- 川村元気(かわむら・げんき)さん
- 1979年生まれ。映画プロデューサーとして「電車男」「告白」「悪人」「モテキ」「おおかみこどもの雨と雪」など次々とヒット作をプロデュース。2010年にはアメリカ「The Hollyrood Reporter」誌の“Next Generation Asia 2010”に選ばれ、2011年には優れた映画製作者に送られる“藤本賞”を史上最年少で受賞。現在は「Casa Brutas」にて“Tinny ふうせんいぬティニー”を連載中。本書が初の著作。
インタビュー
■読んだ人がそれぞれの思いで、フレームの中に色を塗るような作品にしたかった
- −−今回が初の小説ということですが、映画プロデューサーとして大活躍の川村さんが、あえて小説というジャンルに挑戦された理由をお聞かせください。
- 川村さん大きくいうと2つ理由があります。2010年に「悪人」という映画を製作したのですが、原作の吉田修一さんと一緒に脚本を作りながら、小説と映画の表現ってこんなにできることが違うんだなと改めて気が付いたんです。それで、僕は吉田さんの反対をやってみようと思ったんですね。つまり、映画の人間が小説を書いたらどうなるか。たとえば「世界から猫が消えた」という状況を文章で書くとたった一行なんですが、これを映像で表現するとなると難しい。この本は非常に映画的だと言っていただくことが多いんですが、構造的には映画が非常に不得意としている表現を使っているんですよ。
- −−そして、もう1つの理由とは?
- 川村さん 去年、携帯電話を落としたんです。その時に電車の中で何もやることがなくて、窓の外をぼんやり見てたら大きな虹が出てた。でも電車の中の人たちは携帯電話を見ていて、誰も虹に気づいてなかったんですよ。その時に、何かを失うということは何かを得るということなんだなと、改めて感じたんです。逆に言うと「何かを得るためには、何かを失わなければならない」ということです。これは僕が日々ずっと感じていることでもありました。それで、何かが消えたことを主人公1人だけが知っている世界の話を書いたら、何かしら気付きがあるんじゃないか、と思い、物語を書き始めました。
- −−この作品は、主人公である30歳の郵便配達員が余命あとわずか、と知るところから始まりますが、何か“死”を考えるきっかけのようなものはあったのでしょうか?
- 川村さん僕はすごくネガティブな人間なので、いつも最悪の事態を想定して物事を考えるんですよ。映画を作ってるときも、映画がコケてるのを想像しながら作るんです。そして、最悪の事態に陥らないように公開前の今この瞬間、どういうチョイスをするべきかを考えながら優先順位を決めていくんです。そしてそのネガティブの究極が、自分にとっての死、つまりお葬式なんですね。お葬式の時に心から泣いてくれる友人はいるのか、彼らに自分のことをどう評されたいのか。だからこれは死を描いた話ではなくて、死を描くことで今この瞬間の大切なものが決まる、という話なんです。
- −−物語は月曜日から日曜日までの7日間に分けて進みます。この構成はどのようにして?
- 川村さんこの物語を主人公の壮大なる遺書、という設定で書き始めたんですよ。遺書であるからには日記のようなスタイルなんじゃないか、と。聖書の「創世記」では神様が月曜から土曜にかけて世界を創り、日曜にお休みします。この物語では、その逆。つまり神様が創ったものを人間がひとつずつ消していって最後に自分が死ぬのはどうかな、と思ったんです。つまり、枠組みから考えたんですね。僕は竜安寺の石庭が大好きで、あのような「フレーム」から想像する小説にすることで、僕のオリジナリティを出せるんじゃないかと考えました。実は登場人物にも猫以外、名前がありません。ルックスの描写もほとんどありません。名前や細かな描写がないことで、読む人それぞれにそのフレームの中に色を塗ってもらいたいと思ったんです。これは映画を作る時も同じで、僕はあまり映画の中で結論を出さないようにしているんです。見た人それぞれが自分なりのラストシーンを想像して、物語を完結してほしいんです。
- −−ラストシーンについては最初から想定して書かれていたのでしょうか?
- 川村さんまったく決めていませんでしたね。ラストシーンは最後まで悩みました。そのあたりが今回、発見でもありましたね。計算で書けるものには限界がある。頭で構成したものが、書いていくうちに違う流れになっていく。でもバラバラだったピースが最後には不思議とまとまるんですよ。それが1人で書いていることの純粋性なのかなとも思いました。
- −−1人で書く、という経験はどのようなものでしたか?
- 川村さんホント泣きそうになりながら書いてました(笑)。思った以上に孤独でした。一週間かけてかいたものを一週間寝かしたら、プロデューサーの“川村元気”って人がやってきてズタズタに切るんですよ。なんでこんなつまんないもの書いてるんだ、って。執筆中は二重人格みたいな感じで書いてたので、辛かったですよ。もう一回やれって言われたら、しばらくはできないですね。
■上手に生きられない人を描くのが終生のテーマ
- −−本作を読んでいると、川村さんのあふれんばかりの映画への愛情を感じます。
- 川村さんそれがこの作品の良さでもあり、悪さでもあると思うんですよ。なるべくフレームワークで書こうとしてるくせに、映画のところだけは具体的になってしまった。秋元康さんにも「川村くん、映画の部分だけ書き過ぎだな」って言われました。具体的なものを消してフレームで見せていこうとしていたのに、映画の部分だけはいびつなくらい具体的になってしまった。それがこの本の特長でもあるのかな、前向きにとらえると(笑)。
- −−一般的に見ると平凡な主人公の人生も一遍の映画たりえる、という川村さんの視線に優しさを感じました。
- 川村さん僕はそういう人が好きなんですよ。大きなことを成し遂げたヒーローよりも、上手に生きられない人を描くのが、僕の終生のテーマなんです。何かを成し遂げたかったけど、成し遂げられなかった人。「電車男」「デトロイト・メタル・シティ」「告白」「悪人」…全部ジャンルは違うんですけど、それだけは一貫してる。そして悲しいかな人間は、大事なことほど失ってからしか気付けない。でも僕はそういう人に感動するんです。
- −−もしかしたら、日本人全員に同じような気持ちがあるからこそ、川村さんの映画は感動を呼ぶのかもしれないですね。
- 川村さんそうだといいのですが。今回の作品でも郵便配達員とか切手とか町の時計店とか、なくなりそうなものばかりモチーフにしたんですよ。もっというと紙の本もそうかもしれない。でも、僕はそういうはかないものに惹かれます。映画を作るときも、僕は観客を感動させようなんて大それたことは考えてなくて、まず自分を感動させようと思って作ってます。人を感動させよう、なんて思ったら作れなくなっちゃいますよ。
- −−今回、単行本の発売前に「LINE」での無料配信が行われましたね。
- 川村さん僕は本の世界ではド新人、無名の映画みたいなものなので、まずは皆さんに知ってもらうために「小説の試写会」をやろうと思ったんですよ。「LINE」の方々がこの作品を気に入ってくれて、その場を提供してくれたんです。30万人以上の方が読者登録してくれて、感想メッセージが4万通くらい来たんです。「母親に電話をした」とか「父親と食事をしに出かけた」など。それは僕の理想とする形で、作品が生活の一部を変える、読んだ人が行動することでたったひとつのラストシーンになる。非常に面白いコラボレーションになりましたね。
- −−現在、10万部を超え、本屋大賞にもノミネートされましたが、ここまでのヒットは想定されていましたか?
- 川村さんまったくしていませんでした。でも基本は映画製作と同じ考え方で作っていて、なるべく多くの人にとって切実で普遍的なテーマにしたかったんです。だから意識的に、10代から80代の方までが自分の物語として読めるような作品にしたというのはあります。主人公は余命わずかと宣告された30歳の郵便配達員ですが、これは完全に他人ごとではないと思うんです。すべての人にとって寿命は未知ですし、東日本大震災以降、日本人の誰もが「明日死んでしまうかもしれない」と想像する瞬間があったと思うんです。でも、もし明日死ぬかもしれないと考えれば、今大事にするべき人とか、やるべきことの優先順位は自ずと見えてくる。それは日本人全員に共通するテーマなのかもしれないと思ったんです。
- −−今後、本作を映像化されるご予定はありますか?
- 川村さん映画にならないものを書こうと思って始めたんですが、よく考えると僕はいつも映画化が難しい原作を映画にしてきている気がします。「猫が消えた世界」を映画的にどう表現するか。こういう表現の発明こそが面白いんですよね。たとえば猫がまったく出てこない映画『世界から猫が消えたなら』はどうか、とか(笑)。そういう極端なところから考え始めるんです。この小説の考え方と同じですね。何かを消して考えてみるんです。
- −−ぜひ映像化された作品も見てみたいですね。今後も小説は書き続けますか?
- 川村さんそうですね、できることなら続けたいと思っています。小説ではなるべく広いテーマを扱いたいと思っています。今興味があるのはお金と恋愛。生死、お金、恋愛は人間がどんなに学習してもなかなかコントロールできなくて振り回されてしまう。万人に共通するテーマだと思うんですよ。
- −−では最後に、川村さんおすすめの1冊を教えてください。
- 川村さん今回の作品を書く上で、大きなヒントをもらった「猫語の教科書」(ポール・ギャリコ著)。主人公の飼い猫であるキャベツが話しだすのも、ここから思いつきました。猫が作者という設定で、猫の目線から見た人間を描いているんです。猫の目で見ると、人間はかくも滑稽な生き物のか、ってことに気付かされる。読みやすいのに、奥が深い本です。ぜひ読んでみて下さい。














