- 池井戸潤(いけいど・じゅん)さん
- 1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞、『鉄の骨』(講談社文庫)で第31回吉川英治文学新人賞、『下町ロケット』(小学館)で第145回直木賞を受賞。他の主要著作に『空飛ぶタイヤ』『BT’63』『不祥事』(以上、講談社文庫)、『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』『シャイロックの子供たち』『かばん屋の相続』(以上、文春文庫)、『ルーズヴェルト・ゲーム』(講談社)、『ロスジェネの逆襲』(ダイヤモンド社)などがある。
インタビュー
■小説の中心に据えるべきは「人間」
- −−『七つの会議』のアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
- 池井戸さん不正の話を書きたいと思っていたことが発端ですが、実はこの物語の着想はまったく別のところにあります。ある時、事務所近くのおそば屋さんで昼食をとっていたら、「あいつ、こんどパワハラ委員会にかけられるらしいぞ」というサラリーマンの二人組の会話が聞こえてきた。40代ぐらいでしたが、興味深かったのがパワハラ委員会にかけられる人に対して、「悪気はないにせよ、ああいうやり方はもう通用しないんだよな」と話していたことで、「なるほど、会社にはいろいろあるんだなあ」と。そこから“会社歳時記”のような小説を書こうと思い始め、この『七つの会議』につながりました。
- −−この作品では1話ごとに中堅メーカー「東京建電」の会議と、そこに絡む人間模様が描かれています。中にはパワハラ委員会にかけられる営業マンもいて、でも誰もがたんなる善人でも悪人でもなく、自分なりの哲学や思いを持って仕事をしている姿に、親近感と共感を覚えました。
- 池井戸さん みんなそれなりに一生懸命生きているので。確かに、悪いこともしていますが、その人生を知ると全面的に否定はできない。僕はこの小説で7つの会議で7人の主人公を書くつもりでした。社内でそれぞれに役割を持った人々が、会議でいろいろ発言しますが、なぜそういう言葉を発するのか。不正に関わる人というのは、どんな人生を送ってきたのかと。一方で、巨額の損出が出そうな不祥事があり、それを隠蔽する決断に迫られ、また隠蔽に対してあがいたり、悩む人がいたりするバックランドを据えながら、個々の人生とリンクさせていくというのが、各話の根幹になっています。本格的なミステリーのように伏線を張ることはせず、人の生き様そのものがミステリーになっているような。そんな小説を目指したところがあります。
- −−登場人物たちの“人生”こそがミステリーであると?
- 池井戸さんそうですね。小説で最も中心に据えるべきものは、「人を描く」ということなので。人間って言動や行動がバラバラだったりしますよね。それ自体がすごくミステリーなわけで、その背景にある気持ちを描けば、謎が解ける。それを書いてこそ、小説なのだと思います。 ただ作家というのは往々にして、プロットを動かすために都合のいい人物を出したりしてしまう。それは陥りやすい罠ですが、ちょい役のつもりでも、読者は共感したり、身近な人を連想するかもしれない。ですから、どの登場人物もコマとして使うのではなく、本当にこの世の中に生きている、リアルな人間だということを、肝に命じて描くことがすごく大事だと思います。不正についても、最初から内容を固めていたわけではなく、作者自身が不正を探していた感じで、つまり僕は、読者と同じ目線でこの小説を書いていたというわけです。
- −−連載は七話で完結していたところ、単行本化に際し、それまで脇役だった居眠り課長の八角を主人公にした第八話を加筆されましたね。ラストには苦みと清々しさがあり、思わず胸が熱くなりました。
- 池井戸さんあのラストは、何回も書き直したところです。連載の時点では、クライムノベルとして不正の隠蔽が明かされる小説になればいいと考えていました。でも単行本にするにあたり、この物語の中にはミステリー的な要素がもっとある気がした。それを僕なりに考えた結論が第八話です。小説の終わりは小説が教えてくれるというか。小説というのは自分で作ったものであると同時に、生きているのだと思います。
■働くことに対して悩む人が増えている
- −−池井戸さんの小説を読むたびに、仕事に生きる人間たちの姿がリアルで「こんな上司や同僚がいるよなあ」と感じます。今回執筆された中で、特に印象に残っている登場人物はいるのでしょうか。
- 池井戸さん第五話の主人公・佐野は、「社内政治家」と呼ばれていますが、どの会社にも彼のように社内のパワーバランスに敏感で、勝ち馬に乗ることばかり考えている、風見鶏的な人がいるはずです。そういう人たちに僕は嫌悪感があったのですが、上手く言い表せる言葉が見つからなかった。でもある時、「社内政治家」だなと。この言葉をどこかで使おうと考えていて、佐野という男を書きました。彼は必死に不正を暴こうとしますが、それは会社のためではなく、嫉妬心や人を蹴落としたいという思いからでもある。典型的な安っぽくて自分勝手なサラリーマンですが、一方で少年時代への感傷があったりと、憎めないところが結構気に入っています。
- −−第三話「コトブキ退社」の主人公・優衣は、全八話中、唯一の女性ですね。
- 池井戸さん会社の歳時記を書くのなら、おじさんばかりだと描き切れていないと思ったのですが、オヤジ作家が20代の女性を描くのは、結構大変でした(笑)。もともと小説のタッチが合わない、というのもあります。恋愛小説はタッチがスローですが、僕の場合は展開を早くしているのでテンポを合わせるのが難しい。ただ、ここ最近、就職や転職雑誌の取材を受ける中で「今の仕事でいいのか」「将来に対して希望が持てない」と、主に30代前後が働くことに対してすごく悩んでいることがわかった。優衣という若いOLを主人公に、スモールビジネスの話を入れたのは、そうやって仕事に悩む人たちに、何でもいいから頑張れるきっかけを掴んで欲しいという思いからでもあります。
- −−池井戸さんの小説には共通して、「何のため、誰のために働くのか」という問いかけが込められている気がします。この作品の中にも「仕事っちゅうのは金儲けじゃない。人の助けになることじゃ」という言葉が出てきて、ハッとさせられました。
- 池井戸さん昔は誰もが当たり前にわかっていたことです。でも今は、例えばサイン会などに行くと、そのフレーズに付箋を貼っている読者がいたりする。ほとんどアドリブで書いているので、付箋を見るとドキッとするのですが。 僕らの親の時代は、まだ戦争の記憶がリアルだったこともあり、とにかく元気でいてくれればそれ以上は望まない。仕事があるなら一生懸命やりなさい、という考え方だったと思います。でも今は違う。仕事を選ぶ反面、絶対評価の教育で育って自分に自信がある人たちが、就職するといきなり相対評価と成果主義にさらされる。なおかつ最近は、上司とのコミュニケーションも枯渇気味で仕事の考え方を伝えてもらえる場所がないわけです。そのせいか、僕が書くような小説をエンターテイメントに徹して読み切れないところがあるのかなと。自分の小説が読み手の人生にリンクして欲しいとは思っていますが、あくまでもエンターテイメントとして小説を楽しむためであって。それ以上の期待、仕事に役立つ何かを小説に求める人が、最近増えているような気もします。
- −−企業小説の分野を開拓されてきましたが、あらためてこのジャンルの面白さとは?
- 池井戸さんこれだけ多くの人が会社で働いているのに、そこで働く“人”を題材にした小説がない。もちろん、これまでにも企業を舞台にした小説はありましたが、現実に起きた事件をもとに、その裏側を描くといったジャーナリズム的な視点で書かれたものが多かった。僕が書いているのは、企業の部分は3で、人が7という風に、事実よりも人間的なリアルさに完璧に軸足を置いているので。ジャンルとしては企業小説に入るのかもしれませんが、自分の意識としてはエンターテイメント小説ですね。
- −−最後に読者へのメッセージと今後の予定をお聞かせ下さい。
- 池井戸さん 『七つの会議』に関しては、この小説を読んだ書店の方が、「つい、昔自分を酷く叱責した上司を思い出したけど、同時に彼にも事情があったのかも、と思えた」と言う話も聞きました。読者が自分とリンクさせて読み進められる小説になっていることを願っています。男性読者を対象にした従来の企業小説とは明らかに違うので、女性が読んでも楽しめると思います。 今後についてはここ数年、ミステリーと企業小説の割合が半々だったので、そろそろ本業のミステリーの方に若干戻ろうかなと考えているところです。
- −−今後の小説も楽しみにしています。本日はありがとうございました。
池井戸さんの作品を読むたびに、まさに“生きている”と感じる登場人物たちに惹き込まれ、ページをめくらずにはいられなくなります。今回お話を伺って、その理由の一端に触れられた気がしました。小説にひたる楽しさを存分に味わいながら、勝ち負けではない、組織の中での自分なりの働き方、生き方までも考えたくなる1冊。すべての人におすすめです!取材・文/宇田夏苗
- 内容紹介
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この会社でいま、何かが起きている―。
トップセールスマンだったエリート課長・坂戸を“パワハラ"で社内委員会に訴えたのは、歳上の万年係長・八角だった―。
いったい、坂戸と八角の間に何があったのか? パワハラ委員会での裁定、そして役員会が下した不可解な人事。急転する事態収束のため、役員会が指名したのは、万年二番手に甘んじてきた男、原島であった。
どこにでもありそうな中堅メーカー・東京建電とその取引先を舞台に繰り広げられる生きるための戦い。だが、そこには誰も知らない秘密があった。
「夢は捨てろ。会社のために、魂を売れ」「僕はどこで人生を間違えてしまったのだろうか」……筋書きのない会議(ドラマ)がいま、始まる。













