- 川上未映子(かわかみ・みえこ)さん
- 1976年大阪生まれ。音楽活動をするかたわら、したためていたブログが編集者の目にとまり2007年『わたくし率 イン 歯ー、または世界』でデビュー、芥川賞候補作となる。同年第一回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2010年は映画『パンドラの匣』にも出演、キネマ旬報新人女優賞を受賞。
インタビュー
■光が響き合うような世界観を描きたかった- −−この作品は川上さんが「ずっと書きたかった恋愛小説」ということですね。
- 川上さん 恋愛のみならず書きたかった要素が色々入っている作品なんです。まず、作品のモチーフにもなっている「光」が、人生のあり方にとても似ているなと思ったんですね。光はいつか消えてしまう、だけど今あることは信じられる。それは私たちの人生にも通じることで、私たちは必ずいつかいなくなる、だけど今確かにここにいる。光だけではなく、世の中にある色んなものがすごく似ているんだけど、その1つ1つを説明するのではなく、主人公である冬子の静かな日常を通じて、色んな光が点在して響き合うような世界観を作りたいと思ってたんです。
- −−淡々とした冬子の人生を描くのは難しかったのではないでしょうか?
- 川上さん 難しかったですね。でもこれも私が書いてみたかったことの一つなんです。今まで小説の主人公になる女性は美しいとか母であるとか、何かしら特殊な経歴、権利の持ち主だったと思うんですね。だけど世の中の大半の人は特に美しくもなく、特に強くもない。小説はそういう静かな層の物語を取りこぼしてきているんです。これは私だけではなく社会学、女性学の研究者もすごく注視している問題で、そういった本を色々読んでいたときに、同じ思いを抱いている女性は多いことに気づきました。静かな部分に何か豊かなものがあると感じている方が私以外にも多くいらっしゃる。だから今回は何の特権もない主人公を丁寧に丁寧に描こうと思ったんです。
- −−「校閲者」という職業も冬子の性格を象徴しているように感じました。
- 川上さん もちろんそれもありますし、今回の光とか恋愛というモチーフに「校閲」という仕事がすごく響き合うと思ったんです。校閲は「正確さ」を求める作業でありながら、間違いがないと成り立たない仕事です。宿命として正しさを求めているのに、間違いが絶対ある。これって私たちの人生の縮図みたいだなと。死ぬことはわかっているけれども、今生きている。この「絶対的な矛盾」が校閲という仕事にも通じるものがあると感じたんです。
- −−間違いを起こさず淡々と生きてきた冬子の日常にも、三束(みつつか)さんとの出会いによって「ノイズ」が生じますね。
- 川上さん 三束さんと出会うまでの冬子はお酒も飲まず、恋愛経験もほとんどなく自己完結してきたんです。まるで「校閲」するかのように、何か少し間違いがあっても直してきた。それ以上でもそれ以下でもない。だけど少し外に出たことによって最大の「間違い」である恋愛に出会ってしまう。人生にノイズが生じてしまうんです。その時に彼女が見た風景、それは校閲という職業から見た風景とも重ね合わせられるし、今回はそういう似た構造を持つものをたくさん配置したんです。恋愛、音楽、光、校閲。その1つ1つを説明はしないんだけれども、最終的に「あーこういう雰囲気の場所にいたな」ということを感じとってもらえればいいなと。
- −−冬子と女友達との関係も印象的でした。これは恋愛物語であると同時に、女たちの物語でもあるのかなと感じました。
- 川上さん そう受け取っていただけるとうれしいです。冬子とは対照的な、美人のキャリアウーマン・聖(ひじり)、そして平凡な主婦である同級生…他の登場人物は冬子と違ってそれぞれにドラマを背負っていている女性たちなんだけれども、実はみんな同じで、何が幸せなのか、何が恋なのかをわかっていないんです。一昔前までは、年収、結婚といったわかりやすい幸せの物差しがあった。でも小説に出てくる女性たちはそれらを手にしていても幸せの実感がないんです。それどころか何も持っていない冬子をうらやましがってすらいます。根っこの部分では、みんながどこにも行けなくなってしまっている、ということも描きたかったんです。幸せも不幸も似てきてしまっているというのが今の実感としてありますね。
- −−雑誌掲載されたものと単行本とでは、ラストが違うとお聞きしましたが?
- 川上さんそうなんですよ。雑誌では三束さんの嘘は明らかにしなかったんですが、そのせいで読者さんの想像をある方向に誘導していると気づいて。だから単行本では三束さんの嘘は何なのか、きちんと描きました。多分作品の印象がガラっと変わると思うので、ぜひ単行本も手に取って読んでほしいですね。
- −−単行本の発売が楽しみです! この作品は「究極の恋愛」について書かれているとのことですが、川上さんにとってどのようなものでしょうか?
- 川上さん「究極=幸せ」ではないかもしれませんが、私の考える究極は「成就しない恋愛」(笑)。まさに今回描いた冬子的な恋愛、形而上的な恋愛が好きですね。フィジカルを持ちながらフィジカルを通さない。他者とぶつからないから、ある意味自己完結的ともいえるんですが、私はそれは強さでもあると思っていて。本当の価値は自分の内部で作ればいいと思うんですよ。傍から見ると冬子と三束さんとの恋愛なんて、恋愛とは言えないかもしれません。だけどあの時、確かに光るものは存在していて、自分の中に残っていて…、そういうものって他人に説明できないからこそ強い、自分だけのものになるんじゃないかなとも思うんです。
■「私は、冬子に似ているかもしれません」
- −−川上さんは音楽活動に始まり、詩、小説、昨年は映画出演まで果たすなど多ジャンルでご活躍されていますね。これは意識的に?
- 川上さんいえいえ、まったく意識はしていないんです。それぞれの活動が、それぞれに影響を及ぼすということもないです。同じ人間でも一日の生活の中で、歯を磨く、食事する、仕事するって色んなことするじゃないですか。それと同じ感覚かな。皆さん「ご活躍ですね」とおっしゃるんですけど、ご活躍も何も普段はずーっと家にいて小説書いてるだけですからね。だからTwitterを見てると焦るんですよ。皆さんすごく動いてらっしゃるから、私も何かやらなきゃ!って(笑)。趣味らしい趣味もないし、娯楽とか必要としない人間なんですよ。それこそ冬子と同じですね。旅行に行きたいとか美味しいもの食べたいとか、あんまり思わないんですよ、昔から。しいて言うならお洋服とかお化粧品を買うくらい。よく意外だって言われるんですけどね。
- −−とはいえ映画初出演の『パンドラの匣』でキネマ旬報新人女優賞を受賞されていらっしゃいますね。
- 川上さん これもたまたま「大阪弁の大女」というイメージに私がぴったりということで声をかけてくださって。その時ちょうど『ヘヴン』を書いていて、ちょっと行き詰ってたから現実逃避したかったということもあったんですが、また映画に出演したいとかそんな欲はまったくないですよ(笑)。
- −−大阪といえば、『乳と卵』などは大阪弁で書かれていましたね。川上さんの作品は文体が独特ということでも定評がありますね。
- 川上さん 作品ごとに少しずつ文体も違うと思うんですが、文体は作品の世界観が決めるんですよね。『乳と卵』を標準語で書いたらどことなくクールな印象になってしまうので、大阪弁という仮面をつけてみたんです。他の作品でも、14歳の男の子と冬子の年代だと語り方も見え方も違うから、文体も違うものになる。文体操作というよりも設定から要請される感じですね。形式が先にあるというか。
- −−もともと音楽活動をされていたということですが、音楽の存在は川上さんにとって大切なものですか?
- 川上さん そうですね、大事なものです。今回の小説でもショパンの作品が登場しますが、辻井伸行さんの弾いてらっしゃるショパンの『子守唄』が美しいんですよ。目が見えないのに、光そのものの演奏をされる。普段執筆中に音楽はかけないんですが、この小説を書いている時だけは辻井さんの『子守唄』を3,000回以上聞きました。今回の作品のイメージソングとして書店でも流していただきたいくらい(笑)。自分自身の活動としては、最近はなかなか音楽活動はできなくなりましたが、11月に写真家の荒木経惟さんの個展で歌わせていただくことになってます。
- −−−最後に、今後描いていきたいテーマなどを。
- 川上さん形を変えたり、設定が変わったとしても「どうしてこうなってるのかな」という、人生や宇宙への所感を描いていきたいですね。私の場合、書きたいものって日々の生活の中から生まれてくるんですよ。友達との会話だったり、新聞記事だったり、単なるひらめきだったり、それこそ光が綺麗、この音楽が好き、そういう気持ちがうまく一つにまとまる時があるんですね。照らし出された光によって切り取られた物語、ではなくそれをいくつもいくつもつないで最後に何か一つのイメージ、イマージュみたいなものが誰かに届けばいいなと思います。
Written by Shinobu Nakagami

Copyright: 石倉和夫
『すべて真夜中の恋人たち』
- ★川上さんが描く恋愛とはどんなものか。とても期待があった。そして期待は裏切られなかった。物語後半から一気に展開し、どんどん作品世界に引き込まれていく。自分は男性だけれども、多くの女性に読んで欲しい一冊である。(30代・男性)
- ★この本は決して恋愛だけではなく、生きるうえで不可欠な人とのかかわりのなかで、「いかにおぼえていること」と「いかに忘れるか」の大切さを教えてくれた。すべての思い出と寄り添っていこうと感じさせてくれる、そんな一冊だった。(20代・女性)
- ★彼女がゆっくりと彼を忘れるまでにとった行動に、私は自分でびっくりするほどの涙を流した(30代・女性)
- (読者モニターの声から抜粋)


















