- 村山由佳(むらやま・ゆか)さん
- 1964年東京都生まれ。1993年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で第6回小説すばる新人賞を受賞。2003年『星々の舟』で第129回直木賞受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で第22回柴田錬三郎賞、第16回島清恋愛文学賞、第4回中央公論文芸賞をトリプル受賞。人気シリーズ<おいしいコーヒーのいれ方>をはじめ、『ヘヴンリー・ブルー』『野生の風 WILD WIND』『翼』『BAD KIDS』 『アダルト・エデュケーション』『放蕩記』『花酔ひ』『ダンス・ウィズ・ドラゴン』、エッセイ集『楽園のしっぽ』など著書多数。
インタビュー
■小説家として、新しい地平を見たかった
- −−『遥かなる水の音』は、『ダブル・ファンタジー』での文学賞トリプル受賞後の第一作として発表されましたが、実際にはこの作品を先に書き始めていたそうですね。
- 村山さん第一章にあたる、登場人物たちがモロッコに渡るまでを先に書いていました。ところがその後、実人生にいろいろと動きがあって、一度書けなくなってしまったんです。本格的に執筆を始めたのは 『ダブル・ファンタジー』を終えてからですね。私生活も含めて、本当に心のおりをいっぺん降ろしきった後だったので、今までと違う地平が見たくなったというか。第一章を書いている時は、デビュー以来描いてきた、せつない恋愛小説、青春小説とは違うものを模索してあがいていましたし、今まで描けなかったことに、何とか筆を届かせたいという思いがありました。
- −−文庫化にあたり、その小説にあらためて向き合ってみて、いかがでしたか?
- 村山さんここ3年ぐらいの間、自分の内部の黒々としたものを表出させた作品、私がいう“クロ村山”に属する小説を多く書いてきましたが、ついこの間、“シロ村山”、元祖村山由佳ともいえる小説『天翔る』を脱稿して。馬に乗る少女の話なのですが、それを書き上げて、いざこの作品と向き合うと、私の中でこの2本の潮流は、どこが境目というのではなく、混ざり合っているのがわかったんですね。突き詰めていけば、クロもシロもないんじゃないかと。だからといって灰色になるわけでもなく、でも人間って、本来はそういうものだと思うんです。
- −−イスラム文化の国であるモロッコを舞台にしたわけとは?
- 村山さん子どもの時から『アラビアンナイト』や『ハウフの童話集』といった、イスラム社会を舞台にしたお話が大好きだったんですね。砂漠と薄衣をまとった女性達、ターバンを巻いてラクダに乗った男性達に、今でいう“萌え”を子ども心に感じていました(笑)。敷物を魔法の絨毯に見立て、タオルをターバンのように頭に巻いて、一人でごっこ遊びをするぐらい夢中でした。それから以前、前世が「イスラムの国で騎馬隊を率いるボスだった」と言われたことがあって(笑)。びっくりしましたが、そういえば、馬が好きで乗っているなとか。証明のしようがないけれど、もしかしたら本当かもしれない、ということを心の中に飼っておくのはすごく楽しいことなので。そんなこともあって、イスラムの国にはいつか行きたいと思っていました。
中でもモロッコは、ヨーロッパの様々な国の領土になりながら、ありとあらゆる文化を自分のものにしている場所なので、小説の舞台にしたいと思い、行ってみたんです。登場人物たちがパリからサハラへと向かうルートで、私も旅したんですよ。 - −−そうして書かれた文章からは、土地の空気や匂い、熱までもが伝わってきますね。まるで自分も旅しているような感覚を味わっているうちに、無性にモロッコに行きたくなりました。
- 村山さん本当に素敵な国でした。私が行ったのはちょうどラマダンの時で、断食もしました。日中は四十度を超えるのに水一滴も飲んではいけなくて、信心深いおじいさんなどは、唾までも吐き捨てるそうです。体験してみると自分の弱さに向き合うというか。トイレの手洗い場の水を見て、お腹を壊すと思いながらも誰も見ていないし、口に入れてしまおうかと思ったこともありました(笑)。
- −−なるほど。断食の様子は主要人物の一人、緋沙子を通して描かれていますね。体験して書くことの意味は、やはり大きいのでしょうか。
- 村山さんそうですね。自分の身体を通って書かないと、私の言葉ではないので。何かで知った言葉は、それを書いた人のフィルターを通っていますから、私が面白いと感じる部分が、捨てられているかもしれない。だからできるだけその場所に行き、自分の言葉にしたいという思いはあります。
- −−旅を振り返って、思い出深い場所は?
- 村山さん砂漠とマラケシュの広場ですね。砂漠が生もなければ死もない世界だったのに対して、生が渦巻いているのがマラケシュの市場でした。砂漠は、本当に命の気配がないんですよね。だからなのか、自分の肌がものすごく水っぽく見えるんです。生きているとは水分があるってことなんだと。何より砂漠に立つと、人の物を盗むという行為は、たとえ水でも死に直結するのだと実感します。だから自ずと罰も大きくなるのかなとか、イスラム教についても考えましたね。
■人間の中にある、ありとあらゆる愛に光をあてる
- −−『野生の風WILD WIND』ではアフリカのケニア、『翼』では北米アリゾナと、これまでにもロード・ノベルを描かれていますが、その面白さとは?
- 村山さん私にとっての旅というのは、異質なものと出会い、自分を壊してもらうことなんですね。それが旅で得られる一番の宝物だと思っています。ですから旅の物語を読むことで、知らずに引いていた境界線や差別意識、自分を縛っていた何かに気づくきっかけになってくれたら、書き手冥利に尽きるなと。旅の話が多いのはそのせいかもしれないですね。
- −−モロッコを旅する男女4人だけでなく、彼らをサハラへと導く、すでに亡くなっている周、さらにイスラム教徒のガイドの視点からも物語が描かれているのが印象的でした。
- 村山さんモロッコというのは、例えば一組の男女が全部を背負って何かを表現できる国ではないのだと、実際に旅をしてわかりました。この国を描くには、いろいろな人を登場させて、反応させていかないと手に余るだろうと。そこから物語を考えていくうちに、彼らをつなぐ人物が欲しくなり、それがすでに死者であるはずの周の語りだったんです。
- −−個々に思いや事情を抱えた男女を通して、同性愛、男女の愛、友情と様々な愛が描かれていきますね。
- 村山さんそうですね。今まで書いてきたロード・ノベル的なものは、あくまでも異文化との出会いを通して自分を壊していく話でしたが、今回は、結婚という形にこだわるかどうかも含めて、人間の中にある愛と呼べるあらゆるものに、いろいろなところから光をあてたいという気持ちがありました。
- −−人を愛し、愛されながらも孤独や淋しさを抱え、それぞれのやり方で生きていく登場人物たちの姿に、最後には何か浄化されたような気持ちになりました。
- 村山さん恋愛をすると、どうしても淋しさを埋めたくて孤独が無い状態を求めますが、それは相手にとっては重荷にもなってしまう。だから自分のデフォルトの状態として孤独を受け容れた上で、一緒にいることでひとときの幸せがあれば、それでいいと思えるようにできればいいなと。それに自分の孤独を引き受けた人でないと、凛として生きられないと思うんです。という私自身が、そこが一番足りないと思っているのですが。いってみれば、ここに書いたような人間に私はなりたいんですね。
- −−最後に、小説家として今の思いとは?
- 村山さん自分が物書きで良かったなと思うのは、どんな目にあってもそれがすべて物語になっていくからであって。私は大きな荷物を作品という形で降ろさせてもらっていますし、そうすることで読者とつながりながらも、また新しい自分へと次々に脱皮している感じがするんですね。だから、これから自分がどういうものを書くかは正直未知数で。5年前には今の自分を想像していませんでしたから。ずっと田舎暮らしをして夫と仲睦まじく暮らすものだと思っていたら、まったく別の人生になり、でも、ようやく私はこういう女なんだとあきらめがついてきた気がします。物書きとしての人生をまっとうするつもりなら、全部引き受けていくしかないなと。大抵、生きていくうちに縛られるものが多くなるけれど、今現在の私は、やっと腹が据わったおかげでどんどん楽になっている感じがありますね。
「大切な人の死によってサハラへと導かれた男女4人。彼らの心情と異国の風景がシンクロしていく物語には、一編の長編映画のような味わいも。中でも砂漠のシーンの美しさが心に深く残ります。文庫版には沢木耕太郎さんとの対談も掲載。それぞれに魅力的で、愛したくなる登場人物達とともに、モロッコを旅してみてはいかがでしょう。
取材・文/宇田夏苗














