インタビュー
■サブローを救った「先生」との出会い
- −−『いねむり先生』は伊集院さんの自伝的小説とありましたが、登場人物が「先生」、「K」、「I」などで表現されほとんど固有名詞を持ちませんね。この理由は?
- 伊集院さん なぜなら「先生」は名前を2つ持っていたから。純文学の巨匠である「色川武大」とギャンブルの神様と呼ばれた「阿佐田哲也」。この2人の人間が1人の中にいる。サブローが接していた先生を表現するとき、いずれかの名前を出すと描き方に偏りが出てしまう。だから他の登場人物にも固有名詞を与えなかったんです。ちなみにKは黒鉄ヒロシさんで、Iは井上陽水さん。隠すつもりでイニシャル表記にしたわけじゃないんですよ。
- −−色川さんというのは非常に交友関係も広く、多くの人から愛された方だとお聞きします。
- 伊集院さん 色川さんは八方美人ですから(笑)。でも出会ったころは「阿佐田哲也」のことは知っていても「色川武大」のことは知らなかった。だけど知るにつれ、とてもチャーミングな人だと感じるようになってね。今なかなかチャーミングな人っていないんですよ。チャーミングっていうのは愛らしさがあるということ、そしてセンスがあるということ。チャーミングの基礎はセンス、センスの基礎は品格です。
- −−本書では先生とサブローがギャンブルをしながら旅をする、いわゆる「旅打ち」の日々が描かれています。この「旅打ち」の魅力とは?
- 伊集院さん 「旅打ち」っていうのはギャンブラーが一番憧れる遊び方なんですよ。普通は賭けごとやるといっても、必ず家に帰るでしょ。家には奥さんがいたり、子供がいたり…嫌でも現実に戻るわけじゃないですか。でも「旅打ち」なら家に帰らず賭けごとだけをしながら旅を続けられる。猛者になると旅の途中で家の人にお金持って来させたりね(笑)。
- −−先生との「旅打ち」でサブローの心も次第に癒されていきますね。
- 伊集院さん 麻雀好きなら一度はこの人と打ちたいと思うような人でしたから、先生と一緒に旅打ちできるというのは夢のようなことですよ。50代以上の人で阿佐田哲也の名を知らない人はいないんじゃないかな。「11PM」という人気番組で麻雀コーナーも持ってましたから。いわば先生との旅打ちはタイガー・ウッズと一緒にラウンドを回るようなもの。それにあのタイミングで先生に出会わなければサブローは死んでいたでしょう。アルコール依存症で分裂症だし。そのサブローを唯一救ってくれたのが先生だったんです。
- −−先生の持つどういう力が、サブローの心を溶かしていったのでしょうか。
- 伊集院さん 先生は一度もサブローに何かを強要しない。二周りも年が違うサブローに対して少しも偉ぶることなく、ただ「大丈夫だよ」と言うだけで。それに先生自身も同じような分裂気味の病気を持っていて、孤独感と喪失感にさいなまれていた。同病相哀れむという側面もあります。先生の名作『狂人日記』に「自分は誰かにつながりたい。人間に対する優しい感情を失いたくない。」という一節がありますが、この願望が2人の関係そのものだったのかもしれません。
- −−先生とサブローは理想的な関係を築きあげていたように見えます。
- 伊集院さん サブローは無条件で先生のことを敬愛していますからね。見返りを一切求めない無償の敬愛です。今ほとんどの日本人が間違っているんですが、友情っていうのは何でも打ち明けられる関係のことじゃない。むしろ相手と相手の心に入り込まない、それが一番大事。夫婦も同じですね。本当の素晴らしい友人関係、師弟関係っていうのは人から見ると冷たく見えるくらい距離がある。べったりしたものは必ず別れますから(笑)。
■夏目雅子さんとの思い出…そして震災
- −−妻の病死に絶望するサブローを描くにあたって、夏目雅子さんとの最後の日々を近著『大人の流儀』に綴られていますね。
- 伊集院さん 『いねむり先生』を書くためには避けて通れませんでしたから。サブローがいかに絶望の淵に立たされていたかを書くためにはね。209日の闘病生活の間ずっと妻を生還させようとしていたので、その突然の死によって心に大きな穴があいた。それを埋めるのはたいがい普通のものではおさまらない。人は絶望とか自殺とか…そういうものを選んでしまう。サブローはギャンブルと酒でその隙間を埋めようとした。ギャンブルっていうのは5分後の未来を想定して金を投げるから、その5分間は生きてる実感がある。小さな生と死を毎日毎日繰り返すんです。
- −−だけどサブローは先生と出会った。
- 伊集院さん そうですね。サブローは、助けてほしいと先生に手を伸ばした。そして先生が手を差し伸べてくれた。これは決して先生が何かをしてくれたわけじゃないんです。サブローが手を伸ばしたことによって、差し伸べてくれた先生もまた同じ悲しみを抱えてるということに気づき、己の中で光を見出していった。
- −−とはいえ、愛する人を失った悲しみを克服するのは簡単なことではありませんね…。
- 伊集院さん 静かに死を見つめるしかないですね。死というのはその人にもう2度と会えない、ということであってそれ以上でもそれ以下でもない。それ以上の悲しみはないし、だからってそれ以下の楽なものでもない。要するにうまく解消できるものじゃないんです。最初はとても辛い。でも段々これは誰もがいずれ経験する気持なんだと理解していく…。だいたいみんな悲しいことを抱えて歩くのが人生だから。
- −−最終的に先生の死で物語は幕を閉じるわけですが、サブローは先生の死については思いのほかサラリと受け止めているように見えます。
- 伊集院さん それは出会ったことも別れたこともすべて幻想だと思えるくらい、先生との時間は夢のような時だったから。ことさら先生の死を大げさに書くと、すべてが崩壊すると思ったんです。死のとらえ方って難しくて、各宗教でも考え方が分かれるけど、私みたいに「死はただなくなるだけ」っていう考え方をする人もいる。私なんか天国行きたくないしね(笑)。天国で雅子さんに会って「何してたのよ!私が死んでから、一体何人の女の人と…」って正座させられるくらいだったら、地獄に落ちて痛い思いするほうがいい(笑)。
- −−先の3月11日、東日本大震災が日本を襲いました。本書が震災後のこのタイミングで発表されることにも不思議なめぐり合わせを感じますね。
- 伊集院さん もしかしたら何か意味があるのかもしれませんね。小説は人の人生を変えることはできないけれど、悲しみと共に生きていく人のそばに寄りそうことはできる。小説の主人公も光を見つけたんだから私にも見つかるかもしれない、と希望を抱いてもらうことはできるかもしれない。どんな状況にあっても人とつながることの大切さ、そしてつながるためには自分から手を伸ばすこと、素直な気持ちで手を差し伸べてくれた人に気持ちを開くこと…。そういうことを感じながらこの小説を読んでいただければと思いますね。
Shinobu Nakagami
- ★色川武大ファン&阿佐田哲也ファン?なので
(前略)…この小説を読んでいて、伊集院さんをはじめとする周囲の人々のほとんどが色川さんに即座に惹きつけられていく様子がリアルに伝わってきました。二人の丁寧な口調のやりとりあっさりとした距離感がとてもいい。それでいて年齢差のある男と男の互いに通じ合えている感じがすごく気持ちいい。伊集院さんのこの小説はおすすめです。…(後略)(「いねむり先生」より) - ★大人の男になるために
伊集院静さんの作品には、人間というのは、人生というのは本当に哀しく切ないものであるという 温かく優しいまなざしを感じます。つい先日、週刊誌に掲載されていた被災の体験記も、本当に胸に迫る内容でした。本書の巻末に付録のように掲載されている夏目雅子さんの想い出に関するくだりは、歳月を経てもなお残る筆者の心の揺れのようなものが感じられて、切なくなります。ぜひご一読ください。お勧めです。(「大人の流儀」より
















