、今まで書きかけてやめてきたことをもう一度書いてみようと思ったんです。連載にならなかったらこのまま書かないでやめていたかもしれませんね。 ――リリーさんの小説というと、『ボロボロになった人へ』(幻冬舎)という短編集がありますが、まったく違う世界ですね。『ボロボロになった人へ』にはぶっ飛んだ 小説が収められていますが、『東京タワー』はリリーさんの体験に基づいた作品です。 リリーさん ぼくの中では、『東京タワー』が小説なのかもよくわからないんですよ。今までにぼくが書いた短篇小説はまったくの荒唐無稽なものなんですが、それは、ありえないことを書くのが小説だというのがどこかにあったからなんです。『東京タワー』は、これを小説家が書いていれば小説なんだろうけど、本当にあったことを書いているという意味でエッセーといえなくもないし、自分ではよくわからないですね。 ――ジャンルは関係なく、これをこういうかたちで文章にしたかった、ということでしょうか? リリーさん そうですね、たぶん。おふくろが死んだ時には写真も撮ったし、絵も描いて挿絵に使いましたけど、写真や絵だけでは自分の中で完成しなかったというか。文章なら過剰に説明できるからですね。逆に過剰に説明できる分だけ誤解されるリスクもありますけど。 書こうと思った直接のきかっけも、病院でおふくろのベッドの横に座っていても何もしてあげられるわけでもないから。これを本にすることもおふくろの供養かもしれないですね。 ――お母さんのことだけを描くのではなく、リリーさんの子供時代から書き起こしていらっしゃいますね。 リリーさん 最初はおふくろを東京に呼んでからのことを書こうと思ったんです。でも、そこから話を始めていくと、おふくろのことやぼくらの環境のことを説明するために、また前の時代へ遡ることになるんで、いちばんシンプルなやり方がいいと思って、俺の記憶の順番に書いていくことにしたんですよ。結果的にその書き方でよかったと思いますね。 ――少年時代をすごした町が生き生きと描かれていて、そこに行ったことがないのにどこか懐かしさを感じました。 リリーさん 町を転々としてきたので、時間軸で書いているとだらだらしてくるんですよね。メリハリをつけるために、住んでいた場所のディテールを書くようにしました。 ――メリハリのひとつになっているのが、「5月にある人が言った」というフレーズです。 リリーさん 最初は意図していなかったんですが、結果的に、長い時間に渡る話を書くために有効でしたね。たとえば3年間の飛ばし方に無理がないっていうか。「5月に」というのは、実際に、おふくろが死んでから書き始めるまでにいろんな人がぼくに言った言葉なんですよ。 ――『東京タワー』では、リリーさんのお母さんへの愛がメイン・テーマになっています。いい年をした大人になってからお母さんのことを好きだと明言することって、 男なら誰でも恥ずかしいと思うんですよ。マザコンと思われるんじゃないかとか。でも、リリーさんは『東京タワー』の中で堂々と「おかんが好きだ」と書いていますね。 リリーさん 男は誰でもマザコンだと思うんですよ。女の子がファザコンだっていうと、セクシーじゃないですか。オヤジがそれを聞いて「俺でも大丈夫か?」みたいな(笑)。だけど、男がマザコンだっていうと、女の人の引き方って凄いじゃないですか(笑)。たぶん、嫉妬なんでしょうね。女の人がマザコンを嫌うっていうのは、もうカレシの母親への嫉妬がはじまっているってことなんでしょうね。でも、お母さんをぞんざいに扱う男とマザコンとどっちがいいかって考えたら、どっちがいいかすぐにわかると思うんですけどね。 ――リリーさんのエッセーを読んでいても感じることですが、世間一般の価値観に対して、ホントはそうじゃないんじゃないか、と異議をとなえる部分があると思うんで す。『東京タワー』ではお母さんはとても大事な存在なんだという、あたりまえのようだけど、ふだんの生活の中で見えなくなっていることを気づかせてくれると思いました。 リリーさん 男同士の話でいいと思うんですよ。これを読んで、自分のおふくろのことを考えたり、女の子におふくろの話をして「え〜」って引かれていたことなんかは無視しようぜ! ってことなんですよね。 俺らみたいな仕事をしていると、面白いことがすべていい、みたいになってる部分があるんですよ。オモシロであること=イカレテイルほうがいい、みたいな。でも、そんな奴って、実はぜんぜん面白くないじゃないですか。やっぱり「普通」の感覚がどこかにないと。 自分の中でも「普通のこと」を書くというのは抵抗があるし、読者の中にも抵抗を示す人がいるということは、逆にやりがいがあることなんですよ。リリーはチンポとウンコのことを書いているのがサイコーだよ! という人のためには書きたくないですから(笑)。たぶん、そういう人たちは俺がまともなことを言ったり書いたりするのが気に入らないんでしょうけどね。 ――チンポとウンコの話も面白く書くリリーさんが、こうしてストレートに感動できるものを書く。そのことが凄いと思いましたけど。 リリーさん 俺みたいなのですら考えてるってことですからね。そして、みんなもいずれ考えざるをえなくなる。親が死ぬっていうのはすごく悲しいことですけど、逆に言えば、一回経験すればもう二度と味わなくてすむ。ご両親がご存命の方のほうが、これからあれを味わうんだと思うと気の毒に感じますよ。 ――お母さんの闘病から死までは、読んでいる読者も胸が痛い。書かれるのはもっと辛かったのでは? リリーさん しんどかったですよ、本当に。書いててもぜんぜん楽しくないし。書いていて乗ってきたな、っていうことも一回もないし。書き下ろそうと思ったら絶対やれなかったですね。こんな嫌な、辛いこと。 おふくろのことを書かなきゃいけないなと思っていて、それでも書かずにうだうだしていたときに、「en-taxi」に誘ってもらった。同人の人たちが尊敬できる人たちだったから、同人の人たち(福田和也さん、坪内祐三さん、柳美里さん)に対して恥ずかしくないように、最低限、自分でエネルギーを使って作らなきゃいけないなという刺激もあったから、すごくいい環境で書かせてもらったと思いますね。 ――『東京タワー』というタイトルですが、そのベタなストレートさが、内容とぴったり合ってますね。 リリーさん しかも、書いているうちに、同名のベストセラーが出たりね(笑)。このタイトルですごく出しにくい状況になった。しかもその映画のDVD化と同じタイミングで出して、誰か間違って買ってくれないかと言わんばかりに(笑)。 メインタイトルも、サブタイトルも最初から決めて書いていたんですよ。ある雑誌で取材を受けて、原稿が上がってきたら「サブタイトルは江國香織さんの『東京タワー』と差別化するためにつけました」って書いてあって、インタビュアーの人、ちゃんと聞いてくれてたのかなって(笑)。サブタイトルは最初っからついてたんですよ!(笑)。 まわりの人でタイトルを変えたほうがいいんじゃないかっていう人もいたんですが、東京タワーのある風景というものがモティーフで、そのほかの土地も、そういうモティーフがからんでくる。煙突だったり、細いものの後ろに月があったり。子供が怖がるような心象風景のモティーフが東京タワーとダブってくるから、『東京タワー』。変えようがなかったんですよ。 ――たしかに読んでいると東京タワー以外のタイトルは考えられないですね。 リリーさん サブタイトルだけでいいじゃないかとも言われたんだけど、そうじゃないんですよね。 ――そういう数奇な運命をたどって世に出た本ですね。 リリーさん そうやって、ミソがつきつつ世に出るくらいのほうが俺の本らしくていいなって思いますけどね。何を正々堂々とこのタイトルで、って思いますもんね。謎本だと思って買う人もいるかもしれない(笑)。 ――たとえ間違って買っても、読み始めたら止まらなくなると思いますよ。それだけのパワーがある本だと思います。今日はありがとうございました!
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